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陋の監守の天稟

全体公開 5240文字
2016-12-13 15:53:20

ムゲンWARSよりなんてことない一般人が牢の魔王様に出会うお話。
陋(貧しい場所)の監守(守り手)の天稟(才能)。ろうのかんしゅのてんびん。牢の看守の天秤。
牢の魔王様をお借りしました。

***
1:晴れた日のこと

 その冒険者の一団は、めずらしく全員が勇者という組み合わせのパーティーだった。もちろんもともと一緒に行動していたわけではなく、ある国からの魔王討伐のために「勇者を募る」という依頼を受けて特別にあつまったものだ。この山を越えて数日もいった街にはいい武具を揃える鍛冶がいると評判で、そこで装備を整えてから、女神の間に戻って魔界に向かうことを考えていた。全員が勇者だと、こと魔王を討伐しにいくという目的においては非常に効率的な移動ができた。

 高い岩壁の隙間のような山道を歩いている彼らは、こだまする獣の咆哮を聞いた。四方八方から、岸壁に反響するように何度も響く音は不気味で、数が読めない。勇者たちは警戒を強くし、耳をそばだてる。

「いまのは何の獣かわかるか?魔物のたぐいだろうか」
「もしかしたらそうかもしれない。少なくともこの地方にいる獣の声ではないわ」

 戦士の問いかけに、フードを被った女性が目を伏せて答える。それを聞いて軽装の男が弓矢を抜いていつでも引けるように構えた。それを杖を持った男が押しとどめる。

「この隘路はまずい。魔獣の類をここで迎えるのは不利でしかない。まずは走れ。せめて隊列を組める広さを確保しなければ」

 その言葉に全員が頷き、彼らは走り出す。暫く行くと、すり鉢状にひらけた場所にでた。そこに、1人の男が身をかがめて立っている。重装に身を固めた戦士のようで、大きな盾を持ち、そこで息をついていた。金髪に滴る汗が日の光を返し、苦し気に細めた青い目を見る限り、もしかしたら勇者たちとおなじく、魔獣を避けてここまで来たのかもしれない。たまらず声をかけようとする射手を、魔術師の男が杖で制する。

「なぜ止める?」
「地形がいけない後ろから来ているのが魔物なら、他の魔族が罠を張っている可能性がある。壁にかこまれた低地はダメだ」
「考え過ぎだ。だいたい、すでに1人ここにきていてああしているんだぞ」

 射手が指をさすと、金髪の男もやっと気づいたのか、勇者たちを振り返った。そして、警戒したのか彼らに向かって盾を構えて地に膝をつき、体勢を整えた。

「ああ、私たちは怪しい者じゃない。勇者なんだ。後ろから魔物が来ているようだから走ってきただけだ。あまりここは地形がよくないそうだから貴方も逃げよう」

 戦士が男に手の平をみせて敵意のなさを示し、近づいていく。つられて他のパーティーも低地に踏み込んだ刹那、足もとがずぶりと沈み込む。次の瞬間、周囲を割れんばかりの音が連鎖する。

 すり鉢状の場所を満たした騒音に全員が立ちすくんで思わず耳をふさいだ一瞬をつき、目の前の男が盾を掲げた。がちんと何かが切れる鋭い音が騒音を割り、1テンポおくれて頭上から大量の土砂が降り注いだ。

 すべてが静まったとき、そこに立っていたのは、盾で頭を守り低い姿勢で体をかばっていた、金髪の男だけだった。彼は耳栓を捨てながら、勇者たちの装備を改めていく。

「やれ音響罠はすこし改良がいるなぁ。あれ1回で気絶してもらえれば、もうすこしここの地形を長く利用できたのに。訓練不足というやつか。でもまぁ……

 誰もが装備に目の色と同じ宝石が嵌っているものを持っているのを見て、彼は目を細めた。

「全員勇者だとは運がいいことだ。さて、間違いで聖界に生まれてしまった人ならざる人たちよ、安心してください。私が魔界までお送りします。ちょうど近場にあるカランポー村。昔から魔王討伐の依頼が出てると言うのでよくよく聞いてみたら案の定、ゲートがありましてね。いやぁとても幸運だ。この地形と立地、そして今日の出会いに恵まれたのですから!」
 
 彼は子供のころから、疑問に思っていた。常に魔に侵されるならば聖界とは何のために存在するのか。死なない存在である勇者とは人間なのか。疑問を解決するべく、そうして様々な土地を渡り歩き、書や知見を求め、天啓を得るようにひとつのシンプルな基準にたどりついた。

