@akirenge
【今更ながらの幸福論】
「三食あたって……衣食住が保証されていて良いよな。もっと給料が当たれば……」
若山牧水が廊下を歩いていると石川啄木がそうぼやいているのが聞こえた。今日は休日で、時刻は夕方だ。
衣食住が保証されていることはありがたい。その保証の条件というのは文学書を侵蝕していく正体不明の敵である侵蝕者と戦うことだ。
「君がその借金癖をどうにかすれば今のままでもそれなりに暮らせるのだけれども」
「それなりじゃねえか」
ため息が聞こえる。ため息を吐いたのは北原白秋だ。それなりと言っているが白秋も使う方である。
「もっと働けばもらえるんじゃ無いか?」
「司書の限界もあるだろう。今でぎりぎりだ」
今の”仕事”は自分達、文豪とアルケミストという自分達を転生させた特殊能力を持った特務司書が居ることによって成り立つ。
帝国図書館分館の特務司書の少女は体が弱い。
「ぎりぎりか。……ぎりぎりって言えばよ。俺たちは食堂に向かっているが食べ物、あるかな……」
「外で食べることは推奨されているが、面倒だからな」
「高村君が来れば食べられるものを調理してくれるだろう。彼、アトリエを片付け中だからね」
衣食住は保証されていて得に食に関しての保証は手厚い。それと言うのも仕事をし終わってからは多かれ少なかれ空腹になるからだ。
食べておかないと次の仕事にも影響が出る。
とはいうものの、食堂の職員にも休みは必要であり、今日は食堂の職員の休みの日で、食事は外で食べるかすぐに出来る食品を食べるか、自分達で作るかで
頼むと特務司書の少女は昨日、言ってきた。
文豪達は生前の集まりで共にいることが多い。牧水としては啄木や白秋、彼等から派生して高村光太郎だ。高村は料理が出来る。
外に食べに行こうにも帝国図書館から出て、門をくぐって店に行くまでがきついのだ。
食堂へと着くと先客が居た。
「北原さんと若山さんと借金苦だ」
「徳田と司書が一緒か。……これから飯か?」
外見は十代の茶色い髪を伸ばした緑色の瞳をしている少女、彼女が牧水や啄木、白秋を転生させた特務司書だ。着ているものはロングワンピースだ。
側に居るのは徳田秋声、この図書館での最古参文豪だ。話せば少女は頷く。
「秋声さんに買い物をお願いしたの。そのお礼に」
「食材って食堂にあるんじゃなかったのか」
「……魚とか、半分ぐらいは貰ったんだ」
啄木に聞かれて秋声が答える。半分ぐらいと言うがそうするとかなり貰ったことになる。
「夕飯は食堂のストック足して十二分にまかなえるよ」
「食事だけど、前に作ってくれたホイル焼きが良い」
徳田秋声ともう一人、織田作之助が良く彼女の助手を務めているし、付き合いも長い。食堂のテーブルの一つを占拠して食材を並べているが、
白い発泡スチロールの中には魚があり、野菜だと大根や人参なども置いてある。
「……ホイルって銀紙だよな。銀紙を……燃やすのか」
「蒸し焼きよ? 借金苦。……良かったら、借金苦達も食べる?」
牧水が若山さんで白秋が北原さんに対して啄木は借金苦だ。たまに啄木さんと呼ぶこともあるが大抵は借金苦である。
もしくはオーブントースター系で焼くと特務司書の少女が言う。
「良いのかよ」
「つくるのそこまで手間じゃないし。それに、若山さんとかお酒を飲むときは何か食べながら飲んだ方が良いと想う」
酒関連については彼女は放置だ。と言うのも未成年なので酒については分からないと言った様子だ。食べながら飲むとか言うが飲むのに集中すると
食べ物は適当だ。
「酒瓶だけが転がっていくからね」
「館長に任せてるけどさ。館長もかなり飲む方みたいだし」
少女であることもあり、滅多なことでは彼女は文豪達の居住区には来ない。秋声が疲れたようにため息を吐いているのは片付けているのは彼だからだ。
「君は僕の好みのものが作られるのかな」
「好みは知らないのである程度のラインで作るので後は各自で変えて下さい。これからお酒?」
もっともなことを彼女は言うが白秋はそれが苛立ったらしい。皮肉だろうがすぐに受けながすというか聞かないようにしている。
