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東京国立博物館名物帳

全体公開 16 5656文字
2017-01-05 18:46:41

トーハクにある号とか名物とかを中心にざっくりとした説明を添えてまとめたもの。
展示パネルの文章ではございません。欲しかったから作ってみたよ(/・ω・)/
調べた範囲だから名物はもっとあるかも。

東京国立博物館名物帳

目次。
東京国立博物館が所有する国宝の日本刀
太刀 銘三条(三日月宗近)
短刀 銘吉光(厚藤四郎)
刀 金象嵌銘城和泉守所持 正宗磨上本阿(花押)(城和泉正宗)
刀 無銘正宗(観世正宗)
刀 無銘貞宗(亀甲貞宗)
太刀 銘備前国包平作(大包平)
太刀 銘長光(大般若長光)
太刀 銘備前国長船住景光 元亨二年五月日(小竜景光)
太刀 銘吉房(岡田切)
太刀 銘安綱(童子切安綱)

東京国立博物館が所有する重要文化財の日本刀
刀 銘左兵衛尉藤原国吉(鳴狐)
太刀 無銘・黒漆太刀拵(獅子王)
短刀 銘□都高市郡住藤原貞吉 文保元丁巳年二月吉日(大保昌)
刀 無銘正宗(石田正宗)
刀 無銘貞宗(切刃貞宗)
脇指 無銘貞宗(石田貞宗)
太刀 銘備州長船住兼光 観応□年八月日(福島兼光)
直刀 無銘(水龍剣)

東京国立博物館が所有する国宝・重要文化財以外の名物の日本刀
籠手切正宗
毛利藤四郎
岡山藤四郎

その他、東京国立博物館で展示されるもの
寺沢貞宗(文化庁)
菊桐紋蒔絵二重短刀箱(本間美術館)

東京国立博物館が所有する名刀の写し
蜻蛉切写し
骨喰藤四郎写し

東京国立博物館が所有する国宝の日本刀

【三日月宗近】太刀 銘三条(三日月宗近)
天下五剣の一つ。三条小鍛冶宗近の作で、刃縁に沿って続く打ちのけが三日月のように見えることから三日月宗近とよばれる。豊臣秀吉に伝わり、正室の高台院が所蔵していたことが記録に残る。その後は徳川将軍家に伝来した。1992年に渡邊誠一郎氏から東京国立博物館に寄贈された。

【厚藤四郎】短刀 銘吉光(厚藤四郎)
小振りにもかかわらず重ね(刀身の厚さ)が非常に厚く、根元部分は1.1㎝もあることから厚藤四郎とよばれる(普通は6㎜ほど)。足利将軍家に伝わり、黒田官兵衛、豊臣秀吉、毛利家、徳川家に伝わる。昭和の初めころに一橋家から帝室博物館(現在の東京国立博物館)が購入した。

【津軽正宗】刀 金象嵌銘城和泉守所持 正宗磨上本阿(花押)(城和泉正宗)
奥州弘前藩主の津軽家に伝来したことから津軽正宗という。正宗作中、最も正宗らしい代表作。「刀 金象嵌銘 城和泉守所持正宗磨上本阿(花押)」と表記されるが、この城和泉守とは武田信玄の家臣であった城和泉守昌茂のこと。そのため「城和泉正宗(じょういずみまさむね)」ともよばれる。

【観世正宗(かんぜまさむね)】刀 無銘正宗(観世正宗)
能楽の観世家が所持していたことが名前の由来。後に徳川家康が所持し、徳川秀忠の娘である千姫が本多忠刻に輿入れした際に本多家に渡る。後に再び徳川将軍家に伝わり徳川慶喜から有栖川宮熾仁親王に献上。高松宮家から国が購入し、現在は東京国立博物館が所蔵。

【亀甲貞宗】刀 無銘貞宗(亀甲貞宗)
茎に亀甲菊花文の彫物があることが名前の由来。この亀甲紋は出雲大社の御神紋にもなっている「二重亀甲に剣花菱」が由来ではないかとも推測される。雲州松平家、南部家、尾張徳川家、徳川将軍家などに渡る。現在は東京国立博物館所蔵。

