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ぼくと愛の話

全体公開 7298文字
2017-02-28 02:20:09

書館が戦の魔王さんちに養子になったif。そしたら書館が割と健全になるよって話。

ぱたぱたと聞こえてきた小さな足音に、彼は顔を上げた。けれど意識していると知られるのも面倒で、すぐに再び本に視線をおろす。
そうするとすぐにバーン、と両開きの扉が開いた。
「「兄ちゃん!」」
重なった二つの声は、高さにたいして変わりがなかった。
どちらの声も幼い子供のそれである。
「ねえー」「あーそーぼー」
そんな声を、彼は聞こえないふりをした。
はるか上空にいる彼が二人の声に頑なに応じずにいると、二人は静かに相談し始めた。
ひそひそとしたかすかな声は聞こえるが、何を話しているかまでは分からない。どうせろくでもない相談だろう、と彼は小さく息を吐いた。
しばらくして、相談を終えた二人は、お互いに小さくうなずいた。二人は距離をとると、片方がもう片方に向かって、全力で走り始めた。
彼はその様子を空中からちらりと眺めて、はあ、と息を吐いた。
その二人の行動で、次はどうするのか、容易に予想できた。
片方が、走って飛び跳ねた片方を、組んだ両手で空中へと投げ飛ばす。彼に向かって放たれた投擲は、幼い女の子だった。
彼はすぐに手にしていた本を空中に浮かせて、彼女を両手で迎える。落としてはいけないと抱きしめると、まるでそうすることがわかっていたかのように、彼女はえへへ、と笑った。
「お兄ちゃん!あそぼ!」
あそぼーと、投げ飛ばしたほうの少年も、下で叫ぶ。
かなりの高さに浮いていた彼は、仕方がない、と眉根を寄せた表情のまま、ゆっくりと降下した。
少年が飛び跳ねることができるであろうぎりぎりの高さまで降りると、少年は壁を伝って飛び跳ねた。浮いたままの彼の背中に飛び乗ると、首に手を回して抱き着く。
背中に乗られた衝撃に、彼は魔法を構築し直した。
二人を前と後ろにひっつかせ、はあ、と重たい息を吐いた。
「・・・椿鬼。今はなんの時間かな?」
前に抱きしめている少女に問うと、にこにことしながら、お兄ちゃんと遊ぶ時間!と元気よく答えた。
違う。そうじゃない。ちがう。
という言葉を飲み込んで、今度は後ろの少年に意識を向ける。
「・・・新。ホウはどうした?」
「カツブラ草を使って眠らせてきた!乾燥したのじゃない、生のまま使ったから、すぐに目を覚ますよ!」
だからそうじゃない。
という言葉を飲み込んで、彼ははあ、と重たい息を吐いた。
説教は自分の仕事ではない。だが、時には諭さねばならぬこともある、と面倒ながらも彼は口を開いた。
「今はホウの帝王学の授業のはずだろ。君らは王になるんだから、必要なことだ」
とはいっても、まだまだ幼い子供である。色々なことに興味があるし、そう長い間、席について、おとなしく話を聞いていられるはずもない。
そんなことは、彼とてよくわかっている。
けれどこの幼い子供たちは、王の血を引いているのだ。
その運命だけからは、逃げようがない。
王を選ぶのは、彼らの場合は民ではない。神といえばたしかにそうであるが、何よりも彼らの世界が、王を選ぶ。
だからこそ、今からでも王のなんたるかを学ばねばならない。
えーと案の定、新も椿鬼も不満そうな声を上げた。
「だってホウの授業つまんないもん!」
「・・・お兄ちゃんが先生だったらいいのに」
椿鬼の主張に無言で同意した新は、ぽつりとそうつぶやく。そうだよ!と新の言葉に同意する椿鬼に、あのなあ、と彼は肩を落とした。
「何度も言ってるだろ。僕は君たちと違って、鬼でもないし、魔族でもない。僕が教えられることはこの世界の常識じゃないんだ」
「でもお兄ちゃんは強いもん!」
椿鬼の主張に、これだから戦いしかない世界は、と彼は遠い目をした。
大方の判断基準が強いかそうでないかに偏っているから困る、と彼はあまり豊かではない表情で、困った顔をした。
「そうだよ。お兄ちゃんはみんなを倒して、強いってしょうめいしたから、『ぐんし』さんなんでしょ?」
言葉の意味が分かっていないのだろう。舌足らずにそういう新に、さすがに彼は眉根を下げた。
一緒に暮らしていれば、いやでも噂が二人の耳に入ることは理解している。それでも、幼い子供の口から聞きたい言葉ではない。
戦いが絶えぬ世界の精鋭を片っ端から倒して認められたなど。
それが、事実であるだけに。