手慣れている様子だ。
「酒飲みながら飯だな。そのホイル焼きっての食ってみてえ」
「刺身を先に作るんだよ。ご飯は適当によそってね。準備してくる」
椅子にかけてあった黒い丁寧な刺繍がついていたエプロンをスカートの上に巻き付けてから、持ってきた食材を全て抱えると彼女は調理場の方に向かった。
牧水は適当なテーブルに視線を向けた。
「ここにすっか。徳田も来いよ」
「あ、ああ……」
誘われて徳田はうろたえていた。それもそうだろう。余り自分と徳田は関わり合いがない。牧水、啄木、白秋が囲んだテーブルの隣に座る。
「君は彼女に買い物を頼まれていたのか」
「司書室で訪ねに行ったのは昼過ぎだけど、それまで寝ていたって。昨日、有碍書の潜書をやるだけしていたから」
「大魂取りだよな……そう言ってみると農家に聞こえるよな」
だいこんほり、と啄木は言うが、これは文豪の戦闘能力を上げるために必要な素材のことだ。それぞれ三種類あり、大きさも三種類ある。
大中小とあるが大は出る時期が不定期だ。出る時期になれば特定の書物の最奥で取れるが、彼女はコレを集めていた。
文豪達も疲労が来るが特務司書の少女にも来ている。
「あの子はどうしたって商店街で聞かれて大魂を取るのにと言いかけて、大根と勘違いされたから良かったけど」
「それで言っても大抵の人は野菜を浮かべるだろう。――疲れているようだね」
「寝て、回復はしたようだけど」
「休日だし、ごろ寝はするべきだよな。こっちも高村のアトリエで安らいでいたぜ」
「お前は外に出ると取り立て人に終わるからな」
外というのは敷地外のことだ。帝国図書館の敷地はとても広い。啄木は生前のこともあってか借金癖が抜けない。高村のアトリエは敷地内にある建物だ。
彫刻を彫り続けている高村を横目に酒を飲んだり各々好き勝手なことをしていて休日は終わろうとしている。
牧水が瓢箪に入っている酒を飲んでいると食堂に向かって聞こえてくる足音がした。
「食べられるものはあるか!?」
「あれだけ並んだのにな」
「仕方ないよ……取材しようとしたけど、逃げろって言ったの、花袋達だし」
国木田独歩と田山花袋、島崎藤村の自然主義面子が揃って食堂に来た。息を切らしている。どうやら食料を求めているようだった。
「飯なら炊飯器の中に残ってるぞ」
「騒がしい」
「聞いてくれよ。出来るだけ外食の指示があっただろう? だから俺たちラーメンを食べに行ったんだが」
ラーメン、それは各種味があるスープに中華麺や具材が入った食べ物だ。うどんよりも麺は細い。牧水達も食べたことはある。
独歩が話すところに寄ると人気のラーメン店に行ったものの、並ぶこととなり並び続けて食べられるかと想えば店内で客が苦情を言ってきて、店員と揉めた。
そこから発展して喧嘩になり警察沙汰になったので逃げてきたのだという。
「災難じゃ無いか。骨折り損のくたびれもうけだね」
「くたびれの儲けなんていらないっての。こうなったらカレーで……」
「おかえりなさい。独歩さん、花袋さん、島崎さん」
秋声が彼等を気の毒に思いながら言う。
長髪をポニーテールにして両手に一つずつ皿を持った特務司書が自然主義面子を迎える。二つの皿が牧水達のテーブルの上に置かれた。
一つは丸皿に各種魚を切った刺身が置かれていて、もう一つは四角い皿に刺身が切られているがもう少し薄切りになっていてソースがかかっている。
「おお……こっち刺身か。そっちは」
「カルパッチョだよ。イタリアで出来た日本料理」
「飛んでないかな」
イタリアで出来た日本料理という白秋に彼女は白秋の方を見て、
「日本人の得意なアレンジだって。本来は牛肉なんだよ」
そう答えた。
皿を乗せてから彼女は牧水、白秋、啄木、徳田の前に箸や小皿などを置いていく。徳田分の刺身やカルパッチョは別の皿に乗っていた。
手際よく運んでいく。準備をしつつ彼女は話してくれたがカルパッチョというのは牛肉に薄切りの生牛肉にチーズかソースなどの調味料をかけたものらしいが、
これが日本に来たら魚にかけるようになったらしい。説明を聞いた啄木が牛肉生かよとかになっていたりする。
