君に笑ってほしいのに結局泣かせる系男子たちの、作品ごちゃ混ぜパラレル会話。
※Dear RiL、リシェラティアともに多大なるネタバレを含みます※
@na_na_mi_p
――二人にはぜーったい内緒ね、男同士の秘密ってことで。
そんな前置きのあとにそいつが語ったのは、いっそ冗談かと思うような重い身の上話だった。
例えばあの空がやけに青く見える時があってさ。そういうビョーキ。なんか俺そのうち死ぬっぽいんだよね、と。まるで他人事みたいな調子で。
同情だとか、そういう感情が生まれるより先に、レオルは無性に腹立たしさを覚えた。どこまでも凪いだ笑みを崩さないこの男に。
「なんであんたは、そんなふうに笑っていられるんだ」
苛立ちが、そのまま口をついて出る。
受け止めたそいつは、少し考え込むような仕草を見せたあと、
「どうすることもできないから、かな?」
そう言ってまた、へらりと笑った。
怒りなのか、悔しさなのか。とらえどころのない感情の渦が、レオルの胸の奥をざらつかせる。
そうしてただ、気にくわないと思った。そういう気持ちを抱かせる、目の前の存在が。
(どうすることもできない)
――俺だって、そんな容易く片付けられたらどんなによかったか。
たった一つだけ残された、綻びゆく世界を繋ぎ止めるための竪琴。レオルがそれを奏でるようになってから、一つ二つと季節が変わったけれど、それでも未だ袋小路に引きずり込まれる時がある。
誰に望まれることでもない、ただ己が苦しむだけ。ならばいっそ棄てて、逃げ出してしまえばいいという思いと、連綿と紡がれてきた意志を絶やせないという本能的な思い。それから――何一つ思い出せないのに、時折脳裏をよぎる”誰か”の寂しげな面影。
その狭間でどうしようもなくなる度、どうしてかリアナが――ただ傍にいる少女のほうが、ひどく辛そうな顔をする。そんな顔をするくらいなら、これ以上近づいてこなければいいのに。
『わたし、レオルについていってもいい?』
『……勝手にすれば』
うん勝手にする、と笑ったあの日から、この何の面白味もない旅についてくるようになったリアナは。晴れた空が綺麗だと笑い、力なく朽ちた花をひどく悲しそうに嘆く。そういう、レオルが押し込めてきたいくつもの感情を、彼女は躊躇いなく発露させる。
いつからだろう。リアナが悲しい顔をする度に、まるでそれが自分の悲しみであるみたいに――悲しくないのに、なんともないはずなのに、胸の奥が締め付けられるような感覚を、思い出してしまったのは。
行き場のない葛藤も、迷いも。彼女に見えないところに、全部仕舞い込んでいたかった。一人で立っていなければ、必死に蓋をしてきたものが全部、何もかも崩れ去ってしまいそうで。
目の前の男の、揺らぐことのない穏やかな笑みに、改めて確信する。
――俺は、こいつが嫌いだ。
そうありたいと願ってやまない在り方を、なんでもない事のようにやってのけるこの男が。
「そういうのを、さ。リアナちゃんは、君にもっと預けてほしいんじゃないかな」
「……俺は、別に、」
まるで思考を見透かしたようなそいつの言葉に、底の見えない空色の瞳に、反射的に口を開いてしまったことをすぐに後悔したけれど。
口をつぐんでしまうのもまた、逃げ出すみたいで癪だったから、レオルはその先をぽつぽつと紡ぐ。
「リアナが、勝手についてきてるだけで。あいつの方からいつか離れていくなら、それでいい。……離れていけばいいと思ってる。いつか巻き込んでしまう前に」
傍らに置いていた古木の竪琴に、知らず手が触れる。
それを爪弾くことは、この世界に巣食うかたちなき存在を、あらゆる命の脅威となり得るそれらを、あるべき場所へ送り還すための、いわば命懸けの対話だ。いつ何時レオル自身も、同じようにして生命を、あるいは心を引きずり込まれてしまうかわからない。
それは、果ての森の血を引くレオルが一人で成し遂げるべき――あるいはいっそ投げ出してしまうべきもので、その結果として自分の身を損なうことは一向に構わない。――むしろそうやって、逃れられない宿命が果ててしまえば、とさえ思っていた時もあった。