幼さで言うのなら、彼自身も中身はさておき、見た目は、二人より少しばかり成長した姿なのだが。
新と椿鬼と違うところといえば角も生えていないし、肌の色も違うという点ぐらいだった。
見た目だけは、二人と大差ない人間の子どもである。
「パパもママも、強いほうが正しいってゆってた!ホウも、正しいってしょうめいするためには、強くないとだめってゆってたもん!」
戦いが絶えない国だが、だからこそそれらの言葉はまごうことなく真実だった。
正しい主張をしたものが正しいのではない。主張を通したものこそが正しいのだ。
それは彼もよく知るところであったので、否定する言葉もなかった。
強さがなければ正しさは通せない。
だからこそ、彼は小さくため息をついて、降参、と片目を伏せて両手を上げた。
「君らみたいに、言葉で相手を負かすことができるようになれば、武力はいらなくなるのにね。ある意味では平和だ」
僕が君たちと戦うなんて未来もなくなるのにな、と少しばかりさみし気に彼はつけ足した。
そんな未来が確実にやってくるとは言えないが、全くないとは言い切れない。『軍師』としてこの世界にいる以上、あらゆる可能性を考えることが彼の現在の仕事だった。
そして、そればっかりは、どうにもできないことだった。
仲良くはなれても、せいぜい戦わないに持っていくことしかできない。
共に生きることの難しさを、彼は嫌というほどに理解している。
「・・・戦うの、だめ?」
椿鬼は不思議そうな顔をして、首を傾げた。
その子供の無知さを見ていると、彼は自分という存在が、少々空しいものに思えてならなかった。
「戦うのはよくても、殺し合いはだめだな。僕は殺されてよくても、君らはだめだ。生き返らない」
彼は見た目にはそぐわずに笑った。口の端を持ち上げた、歪な笑い方。
彼にまとわりついている子どもよりは少しばかり年上にしか見えない子供がするには、不相応な笑い方だった。

「君たちはいずれ魔王になるけど、僕は永遠に勇者だもの」

「知ってるよ!」
皮肉と少しばかりの憂いを込めた声は、元気な声に掻き消えた。
新が背後で顔を輝かせて、彼の二つ名を口にする。
「お兄ちゃんは、『しょかんのゆうしゃ』なんでしょ!」
そうだね、と書館は背後に微笑みを向けた。きっとその意味を知らないであろう新が、現実に直面するのはもう少し先でいい、と彼はそれ以上を口にしなかった。
「・・・お兄ちゃんは、『ゆうしゃ』だから、いつかつばきたちと戦うの?」
目の前の少女が眉根を寄せて、難しそうに聞いてくる。
彼は片眉を上げて、そうだよ、と肯定した。
「・・・殺し合いになるの?」
その眼に不安そうな色が宿ったのを見て、書館は苦笑して、少女の頭をなでた。
「そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。未来は誰にも、ああ、とある黒い翼のやつ以外は、わからない。でも、未来はいつも可能性しかない。確定していることなんて、何にもないよ。でもまあ、未来はわからないとは言っても、僕にもわかる未来がある」
さあ、新、お勉強だよ、と書館は不敵に笑って細めた目を向けた。
「カツブラ草の薬効は、生の場合だと、一時間はもつんだっけ?」
むっと顔をしかめて視線を空へ向けた後、もたない、と答えた。
「たしか、一時間もたないぐらいだって、お兄ちゃんが言ってた。乾燥したときは、一時間持つんだよね」
正解、と後ろから顔をのぞかせる頭をなでてやり、書館はじゃあ、椿鬼もお勉強、と視線を向けた。
「君たちがホウのところから抜け出してここにくるまで、どれぐらいかな?」
「よんじゅっぷん!・・・あ、そろそろホウが目を覚ましちゃう!」
そうだね、と書館は笑いを滲ませて肯定した。
「僕がわかる未来は、このままここにいたら、ホウがやってきて、君らはお説教というものだ。さあ、どうする?未来は可能性だからこそ、選べるものだ」
書館がいたずらっ気を込めて笑うと、二人は顔を輝かせた。
「「お兄ちゃんとあそぶ!!!」」
二人の反応に、書館は手を窓の方向へと向けた。
それが合図のように、椿鬼と新は書館から降り、窓辺へと向かう。ばん、と窓が開き、書館が窓のふちに立つと、がた、と背後で音がした。
彼が振り返ると、梟の頭をした大きな男が、ドアにもたれかかりながらこちらに顔を向けている。
「み、見つけましたぞ、お、お二人とも・・・!」
「きたー」「にげろー」
きゃーと二人は窓からさっさと跳びおりる。