ちゃんとした肉なら生で食べても良いようだが豚は駄目だと彼女は話していた。
「……司書、何か作ってよ。そうでないと。僕達の食事は国木田のカレーになる……」
「あのカレー粉をご飯にかけた……そこそこに美味しいらしい」
島崎が訴えていた。余り食べないようにみえる彼もさすがに空腹だったようだ。国木田のカレーは大きな皿に飯を置いて、無造作にカレー粉をかけたものだ。
食堂で二人が食べていたのを牧水も見たことがある。
「君、それよりもマシなものは出来るんだろう。……作ってあげなよ。ラーメンを食べようとしたらトラブルで食べられなかったらしいから」
「出来るけど、ラーメンにする?」
「すぐに腹がいっぱいになるもんで頼むわ。ラーメンはやめてくれ」
「司書が作るもんなら外れはないだろうしな」
秋声に促され、独歩や花袋に言われ彼女はしばらく思案してから作ってくる。お酒よろしく、と言い、調理場に戻る。
「俺たちの分も作ってるのに出来るのか」
「出来るだろう」
啄木と話しながら秋声が席から立ち上がると酒を取りに行っていた。秋声に向けたのは彼は文豪達の中で一番、各場所のことを把握しているからだ。
途中で特務司書の少女が戻ってきて銀色のボウルに適当にご飯をよそって戻っていった。
「カルパッチョってのも美味いが刺身、美味えな」
「へーこういう料理、有るのか」
「美味しいね」
「……なかなかじゃないか」
啄木と国木田と島崎と白秋がそれぞれ言っているが、国木田と島崎は徳田の皿から取っている。いつの間にか箸を持っていた。
徳田が戻ってくる。片手には日本酒の瓶を持ち、もう片方にはいくつものコップを丸盆に乗せていた。
「君達、これは僕の……」
「お前も飯だから、な!」
出されたものは半分以上が平らげられていた。空腹だったのだろう。田山は食べていなかったようだが、国木田と島崎は食べていた。
国木田が押し切っている。
「酒、館長が送ってきたものだ」
一升瓶を彼は牧水達のテーブルの上に置く。コップも置いていた。
「美味そうな酒だな。飲もうぜ!」
啄木が目を輝かせていた。館長はこの帝国図書館の館長であるが滅多なことではこちらに来ない。彼もアルケミストであり、休日が被ったときは牧水達と酒を飲むこともある。
彼もとてつもない酒豪であり、その館長が選んだ酒だ。間違いは無いだろう。
早速、啄木が開けて適当に白秋や牧水のコップに注いでいく。お前等も飲めよと自然文学組にも適当に注いでいた。
「他にも何本かあるけど」
「かんぱーい!」
「飲もうぜ」
徳田が言うよりも先に啄木と田山がすぐに乾杯を初めて飲み出す。聞いていないようだ。牧水は苦笑いしながらも酒に口を付ける。
甘みのある良い酒だ。赤身の刺身を一切れつまんでワサビを乗せ、醤油で食べるがこれが美味い。館長達と飲むときはつまみは適当だった。
飲めれば良かったのだ。
「酒宴で、良いのかな」
「片付ければ問題ないだろう」
「はあ……きちんと片付けないとね」
島崎が首を傾げていて、田山が明るく話す。徳田がため息をついているが片付ける者は自分になりそうだと言うことだろう。
そのまま放置したまま食堂を後にすれば怒られてしまう。
「食べられなかった三人に先に作ったから」
酒を飲んでいると彼女が戻っていた。
両手に盆を持ち、器用に田山や国木田、島崎の前に置いていく。作ったのは丼のようだった。
やや大きい丼に白米がよそわれ、上に納豆とマグロと緑色の切った果実と切ったたくあんが色とりどりに並べられていて、中央に卵黄が乗っている。
「おお、豪華な丼だな」
「タレは好みでかけてね。コチュジャン……唐辛子の粉を使った調味料とニンニクの醤油漬け。かけ過ぎと想ったらマヨネーズで中和して」
小さな硝子の器には説明したタレが入っていて、マヨネーズはそのままマヨネーズ一本が置かれる。マヨネーズについては一本丸ごとで大ざっぱだ。
「……この緑の食べ物は?」
「アボカドだよ。森のバターって呼ばれる果物」
「八百屋に押しつけられたんだ」