【大包平】太刀 銘備前国包平作(大包平)
現存する全ての日本刀中の最高傑作と評される名刀。
池田輝政の愛刀ではないかと推測される。長く岡山藩主池田家に伝来した。天下五剣の童子切安綱と並び称されて「日本刀の東西の両横綱」といわれている。

【大般若長光】太刀 銘長光(大般若長光)
刀工の格付けで600貫文の評価を付けられたことから「大般若経(全600巻)」にかけてこの名前が付けられた。足利将軍家に伝わる重宝で足利義輝が討たれた後は、織田信長、徳川家康、奥山松平家、武州忍藩松平家が所有していた。

【小龍景光】太刀 銘備前国長船住景光 元亨二年五月日(小竜景光)
楠木正成が所有していたといわれる太刀。倶利伽羅龍の彫り物があることからこの名がついた。明治時代に献上され御物となった。明治天皇はこの名刀を気に入られサーベル拵をつけ常に佩用されたという。終戦後に移管され、現在も東京国立博物館が所蔵している。

【岡田切】太刀 銘吉房(岡田切)
元は織田信長の刀で息子の信雄に伝わる。小牧長久手の戦のとき信雄が敵の秀吉に通じた容疑があった家臣の岡田重孝を成敗したことが名前の由来。吉房は鎌倉時代中期に活躍した一文字派の刀工。吉房の中で最も華やかな作品といわれている。明治天皇の愛刀の一つだったが、戦後に東京国立博物館に伝わった。

【童子切安綱】太刀 銘安綱(童子切安綱)
天下五剣とよばれる刀の一つ。大包平と並び「東西の両横綱」と称される太刀。
重ねた6体の死体を切断したという切れ味を持つ。いつしか源頼光が酒呑童子を退治に用いた伝説がついた。足利家、豊臣秀吉、徳川家、福井藩松平家、津山藩松平家に伝わり、現在は東京国立博物館が所蔵。


東京国立博物館が所有する重要文化財の日本刀

【鳴狐】刀 銘左兵衛尉藤原国吉(鳴狐)
粟田口派の国吉の作で銘には「左兵衛尉藤原国吉」とある。鎌倉時代の作としては珍しい大平造の打刀。鳴狐の号の由来は明らかではないが、障子に映った狐の化物を切ったためという説がある。出羽国山形藩主から上野館林藩主となった秋元家に伝来、現在は東京国立博物館所蔵。

【獅子王】太刀 無銘・黒漆太刀拵(獅子王)
頼三位頼政が、鵺退治の恩賞として近衛天皇より賜ったとされる太刀。無銘だが平安時代末期の大和刀工の作と見られている。後に土岐家に伝えられ、明治15年に土岐頼近から東久世通禧を通じて明治天皇に献上された。

【大保昌(おおほうしょう)】太刀 銘左衛門尉藤原国友 正中元年□月日
平造で、大振りで重ねが厚く、名物桑山保昌と並んで貞吉の代表作とされている。江戸時代には 加賀藩の前田家に伝来した。渡辺三郎が所持し、死後に息子の渡辺誠一郎から東京国立博物館へ寄贈された。

【石田正宗】刀 無銘正宗(石田正宗)
石田三成が所持していたことが名前の由来。棟の物打ちと腰元の2か所に切り込み傷があることから「池田切込正宗」ともよばれる。三成から結城秀康に贈られ、秀康の子孫に伝わり作州津山松平家に伝来。松平家では童子切安綱、稲葉郷、石田正宗を三種の宝物とした。

【切刃貞宗】刀 無銘貞宗(切刃貞宗)
切刃造というかたちで作られていることが名前の由来。徳川綱吉が所持し、徳川将軍家に伝わった。渡邊誠一郎より東京国立博物館へ寄贈された。同名の刀が多数存在する。