その姿を見たらしい梟頭は、ぜえ、と肩を上下させた。
書館は苦笑を滲ませて、片眉を持ち上げた。
「まだ薬がつらいだろ。二人は僕が見てるから、ホウは少し横になってきたらどうだ」
いいえ、なりません、と梟はその鳥眼をきりっと光らせる。
「お二人は、いずれ王になられるのです。そんなお二人に負けているようでは、側近も務まりませぬ・・・!」
マジメだなあ、と書館は口元を曲げた。
彼を眺めていると、そのホウの表情に、ふと懐かしい赤髪がちらついた。
寝不足ばかりの日々を過ごす彼の目の下は常に濃い隈があった。紙ばかりを扱っているせいで油っけのない掌さえも思い出して、彼はホウに背を向けた。
「僕は行くよ。お説教は、帰ってきてからね」
いってきますと一方的に告げて、窓から降りる。背中にお待ちくだされと、よろよろとした声が聞こえたが、書館は知らないふりをした。
地面へ向かう途中の屋根に椿鬼と新を見つければ、今度は新が前から抱き着き、椿鬼が後ろから抱き着く。
二人を抱えるとそのまま、空を飛んだ。
「・・・お兄ちゃん、さみしい?」
首にぶら下がる新が書館の腕の中から、そうしてぽつりと訪ねてきた。
小さな顔の大きな目が、不思議そうな色をしながら見上げている。妙に鋭いなあ、と彼は肩をすくめた。
その動きにバランスを崩しそうになった、背中に乗る椿鬼が笑って動く。
「・・・まあ、そうだね、君たちよりはちょっと早くそれを知ったんだけど」
大きな鳥かごのような中にいた間、何一つ考えもしなかったこと。
感じるということが、ごく自然に起きるということが理解できなかったころ。
そこから離れて、長い年月を過ごして、こうして新たに生まれてきた命に触れてようやく知ったこともある。
さみしい、懐かしいと感じることもその一つで、王の側近であるホウを見ていると、似てもいないのに、自分のかつての側近を思い出す。
「お前たちがいても感じるものがあるということに、この間、ようやく覚悟を決めたとこだよ」
ふーん?と首を傾げる新に、書館は微笑んだ。
彼は自分の国を出るとき、側近を置いてきた。
『お前には俺がいるだろう?なんでもする。俺ならなんでもできる』
だから置いて行かないでくれ、と懇願されたとき。
今なら、そうして言葉を連ねる側近が、どれほどひどい顔をしていたのかも理解できる。
けれど、自分に楽園を与え続けた男の恵みは、書館の情動を鈍くしたままだった。
成長せずに過ごした時間があまりにも長くて、彼はその男の表情が理解できなかった。
笑みとは言い難い、いびつに歪んだ口元。引き締めたその口元の歪みは、その男のひずみそのものだったのだろう。
寝れもしない日々に忙殺された挙句、濃い隈を浮かべた男のその笑みは、ひどく病的だった。
今なら病的だとわかるその顔が、その当時の自分には理解できなかった。
『お前は置いていく。お前がいなくては、図書館はだめになるから』
戦火の絶えない世界に赴くにあたって、書館はそう言った。
いくら勇者の側近とは言っても、強さなどたかが知れている。
この男を壊したくはないという思いもあったが、そのことは一切口にしなかった。
その時の絶望した表情といったら。
(今思い出すと、ちょっと笑える)
と、そんなことを考えていると、森の近くに見慣れない影を発見した。
書館は空中で動きを止めて、視線を向ける。
「なあに、お兄ちゃん、どうしたの?」
後ろの椿鬼はそう問いかけてくるが、前にいる新はすでに書館の視線を追っていた。
「あれ、なんだろ」
書館が指さすと、椿鬼は身を乗り出して目を凝らした。
「・・・にんげん」
先に正体を当てたらしい新に、ふうん、と書館は頷いた。
「鬼じゃないなら、遊び相手にちょうどいい。新、椿鬼、生け捕りにしよう。殺さないようにね」
はあーい!とそろって返事をした二人は、書館からさっさと離れて落下していった。
そしてすぐに人間に襲い掛かった二人を見て、成長したものだと、書館は頬を緩めた。
ついこの間まで、あーとかうーとかしか言えなかったのに、と思う。
歪に成長しなかった、体に合わない自分の手よりも小さな手が、懸命に伸ばされたときを覚えている。
小さな命は脆く、今にも壊れそうだった。
こんなものが生まれたばかりの生命なのかと驚いた彼に、小さな手が、すがるように伸びた。それは自分よりも小さな、柔らかい手をしていた。
子どもは愛されるという、本の意味がようやく理解できた気がした。文字列でいくら読んでも、考えても理解できなかったもののすべては、触れねば理解できぬ。