島崎が食べたことがないアボカドという果物を箸で摘まんでいる。徳田が持ってきた食べ物のようだ。国木田がタレを軽めにかけている。
「美味そうだな!! 俺にも作ってくれよ」
「一人分の材料は余ってるけど……」
「構わん。コイツに食わせてやってくれ」
啄木は国木田、田山、島崎の自然主義組が食べている丼を見て啄木も食べてたくなったのだろう。
「そうします。果物ならドラゴンフルーツがあったので食後に剥きますね。北原さん」
「なんだい。ドラゴンフルーツって……」
「それも押しつけられたんだ」
白秋や徳田は何のフルーツか分かっていないようだが特務司書の方は分かっているようだ。丼の材料はマグロとアボカドとたくあんと納豆だ。
自然主義組はそれぞれのペースで丼を食べているが好評のようだ。特に国木田と田山は想いきりかき込んで食べている。
「借金苦の丼作って、先に食事してる人達はすまし汁、持ってくるね」
「……美味い」
「――そうだな。美味いな」
「君達、文豪ならもっと語彙を……」
「国木田も花袋も空腹だったんだ。ラーメン屋、匂いだけはしていたし、目の前で調理してたし、食べられそうな時に……だったから……。司書さんのご飯は美味しい……」
小説家である国木田と田山が美味い以外言っていないことを北原は咎めるが島崎がそっと言う。
他の二人と比べて島崎は小食のようだったがそれでも半分は空っぽにしていた。改めて説明されると納得する。
「そりゃ、語彙は無くなるな。美味いで良いよな。……三食が当たるって本当にありがたいぜ」
「食堂についてはすぐに整備したんだ」
「最初の頃は司書が作ってたんだ。それと志賀か」
牧水は体制が整ってきた頃に転生した。白秋や啄木もだ。徳田と国木田は初期の頃に転生した文豪である。
文豪達の敵である侵蝕者との敵は唐突に始まっているし、話に寄ればアルケミストの力もよく分かっていないことばかりであり、それなりに分かっているが
分からないもので、よく分からないものを倒しているという状況だ。倒し続けなければ侵蝕された文学書は完全に黒くなり、そうなれば人々の記憶から忘れられてしまう。
「飯は重要だもんな。食えねえと……」
「整備を早めた理由って……洋墨がきれて動けないならまだしも、食事が無くなって動けないのはかっこ悪いって理由だけどね」
懐かしむように徳田が言えば白秋が反応する。白秋は彼女を構いたいようだが上手くいっていない。白秋よりも啄木とかの方が仲が良い方だ。
「……かっこ悪いか……」
食事がなくて動けないと洋墨がなくて動けないでは前者の方がかっこ悪いように写るのだろう。
「みんな、ご飯中?」
「酒を飲んでいるようでしたから他にも持ってきましたよ」
「新美と江戸川か」
食堂にきつねのぬいぐるみを背負って入ってきたのは新美南吉であり、白装束で片メガネをかけているのは江戸川乱歩だ。彼等も残っていたらしい。
江戸川は二本の酒が入った一升瓶を抱えている。
ようでしたからと言っていたので様子を見ていたようだが気がつかなかった。啄木が最後の刺身に口を付けている。
白秋はカルパッチョを食べていたし、牧水は酒を飲む。
「出来たよ。借金苦。すまし汁も皆、どうぞ」
作った丼一式とすまし汁を彼女は啄木の前に置いて、残りのすまし汁を自然文学組に配る。すまし汁の中身は卵白とお麩と三つ葉のようだ。
卵白は丼を作ったときに余ったものをそのまま、すまし汁に流し込んだのだろう。
新美と江戸川は牧水達に近いテーブルに座った。
「司書さん、ご飯、作ってくれてるんだ。ボク、乱歩さんとご飯を食べに来たんだ。作ってくれるって」
ごんを口元に当てながら新美が聞いている。
「あたしが作るよ……ご飯を青色とかにされたら……今、ここに残ってるのは」
「戻ってくるときに守衛に聞いたけど、残りは白樺組と高村さんだけだね」
図書館ルールとして表門にしろ裏門にしろそこを通ってから外に出たり、敷地内に帰るというものがある。別に通らなくても良いし、出られるのだが、
記録を残しておかないと後々面倒だというのが、特務司書の少女の言い分だ。
徳田が言う。
