@wars_paranoia
図書館の国、ビブリオテカ。国土の7割が一つの巨大な図書館で形成される、図書国家とでもいうべき存在。聖界における叡智の集合場所……と、囚獄様は仰っていた。
「何かを知りたいなら、多分ここが一番ええやろ。聖界中の様々な本がここに寄贈されとるからな。」
そういいながら、囚獄様はフラフラとビブリオテカの奥へと消えていった。どうやら、書館の勇者、という方を探しに言ったらしい。
「適当にフラフラ歩いてみ。間違いなく一日じゃ目を通すことはできひんから。」
とは言われたものの……何がなんだか、わからない。何がわからないかがわからない。棚をざーっと見て回ると、嘆きの谷、やら赤い森、やら。
「君、さっきからふらふらとしているけれども。何か探しているのかい?」
ふと、後ろから声がかかる。後ろを振り向くと、自分と同じく図書館の使用者なのだろうか。比較的背の高い男性がいた。
「ああ、いえ。自分、あまり知識がないので、何かを探しているというよりは……。書物の多さに圧倒されていて、流されている、といったほうが正しいでしょうか。」
自分の事情を全て明かすこともないだろうと、世間話程度に明かしても問題のない部分だけをかいつまんで説明する。実際、書物の多さに圧倒されていることも、流されていることも本当だ。知らないことが多すぎて、という言葉が入るが。
それを聞くと、目の前の男性は数秒ほど何か考え込むそぶりをすると、一冊の本を本棚から取り出す。
「それじゃあ、こんな物騒な世の中だし。」
渡された本は「受け身の取り方」。
「それだけ細い身体だと、ちょっとした衝撃でも大きなダメージになっちゃうでしょ。何かの足しになればいいのだけれども。」
それじゃあ、またどこで会う機会があれば。そう僕の肩をたたきながら彼は何処かと去っていった。印象的なエメラルドグリーンの瞳が、妙に頭から焼き付いて離れなかった。
「だめだ……まずは地理の勉強をって思ったけれど……世界が広すぎて、まったく把握しきれないよ……。」
机の上には無数の本が積まれている。それぞれ様々な国に関する書物なのだが、いかんせん書物が膨大過ぎて、把握のしようがない。ひとまず、幾つかの国に関することは分かったけれども……これが、使う機会がくればいいのだけれども……。
気を取り直して、他の書物に手を取る。タイトルは聖界寄行の一、二巻。一巻は聖界、ひいては勇者と魔王に関するあれそれの内容。そして第二巻なのだか……翡翠の勇者、についてで一冊まるまる埋まっている。まさに、勇者を体現したような存在だと書かれているのだが……。ものすごく興味惹かれる内容ではあるのだが、今はもう少し別のものを読みたい。ひとまず今日は借りて帰るか、と机の上の借りたい物リスト一覧に分けておく。次に手に取ったのは英雄譚。この世界で、勇者とはいったいどんな存在として描かれているのか、と気になって適当に複数とってみたのだが……どれをみても、やはり勇者は魔王を倒すべき存在であり、邪神に選ばれた魔王は悪しきもの、として描かれている。しかし、僕を拾ってくれた尋の魔王様はあんなにも優しい人であったのだが……。
もやもやした思いを払拭するように、囚獄さんに会いに行こうと、図書館の外に出る。どこにいるのだろう、とフラフラとあたりを歩き回っていると……。
「う、うわぁぁぁ!?」
ヌッと、強面の男性が出てくる。身長は2mほどだろうか。筋骨隆々の肉体は、とてつもない威圧感を発していた。
気が付くと、僕は能力を発動して思わずその場から逃げ出していた。姿だけ見て逃げるのは流石に失礼だろう、と数秒たってから気づき、彼の元へと戻ろうと振り向くと……。
能力を使って全力飛行をしていた自分とまったく速度でこちらを追ってきていた。しかも、走る姿からはまったく全力を感じられない。わざと一定の間隔を保っているのかと勘違いしてしまうほどに。
「なんで僕のこと追ってくるんですかああああああああああああ!!」
「お前が逃げるからだ。」
「それはそうなんですけれどもおおおおおおおおおおおおお!!!」
はたから見ている人からすると、僕の声がドップラー効果のように聞こえるのではないだろうか、というぐらいの速度で逃げ回る僕と追いかける強面の人物。途中で、さらに彼を一回りも二回りも大きくさせたような、褐色の岩のような肉体をした人を見かけた気がしたが、おそらく気のせいだろう。
そして、その近くに囚獄さんがいた。助けてください、と意味を込めて手をふると、囚獄さんもにこやかに手を振り返してくる。違う! そうじゃないんですよ囚獄さん!
