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インクリングズの医学メンバー、ロバート・エムリン・'ハンフリー'・ハーヴァードによる科学論文についての回想

@Chica_Chubb
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2016-12-22 03:56:32

ロバート・エムリン・ハーヴァードは、インクリングズのなかで唯一の非文学者のメンバーで、CSルイスとトールキンの家庭医でもあった。彼が医学生の頃に共著した論文から彼の科学者としての人となりと、なぜインクリングズの一員として評価されていたかを考察した論文の拙訳

2016年12月22日 #TolkienWritingDay のイベントに参加しています。
この記事は、トールキン Advent Calendar 2016 の22日目の記事です。
#TolkienWritingDay 2016
http://bagend.me/writing-day/

ロバート・エムリン・ハーヴァードは、インクリングズのなかで唯一の非文学者のメンバーで、CSルイスとトールキンの家庭医でもありました。
彼が医学生の頃に共著した論文から彼の科学者としての人となりと、なぜインクリングズの一員として評価されていたかを考察した論文の拙訳です。


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インクリングズの医学メンバー、ロバート・エムリン・'ハンフリー'・ハーヴァード(1901-1985)による科学論文についての回想
B.G.チャールトン
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19297104

Med Hypotheses. 2009 Jun;72(6):619-20. doi: 10.1016/j.mehy.2009.03.003. Epub 2009 Mar 17.
Reflections on a scientific paper of 1926 by the medical 'Inkling' Robert Emlyn 'Humphrey' Havard (1901-1985).
Charlton BG.
PMID:19297104
DOI:10.1016/j.mehy.2009.03.003

要旨:
ロバート・エムリン・ハーヴァード(1991-1985; 一般開業医で時には医学研究者であった)は、インクリングズのなかで唯一の非文学者のメンバーであった。インクリングズは1930年代から1940年代に、オックスフォード大学内で作られたクラブでC.S.ルイスとJ.R.R.トールキンもその仲間だった。まだケンブリッジ大学の学生であった頃に、ハーヴァードは、the Journal of Physiology(生理学雑誌)に、1926年、「血液中と尿中の無機リン酸に運動が与える影響」という影響力のある研究論文を共著した。この論文の文体と構造は、1920年代の気鋭の医科学に魅力的な風穴を空けるものであった。

●ハーヴァード:医者のインクリングズ・メンバー

インクリングズは、1930年代から1940年代にかけて、オックスフォード大学のC.S.ルイスとJ.R.R.トールキンの周囲の友人や同僚たちのグループだった[1]。そのグループは、一週間に一度、夕食後の夜にモードリン・コレッジのルイスの部屋で作りかけの作品を読むために集まり、セント・ジャイルズ通りにあるイーグル・アンド・チャイルド(愛称では「バード・アンド・ベイビー」)でより砕けた会話をした。
 
ルイスは今やナルニア国物語の著者として世界的に有名であり、20世紀の非聖職者のキリスト教作家としておそらく最も偉大な人物だった。もう一人の世界的に有名なインクリングズの一員がトールキンで、『ホビットの冒険』や『指輪物語』の作者である。チャールズ・ウィリアムズは小説家、詩人そして神学者で、メンバーに加わったのは後半だった。他によく知られたインクリングズの仲間には、哲学者のオーウェン・バーフィールド、シェイクスピア劇の監督でチョーサーのカンタベリー物語の現代英語版を刊行したことで知られるネヴィル・コグヒル、「怒れる若者たち(Angry Young Men)」の小説家の一人で文学者のジョン・ウェイン、そして伝記作家のデイビッド・セシル卿がいた。ルイスの兄ウォレン(愛称では「ウォーニー」)がいつも出席していた。彼はルイ十四世統治のフランスについて書く人気のある歴史家だった。トールキンの一番下の息子であるクリストファーも後に加わり、今や生きている唯一のインクリングズのメンバーである。クリストファー・トールキンは父の作品の最も重要な研究者である。

