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言葉が足りぬとて

全体公開 2 8301文字
2017-02-06 02:05:25

獣究さんと猟人さんの話。

緑の間からわずかに光が降り注ぐ中を、彼はゆっくりと歩いていた。右を向いても左を向いても、巨大な木が空に向かって伸びている景色はずいぶんと見慣れたものだった。
倒れた老木が道を塞ぎ、人の侵入を拒んでいる。けれど命を失った亡骸は、新しい命の苗床になっていた。緑の苔が覆う巨大な枯れ木の間から、黒い兎にしては大ぶりな魔物がこちらに視線を向けている。
「ただいま」
こちらに視線を送る獣にそうやって声をかければ、黒い毛玉はリサのもとへと駆け寄ってくる。
「異常はなかったかな」
低い草木をかけ分けてやってきた黒い毛玉はコーン、と鳴いた。リサの足に合わせて傍らでともに歩いている黒い小さな魔物は、こちらの言っていることをわかっているのかと時折思う。
黒い魔物の鳴き声に反応してか、ばさばさと上空から鳥の姿をしたものが姿を見せた。
そしてさらに木々の間から、ぱかぱかと地面をけって姿を見せたのは、馬のような生き物だ。とはいえ、白い馬の額には角、そして背には翼が生えている幻想的な生き物である。
「お前は傷が癒えたんだね。よかった。クグイ、お前は人の罠に引っかからないようにね」
白い馬、そして梟のような生き物に声をかければ、彼らはそれぞれに反応を示した。
家までの獣道をのんびりと歩いていると、代わる代わる姿を見せる魔物たちに頬を緩め、リサは上機嫌になった。
そして遠目に魔物がはびこる森にひっそりとたてられた自分の家を見つける。
ふと、こうして家が建った経緯を振り返る。
リサは、自分は異常らしい、と自虐するでもなく冷静に思う。
(何も)
ふう、と息を吐けば、どうしたの、とでも言うように、白い馬が顔に頭を寄せてきた。
「ちょっと、ね」
よしよしと馬の頬をなでながら、けれど、自分が異常だと糾弾する世界が狭かったのだとここに立つリサは思うのだった。
家まで数メートルの距離。
その距離を作り出しているのは、巨大な図書館を抱えるビブリオテカという国の帰り道だ。
(何も、私はおかしくなどなかった)
魔物、という生き物は、聖界では忌まれる生き物だ。
普通の獣と大して変わらないようにリサは思うが、ともかく『魔物』というだけで、聖界では殺すに値する理由がある。
そんな魔物を研究している彼は、聖界で己の研究を肯定されたことがなかった。研究だけでなく、魔物を研究するリサ自身がおかしいのだと、迫害されたことも少なくない。
だから彼はこうして魔物が住まう森の奥でひっそりと暮らしていたが。
『・・・ビブリオテカでは、いろんな本がある』
お前が知らないことも、きっとあるだろう。
行ってみてはどうだ、と友人に勧められた。
正直、聖界であまりいい反応をされたことがないので、リサは盛大にためらったが。
『その国には、勇者がいる。あらゆる本を読むだけあって、偏見は少ない』
まあ、多少はあるだろうが、とぶっきらぼうに言われて、なにしろ初めてに等しい友人の言葉を無視するのも気が引けて、リサはその国にまで、友人とともに行った。
友人は捕まえた獣を売るだけなので、図書館自体に用はないという。
なので、道中だけは一緒だった。何しろリサは研究以外、わりと何も知らずに生きてきてしまっているので、野宿も食事も、友人がいなければどうなっていたかわからない。
帰りは大丈夫なのか、一人で平気かと何度も聞かれたが、さすがにそれぐらいは大丈夫であると言い聞かせた。
リサとていい大人である。
だというのに、友人は少しばかり過保護な気がしなくもない。
(いや、私が藁にくるまって寝てたり、三日ぐらい食事を忘れたりするからなんだろうな・・・)
手先が器用で、まめまめしい友人の行動を思い出すと、自分が悲しくなってくる。