いつまでたっても距離を開けられない。今すぐ止まって謝りたいが、今止まると正面衝突でとてつもないダメージを負いそうだ。ぶつかるだけならまだしも、謝る間もなくぼこぼこにされてしまいそうだ。だが、逃げれども逃げれども一向に開かない距離。開かないどころか、徐々に差が詰められている気がする。このままでは、間違いなくあの強面の男性につかまってしまう。そんなとき、あるひらめきが僕の頭に走った。
「空に逃げればいいんだ!!!!!!」
全身にかかる重力に体を千々こませながら、なんとか天井のほうへと角度をつけて、自分を弾丸のように射出する。さすがに地面から見えないほど高く昇ってしまえば、ほとぼりがさめるまで留まってから謝りに降りることができる。
そこまで考えたとき、地面のほうから大きな衝撃音が聞こえてきた。何事かと地面のほうを見ても、だれもいない。しかし、直後、背後に巨大な気配を感じた。恐る恐る振り返ると、褐色の巨体、額に生えた角、筋骨隆々の肉体。人と形容するにはあまりにも威圧的なナニカが、どう猛な笑みを浮かべながらこぶしを振り下ろそうとしていた。
あぁ、あの時受け身の本を渡されたのは、そういう理由だったのかな。でも、意味、ないですよこれじゃ。
現実から目を背けた僕が最後に考えたのは。そんなくだらないことだった。
目が覚めると、僕は壁に貼り付けられていた。その横では囚獄様と、先ほどの強面の男性、そして僕の最後の記憶に映っている褐色の強面の男性、なにやらとても背の小さい男の人が仲良くお茶を飲んでいた。
「ええっと……。」
きょとん、とした顔であたりを見渡す。褐色の男性に、腹部に激しい一撃を叩き込まれたところまでしか記憶にない。意識を手放す直前にどうにかこうにか能力を発動したような気がしなくもないのだが……。
「お、坊主。目が覚めたか。」
庭園のテラスのような場所で、囚獄様、あと、背の小さい人、大きい人、褐色の人が座って、囲んでお茶をしていた。あたりには自分以外の人気はなく、おそらく、この場には自分たちしかいないようだ。身体を起こそうとすると、何かに自分の服が引っ張られる感覚に襲われる。何事かと思い自分の腕を見ると、自分の身体に沿うように、服がナイフで縫い止められていた。ひとまず、能力を使って片腕を開放し、その腕で自分を縫い止めているナイフを引き抜いていく。よく見たら、自分が使おうと使っていたナイフだった。
「ほれ坊主、こっちへこい。ここのお茶はおいしいぞ。」
褐色の男性がこちらへこい、と手招きをしてくる。みんながお茶をしているので、おそらく自分が思っているほど、あそこの二人は怖い男性、ではないのだろう……。だが、そうすると、自分がしたことは……。
「ご、ごめんなさい……。」
巨大な男性と褐色の男性の前にいって謝る。二人とも、気にしてはいないようだ。大きな男性が餓狼の勇者、褐色の男性が戦の魔王というらしい。
「図書館では静かに、と言いたいところだけれども。図書館の外だったから。見逃そう。」
囚獄様の横に座っている背の小さい男性。彼はここビブリオテカに住んでる勇者、書館の勇者というそうだ。
「しかし、君の使っている力は、一体何なんだい? やっぱりあれか、魔法で飛んでいるのかな。」