インクリングズについての最近でた本"The company they kept [2]"の中で、ダイアナ・パヴラック・グライアーDiana Pavlac Glyerは、このグループのレギュラー・メンバーのほぼ全員が活動的な作家で、学術書、小論文、小説、物語、演劇、そして詩を生み出していたことを指摘している。インクリングズはお互いを励まし合い批判し編集の支え合いをする作家グループとして本質的に昨日していた。少なくとも表面的に仲間外れなのは、ロバート・エムリン・ハーヴァード(1901-1985)で、彼は一般開業医で、時には医学研究者であり、ルイスとトールキンの家庭医をしていた。

ハーヴァードは、トールキンの死後出版された「中つ国の歴史」シリーズ第9巻の『モルゴスの指輪』内のThe Notion Club papersの中で、話は眠気を誘うが洞察力のある「ドルベア(Dolbear)」という想像上の人物で登場し[3]、ルイスの『カスピアン王子の角笛』はハーヴァードの娘に献辞された[4]。彼はインクリングズの仲間から様々な愛称をつけられた。その愛称は「ハンフリー」、「赤色提督」(海軍所属の間、顎髭を伸ばしていたせいで)、そしてUQ('Useless Quack'「役立たずの薮医者」の略)だった。実際、冷笑的で全般に信頼性に欠ける『C.S.ルイス評伝(原題 CS Lewis: A biography)』の中で、ハーヴァードは著者のA.N.ウィルソンに道化者か何かのように描かれている[5]。

これは、医学研究者としてのハーヴァードの初期の経歴から見て取れるように、実際からはかけ離れている。これまでのハーヴァードの人生の最も完全な評価は、『C.S.ルイス文学案内事典(原題 Lewis: a companion and guide)』のウォルター・フーパーによるものだ。ハーヴァードはオックスフォード大学のキーブル・コレッジで化学の第一級学位を取得し、ケンブリッジ大学のゴンヴィル・アンド・キーズ・コレッジとロンドンのガイ病院で医学を勉強し、1927年オックスフォード大学で医学学士号を取得し卒業した。彼はリーズ大学の生化学教室で働いている間の1934年にオックスフォード大学の医学博士号を取得し、同年クイーンズ・コレッジの研究フェローとしてオックスフォードに戻り、その頃に一般開業医になった。

一般開業医としてほとんど過ごしたにも関わらず、ハーヴァードは、Nature(科学雑誌ネイチャー), the Lancet(医学雑誌ランセット), Biochemical Journal(生化学雑誌)そしてthe Journal of Physiology(生理学雑誌)といった一流誌に24以上の論文をその名を掲載した生産的な医学研究者であった。彼の研究と論文には三つの時期がある。一つ目は彼がまだ医学生だった頃の1920年代半ばの主にヒトの生化学に関する仕事をしていた時期、二つ目はリーズ大学とオックスフォード大学で1930年代初めから博士号の研究をしていた医学院生として生化学のより臨床的な研究をしていた時期、そして三つ目は、1940年代初めから第一次・第二次世界大戦中に徴兵年齢超えの志願兵であった頃に抗マラリア薬に取り掛かっていた時期である[2]。

●運動、リン酸と楽しみ

ケンブリッジ大学の医学生の頃、ハーヴァードは(ジョージ・アダム・レイ George Adam Reayと)the Journal of Physiology(生理学雑誌)に、1926年、 「血液中と尿中の無機リン酸に運動が与える影響」という影響力のある研究論文を共著した。大学生の「悪ふざけ」に近い科学研究をする時期を描写する、この愛嬌のある論文にこそ、次のような回想が引き起こされた。

この論文は確かに驚天動地とまではいかないが、にも関わらず、その年のthe Journal of Physiologyで最も引用数の多い論文の一つであったようだ。Google Scholarのデータベースには現在13の引用があり、(かなりそんなに古い論文のわりに)最近の引用は1971年だった。

その論文の文体と構造は1920年代初めのかなり今とは違った科学のあり方に素敵な風穴を空けた。説明無しに「学内の」スラングを使い、イニシャルなしに著者の名字のみを引用論文のリストに載せるという「排他的な」文体で(1926年当時、生理学学会の会員は400人未満だった[7])、実験手順に関する愉快な小話を載せた。

画期的な特徴の一つは、論文で報告された実験手法は、実験期間を通じて有意に変更されたように書かれたことで、これらの試行錯誤の修正の前後の結果が記された。現在の科学論文なら初期の失敗した試行を必ず省略するであろう。実際、この論文のスタイルは、現在の論文よりは、研究室生活を切り取ったようだ。この科学者たちは、自分たちの結果だけでなく、どのように結果が得られたかという根本を共有したかった印象がある。