と、まあ、そんなことはさておき、ビブリオテカについた後、いろいろな話を聞くことができた。
魔物を使役する魔法使いに出会ったことがなかったのも、リサの見識が浅かったためだろう。そう思うと、友人の言う通り、まだまだ学べることがあふれているのだと知った。
世界は、リサが思うより広い。
ビブリオテカで、リサの研究をけなすことなく、むしろ部屋を間借りしてはどうか、と提案してきた図書館の職員がその証だった。
『あなたの研究に、魔法要素がないのは、とても惜しい。魔法と魔物の関係を明確にできる素晴らしい研究だ』
図書館の司書に熱弁されて、リサは部屋を間借りした。
そしてその先で、この国では魔物にされてしまったものも多いのだと聞いて、ショックを受けた。
(魔物になってしまう、人間)
そんな技術があったことも驚きだが、そうなってしまった人たちをどうにかできるのも自分の研究だろうと思った。
司書の言葉通り、自分の研究ならば、そういった人たちも救える可能性がある。魔法で人が魔物に変えられてしまうならば、自分の研究で救える人々が確かにいるのだ。
自分の家がある森は、こうして魔物がいるからこそ放っておけない。図書館に住むことはできないが、研究をすれば人々の役にも立つだろうという可能性が見えたことで、リサは割と前向きだった。
これまでは、人々から隠れることばかり考えていた。
この研究は人のためではなく、魔物のためでしかない。
後ろ指を指されるような非道な研究ではなくとも、人から受け入れられることなどないと考えていた。
(でも)
そんなのは自分の世界が狭かっただけだった。
人と魔物の共存する可能性だって、きっとあるはずだ、と。
そんなことを考えていたら、自分の家から良い香りが漂ってきた。
「・・・お腹すいたね」
ぼんやりと立っていたせいか、わらわらと魔物が集まってきている。
コーン、と鳴きながら黒い兎が走りだしたので、あ、ずるい、とリサも走りだした。
つられてわさわさとついてくる魔物たちに楽しくなって、リサは息を切らせて走った。
は、と走りなれないために、息が切れる。開け放たれたままのドアに向かって走りきると、家と地面のわずかな間でつまずいた。
「うわあッ」
どてん、と前のめりに顔からこける。
と、思って強く目をつぶった。
けれど顔を打ち付ける衝撃がやってこず、ぼすん、と何かにぶつかる。
硬い何かを下敷きにしたなあ、と目を開けると、そこには顔をしかめた友人がいた。
「・・・ただいま?」
「なんで疑問形なんだ?おかえり?」
聞きとりやすい低い声がそう返してきたことに、リサは頬を緩めてへにゃりと締まりのない顔をした。
床に友人を押し倒してしまっているということを忘れ、リサは友人が家にいてくれた嬉しさに、もう一度ただいま、と返した。
「ずいぶん楽しかったようで何よりだ。とりあえず、上からどいてくれ」
「あ、すいませ、ん?」
険しい顔の友人の上に乗ったままだということを思い出して、どこうとすれば、コーン、と黒い兎がリサの背中にのった。
腕に入りかけていた力が背中を押されてがくりと抜けて、彼の上に再び倒れこんでしまった。
ぼすり、とのしかかると、はあーと重たい息が頭にかかる。
友人の上にのしかかると、服越しに鍛えられた彼の体がよくわかった。
目の下にある傷と鋭い目つきは人から怖がられるらしいが、中性的で時に女にさえ見られることがあるリサからすると男らしくてうらやましい限りだ。
顎を彼の胸板に乗せて、リサの背中にいる魔物を追い払う彼を、久しぶりにまじまじと観察する。
灰色の髪は、無造作に伸びているのを後ろで適当に結んでいた。それも獣の毛並みよりさらさらしているのを、リサは知っている。
黄色い目は鋭いが、魔物のようで、リサはその眼が意外と好きだった。
おまけに彼は非常に器用で、リサにあれこれとしてくれる。
(やさしいし、何でもできるし、それなのに・・・)