いえ、特に魔法で飛んでいるわけではないと思うんですけれども。そう返事をすると、じゃあ一体どのような方法で飛んでいるのか、と。おもちゃを見つけたようなキラキラした瞳でにじりよってきた。まあまあ、と横で囚獄様が半ば諦めながらいさめようとしていると、戦様や餓狼様はいつものだ、と言った調子の反応だったので。警戒はしなくても、いいのだろう。
なぜ、どのように。根掘り葉掘り能力に関して聞かれたが、自分でも一体どういう原理で飛んでいるのか。改めて考えてみるとわからない。なぁなぁで流してはいたが、一体どういう原理でとんでいるのだろう。
その場で能力を使って書館様に見てもらったが。魔力を使っているのは確か、ということぐらいしか解らなかった。戦様から、自ら持つ力すら把握出来ないと今後がまずいぞ、とも言われた。たしかに、あの地下国家で書類仕事をしているときも、自らが一体何の書類にかかわっているのかというのは、出来うる限り把握しておかないと自らの身が危険になるというのは解っていたというのに。調べなかった自分も自分だが、能力を与えるだけ与えて詳細をまったく知らせない女神も、情報伝達の観点で見ると、だめなのではないのだろうか。そもそも、魔王を倒すのが勇者の使命であり、魔王は倒さなければならない、と言っているのに、自分が出会った尋様はとても優しいし、目の前で勇者と魔王が仲良く会話している。
「それは、絶対にやめたほうがいい。」
胸に抱いた女神への不信感を隠しながら、これって女神様にきいたほうがいいんですかねー、と聞いてみると。それまで楽しそうな雰囲気になっていた書館様が一転、氷のような無表情になってぴしゃりと止めてきた。急な変化についていけず囚獄様へと視線を向けると、「そうやね、やめることをおすすめしておくで。」と、いつも通りの雰囲気に、多少固いものを感じさせる態度で答えた。
「ところで、僕のせいではあるんだけれども、服を台無しにしてしまったね。どうだい、ここで服を買っていくというのは。」
書館様が急に話題を変えてきたので、これ以上はつつかないほうがいいのだろう、と判断し。いや、でも別に穴が開いている程度で別に気にしなくても、と答えると。「アンタほんまどんな環境でそだってきたんや!?」と囚獄様に突っ込まれ。そのままビブリオテカにある服屋で何着か服を、それとバッグを買うことになった。黒と白の二種類で、ジーパンと七分丈のズボン、上は半袖のパーカーにアロハシャツ、もこもこのジャケットと自分の使っていたナポレオンコート、あとは肩が出ているインナータートルネックのシャツ、などなど。いろいろな服を買うことになった。そのあとは、皆さんともう少しお茶をした後、解散の流れとなる。最初は怖かった戦様や餓狼様は、話してみると良い人であることがわかったので、時間があれば、と戦様の国に行ってみようかな、と、自身の予定に書き込むこととした。
「自分はそろそろここをはなれるけれども、アンタはどないするん?」
「この後特に予定はないので。書館様にいろいろ教えてもらいながら、自分でもある程度本をみてみようと思ってます。」
「ん、そっか。ほな、がんばってな。」
「ええ、ありがとうございます、囚獄様。」
「だーから、その様付けっつうはやめてほしいねんけどなぁ。こっぱずかしい。」
「ど、努力してみます……。」
長い間とてもお世話になった囚獄様がビブリオテカを発っていく。後ろを振り向くと、改めて感じるビブリオテカの大きさ。自分の知りたいことがわかるまでは、しばらく時間がかかりそうだ、と。気合を入れて図書館へと足を進めていった。