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ある中佐の話

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2017-01-07 17:05:09

 生活感のない部屋である。
 質は良いが見た目は無味乾燥とした家具の並ぶその部屋で、男が椅子に座っている。彼がわずかに顎を引くと、金色の髪が揺れた。輝石よりも無機質で冷たげな真紅が一瞬だけ睫毛に遮られ、それから目の前で膝をついている青年を見つめる。
「  」
 名を呼ばれ、びくり、といっそ哀れなほどに青年の肩が跳ねた。
 ……ミラン。
 今まさに青年のこころをその手中におさめている男の名を、ミラン・デ・フラーフという。
「怯えている……いえ、期待しているのですね。ふふ、もうそんなにして、いやしい子」
 男の、ミランの足が伸ばされ――靴下すらはいていない、真っ白な裸足だ――青年の股間を柔らかく踏んだ。少しずつ力がこめられてゆく。
「ぅ、あ」
 青年の唇からこぼれ落ちたのは苦痛の声ではなく、あろうことか、快感に耐えるようなそれだった。
「……気持ちいい?」
 土踏まずで捏ねるようにその膨らみを弄ぶミランはまるで宗教画のように薄く微笑んでおり、慈愛に満ちているようにすら見える。
「脱いでも構いませんよ。そのままでは下着を汚してしまうでしょう?」
 ゆるしの言葉にその顔へ喜色を浮かべた青年は、すぐさま自らのズボンへ手をかけたが、
「ひ、っ!?」
 ぐり、と強く踏まれて息を飲んだ。
 戸惑うような顔で見上げても、ミランは微笑みを浮かべたまま。再度青年がズボンを脱ごうと試みても、
「……ッ!」
 股間への刺激でまともに手が動かせない。
「……どうしました?」
「あ、あ……ふ、」
 ついにはまともにベルトの金具を外すことすら出来なくなり、青年は小さく喘ぎながら俯いてしまった。くすくすと笑う声がそこへ降ってくる。
「一人でズボンも脱げないんですか、まるで子供ですね。ここはこんなに元気なのに」
 一際強く、爪先で押し込むようにその膨らみを揉んだそのとき、青年の腰が震えた。なにかに感じ入るようなため息が漏れた瞬間、不意に股間から足が離れて青年は顔を上げようとする。
 ……顔を上げる前に、顎を思いきり蹴り上げられた。
 後ろへ引っくり返りそうになりながらもなんとか耐えた青年の耳に、ひどく冷たい声が届く。
「射精の許可は与えていない筈ですが」
 青ざめた青年は慌てて額を床へ擦り付け、ミランはその様を悠然と見下ろす。それからしばらく沈黙した後、椅子から立ち上がり窓の方へ踵を返した。
「部屋へ戻りなさい」
 こちらを見もせず吐かれた言葉に、青年はかぶりを振りミランの足元へにじり寄った。縋るような声がその足に絡み付く。
「中佐……粗相の罰は」
「自ら罰をねだる者がありますか。そんなもの、ただの褒美にしかなりません」
 窓枠にもたれ、月明かりを背にするミランの表情はよく見えない。金色の髪だけが、きらきらと光っていた。
「三度は言いませんよ。部屋へ戻りなさい」
 青年は一度唇を噛むと立ち上がり、深々と頭を下げてから部屋を後にした。それを見送るミランの目がどんな色をしていたかは、月ですら知らない。

  ※  ※  ※

「死んだ?」
「はい」
 若い女が、手元の書類に目を落とす。そこに戦死者として名を連ねているのは、ミランがこころを握っていたあの哀れな青年である。
「中佐の班から一時離脱して別作戦に合流していた際、交戦中死亡とのことです」
 同僚たちと作戦の打ち合わせをしていたミランは、地図から顔を上げてしばらく女を見た後、はらはらと涙をこぼした。
「……かわいそうに……」
 顔を背けて横顔を晒し、睫毛を震わせ雫をふるい落とす。わずかに俯くと金の髪が静かに頬を撫で、真紅の目は果実のように濡れていた。
 ……女が息を止め、隣にいた同僚が唾を飲む。
「とても……とても悲しいですね、死というものは。さぞ心残りだったことでしょう、私から離れた場所で倒れるなんて」
 祈りの仕草をし、短く聖句を述べるミラン。
「私の足元でなら、きっと幸福な死を迎えられたでしょうに」
 ――主よ、主よ、おさなごをあわれみたもう。
 歌うような祈りはその場にいる誰が聞いても完璧なそれであり、無垢で、誠実で、神への思慕に満ちている。彼は確かに神を信じ、尊んでいるのだから。


《幕》


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