ハーヴァードとレイは、「40フィートの高さの研究室の階段を、疲れ果てるまで駆け上がったり下がったりする被験者の運動がどのようなものか、そしてその運動の最中とその後に、被験者の血液中のリン酸を測定するため対象者の指から1mLの血液を何度も採る様子を描写している - 痛そうな手順のように思える。しかし主たる被験者の一人に"R.E.H."その人が入っていたため、自分が避けたことを他人に負わせているという誹りをうけることはなかった。

実際、その実験の被験者全員はイニシャルのリストが掲載されており、そのため「知る人ぞ知る」だっただろう(現在の我々の「秘匿性」に関する心配なぞ全く見られない)。表の一つには、被験者には「漕ぎ手」G.B.氏、「ラグビー『ブルー』」W.E.T.氏(「ブルー」とは大学体育会でハイレベルな選手のオックスフォード大学大学生に与えられる称号)、「競走ブルー」H.K.B.O.氏、「スプリンター」E.H.F.氏と説明付きで載せられ、これら体育会系の者とは対称的にハーヴァード自身は「少しはトレーニングを積んだ」としか説明されていない。

尿検体を集めるのも問題だった。H.K.B.O.氏(競走ブルーにも関わらず-あるいはだからこそ?)は運動した7分後の尿検体を提出できなかった。他の実験では、R.H.B氏(競走選手)は、「トレーニングをしていない被験者と同じくらい疲れ果て苦しくなってしまった」とあり、彼にとってはかなり面目なかったに違いない。しかし、R.H.B.氏はブルー選手ではなかったようだ。

3人の女性も被験者に含まれていた。M.M.嬢(筆者が思うに彼女はMissだったのだろう)は「あまり熱心でない」としてかなり軽蔑的にやめさせられる程度の運動しかしなかった。B.E.H.嬢は「やや熱心に」運動をなんとか行った。その一方で男勝りのC.E.L.嬢は「とても熱心に」運動を行うことができた - が、残念ながら運動後、彼女は「とても疲れ果てていた」と描写された。ハーヴァードは後悔を明らかに滲ませて、女性は説明し難い「例外的な結果」を生み出すことになったと記載した。

結論として、著者らはリン酸が運動時に少し上昇した後に著明に減少すること、そしてトレーニングを積んだ男性では、運動によって誘導される、血液中の無機リン酸のこのような変化がより少ないことを報告した。

●失われた時代からのスナップショット

この論文が私の興味を引いた理由は、堅苦しさなくお互い十分に知っており、広く購読される雑誌に発表されるにも関わらずほぼ閉ざされた世界にいる、共同研究したり競争したりする研究者の「見えざる大学生活」のほぼ失われた時代からのスナップショットを縮図として表しているからだった。鼻っ柱の強い、プロの現在の研究者からすると、そんな20世紀初頭の論文は風変わりで、独特のものにみえる。この論文は確かに「アマチュア」だが、保証された収入や管理権限の報酬がある職業よりむしろ、本質的な理由と同僚への尊敬から趣味として科学を説明するという望ましい意味で、「アマチュア」なのだ。

しかしより一層重要で画期的なのは、誇張、詐欺、でっち上げが全くもってないことである。この論文の開放感、率直さ - 一言で言えば、誠実さだ。これは80年前の科学論文と現在の科学論文の間にある最も大きく、うろたえさせられる対称を示す。無邪気さ、同僚達との関係、そして楽しさが実に失われきた。しかし、ありのままの真実性が失われることが、現在の実践に対する最も深刻な変化である。

ハーヴァード自身は作家ではないと著者は言ったが、この初期の論文を証拠にすると、ハーヴァードは20代半ばにして尋常ではない鮮やかな科学的な書き手であった。実際、学生時代に遡ると、彼は小論文や雑誌のレビューを書いており、1950年代にまでそれを続けていた。加えて、ハーヴァードはルイス[10]とトールキン[11]両者の死後の回想記にも貢献している。

