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おもいおもわれ

じょん
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2017-02-05 00:52:38

「炬燵布団の中に人が住んでたらどうする?」
そう言われた時の私は率直に嫌だなって顔をしてしまったと思う。そんな発想が出てくるこの先輩が、やっぱり私は少し苦手だった。
先輩は空気を読むとか、集団行動とか、一般的な大学生の範疇からちょっとずつずれた人だった。同じサークルの先輩たちも同級生たちも、この先輩のことだけは何となく遠巻きに見ているのを知っている。
でも、そんな先輩からの誘いを断れない私がいる。ある日突然「遊びに行ってもいい?」と聞かれ、私が「いいです」と答えた日から先輩は我が家に出入りするようになった。何事にもノーと言えない優柔不断さが仇となったのか、先輩は何故か平々凡々な私を気に入ったようでいつしか結構な頻度で連絡をくれるようになっていた。
木目調の天板の上にはみかんが二つ転がっている。寒いのが苦手だという言葉の通り炬燵に入っていても赤いチェック柄のストールを肩からかけたままの先輩は「一個食べていい?」と尋ね、私は「どうぞ」と答えた。
先輩は短く切られた爪を駆使してみかんの皮を破るようにして剥いていく。お世辞にも綺麗とは言い難い剥き方もあんまり好きじゃない。
「人っていうかさ、手だけのがいいかな」
「はい?」
「炬燵布団の中の妖怪」
さっきより途端に嫌悪感が増した。きっともう先輩の中ではイメージが湧いているのだ。炬燵布団の中の妖怪とやらの。
「足を掴まれてさ、慌てて炬燵布団をめくるんだけどそこには何もなくて。もう一回布団を戻すとまた出てくるとか」
足元の炬燵布団は部屋のカーテンと合わせてドット柄を選んでいる。これだけポップな色合いなのにどうしてそんな考えが出てくるんだろう。炬燵でみかんを食べてる口から出てくる言葉とは思えない。
先輩は空気が読めない。読むための空気というものを考えない。多分空気は吸うもので吐くものだと思っている。
「あ、ごめん。そろそろ出なきゃ。バイト、この間も遅刻しちゃったから今日はさすがに」
「遅刻したんですか?」
「うん。あの、バイパス通りの信号あるじゃん?あそこがずーっと赤になってたら面白いなって思ったらほんとにずーっと赤のままで。警察来たりしててさぁ、手信号とか初めて見た」
先輩はみかんごちそうさま、と皮だけを卓上に残して立ち上がる。玄関まで見送るとブーツを履いて大判のストールをきつめに巻きつけてこっちを振り返った。
「じゃあお邪魔しました」
「はい」
「……あのさ、聞いてもいい?」
「はい?」
「なんで、嫌そうな顔するのにやめてって言わないの?」
それは、炬燵布団の妖怪の話だろう。この人は分かって言っていたのだ。

先輩は不思議な人だった。一般的な大学生からはずれている。先輩が赤信号が続けばいいと思えばその通りになるし、空気を読もうとしたら大気に突然文字が浮かび上がるだろうし、多分、私が次に炬燵布団の中に入れば足を掴まれる。ドット柄の炬燵布団をめくっても中には何も見えないのに確かに手の感触があるんだろう。
先輩は思ったことを全て現実に出来た。このオカルトじみた能力のせいで噂が噂を呼び、周りからは遠巻きにされている。

けれど先輩は文字通り空気を読まない。恐がられてもからかわれても気にしない。
そういうところは、嫌いじゃなかった。
「やめてって言ったらやめてくれるんですか?」
「確かに。やめないかも」
「じゃあ言っても仕方ないかなって。でもなんで私が嫌がるって分かっててそういうことするのかは知りたいです」
先輩はちょっと驚いたような顔をした。ドアノブにかけていた手が止まる。考え込むような素振りは一瞬だった。
「うーん、好きな子には意地悪したいからかな」
じゃあまたね。そう言って先輩は笑って部屋を出て行った。

鍵をかけてリビングに戻る。
さっき先輩が置いていったみかんの皮を捨ててから、彼が座っていた場所の炬燵布団をめくり上げる。一応先に中を確認したけれど誰もいない。
座椅子にもたれながら足を突っ込むと、残念ながらちゃんと何かの手に足を掴まれる感触がした。分かっていても心臓に悪くてすぐに足を引っ込める。恐る恐るめくって見たがやっぱり何もいなかった。
好きな子には意地悪したいっていうその発想がどうしても私には理解できない。どうせだったら好きな人にはめいっぱい優しくしたい。
例えばどんなにめんどくさくてオカルトじみた能力がある人だとしても、家にあげて大好きなみかんを適当に剥いて食べられるのだって許してしまうだとか、そんなふうに。優しく。


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じょん @borokobo
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