もやり、と至りかける思考に口の先をとがらせる。
「・・・おいリサ?」
何してるんだ、と言いたげな彼にはっとして、リサは立ち上がる。
「すいませんでした」
「服を払え。すごい汚れてる。・・・腹は減ってるか」
ぱたぱたと服の汚れを払っていると、ゆっくりと立ち上がった彼はテーブルを指さした。
「飯はできてるが」
「たべます!」
そういえば空腹だった、と顔を輝かせると、ふん、と彼は息を吐いた。
木でできたテーブルと一対の椅子の片方に置かれたスープとパンを見て、リサはあることに気づいた。
「というか、これは君の食事ではないのですか?」
まあ、とあいまいに肯定した後、俺の分はこれからよそる、と彼は台所に立った。
「あ、自分のぶんくらいよそりま」
「もうよそった。手を洗って来い」
やると言い切る前にさっさと準備してしまった彼の言う通り、水のたまった桶が置かれた流しに向かう。
すると木桶が置かれていたはずの流しは、なぜか陶器になっていた。
微妙に周りも整備されていることに気づいて、リサは振り返る。
「・・・あの、グレン。流しがきれいになっているんですが」
「ああ、あの国でいいものが売っていたからな」
それは理由になっているのだろうか、と考えつつ、リサはひとまず手を洗って席についた。せっかく彼が作ってくれたものを冷ましてしまうのも勿体ない。
そう思ってテーブルに急いで戻ると、グレンはリサが席につくまで待ってくれていたようだった。手つかずの食事を見て、リサは慌てて席につく。
いただきます、と言って二人で食べ始める。久しぶりの味は、ずいぶんと懐かしい気がした。
「やっぱり、グレンの食事が一番おいしいです」
そう言って素直に褒めると、彼はにこりともせずに、そうか、と返した。
「あの国は、いろいろなものがあったな。新鮮な果実もあったから、タルトを作ってみた」
あとで食べてみてくれ、と顔色を変えずに自分の背後を示すグレンに、リサは思わず食事の手を止める。
その動きに気づいたグレンにどうした、と言われて、リサは信じられないものを見る目をしてしまった。
「・・・タルト?タルトって言いましたか・・・?」
「嫌いか」
ぶんぶんと首を振って、とんでもない、とリサは否定した。
「お菓子って魔法で作るものではないんですか?グレン、魔法が使えたんですか?」
「・・・菓子は作り方がわかれば誰でもできるぞ」
呆れたような視線に、そんな、とリサは衝撃をあらわにした。
「私は料理もままならないのに・・・!」
くっ、と横を向いて鳩のように喉を鳴らす友人に、リサは口の先をとがらせた。
くっく、と友人がこらえるように笑うので、リサが黙々と料理を食べていると、片目を細めたグレンがちらりと視線をよこす。
「悪かった」
「タルトは私のものです」
いくらでも食え、と言われて、本当になんでもできるなあ、とリサは感心した。
リサは研究以外、わりとどうでもよいので、人並み以下の生活をしていた。
今いる家も、昔は現在ほどきちんとしていなかったし、テーブルはあってもきちんとした椅子はなかった。ベッドは藁に獣の毛皮を敷いたものだったこともある。
それが今や、あばら家のような家屋ではなく、二階建ての小さな家だ。増築したにしても、とんでもない技術とセンスである。
ベッドはきちんとした木製のものであるし、この友人がまめまめしく干してくれるのでふかふかだ。風呂場もあり、台所もきちんとあった。
そんな人間が住むのに適した家に変えたのは、リサの目の前で黙々と食事をとる、無表情な友人である。
顔が怖いというのは本人談であるし、リサはあまり顔の作りは気にしないので、友人が怖い顔をしているのか、判別はつかない。
だが、彼は手さきが器用で、人並みに生活していないリサにあれこれとしてくれることから、とても優しいのだということはよくわかる。
(どうして、グレンは私にいろいろしてくれるのだろう?)