【石田貞宗】脇指 無銘貞宗(石田貞宗)
石田三成の指料だったことが名前の由来。三成が処刑された後に田中吉政に伝わったといわれる。
太平洋戦争後に佐藤寛次が石田貞宗と、同じく石田三成が所持していた石田正宗を入手。現在は二振とも東京国立博物館が所蔵している。

【福島兼光】太刀 銘備州長船住兼光 観応□年八月日(福島兼光)
福島正則が所持していたことが名前の由来。正則が日蓮宗本国寺から没収した刀ともいわれる。戦後まで加賀前田家に伝来した。渡辺三郎が所持し、のちに息子の渡辺誠一郎から東京国立博物館へ寄贈された。

【今荒波】太刀 銘一
片山一文字則房の作と伝えられる。荒波のように華やかな刃文から「今荒波」の号が付けられた。
元は駿河の今川家所蔵であったとされ、江戸時代には井伊家に伝わった。明治天皇に献上されたのちに東京国立博物館の所有になる。

【水龍剣】直刀 無銘(水龍剣)
奈良時代に作刀された片刃の直刀。もともとは聖武天皇の御剣として正倉院に納められていた。明治5年に明治天皇が気に入り、宝剣拵えを制作させ「水龍剣」と号して佩用した。皇室で所持していたが、昭和22年に東京国立博物館の前身の国立博物館へと移った。

【一柳安吉】短刀 銘左安吉
左安吉は、銘に「左」と記す筑前国の刀工、左文字(さもんじ)の子と伝えられる。一柳直盛が所持していたことが名前の由来。江戸から昭和まで加賀前田家に伝わる。渡辺三郎が所持した刀の一つで、息子の渡辺誠一郎より東京国立博物館に寄贈された。


東京国立博物館が所有する国宝・重要文化財以外の名物の日本刀

【籠手切正宗】刀 伝相州正宗刀
朝倉氏景がこの刀で敵の篭手を切り落としたことからこの名ついた。11代朝倉義景が織田信長に討たれたときに信長の手に渡る。前田利常が買い求め、同家に伝わった。平野藤四郎と共に明治15年に明治天皇に献上。前田家に来る前は貞宗だと思われていた。

【毛利藤四郎】短刀 銘 吉光
毛利元就の孫、毛利輝元の愛刀だったことが名前の由来。毛利輝元が徳川家康に贈り、家康から池田輝政に贈られた。池田家に伝わり、明治24年に浮田志津とともに明治天皇に献上された。その後国有となり、現在は東京国立博物館所蔵。

【岡山藤四郎】短刀 銘 吉光
備前岡山藩主であった小早川秀秋が所持したことから岡山藤四郎と名付けられた。「享保名物帳」では「不知代(だいしらず)」とされ値がつけられないほどのものであるとされる。元御物。行方知れずだったが近年東京国立博物館で発見された。


文化庁の国宝・重要文化財(東京国立博物館展示)

【寺沢貞宗】
寺沢広高が所持したことが名前の由来。相州貞宗の作風を代表する作で、地刃ともに健全。豊臣秀吉、徳川秀忠の手にも渡ったことがある。秀忠の遺物として紀州徳川家に贈られ、同家に伝来した。


東京国立博物館で展示されるもの(寄託物など)
「菊桐紋蒔絵二重短刀箱」(重要文化財)
鎬藤四郎が入っていた箱。 鎬藤四郎は明暦の大火で失われた短刀。
「豊臣秀吉の死後伊達政宗に贈られた藤四郎の刀が入っていた箱」と説明書きされて展示されていた。
ときどき東京国立博物館で展示されるが本間美術館の所有物であるため撮影は不可。
※『鎬藤四郎』鎬造りの短刀。伊達政宗はこの短刀を気に入り、毎年元旦の日にだけ差すことにしていた。徳川家光に所望されたときにも断ったらしい。有名人を渡り歩いてきた刀で、織田信長、黒田官兵衛、豊臣秀吉、伊達政宗、徳川家光も手にしている。明暦の大火により消失。