白樺組は志賀直哉と武者小路実篤だ。高村も入れて彼等が食堂に来れば滞在組が揃うようだ。
「ははうあもほほいな……」
「君、飲み込んでから言いたまえ。高村も遅いな……そういえば遅いね」
「解読出来るのかよ」
「僕は国民的詩人だからね」
関係あるのか、と丼を口いっぱいに頬張りながら話す啄木に酒を飲みながら言う白秋、想わず言う国木田、自慢げにしている白秋だが自慢する箇所を
間違えている気がしないでもない。窘められて啄木は口の中のものを全て飲み込んだ。
「美味いな。飯はやっぱり腹一杯食うもんだよな」
国木田と田山は互いに酒を飲んでいるし、島崎は丼に集中していた。
啄木がすまし汁に口を付けようとする。啄木は食べられることに満足していた。そんな啄木を眺めていた牧水だったが、視線に気がついた。
新美だ。
ごんを口元に持ってきていて、まるで、これから起きることを楽しみにしているかのように微笑していた。
「待て啄木! 飲むな!!」
飲もうとした啄木を止める。牧水が叫んだことで注目が牧水に集まった。
牧水は啄木の持つすまし汁の椀を持つとそっと飲む。口の中に広がったのは、
「甘塩っぱい」
「……甘塩っぱい?」
「砂糖と塩、入れすぎたんじゃね。ってかお前、ここまで入れないだろう」
「最初に味見をしたときは調整したし、甘塩っぱいぐらいまでは入れないよ」
特務司書の少女が考え込んでいる。あり得ないことを言われたような驚いた表情をしていた。
料理が出来るならばここまでのミスはしないと言うような味だ。すまし汁を配られた自然主義のメンバーもすまし汁に口を付けたが似たような反応だ。
誰が、となる中……恐らく犯人は分かりかけているのだが……牧水は口を開いた。
「――司書が怒る前に白状しような」
「ごめんなさい。調理場に司書さんが居ない間にすまし汁の中にお塩とお砂糖を適当に入れました」
「入れたんだ」
丸盆を持ちながら特務司書が言った。司書が居ない間と言うことは食堂に居た頃に入れたのだろう。
「ワタクシは今回関わってませんからね」
「そっか」
江戸川が弁明する。犯人は新美のようだ。新美はいたずらっ子のところがある。特務司書の少女の声が素っ気ない。
「……子供だからとか言おうとしたが新美って、織田作と同じ年代に産まれたんだよな」
「実は下から数えた方が早いんだよ。……すまし汁だけ?」
啄木が言う。なだめようとはしてみたのだろう。自分達は転生しているが、下から数えた方が早いのは織田作之助や新美南吉だ。
この二人、同年代であるのだ。
「すまし汁だけだよ。お魚さんは手を付けてないよ。他も」
特務司書の少女が考え込んでいる。
「作り直して……いけるかな……ホイル焼きも下準備して焼くだけで……新美君と江戸川さんは鴨葱うどんで良いね。あたしもそれにするから」
「鴨葱うどんですか」
「食べたいし。ダシもあるから、すぐに出来る。ストックは大事だよ」
鴨葱うどんは名前からして鴨と葱のうどんだろう。ここで新美は食事抜きとはなっていない。
彼女は伸びをしていた。仕上げてくる、と行こうとする。
「待たせたね。武者小路さんと話し込んでいたら遅れたんだ」
「皆さん、ご飯中ですね」
「丼とか食ってんのか。で、酒かよ」
そこに来たのは残りの滞在組、高村光太郎と武者小路実篤、そして志賀直哉だった。三人とも服の基調が白で爽やか系である。
「司書さんが作ったんですか?」
「これからホイル焼きとか仕上げるつもり。ムシャさんは何を食べるの?」
「志賀に任せてます。志賀ならば美味しいものを作ってくれると言うか、好みを言おうとしたら俺が勝手に作ると」
「……楽だよね、それ」
小声で言う。志賀と高村は顔を見合わせていた。
好みに合わせるというのは厄介なところがある。家族間でも好みは違うところがあるのに文豪達は出身が違う。大きいと関東か関西かもそうだ。
うどんも食堂出だされる場合は汁の指定をしてから……そうしないと揉めるので……出すというルールもあった。
「啄木君、すまし汁、飲まないのかい」
「飲んでみろよ。高村。甘塩っぱいんだ。新美が悪戯で砂糖と塩を適当に入れてよ。司書がこれから作り直すって」