 聖界は、人や動物といった、弱い者たちの為に存在する。

 だからこそ、魔王や魔物は追い払われることが常識であり、女神や天使は人々を守護するのである。だがそれならば、死なず、特殊な力をもち、女神の名のもとに魔物を追い魔王を狩ろうとする勇者は恐らく、人ではあるまい。彼らは聖界に住むべき存在ではない。可哀想なことに、見た目があまりに人に似ているものだから、間違ってしまったのだ。

 彼らには彼らにふさわしい場がある。そんなにも魔を倒すことを運命づけられているのなら、そもそも魔界に生れ落ちるべきだったのだ。全く以て同じ存在なんかじゃない弱い者たちに振り回され、頼られるのはいかにも気の毒だ。

 各人に各人相応のものを、と歴史の賢君は言った。それならば、だれもが在るべき場所に在るべきだし、もしそれを誰もしていないのなら、真理にたどりついた自分こそが天秤を掲げそれを行うべきである。

 彼は勇者たちの怪我を自身の学んだささやかな回復魔法で丁寧に治してから、怪我をしないように優しく縛り上げると、岩陰に隠していた騎馬に積み上げゲートまで歩いていった。

***

2:新しい出会いのこと

 ゲートをくぐった彼は、唐突に自分が広い建物の中に立っていることに気づき、酷く驚いた。これまで見つけたゲートはたいてい野外に繋がっており、こういうことはなかった。勇者たちをただおいて帰ろうと思っていたが、これでは魔界を自分が侵していることになるのではないか。

「何者だテメー」

 背後から声をかけてきたそれは、半獣半人の、異形の存在であった。一見して人の姿を模しながら、背から耳まで覆う体毛は獣のそれであり、ゆがめた口にぎらつくのは牙である。若々しく強靭な筋肉を漲らせた肉体の腕は長い鉤爪を備え、その身ひとつで獲物を狩る形をしている。赤い目は獰猛な光を灯しながら、声はあくまで冷静で理知的であり、その差が今まで遭遇した理性のない魔物や人ならざるものたちとの決定的な違いである。

 だが、だからこそ、話はできる。

「これは失礼しました、私は脆弱なただの人間です。聖界から魔界に渡るためのゲートがカランポー村にあると聞きまして使用したのですが、偶然ここに通じておりまして。本当は魔界の、どこか住むものの少ない場所にでも、彼らを解放していこうと思っただけなのです。まさか個人宅の中に繋がってしまうとは……いやはやお恥ずかしい。こういうこともあるものなのですね。別の場所を探しますので、お見逃し頂けるのでしたら有難いのですが」

 都合のいい話ではある。もしかしたら戦闘になるかもしれない。罠を造れない戦闘は苦手だが、もしそうなるのであれば、それもまた、自分の選んだ道の運命といえるだろう。

 眼前の魔の者は、目を細めてこちらを見ている。正確には、彼の曳いてきた馬に載せられた者たちを見ている。彼は、この魔物が勇者たちを殺さないでほしい、と願った。勇者は死ぬと聖界のどこかにあるという、女神のもとに戻ってしまうのだ。そうなると、彼の仕事はなかったものになってしまう。

 すると、急に光があつまり、縛られている勇者たちがふわりと浮き上がって空間に固定された。そして振り返れば、入ってきたゲートにはいつの間にか、鉄格子のようなものが嵌っている。これは、見逃してはもらえなそうだ、と彼は唾を飲み込んだ。盾を構え、腰を低く構える。長剣には触れない。まだ敵対するかわからない。

「ああ?依頼を受けてきたわけじゃねえみたいだが。もしかして勇者か?」
「とんでもない、それは違います。私は人間です。ただ、彼らには手を出さないでください。勇者なので」

 即座に否定する。よく似ているが違う生き物だ。勘違いされて敵対されるのは困る。すると魔物はつかつかと寄ってきて、彼を頭の上から足の下までじろじろと見まわす。居心地悪そうに身をすくめる。魔物は別段気にしていなさそうに、騎馬のほうに載せた4人に近づいて装備を見回した。

「本当にこれらは勇者のようだな。ただの人間が、4人の勇者を捕え、わざわざ魔界に棄てる……意味わかんねーな?何しに来たんだ」

 彼には何を疑問に思われているのか、よくわかりはしなかった。しかし、その魔物に対しては、胸を張って言えることがある。

「さきほど言ったように、私は人間ですよ。彼らはそうでない。死んでも死なず、女神の元に戻るもの達が、人間の場所に住むのは気の毒と思いまして、出して差し上げただけです」
……なるほど?」

