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朝焼けとみの恭

全体公開 3900文字
2017-03-11 01:20:38

蛇足文




……みのりさんがしたいこと、俺も、したい、っす。」



狭い六畳一間を恋人と過ごした休日。
たまのお家デートの恒例で、一緒にDVDを観て、宅配のピザを食べて、軽くお酒を飲んで、キスをしたらバイバイ。それがいつもの流れ。
だけど今日は簡単なキスで終わらなくて、なんとなく、あぁ、そういうことなのかもしんない、って思った。
覚悟を決めていつも以上にぎゅっと目を瞑ったのに、予想に反してみのりさんからのキスは突然終わって。
おそるおそる目を開くと、目の前の恋人は、俺から体を引いて正座に座りなおしてた。
机に肘をつき、震える手で口元を覆いながら、視線を床に彷徨わせる。
……そろそろ帰らなくちゃね、」
搾り出すように言葉を吐くみのりさん。
部屋を侵そうとする、外の冷えた空気。
それを切るように体が、口が動いたのは、反射的だった。

……みのりさんがしたいこと、」

膝の上のみのりさんの拳が、何か握り締めちゃいけないものを握り締めてるような気がして。
その手に自分の手を伸ばしたのは、おもわず、だった。

……――俺も、したい、っす。」


かける言葉が合っているのか、俺には分からないけれど。


++++++++++

湧き上がる熱を急速に冷ました。
こんながっついて、何をやってるんだ、俺は。
冷静になって色々考えれば、これ以上はダメだってことくらい分かる。
付き合っていたって、これ以上は…… 望むべきじゃ、ない。

……そろそろ帰らなくちゃね、」

そうだ、帰ろう。
今日はもう恭二のそばにいたらダメだ。抑えられなくなる。
きっといま俺はひどい顔をしている。恭二に見せられなくて、思わず手で口を覆った。
膝上では、もう片方の手が自分の汚らわしい欲望をぎゅっと握りつぶしてくれる。
握りつぶして、ほしい。
けれど。

……みのりさんがしたいこと、俺も、したいっす、」

握りこぶしを包み込むように恭二の手が重なる。
力を入れすぎて冷えきった手に、恭二の体温がじんわりと伝わってくる。
「恭二、」
あたたかな温もりが申し訳なくて視線をやると、濡れた青と緑の瞳に射抜かれて、心臓がドクンと跳ね上がったのが分かった。
……俺、恭二を、抱きたいんだよ。」
「!」
恭二の目が一瞬まんまるに開いて。
俺はずっとひた隠していた想いを吐露してしまったことに気付いた。
取り消せない一つの既成事実を作ってしまったことに気付いた。
でも、それ以上に。
口にして、ようやく自分の気持ちを、頭が理解した。
抱きたい って自分の欲望。
だけじゃないんだ。
それを上回るほどの……――――
「ごめん、やっぱ俺かえ「みのりさんが、そうしたいなら。」
出た言葉を取り消すことなんかできないからみっともないけど逃げるように部屋を去ろうとした。
去ろうとしたのに、それを止められる。
強い力や怒鳴りつけるような大声なんかじゃないんだ。全然違う。
高まる体温の手にぎゅっと握られた、それだけ。
それだけなのに、握られたそこから、無理矢理冷ました熱が再び温度を上げる。
かけられた声は少し震えてたけど、芯は強くて、それでいてやわらかな毛布のように俺を包んできた。
……って、言い方はずるいか。俺、なんとなくだけど、分かってたっていうか。
 や、さすがに面と向かって言われるとは思ってなかったから驚いたけど。
 っていうか恥ずかしい、違うか、求められてう、うれ、しい……
 ん、上手くいえないっすけど……わっ!?」
気付いたら、掴まれる手を引いて、恭二を抱きしめていた。
「いいの、恭二。俺、抑えられないかもよ。」
ここまで来てそれでも訊いてしまうのは、大人のズルさか、あるいは許可を求める悲しい男のサガか。
「ん。……ガマン、しなくていいんじゃないすか。」
それでも、優しく抱きしめ返して受け止めてくれる。
「自分の好きなことして楽しんでるみのりさんの方が、俺はらしくて好きです。」
俺の肩口で、恭二の口がもごもごと動く。
聞いてよ。そんな風に言う恭二の耳は真っ赤で、触れている俺の唇からも熱がジンジンと伝わってくるほどなんだ。
「あ、でも、俺よく分かんねぇからその、
 ……やさしく、してほしいっす。」
「もちろん。」
俺だって正直に言ってしまえば分かってるとは言い難いけれど。
そこぐらいは、かっこつけさせてほしい。
俺は言葉と共に口付けを恭二の手の甲に落とした。
ふんわり優しい香りと、甘くてくすぐったい味がした。