もやり、と先ほど考えることをやめた思いが沸き上がる。
リサは自分で言うのもどうかと思うが、家事はほとんどできない。研究に没頭すると食事まで忘れてしまうありさまで、人間としてどうかと思う生活だ。
自分にしてあげられることはないに等しい。彼のほうが、ビブリオテカをはじめとして、色々なことを知っている。
きれいに食べ終わって、ぼんやりとしていると、グレンが無言でリサの皿を回収した。
「あ、すいません」
「気にするな。タルトは食べるか」
いえ、今はまだ、と返すと、さっさとお茶を入れたグレンが、木製のカップを差し出してくる。
「ありがとうございます」
「いや・・・ビブリオテカはどうだった?」
色々発見がありました!とかの国で思ったことや感じたことを、リサは素直に伝えた。
リサとしては目の前の彼のおかげだと思って、感謝を込めて報告をしていたが、なぜかグレンはしかめっ面になった。
「あの、グレン?」
なんだ、と返ってくる声が硬いような気がして、ガーン、とリサはショックを受けた。
(き、きっと、私が一方的に話しすぎたから、だ・・・)
そう思うと、なぜいろいろしてくれるのかも分からないし、きっとグレンは無理をしているという気がしてきた。
もやもやと沸き上がる不安は抑えることができなくなって、リサの胸に嫌な想像ばかりを広げていく。
(も、もしかして、ビブリオテカに案内して、それで食事だけ作って、さっきは出ていくつもりだったのでは?)
あまりにもリサがダメな生活をしているから、食事だけおいて去っていく気だったのだろう。
彼はやさしいから、リサにいろいろしてくれているが、無理をしていたんだと気づく。
そもそも入り口で彼にのしかかったことがおかしい、と思えば、リサはどんどん落ち込んだ。
彼がいろいろしてくれる善意に甘えていたのだと気づけば、ますます自分が悪いような気がした。
彼はやさしいからリサにいろいろしてくれていたのだ。それが善人たる彼の性なのだと考えれば、リサの面倒をみていたのも納得がゆく。
「・・・おい、リサ?」
気遣うような声を出させてしまう自分が情けない、と、リサは顔を上げた。
「グレン、さっきは帰るつもりだったのでは?」
ぽかん、と口を開けた友人から否定がないことに、やはり、とリサは納得した。
「あの、無理はしないでください。私のことはいいですから」
「ちょ、ちょっと待て、なんでそうなった・・・」
「ビブリオテカに案内して、私に食事だけ作って去る予定だったんですよね?」
ちがう、という彼に、やはりやさしいからこそ無理をさせていると思うと、情けなくて仕方なかった。
「いえ、私がきちんと人並みの生活をしないから、グレンに迷惑をかけてしまって。おまけに君の考えていることも察せられなくて」
言っているとどんどんそれらが正しいことのような気がしてきて、リサは俯いた。
それらに気づけなかったのは、ひとえに自分の落ち度だろう。
鈍いからというのは言い訳にならない。ただ単に、自分の欠点が露骨にグレンにさらされている。そんな自分はダメだと落ち込んだ。
そんなダメな自分では、彼に嫌われてしまう。
嫌われたくない、と反射のようにそう思った。
だからこれ以上嫌われることがないように、とリサは精いっぱい考えた。
「あー・・・めんどくさいな。どこからどれを話せばいいんだ・・・」
めんどくさい、という言葉が、ぐさりとリサに刺さった。
その言葉は、リサの想像をすべて決定づけるものに他ならない。
「め、めんどうなら、もう、放っておいてください!!」
大きな声でそう言ってから、はっと我に返る。
人生で初めて、大きな声を出してしまった。
しかも、やさしい友人に向かって。
ぶわあ、と沸き上がってきた自己嫌悪と混乱に、リサはゆら、と空色の瞳に涙をにじませた。
ぎょっとする友人の顔が耐えられなくて、放っておいてください、と家から飛び出た。
魔物たちの声が聞こえたが、ただ聞こえないふりをして、全速力で走った。



「ふーん。君、恋人がいたのか」
逃げてきた経緯を聞き終わった書館は、白いカップに入ったお茶をすすりながらそう言った。
暗い顔でうつむく青年はお茶にも手をつけず、ぶんぶんと首を振る。
「彼は、彼は大事な友人なのに・・・怒鳴ってしまうなんて・・・」