飲もうにも飲めないのだ。味は完全に壊れてしまっている。丼の方は皆、食べ終わっていた。
「……みんな、食べ終わってるんだからすまし汁はいらないんじゃないのかな。それよりホイル焼きとか」
「それならそっち仕上げた方が良いな。司書も食った方が良いだろうから……休んでろ。残りは俺と高村でやるよ」
「休み?」
「武者小路さんが……何事も無く抜かされたね……」
島崎の発言はもっともだ。高村と志賀は文豪の中でも料理が出来る。出来るというのは司書のように段取りを決めてある材料で作られるタイプだ。
文豪達の中では少ない。
「抑えているけど体調が悪そうだからね。昨日の疲れが抜けきっていないのだろうし」
「君……」
「休めば治る範囲だろうから。残りは休みに当てた方が良いよ」
高村の穏やかな言い方を聞いて慌てたのは徳田だ。徳田は最古参のこともあるが、気がつかなかったこともあるのか。
有碍書の潜書にしろ有魂書の潜書にしろ文豪達も体力や精神力を使うが特務司書も使う。特に昨日は素材取りのためにかなり潜書をしていた。
潜書のための作業や指示、文豪達のも持つ本の補修をすることは特務司書の仕事だ。
特務司書の少女は体が弱く、無理はしないようにしているが無理をするときはする。昨日がそうだった。
「司書さん、具合、悪いの? 僕のせい?」
「お前の場合は気をつけていても突然、悪くなるからな」
「……突然なんだよね」
新美が不安そうにしているので牧水が口を挟む。ここで言っておかないと特務司書の少女は悪くないと庇うだろうから別方向に話題を反らせる。
「君は素材取りと自分の体調、どっちが大事なんだい」
「取れるときに取れる素材が欲しいです。北原さんだって電波が降ってきて三日徹夜とかするらしいじゃないですか」
北原が咎めるようにして言うと瞬時に返答が来た。大魂は文学書の世界で取れる時期が限られている。……というかいつ来るか不明だ。
取れるだけ取ったと昨日は喜んでいたようだが代償がコレだ。
電波が降ってきて三日徹夜を訳せば詩のアイディアが浮かんだらひたすら書いていて、想うような形になるまで粘ると言うことだ。
「お前さんは体力が無い方なんだ。俺たちは交代が出来るがお前さんは無理だろう。それに白秋と比べるな。白秋は北原白秋って奴だ」
「ナチュラルボーンポエマーだからか……」
「横文字並べると何か間抜けっぽく聞こえるぜ。白秋はたまにバカやるけど」
「日本語にすると生まれついての詩人だね」
文豪達は人数も揃ってきているので交代は可能だが特務司書の少女は一人だけだ。
啄木が笑顔で言うと白秋は嗤った。落ち着こうよ、と高村が白秋を抑えている。
「休めるときに休め。動きたいのは分かるが、な」
「料理の仕上げと素材の加工とかは」
「やることを言えばやれるぜ」
「……レシピはあるよ。ホイル焼きは魚の下処理は終わってるから……」
牧水が念を押すように言えば彼女は半分納得しつつ、
指示を志賀と高村に彼女は伝えていく。途中で武者小路が疑問を挟んでくるがそれも彼女は答えていた。材料があったとしてそこからどの料理を作るか、
どんな手順でやっていけるかまでを出来るのがあの三人だ。
「料理か。俺ももっと覚えた方が良いかもな」
「堀とかおやつ作りを覚え始めたみたいだし。食堂が休みになって、外に飯を食いに言っても食えないときも出てくるしな」
「君達の運が悪いからじゃ……。昔よりもインスタント食品ってのが豊富にはなったから、少しの食事なら困らないだろうけど」
「……食べる量が多かったら、足りないよ? プロレタリア組とか凄く食べるじゃない」
国木田と田山と徳田や島崎が話している、インスタント食品というお湯を注いだり温めたりするだけのインスタント食品も豊富に常備されていたが、文豪達も人数が
増えてきている。ストックしても食べ続ければなくなっていくのだ。
話を終えて志賀と高村は調理場へと行き、武者小路は司書の隣に座る。彼女は乱歩達が座っているテーブルへと行き、エプロンを外して背もたれに引っかけてから、