++++++++++

目を覚ますとベッドにみのりさんはいなくて。
どこにいったんだろう、もしかして帰ったのかな、と体を起こすと、
少し体に筋肉痛ってわけじゃないけど軋みみたいなものを感じて、それが引き金で昨晩のことがフラッシュバックしてきた。
(俺、へんな声出してなかったかな、)
と思ったところでノドのことが気になって、あ、あ、と声を出すと、案の定少し声が掠れている。
(やば、プロデューサーに怒られる)
ん、んーとハミング音を出してノドを慣らしながら、みのりさんを探していたことを思い出してベッドから出る。
そこで、ベッドの外の冷気にふれ、自分が何も着てなかったことも思い出した。
そっか、さっきまで、2人分の熱がこもってる場所にいたのか。
みのりさんは別に特段体温が高いひとではないと思うけれど、肌と肌がふれあってるところは心地いい温かさがあった。きっとあれが、「人肌であっためる」ってやつなんだろうな。
適当に下着やパーカーを着つつ、ベランダにみのりさんがいるのを見つけた。

どうしたんだろ、まだ肌寒いってのに。
みのりさんは昨日の服を着ていて、それから――

その口には、タバコを銜えていた。

ベランダの柵に凭れ掛かり、どこか遠くをじっと微動だにせず見つめている。
俺は静かに戸を開けて、みのりさんの見つめる先に目を向けた。

その瞳に、何が映ってるんだろう。
あんたと同じ、景色が見たくて。

目を向けた先では、

ただただ朝焼けが 眩しかった



++++++++++

「あぁ、恭二。起こしちゃった?」
カラカラ、と小さく音がしたので、ゆるりと視線を向ける。
勝手に吸ってしまったことが家主に申し訳ないので、タバコとセットにしてる携帯灰皿に吸殻を捨てた。
「みのりさん、タバコなんて吸うんすか。」
「いや昔吸ってたけど、もう止めた。今日だけ、ね。ごめんね、勝手に吸って。
 プロデューサーには内緒だよ。」
アイドルがタバコなんて。怒られてしまいそう。
っていうか、プロデューサーは怒らないだろうけど、きっと三時間後の俺は俺に怒るだろうな。
……、」
恭二がなにか言葉を探しているようだった。
いや、考えを巡らせている、といった方が正しいのかもしれない。
……後悔、してるんすか。」
「!」
少し、びっくりした。
そうか、「タバコを吸うシーン」に、そんなにいいイメージは無いのかもしれない。
ふふ、そういうのじゃないよ。昔の自分との、訣別のギシキっていうか、」
目を覚まして、なんとなく外に出たら朝日が今にも昇ろうとしているところで。
俺は、もうこれでタバコを吸うのは最後かもしれないな、と思いながら、久しく吸っていなかったタバコに手を伸ばした。
イキがってた頃によく吸っていたけれど、今はほとんど吸っておらず、鞄に眠らせている。
お守り……というのもまた違う。戒め、ってわけでもなくて。
なんとなく、捨てられなくて。
久々すぎてシケってて、旨いけど旨くなくて、でもやっぱ美味くて、あぁ、これが最後だなってしみじみと感じながら、眩しい朝日を見つめていた。

「訣別、できたんすか。」
「んー、むしろ向き合ったっていうか。報告したって感じ、かな。」
?」
「さ、寒いから中に戻ろうか。風邪でも引いたら大変だ。」
いまいち掴みかねる、という顔をする恭二を、強引に中に戻す。
よく聴いたら声が少し枯れてる気がする。
「あったかいスープでも飲もうか。」
「あ、じゃぁコーンスープがあるっすよ。」
「いいね。お湯湧かそ。」
「っす。」



なんだか朝起きたら色んな気持ちが奥底の方で渦巻いてたんだ。
嬉しい、だけじゃなくて、静かに混ざり合ってて。
これが最後になるような気がしつつタバコに手を伸ばしたのはなんとなくだった。

湿気たタバコで頭が空っぽになっていく。
空っぽになった空間を。

……自分に大切な人ができたという実感が、埋め尽くしていく。

抱きたい、と言葉にしたとき。
自分の欲望と、それを上回るほどの「恭二を大切にしたい」と思う感情。
どちらもが膨れ上がってきて、その二つの事実を脳みそが急に理解して。理解させられて。
正直軽くパニックだった。大人の余裕なんてとんでもない。
昨晩は、正直恭二に甘えっぱなしだったよ。
でも、こうして朝を迎えて、一服ついて、思うのは。

過ぎるのは、俺の頭を撫でるおじさんの大きな手。
ワルぶってイキがってた頃の特攻服姿の自分。

「俺ね、一等大切で、大事な人ができたよ」

朝焼けに重なる過去に煙と共に語りかけると、なんだか少し照れくさくて。


火照る体に、朝の冷えた空気が心地よかった




-fin.-


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