以上が、文学者でないにも関わらず、インクリングスの会合で「ハンフリー」の存在がそんなに高く評価されたのかの説明がつく。

●謝辞

ロバート・ハーヴァードの長男ジョン氏には、彼の父の論文の一部のリストを親切にもお貸しいただき、Eメールや電話で素晴らしい背景情報を提供いただき感謝しております。ジョン・ハーヴァード氏の弟のマーク氏(つまり、R.E.ハーヴァード氏の次男)にも対応いただき、C.S.ルイスの1943年に刊行された小説『ペレランドラ-金星への旅』に登場する医師が「ハンフリー」という名前であることを思い出させていただいた。

●引用文献

[1] Carpenter H. The inklings. London: George Allen and Unwin; 1981
ハンフリー・カーペンター  『インクリングズ---ルイス、トールキン、ウィリアムズとその友人たち』(邦題、2011年、中野善夫訳、河出書房新社刊)
[2] Gyler DP. The company they keep: CS Lewis and JRR Tolkien and writers in community. Kent, Ohio: Kent State University Press; 2007.
[3] Tolkien JRR. The Notion Club papers. In: Mormoth's ring: history of middle-earth volume IX. London: HarperCollins; 1992.
[4] Lewis CS. Prince Caspian. London: Geoffrey Bles; 1951.
C.S.ルイス 『カスピアン王子の角笛』(邦題、1966年、瀬田貞二訳、岩波書店刊)
[5] Wilson AN. CS Lewis: A biography. London: Collins; 1990.
A.N.ウィルソン 『C.S.ルイス評伝』(邦題、2008年、中村妙子訳、新教出版社刊)
[6] Harvard RE, Reay GA. The influence of exercise on the inorganic phyosphates of the blood and urine. J Physiol 1926;61:35-48.
[7] Bynum WF. A short history of the physiological society 1926-1976. J Physiol 1976;263:23-72
[8] Kealey T. Sex, scienence and profits: how people evoleved make money. London: William Heinemann; 2008.
[9] Charlton BG. The vital role of transcendental truth in science. Med Hypotheses 2009;72:373-6.
[10] Havard RE. Philia: Jack at ease. In: James T. Como CS, editors. Lewis at the berakfast table and other reminiscences. New York: Harvest/HBJ Book; 1979. p.215-28
[11] Havard RE, Professor JRR.Tolkien: a personal memoir. Mythlore 1990;17:61-2.

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ここからは、個人的な感想です。

トールキンがハーヴァードについて「おおかたの医者は愚か者か、ただの『治療屋』、機械を直す修理屋みたいなものだ。ともあれハーヴァードは、人間を『治療部位』の集まりではなく、人間だと考えているカトリック教徒だ」[文献1, pp.169-170]と述べています。

このハーヴァード、インクリングズの唯一の理系で、『インクリングズ』の中で、トールキンやルイス、ウィリアムズたちの作品について、色々と論理的な疑問を挟み議論を盛り上げるのを好ましく見ていました。
そして家庭医という職業柄、家族ぐるみでトールキンと
やルイスと付き合いがあるなんて、何とも羨ましいことです!

ここに取り上げられているハーヴァード自身の論文は、「学生のノリ」的な内輪ネタ表現が多く、チャールトンが言うほど、科学的に褒められたものでないように、個人的には思います。
ただ学生の論文が一流雑誌に掲載されるまでの努力や、その後の掲載誌や、戦中に抗マラリア薬の研究を続けたことも考えると、ハーヴァードが家庭医だけでなく研究にも情熱を燃やしていた点は、尊敬に値します。

先日、トールキンの伝記映画のプロジェクトが進みつつあるというニュースが流れました。

トールキンの伝記映画「ミドルアース」に「ユナイテッド」J・ストロング監督
http://eiga.com/l/b657h

奥様との話が中心になるのか、それとも、中つ国の物語の創作が中心になるのか分かりませんが、後者だと必ずやインクリングズの仲間達が出てくるに違いないと思います。
ではトールキンが友人達にどのように自分の作品を説明していたかを、物語として伺い知れるのが、ハンフリー・カーペンター著『インクリングズ』です。指輪物語を読んだ方達には、きっと楽しめますので、お勧めします。

『インクリングズ---ルイス、トールキン、ウィリアムズとその友人たち』https://www.amazon.co.jp/dp/4309205844/


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