どんな形であれ、リアナを巻き込んでしまうことだけは、絶対にしたくなかった。物理的に危険にさらすことは勿論、抱えきれなくなった負の感情が刃となり、彼女を傷つけてしまうことも。
そんな事情など何一つ知らないくせに、今度はどんな戯れ言を返してくるのか、と身構えていたけれど。意外にもそいつは、ただ静かに一つ、二つと相槌を打ち、それっきりだった。
いっそ無神経に踏み込んでくるなら、こっちだって突っぱねられるのにと思う。そのぎりぎりの境界を、決して越えない。本当に、何から何まで気にくわない。
「だいたい、そっちだって同じようなもんだろ」
流れ込んだ静寂がどうにも落ち着かず、レオルはそんな言葉を放り投げた。
「同じ、って?」
「あんただって、いつか手を放すつもりで一緒にいるってこと」
自分に残された時間が少ないのだと、あの人形の少女に何一つ告げずに居るというなら、その理由は恐らく一つ。
きっとこいつは、最後まで何も気取らせぬまま、あの子の前から居なくなるつもりなんだろう。
ほとんど確信のようにレオルがそう考えたのは――。
(俺がこいつなら、そうするだろうから)
「違うよ。君と俺とは、ぜんぜん違う」
けれどもそいつは、静かに首を振る。
「俺はただの気まぐれと、その罪滅ぼしみたいなものだから。気まぐれにリルを連れ出してしまった。だから出来る限り温かい場所へ導けたらって願うだけ。それは、君がリアナちゃんを大切に思う気持ちとは、全然違うものだよ」
ずっと穏やかなままだった表情に、自嘲するような影が差す。そのとき初めて、この男の本当の輪郭に触れた気がした。
なんとはなしに視線をさまよわせれば、何やら珍しい花でも見つけたのか、花の咲く一角を指さすリアナの後ろ姿と、その向こう側で、茜色の硝子玉の瞳をあどけなく見開かせる人形の少女が視界に入る。
「――けど、」
たとえ、ただの贖罪にすぎないとこいつが思って――思い込んでいるのだとしても。
あの硝子の瞳の少女は。
「あの子は今、笑ってるだろ」
愛されて育った子どもそのものの、あんなにも屈託のない笑顔で。
それは、あんたがその手を取ったからじゃないのか。無論、そんなことまでは口にしなかったけれど。
そいつは、ほんの少しだけ驚いた顔をして、そうだね、と笑った。
「やっぱり、リアナちゃんが言ってた通りだ」
「は?」
「君は優しいってこと」
ありがとね、とそのあとに続いたのを、レオルは聞こえないふりをした。
別に、そういうつもりで言葉をかけたんじゃない。言われっぱなしなのが気に食わなかっただけで。――ああ、やっぱりこいつは嫌いだ。
「案外俺たち、似た者同士なのかもしれないね」
「……はぁ?」
どこをどうねじ曲げたらそうなるんだ。
言い返したいのに、どうしたわけかひどく眠い。何か言おうと開いた口から、思いがけずふわ、と大きな欠伸が漏れる。
ぐらぐらと世界が揺らぐ。溶けていく。けれどもその前に、これだけは全力で否定しておきたかった。
俺とこいつが似た者同士、だって? 冗談じゃない――。
「全然似てねーし」
ぽつり、と自分が呟いた声で、レオルははたと目を覚ました。
なにか、奇妙な夢を見ていた気がする。馴染みのない不可思議な場所で、会ったこともない誰かと、何か話をした、ような。
辺りは薄暗く、夜と朝の合間にあるようだった。木の幹にもたせかけていた身体をゆっくりと起こせば、静かに熱を放つ熾火と、その傍らですぅすぅと寝息を立てるリアナの姿が映る。
眠りに就く前に彼女がくるまっていたはずのレオルの外套は、ほとんど身体からずり落ちてしまっていた。
そっと手を伸ばし、それを肩からかけ直したとき、
「ねぇ、レオル」
不意に名前を呼ばれ、鼓動が跳ねる。
「おまえ、起きてるなら起きてるって言」
「あのね、さっきねぇ……リル……んがね、とっても、かわい……ったんだよ……ふふ……」
……ただの寝言だったらしい。何やら楽しそうにふにゃふにゃと喋ったあと、リアナは再びすぅっと寝入ってしまった。
ふ、と柔らかな笑みをこぼし、レオルは再び目を閉じた。
いつの間にか霧散していってしまった不思議な夢の残滓に、思いを馳せるように。