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張宿、柳宿の店に行く(柳宿と張宿・生存未来)

全体公開 3 2843文字
2016-12-05 00:07:15

僧侶と弟子、の弟子旅装束妄想。柳宿と張宿です。

Posted by @satomi8429

 
 織物街の中心にある大店は今日も大繁盛している。
 張宿は商人たちに混ざり、思い切って扉をくぐると、三年前より多少は伸びた背で知った顔を探した。色とりどりの反物がぎっしり詰まった棚がそびえ、下方には薄い引き出しがずらりと並んでいる。常に誰かがそれを開け閉めしており、そのたびに鮮やかな布色がその空間を彩る。
「柳宿さん!」
 やっとのことで柳宿を見つけた張宿は、手を上げて遠慮がちに声をかけた。髪こそ結っていないものの、仕立ての良い、男物の着物姿で立ち働いているのは、間違いなく柳宿だ。
「あら、張宿じゃない。大きくなったわねー」
 気づいた柳宿は、せわしない店の様子に似合わぬのんびりした様子で一目見るなりそう言った。この人の作る空気というのがそういえば昔からあるのだった、と張宿は思う。押しつけがましくはなく、しかし強く輝くその存在感はその場の雰囲気をものともしない……もとい、がらりと変える力がある。
「実はちょっとご相談が」
 店に来たものの、騒がしい店内が気になり、何をどこから相談すればいいのか困って口ごもる。と、柳宿のほうが先に口を開いた。
「なあに?うちに来るってことは服のこと?」
「はい、そうなんですけど」
「兄貴ー!ちょっと接客!離れるからここよろしくー!」
 柳宿が叫ぶと、柳宿よりいくつか年上なのだろうが、造作はとてもそっくりな男がそれに頷いた。彼もまた接客の最中だった。
「すみません、いいんですか」
「いいのいいの、だってあんたもお客でしょ。ほらこっちきて」
 あっさりと言う柳宿についていくと、そこは応接間だった。ぴかぴかに磨かれた小さな卓と揃いの椅子が並び、後ろには断ち台だろうか、がっしりと大きな机に採寸道具の詰まった籠が置いてある。籠からはみ出た巨大な物差しが母の使っているものと同じで、張宿の気持ちは少しほぐれた。

***

「井宿と旅ぃ!?」
 事情を話すと柳宿はすっとんきょうな声を上げた。そそくさと退室する侍者の置いていった茶器からは湯気が立ちのぼり、白いその間からゆっくりと開く花が見える。
 ことの起こりはこうだ。
 能力の発動を自在に制御したいが、方法がどうしても見つけられない。悩んだ張宿は、それをなんとか打開するべく、藁にも縋る思いで井宿に依頼し太極山を訪ねた。太極山で太一君に教えを請うが、「自分自身を見つめ直してみよ、さすればおのずと道が見えるであろう」というなんとも抽象的な助言をもらう。必死に食い下がると、太一君は「井宿、お前が面倒見てやれ」と言い残し、娘々を伴って消えてしまったのだ。
「というわけで、井宿さんにお願いして一緒に修行の旅をさせていただくことになったんです」
「修行の旅ねぇ……
「そうなんです。それで、どんな衣服が必要か悩んでしまって」
 井宿さんの装束はお坊様のですし、僕が同じ格好をするわけにもいかなくて、と言うと、柳宿は腕を組んでしばし天井を仰いだ。
「いつ行くの?」
「なるべく早く」
「どのくらい?」
「まずは二か月、ということになっています」
「それなら今の気候でいいわね。常に置いてる種類の服じゃないから調べないと。張宿も手伝って」
 何かひらめいたのか、柳宿は立ち上がるとさらに奥の部屋に張宿を案内した。

***


 丈の高い棚とまばらに詰まった反物に、ひっそり開けられるのを待っている薄い引き出し。そのひとつひとつには小さな紙が貼られ、なにやら暗号めいたものが書いてある。薄暗い倉庫には、店内と同じ棚が全く別の様相で並んでいた。昼間でも灯りが必要な暗さだった。柳宿は慣れた手つきで蝋燭に火をつけると、硝子の覆いを取り付けた。
「確かこの辺に……あったあった」
 棚の間を進むと、一番奥に書棚があった。本棚に人差し指を沿わせながら、何冊もある中から柳宿が選び出したのは、年季の入った大きな書物だった。同じ色形で何冊かある。
「この中から旅装を探して」
「は、はい」
 わずかに湿気を含んだ和紙の重さ。受け取った両手のまわりにふわりと埃が舞った。
 本が崩れないように注意して開くと、中にはたくさんの衣服が描かれていた。どうやら用途別になっているらしい。盛装や儀式の服装、商売の、家庭の、男の、女の、子供の。あらゆる服装が載っており、横には断ち方の注意点や推奨される素材などが細かく記されている。頁の隅に書かれている文字と数字は、さっき見た棚の位置を示しているようだった。
「旅装、旅装………うーんないわねぇ」
「りょそう……あ、これですか!?」
 何冊目かでようやく見つけたそれには、様々な形式の旅の衣類が描かれていた。
「あ、あった?貸して」
 柳宿は頁を隅々まで見ると、そこに書かれた棚を探しあて、引き出しから何着か着物を出し、さらに棚の上のほうから反物を二本持ってきた。
「今の季節ならこのくらいでいいでしょ。これは下着ね。作りはこれで、生地はこれよ。汗を吸って良く乾くし、丈夫で肌馴染みもいいの。洗ってもすぐ乾くから扱いやすいはずよ」
柳宿が着物を広げると、それは七分袖くらいの、袖の先がすぼまった綿の肌着だった。止める箇所がひとつのみの簡単な作りで、洗いやすく乾きやすいというのがよくわかる。
「上着と下衣はこっちの生地ね。丈夫だし適度に保温性もあるし、動きやすいわ。形はいろいろあるけど、張宿なら前で合わせるのが使いやすいかしら。うちで作ってもいいけど、似たような生地の着物があるなら袖と裾をこう切って着てもいいわね。脚絆は……作ってもいいけどすぐ大きくなっちゃうでしょ、布を巻く形式のほうがいいかもしれないわね」
 滔々と説明を並べる柳宿に、張宿は口をはさむのも忘れてただただ尊敬のまなざしで眺めた。
「柳宿さん……すごいですね。なんか、専門家みたい」
「まーね。これでもこの店の次男坊ですから」
 そういえば、朱雀召喚後実家に戻った柳宿に会うのははじめてだった。店の跡継ぎである兄を手伝って商売にいそしんでいるとは風の噂で聞いていたが、相当勉強もしたのだろう。三年というのはそういう時間なのだ。張宿は無為だったわけではないが進展もしていない自分の三年をふりかえり、今度の旅への決意を新たにした。
「肌着、これをこのまま渡してもいいんだけど、張宿にはまだ大きいわよね。うちの縫子さん優秀だから明後日まで待ってもらえたら渡せるわよ。どう?」
「それで大丈夫です、いや、あの、お願いします」
 大丈夫ですは変だったかな、と思い慌てて付け足す。
「じゃあ洗い替えと2着、それと下衣ね。脚絆と上着はどうする?」
「家にあるものでできそうか、見てきます」
「よし。そうと決まれば計測しちゃいましょ」
 柳宿はひょいと反物を担ぎ上げると、灯りをもって先を歩いた。
 新しい衣服というのは、単純にそれだけで嬉しいものだな、と思いながら、張宿は小走りに柳宿を追いかけた。




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