 魔物は口の端を上げて、考えるような素振りを見せた。そして男の盾に触れ、盾を支える左腕を、そうする必要はないとばかりに軽くいたわるように叩いてみせた。

「聞きたいことがある。そうだな、お前にとって悪ィ話じゃないはずだ。とりあえずそいつらは預かっておいてやるよ。『死んだら困る』そーいうこったろ?」

 魔物は、牢の魔王、とその背負う肩書のみを名乗った。
 人間は、アストライオ・オクタと、ただ何の肩書もない自分の名のみを名乗った。

***

3:古いある日のこと


 遠くから教会の警鐘が鳴り響く。よくある、そう、とてもよくあることだ。学び舎に集う子供たちは大人の指示に従って立ち上がり、整列して出ていく。静かに、かつ速やかに。

 その街のすぐそばに魔界ゲートが開くようになってから、もう100年は経とうとしている。その間にゲートから魔物が現れ街を襲い、この国を侵すことすでに2桁を超えていた。人の身にとってすら短すぎるそのサイクルで、人々はならされていた。学校や商会、市場といった人が集まる場所では頻繁に避難訓練が行われ、一定の時間で丈夫な造りの建物と複数の場所に繋がる地下脱出路のある集会所に逃げる手順は確立されていた。

 また、兵士たちもならされていた。出来得る限り迅速に壁の門を閉ざし、侵入した外敵は全て殺すということに。そうやって人々とその生活を守って、できるだけ早く立ち上がれるようにするということに。

 それでも、定期的な外敵の侵攻は着実に死者を増やし、様々な余裕を削ぎ落していく。人々は日ごろから大切なものは身に着け最低限の荷物を揃えるのは常識になってしまったし、避難する道中動けない者を助けないのは不文律であった。兵士たちはいつも険しい顔をして、訓練のときも残酷なまでに自他に厳しかった。そこまでやっても、少しバランスが崩れるだけで、惨劇は人々の用心を容易に無に帰す。

 この日も、いつもの通りに魔物たちがやってきた。いつもと違ったのは非常に強靭な四肢で門を破る魔物があったことで、いつもよりもほんの少し早く街にあふれた彼らは、いつもより多くのものを破壊しながら、いつも通りの手順ではわずかに逃げ遅れることになる人々を殺戮していった。

 少年もまた、その1人だった。学校では足の遅い子供たちから順番に逃げており、足の速い何人かの子供たちと彼らを統率するまとめ役の子供が最後に逃れることになっていた。身体が大きく、人望のあった少年は、まとめ役として残されていた。ただ運が悪かっただけの少年に、獰猛な獣の筋肉を四肢に漲らせ、顔に8つの血走った目と繊毛をうごめかせた化け物はとびかかろうとしていた。

「危ない!」

 ガツン!と激しい衝撃が襲う。しかし思わず目をつむった少年が目を開いたときに飛び込んできたのは、片手で自分を抱き上げ、もう片手に構えた盾で化け物の突撃を防いだ、小柄な男だった。

ッ、大丈夫?」

 脂汗をかきながら男は少年に笑いかけた。少年には、返す言葉もなかった。門を壊すほどの衝撃を頼りない身体の片側で受け止め、今この瞬間にもぎりぎりと押し返す力がかかり、明らかに肩の関節が砕け擦り落ちるような音を立てている。怯えて涙を湛えた子どもの青い目を見た男は優しい声で、盾を支えたまま少年を下ろして言った。

「私は勇者だから死ぬことはない。君は早く逃げて」

 彼に頷きながら、少年は思った。

(なぜ『ありがとう』とか『ごめん』じゃなくて、『化け物みたいだ』って今、おもってしまったんだろう。たすけてくれた優しい人なのに!)

 男がそのままガッと魔物を盾で振り落とし殴りつけるのをみて、少年は金髪を振り乱しながら駆けだした。後ろで上がった魔物の悲鳴が、なぜか耳から離れなかった。


***

4:世間一般でのこと

 それから、随分と経った。

 彼自身は知らず、聖界に出回っている賞金首の手配書がある。複数の国家の重鎮が共同で署名し、賞金首としては破格の値段になっている。

「『勇者を狩るもの』アストライオ・オクタ。詳細不明。生死を問わず求む」




END


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