それも、まるで理解しがたい量の情報の波に飲み込まれたように、彼に強烈に訴えてきた。
本能に近い何かで、理屈も理論も必要とせず。
ただただ、そばにいねば、守らねば、と思わされた。
それが、時折感じるさみしさに通じるものだと知れば、彼には抗うすべがなかった。
きっと、自分は与えられてばかりだったのだろう。だから理解できたのだと、訴えるものと、かつての日々を振り返る。
短いようで、語れば長い、そんな時間をこうして大きくなるまで二人と過ごした。
「まあ、僕も成長したんだろうな。前よりも色々なことがわかる」
木の影から飛び出してきた二人に、マントを羽織った人間は、飛び退いた。魔法が使えるようだが、書館との『遊び』になれている二人の敵ではない。
武器も持たない二人はあっという間に人間を倒した。
書館が空中から近づくと、息も乱さない二人が「「お兄ちゃん!」」と、同時に声を上げる。
「人間ってよわいねー。むずかしいなあ」
椿鬼がそう困ったように首を傾げるので、書館は彼女の頭をなでた。
「些細な力の調節も訓練だよ」
ずるい、と空いた片腕を引っ張って見上げてくる新に、書館は苦笑して、頭をなでた。
いって・・・と言いながら人間が起き上る。
書館は起き上った人間を目にすると、すぐに目を細めた。
「一体、なん・・・え?」
呆然とする目の前の男に、にこやかに笑いかけると、男は唖然としたように言葉を止めた。
「やあ、久しぶり」
書館の中の記憶と変わらない、赤い髪と青い目。また寝ていないのか、濃い隈が目の下に浮かんでいて、相変わらず凶悪な顔をしている。
「お兄ちゃん、このひとだれー?」
「知り合い?」
と、そう言いながら背中に乗ってくる椿鬼をうらやましそうににらむ新に、書館は苦笑して両手を広げた。
嬉しそうに飛び込んでくる新を、今度は椿鬼が口の先をとがらせてにらむ。
「お、おにい、ちゃん・・・?え?ニーナ・・・おまえ・・・」
「にーな?」
それって何、と首を傾げて見上げてくる新に、書館はにこやかに笑った。
「僕のあいの名さ」
「あい?」
そう、と肯定すると、書館はいたずらが成功したように、片目を伏せて笑った。
もう片方の目は、目を丸くして言葉をなくしている男に視線を向ける。
「新、椿鬼、きっと君たちはもう知ってるだろうけど、愛は複雑なんだよ。でもね、ただ一つ言えるのは、それはそばになければたまらなく寂しいものってことでね」
「お兄ちゃん、さみしいの?」
「つばきがいるよ!」
「おれもいる!!」
二人が書館越しににらみ合いを始めたので、彼は笑いながら新の背を軽くたたいた。新はふんっと顔を背け、椿鬼は相変わらず口の先をとがらせている。
「僕も二人がいれば十分かと思っていたが、湧き出る情はコントロールしづらくてね。僕なりに結論を出して、この男をそばに置くことにしたんだ。今日からこの男も僕の部屋で暮らすから、椿鬼も新も仲良くしてくれるとうれしい」
「えー・・・」
「お兄ちゃん、一緒に寝なくなるの?」
考えることは一緒のようで、その一点が不満らしい。二人はたちまち、起き上って、顔を赤くして俯いている男をにらみつけた。
「まあ、そこはおいおい考えるとしようか。仕方ないんだよ、椿鬼。新。僕にはどうやらこの男がいるらしいから」
いるのお?と顔をしかめる椿鬼を体を揺らしてなだめながら、書館はしずかに笑う。
少年の姿に似合わぬ微笑みに、新は書館がそんな表情を向ける相手を興味深そうに眺めていた。
言われた男は顔をゆで上げたように赤くしながら、ただ、うつむいている。ゆっくりと上げた青い目から、つう、と涙がこぼれる。
「僕は本が好きだからこそ、あの国がダメになるのは避けたかったし、この世界に招いて万が一、お前が壊れてしまったらと思ったんだ。だがね、そばになければ薄れぬさみしさを抱えたままでいるのは、つらいと、ようやく知れたんだよ」
二人のおかげだね、と視線を向ける書館に、男は遠いものを見るように、まぶしいものを見るように、目を細めた。
「・・・よく、笑うようになった」
そんな感想に、書館はく、と喉を震わせて笑った。
かつてはすることがなかった所作だと思うと、そのまま声を上げて笑い出しそうだった。
「ああ、ずいぶん人間らしくなった。だからようやくわかったんだよ」
僕の愛の名前が、という書館に、彼の側近の男は眉根を寄せて微笑んだ。


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