@akirenge
【戦えない特務司書と小林多喜二】
「クローバー型のワッフル、美味しいよ」
「司書さん、美味しい」
食堂にて小林多喜二と新美南吉は特務司書の少女が作ったワッフルを食べていた。ワッフル自体は明治時代に日本に入ってきたものだが、
特務司書の作るワッフルは五つ葉クローバーの形をしていた。新美と向かい合って食べていると黒いエプロンを着けて長い髪をシュシュで束ねた彼女は困ったような表情を見せる。
「……ハート型なんだけどね。北欧系のワッフル」
「北欧」
「がらがらどんのところだよ」
がらがらどんは『三匹のやぎのがらがらどん』という絵本だ。帝国図書館分館にある。あの図書館は絵本も管理者の趣味で集められていた。
内容はと言うと三匹のやぎが草を食べに行く話だったりするが、終盤部分が北欧系だねと言う感想を特務司書の少女は言っていた。北欧はヨーロッパの北のことらしいが、
多喜二にはそのイメージはない。自分の故郷は北の方だったがアレと似たようなものだろうか。
彼女も幼い頃に読んで貰った絵本であり、この前、南吉と宮沢賢治が居る中で、読んでいて多喜二も聞いていたがアレが北欧系というならば北欧だろうが何処だろうが、
力は大事と言うことになる。
「アンタは、行ったことあるの?」
「昔にね。あちこち行ってたかな……仕事で」
仕事、とだけ彼女は言う。
食堂にいるのは多喜二と新美と彼女の三人だけだ。このところ、有碍書の浄化や潜書関連についてもシステムの改善を行っていて特務司書の少女も自由な時間が増えてきた。
言いながら追加分の五枚のワッフルを多喜二の前に置いて空っぽになった皿を片付ける。
北欧系のワッフルと呼ばれたソレは特務司書が言ったとおり一枚だけだとハート型だ。それにイチゴのジャムやチョコレートソースなど様々なソースをかけて食べる。
「ボク、モッフルも好き!」
「餅の処分に最適だったね」
モッフルは餅をワッフルプレートで焼いたものだ。ワッフルプレートも何種類もある。リエージュ風、ブリュッセル風、香港風、アメリカ風と彼女は口にしていた。
多喜二からすれば様々ものを食べられるのもそうだが、有碍書の浄化という役割があるにしろ、比較的平穏な日々があるこの日常が好きだった。
何より――。
「お司書はん!」
「頼まれたことはしておいたから」
「織田作さん、秋声さん。……犀星さん、庭造りは凝ってるからね」
明るい声が遮った。
そこに来たのは織田作之助と徳田秋声だ。特務司書の少女との付き合いが一番長い文豪だ。織田作之助は彼女が初めて転生させた文豪でもある。
室生犀星の庭造りの手伝いを二人はしていた。彼女が二人を見て華やかに言う。
重ねて食べていたハート型のワッフルを食べる手が止まりかけるが、動かして口の中に入れた。
「先生も宴会したいとか言うとったから桜が咲いたらしようや」
「楽しいよね。お花見」
「騒ぎになりそうだよ」
「ワッフルでいい? 多喜二さんと南吉くんに作ってたの」
それでいいとあの二人が答える。
織田作之助が自分の方を一瞬だけ見ていた。気付かないフリをしておく。ある出来事で自分は彼に敵視されているのだ。
「織田作さん、司書さんのこと、許してないの?」
「許されないとは想ってる。あの人は、彼女を優先するから」
南吉が自分にだけ聞こえるように話したので返す。
かつて有碍書の浄化を行っていたとき、多喜二は侵蝕されて喪失状態になった。喪失状態になったときに放った言葉が特務司書の少女を傷つけたのだ。
あれからさりげなく避けられていたけれど、今は改善されているし、以前よりは仲良くなったのだが……。
「おかわり、まだいります? 多喜二さん」
柔らかい声が多喜二を気遣う。
頷いた。
”それなら、作るね”と声がする。
多喜二はカルダモンとストロベリージャムの味がするワッフルを飲み込んだ。