空いている椅子に深く腰掛けた。ポニーテールをほどいて手ぐしで乱暴に長髪に戻す。
「ご飯もかなり減ってたから……予想以上……」
欠伸をしながら彼女は眠そうにしていた。任せるとしたら疲労が一気に来たようだ。食堂関連のことでも考えているのだろうか。
「考え事せずに飲もうぜ!!」
「飲んでどうするんだよ。司書は未成年だ。考え事はせずに、ゆっくりしてろ」
啄木が促すが国木田が止める。休むことは重要だ。食べたら早めに寝る、と特務司書の少女は言う。
「宴会も悪くはねえ。揃ったんだしな」
「……いざいざと友に盃すすめつつ、泣かまほしかり酔はむぞ今夜……って感じだね」
「俺の句か」
「若山さんは酒の句を一杯作りすぎだと想います」
特務司書の少女が牧水が作った句を引用する。引用しながらも酒の句を作りすぎだと呟いた。
「どれぐらい作ったの?」
「七千ほど句を作ったうちの二百だって」
「牧水さんはお酒が大好きだね」
ごんを抱えながら言う新美に特務司書の少女が答えた。
牧水がと言うか文豪達の仲でも酒は好んでいる者が多い。飲めない者も中にはいるがそれでも自分と言えば酒となっているところはある。若山牧水は酒の歌人だ。
「君は、うまきもの心にならべそれこれと、くらべまわせど酒にしかめや、とも呼んだからね」
笑いながら北原が酒を飲んでいる。美味しいものをいくら考えても酒には叶わないとも呼んでいた。
「酒も美味しいですけど志賀と高村さんの料理も美味しいですよ!!」
武者小路が主張している。
料理待ちと言うこともあり、各々で酒を飲んでいた。新美と特務司書の少女と江戸川と武者小路のテーブルは会話中心だ。
「ホイル焼きが出来たぞ。オーブンで作った。徳田と北原達の分だな。江戸川達のテーブルはうどんな。高村が作ってる」
志賀がホイル焼きを持ってきた。手際よく徳田、白秋、啄木、牧水の前にそれぞれ長方形の木のプレートが置かれる。銀紙に包まれていたのは鮭であり、
上にパセリとバターが載っている。周囲にはシメジやタマネギなどの野菜が囲んでいた。
バターと鮭の良い香りがする。
「良い匂いだなー」
「醤油でもポン酢でもワサビマヨネーズとかで好きに味を付けてくれ。結構簡単に出来るし、他の魚でも良さそうだ。飯は各自でよそってくれ」
「飲もうぜ。秋声!!」
「……どうやら夕飯じゃ無くて、飲みに付き合うことになりそうだ」
啄木は早速、箸を付け始めた。志賀はソースの話をしながらも空っぽになった丼を片付けている。
やれやれ、と徳田が肩をすくめているがその表情は楽しそうだ。彼は表情が読みづらいところがあるが今は伝わってきた。
「ぼっさんも食えよ。酒を飲みながらでいいからさ」
「志賀の料理、悪くはないね」
啄木と白秋はそのまま食べていた。後で味を変えるつもりなのだろう。牧水も目の前に置かれたホイル焼きを食べてみる。箸で軽く切り分けて、鮭を口に運んだ。
柔らかい鮭がバターと良く絡んでいる。暖かさが口の中にも伝わる。
タマネギは細切りにされていて、火が良く通っていた。バターと良く合っていて、食べながら一口酒を飲む。
良く合っていた。
「美味いよな。ぼっさん!!」
酒は好きだ。
自分と言えば酒だし、死因も酒が原因で、転生してかもずっと酒だ。転生したことで死を見取った友人よりもやや老けたと言うか、同じ年だったの!? と
特務司書の少女にかつて驚かれていたことを想い出す。
また出会えるとは、想わなかった。かつて付き合いがあった友人達に囲まれて、新しい出会いもあって、原因不明の侵蝕者と戦いながらも、日々は過ぎていく。
「――ああ。美味いな。今夜は飲むか。……今夜も、か。いざいざと友に盃すすめつつ、泣かまほしかり酔はむぞ今夜……」
高村が一人前の土鍋のうどんを特務司書の少女に持って行って、志賀もうどんを運ぶ手伝いをしていて向こうも食事を開始するようだ。
自然主義組もつまみを頼みつつ、ホイル焼きをつまみながら、飲みに入る。
楽しいことも嬉しいことも、怒ることも悲しむことも出会いと共に酒を飲みつつ、つまみを食べつつ、思いを吐き出すときは吐き出しながら、
宴は、続いていく。
【Fin】