見た目は幼いながらも、その知識たるや比肩するものがいない。
そんな書館は、あきれるほど恋愛小説も読んでいる。
(客観的に、家を作り、家具を作り、食事を作り、掃除もする・・・)
そんなことを文句も言わず、むしろ喜々としてやっている男が、無理をしているはずもない。むしろ書館の目の前にいる青年を構いたくて仕方ないのだろう。
(アベルみたいなもんだな)
アベルは書館のために国を作り上げた。
それと大差ないと思うと、好意にも気づけないほどこの青年は鈍いのか、と書館は息を吐いた。
二人がいるのは、勇者や魔王が訪問する際に使われる広間だった。
座り心地の良いソファに二人して腰掛けていた。
とある一件で、青年に迷惑をかけた書館は彼にお礼をしたいと思っていた。
そんなとき、自分の家に帰ったはずの青年が戻ってきたので、ちょうどよいと書館が招いたのである。
ずいぶん暗い顔をしていたので、『どうしたの?僕にできることはある?』と聞いたら、先ほどのことを話し始めたのだった。
(その『友人』とやらがどう思っているかがいまいちわからないからな・・・)
どう助言をすべきかと、書館は悩んだ。
青年にとっては友人でも、相手にとっては往々にしてそうではないのだと、本で読んで知っている。
感情の話ばかりは難しいなあ、と書館は思う。
書館は怒りを覚えたら、すべて殺して壊してしまえば良いし、好きなものは手元に置いておけばいい。
だが、そう簡単にはいかないのだと、書館は知っている。知っているが、理解しているわけでも納得しているわけでもないので、彼自身は気を回すことはないのだが。
「怒鳴ってしまったことを気にするのなら謝るべきだし、僕は、そんなにしてもらうことを気にしなくていいと思うけど」
書館は常に人にいろいろしてもらっている。
返せるものがあるから、という面もあるだろうが、自分の存在だけで救われている人間がいるのも確かだ。
『そばにいるだけでいい』
そういう思いがあるのも、確かだ。
その友人がどうであれ、いまだ恋や愛について回る、色の話や行動がないのだから、たぶん『そばにいてほしい』という思いが強いのではないのだろうか、と書館は推測した。
「・・・君が何も返せない、と思うのは、君が彼に好意を抱いているからだろう?何かをしてあげたいと、君も思うわけだ。だって彼が好きだから」
はい、と頷く青年に、書館は、やっぱり恋人なのでは、と思わずにはいられなかったかが、口にはしないでおいた。
「彼もそうなのでは?君が好きだから、何かしたいだけなんだ」
「・・・そう、でしょうか」
ためらいがちに視線を向ける青年に、書館は頷いた。
「ああ、好意を行動で示す人種はいるよ。結果的に相手に尽くすことが、そういう人種にとっては己の幸せと同義なんだ。アベルもそう」
あいつはぼくのために図書館を作った、といえば青年は目を丸くした。
「・・・あの、アベルさんが・・・」
「どう見えてるかはわからないが、あいつは僕に尽くすことが、自分の幸福でもある。だからそういう人種相手にあれこれ考えるのは時間の無駄だ。むしろ、何か返さねばということこそ、君らの関係を打算的なものにしないか?」
書館の言葉に、そう、なのですか、と青年は顔を上げた。
「・・・そうですよね。彼のやっていることに、同等の何かを、と考えるのは打算的ですよね・・・」
納得したらしい彼は、よし、と顔を上げた。
「彼に、謝ってきます」
「ああ、それがいい」
ありがとうございました、と頭を下げる律儀な青年に、書館は目だけを輝かせた。
「いつでも僕に話してくれていい」
それは本だけではなかなか理解しづらい『感情』に対する興味だったが、青年は気づく様子もなくほっといたように息を吐いた。
「・・・また、お話するかもしれません。それでは失礼します、書館の勇者さま」
ああ、と書館は手を振った。
「またね。獣究の勇者」
青年が部屋から出ていくのを見送り、ふむ、と書館はぽつりと。
「これでその同居人が勇者だったりしたら、面白いな」
と、まったく興味のなさそうにつぶやいた。
それが真実だと知るのはもう少し後のこと。


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