@3elody
「悪いんだけど、こっち来て球出し手伝ってもらえるかな?」
「はい!今行きます!ごめんなさい。乾先輩・・・」
「ああ、こっちの記録は構わない。俺がやっておく」
「ありがとうございます!」
乾に頭を下げて、大石の声のする方に急いで足を向かわせる。
相変わらず、忙しそうにテニスコートの淵を走り回る彼女に、リョーマはちらりと目を移した。
~夢の中のレギュラージャージ~
「あれ、越前は?」
「おチビなら、海堂と外走りに行ってる。そろそろ戻ってくるんじゃない?」
「そっスか。なら英二先輩、俺と打ちません?」
「お。いいぞー!負けたら桃の奢りな!」
「負けないっスよ!」
打ち合いをするものや、ジョギングや筋トレに励むものもいる。
レギュラーメンバ-が各自の練習メニューに入ると、僅かだが忙しさも緩和される瞬間がある。
彼女はコートを出て、「ちょっとだけ」と疲れた様に人気の少ない校舎裏の木陰にもたれ掛る。
ほんの少しだけの休息のつもりが木陰の涼しさが睡魔を誘惑する。
「ん・・・」
駄目だと思っても、心地の良い睡魔には勝てない。
うつろうつろと誘惑に負ける様にゆっくりと目を閉じた。
「はぁ・・・ホント、海堂先輩しつこすぎ」
同じ距離を走っても相変わらず息を切らさない海堂に、相変わらず嫌な先輩だと心の中でリョーマは毒づく。
タオルを肩に掛けたリョーマは、先ほど買った缶ジュースを飲干しゴミ箱へと捨てると、
自身のジャージを片手に持ち上げ汗を流しに水道場の方へと向かう。
汗を拭い、再び帽子を頭に被りなおして歩いていると、こつんと自身の足に何かが当たる。
「え?」
立ち止り、ふと自身の足元を見ると転がっていたのはテニスボール。
「なんでこんなところに・・・」
リョーマは、顔を上げて思わずあたりを見渡すと見つけてしまった人影にゆっくりと近づく。
木の陰に隠れて伸びている足元。長い一つ括りの髪が風に揺れてちらりと微かにこちらからも見えている。
そっと木に手を添えて、回り込んでみると予想通りの人物にリョーマは息をつく。
「・・・なにやってんだか」
足を伸ばしリョーマの存在に気付かずに眠っている彼女を目の前に、
リョーマは惹かれる様に思わず手を伸ばす。
リョーマが彼女の頬に手を触れると、どことなく彼女の表情が優しくなったように感じる。
気持ちよさそうに眠る彼女の表情に釣られるように、リョーマも思わず表情が緩む。
「無防備」
咄嗟に出てしまった言葉で、「んっ」と体を少しだけ反応させた彼女に、「やば」とリョーマは手を引く。
しかし、まだ目を覚まさない目の前の彼女に安心したようにリョーマは安堵の息をつく。
だめだ。ここに居ると胸がざわつく。だけど、そんな心とは裏腹にリョーマは口角を釣り上げた。
風が吹き、彼女の髪を撫でる度に魅せられる。
そこだけが妙に輝いて見えるのは、「ああ、これは欲目だ」と理解する。
この姿を誰かに見られたくなくて、自身が被っていた帽子を取り、彼女の頭の上に軽く被せると、
リョーマは、何かに引き寄せられるように彼女の唇にチュッと触れるだけの口付けを交わした。

思わず自分がとってしまった行動にリョーマ自身も目をパチクリとさせるも、
「ま、俺が悪いんじゃないよね」なんて心の中で自己完結させる。
未だ起きそうにない彼女に、リョーマは手にしていたジャージを掛けて立ち上がる。
「先輩、お疲れ様」
去り際に、いつものように生意気な表情でリョーマはそう言った。
「・・・ん」
リョーマが去った後で、彼女はゆっくりと目を覚ます。
夢でも見ていたのか・・・?といまだ頭がぼーっとしていてる中で懸命に状況を把握しようとする。
「あ。私、寝ちゃって・・・やだ!変な夢みちゃった!って、え?」
所々うろ覚えではあるが、あんな恥ずかしい夢を見るまで寝てしまうなんて・・・
