寝起きの悪いソレアさんと、それに振り回される子どもたち(主にヒース)の話。
楽曲「ソレイユ」(http://www.nicovideo.jp/watch/sm30810809)より何年か後。ソレアさん24歳、子どもたち9~11歳。
@na_na_mi_p
夜の街で働くソレアは、朝に床に就き昼に起きる。
ソレアの家の子どもたちが、それぞれに割り当てられた家事に勤しむ昼下がり。三つ四つと置かれた目覚まし時計が一斉に鳴り出して、裏路地中に響き渡る。とても困ったことに、彼女がそれらを自分で止めることなどごく稀だった。
だからあの頃の俺たちは、耳を塞ぎたくなるような大音量に顔をしかめながら目配せを交わし、アラームを止める――すなわち彼女を起こしにいくという重たい役目を押し付け合うのが日課だった。
「おれパスな。昨日も一昨日もひでぇ目に遭ったし」
「それはロイがじゃんけん負けたからでしょー」
「けんかしてる場合じゃない、と思う」
「ミケの言う通りだよ。早く止めないとまた隣のおじさんが怒鳴り込んでくるよ?」
「ほらもう、恨みっこなしね。いーい?」
「「「「じゃーんけーん……」」」」
一斉に出されたのは、グーが一つ、パーが三つ。
「っしゃああぁ三度目の正直」
「いってらっしゃーい」
「がんばってー」
そのたった一つのグーを出してしまった俺は、そのまま三人分の掌にひらひらと見送られるはめになった。
重い足取りで、それでも出来る限り急ぎながら、ソレアの寝室がある二階へと上がる。
けたたましいベルの不協和音の中で、ソレアは耳栓でもしてるんじゃないかと思うくらい平然と眠りこけていた。
目覚まし時計たちを一つずつ黙らせながら、ひとまず軽く声をかけてみた。
「ソレアー、もう昼。起きる時間」
反応はない。すぅすぅと規則的な寝息が続く。
「おーきーてー、遅刻しちゃうってば」
毛布の上からゆさゆさと身体を揺さぶると、小さく「うぅん」と声が漏れた。
「ソレア」
もう一度名前を呼ぶと、世界樹の葉の色をした眸が、ぱちりと覗く。
よかった起きてくれた、と思ったのもつかの間。
その目は焦点を結ぶことなく、ふにゃりと細められた。
「ソレア? えーっと、起き」
「んー? なぁに、どうしたの? 迷子?」
「……は?」
ソレアは、どう見ても半分夢の中に居るとしか思えないとろけた目つきで、毛布を被ったままおもむろに腕を伸ばしてくる。
嫌な予感しかしないので、俺はとっさに後ずさった。
「ほら、おいで。だいじょーぶ。おねーさん怖くないからぁ」
「ソレア、もしかしなくても寝ぼけてるよね?」
「おいで。今日はうちで眠ったらいいわ。そんで明日になったら、一緒にあんたの母さん探してあげるから。ね?」
(……あ、)
その言葉で。
一瞬にしてわかってしまった。ソレアが夢うつつに視ている、いつかの光景が。
もう七年も前。明け方の路地裏で、仕事帰りのソレアが俺を拾ったときは、こんなふうに声をかけてくれたのだろうか。幼すぎて、自分でははっきりとは覚えていないけれど。
ふっと胸の奥に熱が灯った、その一瞬の隙に。
ソレアの手が、がしりと俺の腕を捉えていた。
「あ、やば」
気づいたときには遅かった。そのまま腕一つで寝台に引っ張り込まれ、思いきり抱きすくめられる。
甘ったるい香水と、煙草のないまぜになった香りが一気に広がって、頭の芯がくらりとした。
「……ソレア? えー、と」
小さな身体をふわりと包むその温もりをはね除けて、彼女を起こさないといけないのに。
抗いがたいのは、きっと、それがただ温かいだけじゃないからだ。
――いーい? 間違えちゃダメよ。あたしは、あんたたちのママじゃないの。ソレアは繰り返しそう言って聞かせ、だから俺たちはみんな彼女をソレア、と名前で呼ぶけれど。
抱きしめられる腕の温かさを。帰る場所のある安らぎを。本当の母親を知らない俺たちに、ソレアはいつだって与えてくれていた。
――すぅ、と耳元で穏やかな寝息が聞こえ始めたので、さすがに我に返った。
「だーめーだってソレア! もう時間なんだってば!」
「んー? じ、かん?」
小さな手足で精一杯じたばたと暴れたのがやっと効を奏したのか、ソレアはそう呟いてのそりと毛布から半身を乗り出した。
沈黙した目覚まし時計たちを、じっと見据えること数秒。
「あー! やっだもう遅刻決まりじゃないこれ!」
勢いよく飛び起き、ソレアは叫んだ。
「ああぁまた姉さんにひっぱたかれるぅ……もぉヒース、なんでもっと早く起こしてくれなかったの?」
「あのねソレア、ぼく結構がんばったよ……」
ため息混じりの恨み言は、ばたばたと階下に駆けていったソレアにはきっと聞こえなかったのだろう。
ソレアが盛大に散らかしていった毛布を畳みながら、ふと。ひとつの光景が、脳裏に蘇る。
(……さっき)
ほんの一瞬、横顔に涙の跡を見たのは、気のせいではないはずだ。
ソレアの夜の顔を、その頃の俺はまだ目にしたことがなかったけれど。路地裏の住人たちの噂話だとか、仕事帰りのソレアが纏う夜の残り香だとか、そういうものから、幼心にもなんとなく感じ取っていたのだと思う。華やかできらびやかな、けれど決してそれだけじゃない世界。
もしも俺に――俺たちに、ひとりで生きるだけの力があったなら。ソレアはあんなふうに、夢の中で一人で泣いたりしなくて済むんだろうか。
そのとき初めて、そんなことを考えたのを覚えている。