東京国立博物館が所有する名刀の写し
蜻蛉切写し『大笹穂槍 固山宗次』
銘 世伝蜻蛉切効正真作 形摸而固山備前介藤原宗次鋳之
幕末の刀工固山宗次が弘化4年(1847年)に蜻蛉切を写したもの。
蜻蛉切(銘 藤原正真作(号 蜻蛉切))は本多忠勝の愛槍として知られ、日本号・御手杵と並ぶ天下三名槍のひとつ。現在は個人蔵で佐野美術館に寄託されている。

骨喰藤四郎写し『脇差 越前康継』
銘 (葵紋)以南蛮鉄於武州江戸越前康継 骨喰吉光模
初代康継が明暦の大火で焼身となる前に写したもの。現在の骨喰藤四郎は三代康継が焼けた後にに焼き直させたもの。焼身となる前の作風を知る上でも貴重な資料。
骨喰藤四郎(脇指 無銘 粟田口吉光 (名物:骨喰藤四郎))は切る真似をしただけで骨を砕くということから名づけられた。元は薙刀で、今では薙刀直しの脇差となっている。足利将軍家の重宝であり、豊臣秀吉や徳川家も所持していた。現在は豊国神社の所有となっている。


東京国立博物館所蔵文化財一覧
国宝
・山城国
太刀 銘三条(三日月宗近)
短刀 銘吉光(厚藤四郎)
太刀 銘定利
太刀 銘来国光嘉暦二年二月日

・相模国
短刀 銘行光
刀 金象嵌銘城和泉守所持 正宗磨上本阿(花押)(城和泉正宗)
刀 無銘正宗(観世正宗)
刀 無銘貞宗(亀甲貞宗)
太刀 銘助真

・備前国
太刀 銘備前国友成造
太刀 銘備前国包平作(大包平)
太刀 銘長光(大般若長光)
太刀 銘長光
太刀 銘備前国長船住景光 元亨二年五月日(小竜景光)
太刀 銘吉房(岡田切)
太刀 銘吉房

・その他
太刀 銘安綱(童子切安綱)


重要文化財
・山城国
短刀 銘吉光
太刀 銘国俊
太刀 銘定利
刀 金象嵌銘来国光スリ上 本阿(花押)
短刀 銘光包
刀 銘左兵衛尉藤原国吉(鳴狐)

・大和国
太刀 銘大和則長作
短刀 銘□都高市郡住藤原貞吉 文保元丁巳年二月吉日(大保昌)
太刀 無銘・黒漆太刀拵(獅子王)
刀 無銘 伝・当麻

・相模国
短刀 銘国光
刀 無銘正宗(石田正宗)
刀 無銘貞宗(切刃貞宗)
脇指 無銘貞宗(石田貞宗)
短刀 銘国広鎌倉住人 元亨四年十月三日

・備前国
太刀 銘吉包
太刀 銘国包
刀 無銘伝光忠
太刀 銘光忠
太刀 金象嵌銘光忠 本阿(花押)
太刀 銘長光
薙刀 銘長光
薙刀 銘備州長船住景光 元亨二年八月日
太刀 銘備州長船住兼光 観応□年八月日(福島兼光)
大太刀 銘備前国長船兼光 延文二二年二月日
刀 無銘元重・打刀拵
太刀 銘貞真
太刀 銘一
小太刀 銘国宗
太刀 銘雲生
太刀 銘弘□
太刀 銘景依

・備中国
太刀 銘正恒
太刀 銘康次
太刀 銘貞次
太刀 銘備中国青江住右衛門尉平吉次作 元徳弐年五月日
太刀 銘備中国住守次作 延文二年十二月日
短刀 銘備中国住次直作 延文三年十一月日

・その他
直刀 無銘(水龍剣)
太刀 銘左衛門尉藤原国友 正中元年□月日
短刀 銘左安吉
太刀 銘豊後国行平作

・新刀
刀 銘国安
刀 銘大隅掾藤原正広 慶長十一年三月吉日



参考文献
東京国立博物館所蔵文化財一覧
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%E6%89%80%E8%94%B5%E6%96%87%E5%8C%96%E8%B2%A1%E4%B8%80%E8%A6%A7
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