と慌てて体を起こすと掛けられていたレギュラージャージがパサリと足元に落ちる。
まさか・・・と彼女はパッと頭に手を触れると、自身の頭に乗っているのは白い帽子。
その瞬間に、かすかな記憶に残っていた出来事がまさか夢ではないのでは・・・と思わせる。
「え・・・ええええ!」
真っ赤に頬を染めた彼女の叫び声が校庭に響き渡った。
「お疲れ様でした!」
部活が終わり、「疲れたなー!なんか食って帰るか?」なんて先輩たちと話をしていると、
くいっとリョーマは後ろから誰かに手を引かれる。
「びっくりした・・・なに?先輩?」
「え、えっと、ごめんね!あの、これ。リョーマのでしょ?」
そう言って彼女に差し出されたのは、先ほどリョーマが彼女の体に掛けたはずのレギュラージャージ。
綺麗に彼女によって畳まれた自身のジャージと帽子を受け取る。
「ぁあ、忘れてた」
「名前・・・見たらリョーマのだったから吃驚しちゃった」
「ありがとう。起こしてくれてもよかったのに」という彼女に「別に」とリョーマは素っ気なく返す。
「先輩、起きそうになかったんで」
リョーマがそういうと照れたような表情で、彼女は「ごめん!」とリョーマに手を合わせる。
本当はさっきから鼓動が止まらない。
あんな出来事があったと分かってしまったうえでリョーマと冷静に話なんてできない。
落ち着け・・・。いつも通り、いつも通り・・・。と自分に言い聞かせながら、
上がる一方である体温を必死に抑えながら彼女は、ちらりとリョーマを見つめる。
するとそんな彼女の視線に気づいたリョーマが、
「なに?」というのに対して、「な、なんでもない!」と慌てて否定する。
「ふーん」と気にとめなかったように言葉を返すも、「あ。そうだ」と思い出したようにリョーマは口を開く。
そんなリョーマの言葉に、彼女はビクッと体を反応させた。
「ど、どうかした?」
「先輩。明日、部活休みだけど暇?」
「え?うん・・・まぁ」
「映画のタダ券2枚あるんだけど」
「え!」
「行く気ある?」
「あ、あるある!」
「じゃあ、決まり」
「やったー!」と彼女は頬を少しだけ赤く染めつつも嬉しそうに、リョーマに微笑んで見せる。
そんな彼女を前に、リョーマは目を細めて口角を釣り上げると、ゆっくりと口を開く。
「あとさ・・・」
「なに?リョーマ」
「・・・その時、俺、先輩に話あるから聞いてくれる?」
「今じゃ、だめなの?」
「だめ」
「な、なんで?」
「俺はいいけど、先輩の方が困るんじゃない?」
「え?」
「疲れてるし、容量一杯って顔してる」
「そ、そんなこと!」
「ある。だから、今日は止めとく」
全てリョーマに見透かされてるようで、なんだか悔しい。
彼女がムッとした表情でリョーマを睨むと、
予想通りの反応だったからか、リョーマは、小さく噴き出すように笑う。

「いいじゃん、明日で。それに先輩も俺に聞きたいことあるみたいだし?」
「うっ・・・」
「あ。一応言っておくけど、俺、自制心強い方じゃないから」
「・・・はい?」
「ちょっとは危機感持っておいてよね。あと、あんな所で寝るのは止めといた方がいいんじゃない?次も見つけるのが俺とは限らないしね」
「わかった?」というリョーマに、「そ、そう・・・だね?」といまいち意味が飲み込めないまま、
呆気にとられたように彼女はリョーマに言葉を返す。
「それじゃ、明日10時に駅前ね」
「ちょ、ちょっと待って!」
そういう彼女の声はもう前を歩くリョーマには届かない。
期待しちゃいけないと分かってはいるけど、もしかして・・・なんて思ってしまう。
だけど、落ち込むのは嫌だから。
「危機感って・・・どういうこと?」
それに話って、なんだろう?と私は、わざと自分の心に気づかないふりをする。
さぁ、明日は何着ていこうか。