@satomi8429
緑の生い茂る裏庭のはずれ。
拾ってきた大きめの石を丁寧に地面に置き、脚を組んで座る。視線で隣に座るよう促すと、鬼宿も無言で腰を下ろした。
見送りの儀、続けて弔いの経。数珠を絡めて手を合わせ、閉眼して淡々と唱える。頭上で時々風が騒ぎ、葉の擦れる音だけがあたりに響いていた。
鬼宿に請われたのは先刻。
「井宿って坊さんなんだろ。……葬式、みたいなこと、やってもらえねえかな」
親父と、妹たちの。
鬼宿の家族が襲われたという翌日、帰ってきた鬼宿は気丈にふるまっていたが、そう付け足した声は震えていた。
無理もない、と井宿は思う。家族全員が殺されたのだ。たった一日二日で気持ちの整理がつけられるわけもない。
「鬼宿くん、もう目を開けていいのだ」
隣で手を合わせていた鬼宿に声をかける。苦労してきたのだろう。普段は大人びた印象の彼が、今は年相応の少年のような顔をしている。開いた目、赤くなったその端から流れ落ちる水は見ないふりをして、井宿は微笑みで経の終わりを告げた。
「そうか。井宿、ありがとな」
「まだなのだ」
懐の小さな巾着から抹香を取り出し、石の前に盛って火をつける。
小さな燠、一瞬遅れて立ち上る細い細い煙。頼りないそれは、しかし左右に揺れながらもまっすぐ天を目指している。
「これが尽きたら弔いの儀は完了なのだ」
「なあ、井宿。人は死んだらどこへ行くんだ」
「……」
「おふくろが死んだときはさ、もちろん悲しかったんだけど、それより妹を生かさなきゃ、弟たちを育てなきゃっていうのが先に立ってそんなこと考えてる余裕はなかったんだ。でも今、親父も弟も妹も死んでさ、あいつらはどこへ行くんだろう、って思って」
井宿は黙った。知り合って間もない、十代半ばにして天涯孤独になってしまった少年の身の上話は痛々しく、言葉が見つからない。しかし、自分を僧侶と思って頼ってくれた彼に誠意を尽くすことが最善だ。井宿は意識的に口の端を持ち上げた。
「鬼宿くんはどう思うのだ?」
「どうなんだろう。死んだら終わり、って気もするし……でも、あの世なんてのがあるなら」
たなびく煙を見上げながら、鬼宿は赤い目のまま微笑んだ。
「あいつらにはあの世にいるおふくろと再会して、幸せにくらして……ってのはなんか変だな。でも、なんていうか向こうで笑っててくれたら、と思うよ。でもほら、輪廻転生とかも言うだろ。生まれ変わってくるってやつ。もしおふくろが生まれ変わってたならもう会えねえし、でも生まれ変わるってことは生まれ変わった姿で俺がまた会える可能性もあるわけだし」
「……きっと、鬼宿くんの願う通りなのだ」
これが本来僧侶の仕事だ、と今更思いながら続ける。遠くで鳥の囀りが聞こえた。
「今頃死後の世界でお母上と再会して、にこにこしながらみんなで君のことを見守ってくれてるのだ」
「そうかな」
照れくさそうに彼が笑う。
「そうなのだ」
いつの間にか煙は途切れ、見送りきった燃え跡が地面に残るきりとなっていた。
「とてもいいお見送りができたのだ。鬼宿くん」
「ああ、ありがとう井宿」
「そういえばさっき美朱ちゃんが、船の準備がと言いながら走り回ってたのだ」
「でかい荷物持ってたからな、あいつは」
立ち上がってぽんぽんと草を払う。
「きっと今頃君を探してるのだ」
「おう。じゃあまたあとでな」
井宿は立ち去る鬼宿の背を見届けると、使った石を庭の隅に寄せた。
弔いの儀は死者のためではなく生きる者のためにある。
あとは、彼が彼の思うように生きていけることを願うのみだ。
燃えあとの残る地面を見つめる。
保留のままの弔いは、死者も生者もどこへもいけぬ。
死んだまま死者の弔いをしている自分は、果たしてどちら側なのだろうか。