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尾の上の桜

@LOL_chiyo5
嘉藤 千代@11/25【開式堂】文フリ
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2017-03-24 13:02:19

#さくやこのはな 百人一首アンソロジー参加作品。
〇七三 高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山のかすみ立たずもあらなむ 権中納言匡房

 『本日、入籍しました』
 春一番に導かれ桜の蕾も綻び始めた三月下旬、和彦の下にとある通知が舞い込んだ。
 もう卒業して四年は経つだろうか……仕事に追われ目紛しい日々に疲れ果て碌に絡まなくなった大学時代の連中は、久し振りに舞い込んだ吉報に喜び騒いでいる。
 気怠い身体を万年布団に横たえて、和彦はスマートフォンの画面から最近流行りのSNSアプリを開いた。
 履歴を追えば、当時文芸サークルに所属していた者達が一様にして表題の投稿記事に『いいね』のボタンを押している。リンク先の名前に和彦の手が止まった。『あなたのお友だちではありませんか?』というSNS側からの進言をずっと無視し続けていた人物の投稿だというのに、つい気になって画面上をタップしてしまう。
 今となっては後悔しか残らない。そこには男女が互いに手を重ね合い、薬指に嵌る指輪を主張する写真と共に以下の投稿文が公表されていた。
『この度、長瀬咲耶は職場の先輩である大山尊さんと入籍しました。慣れ親しんだ苗字とお別れするのは少し寂しい気がするけれど、これから尊さんと共に暖かな家庭を作っていければと思ってます。新たに大山咲耶となりましたが、今後とも仲良くしてくれると嬉しいです!』
 懐かしい名前を彼はスマートフォン越しに指でなぞる。それは数年前まで自分の隣で微笑んでいた、恋人の名前であった。

   *

 長瀬咲耶(ナガセ サヤ)と杵崎和彦(キネザキ カズヒコ)の出会いは至ってありきたりなものであった。
 桜舞い散る春盛り。苦難ばかりの受験戦争を乗り越えて合格した志望大学へと入学し、これから始まる四年間のキャンパスライフに和彦の胸は躍っていた。春という季節は不思議なもので、眼に映る全てが活気付き輝いているように見えるのだ。既に入学を済ませた先人達が是非我がサークルへ!とビラを押しつけてくる行為でさえ、和彦の胸を擽る。
 弓道・映像・オカルト……多種多様なサークルが広がっていたが、和彦としては自分の専攻が国文専攻であったこともあり、運動もあまり得意な方ではないので無難に文芸サークルに加入することにした。このサークルは普段、部室解放タイプの自由な参加スタイルになっており、一年に一度、文化祭にて文芸誌を出すのが決まりである。後は特に堅苦しいルールがある訳でもなく本好きが集まる気楽な活動だと聞き、これ以上勧誘に巻き込まれるのも疲れるからと早々に加入届を提出して、彼の大学生活は本格的に幕を開けることとなった。

 咲耶と出会ったのは、そんな文芸サークル新入生歓迎会であった。高ランクの大学であったからか、浪人して入学した者もおり学年といっても年齢は様々で、同期メンバーはどちらかというと男性の割合が多い印象である。
 酒の飲める同期は先輩達にお酌をしながら絡まり、かくいう自分は余り人付き合いの良い方ではないので端席に座って烏龍茶を啜っていた。
 すると、斜め前で酒に浮かれた先輩に肩を組まれている女子を見つけたのだ。彼女は艶やかな長い黒髪にスカイブルーのストライプが入った清楚なワンピース姿で、飲み会の座敷席でも行儀良く正座をしていた。烏龍茶の注がれたコップを固く両の手で握り締めている。
 こういう場は不慣れなのだろう。元々、彼女は別の女子とふたりでやって来ていたのだが相手の女子は社交性が高いのか、すっかり先輩方の輪の中に溶け込んでこちらに戻って来る気配はない。
「ねぇねぇ、君、彼氏とかいるの?」
 酒臭い息を彼女の頬に吹きかけながら絡む先輩に、どう対処して良いのか分からず彼女は狼狽えている。
 その様がどうしても見ていられなかった。和彦自身人付き合いが苦手であるから故の同情と、無いとは思うが後々に某大学サークルにてセクハラ事件などと騒がれても困る。それとなく肩から腰に手を回し始めた先輩の脇をすり抜け、彼女の腕を掴んで引き上げた。少し烏龍茶が跳ねて服に掛かったが構わない。
 驚いた彼女は大きく目を見開いて己を引き上げた和彦を凝視している。
「うぁ?」
 急にしな垂れ掛かっていた相手が消え、座布団の海に転がる先輩を傍目に和彦は彼女を連れて店外へと向かった。
「先輩すみません。頼まれた煙草、彼女と買って来ます」
 嘘八百を言い残して。

 店の外は流石に夜は春冷えを起こしていて、冷たい風が頬を撫でてきた。
「あの、すみませんでした」
 申し訳無さそうに頭を下げる彼女に両手を前にして振り、気にするなと和彦は口にする。
「私、人見知りで。こういう、飲み会の席って初めてだったんです。夏希、あの、一緒に来た子で、その子が何とかするから!って言ってくれてたんですけど」
 苦笑いをする彼女に自分も同じ表情を返すことしか出来ない。その夏希さんとやらは確かに輪に入れていたが、彼女のことは完全に置き去りだったのだから。
「自己紹介……一応、飲み会の席で新入生は全員していたけれど、改めて。僕は杵崎和彦です。ストレート入学で文学部在籍です」
「あ、じゃあ同い年なんですね。私は長瀬咲耶と言います。ストレートで心理学部在籍です。読書が趣味なので、この文芸サークルに入りました」
 互いに先程飲み会の席でガチガチになりながら自己紹介をした文句を繰り返し、笑ってしまった。
「ストレートなら同い年だよね。敬語はやめようか」
「そうで……そうだね」
「先輩も酔ってただけだから、君に絡んだことも明日には忘れてるか謝ってくると思うよ。そろそろ熱りも冷めただろうし、戻ろうか」
 そう告げ、和彦は再び歩き出す。この時、彼は平静を装っていたが内心は心臓が飛び出る程に緊張していた。
 縮こまっていた為に咲耶に対しては地味で朧げな印象であったのだが、あの場で引き上げて顔を近づけた時にかち合った瞳は文学少女然とした愛らしさを持っていて、謂わば和彦の好みであり、一目惚れをしてしまっていたのだ。ついでだが、引き上げた肌はとても柔らかった。

 それからふたりは時間を掛けながらも距離を近づけていくこととなる。メールアプリで同期のグループトークだけの関係が次第にふたりだけのメール交換となり、共に外出する機会が増えた。
 大学四年まで月日が流れれば、側から見ても付き合っていると形容できる関係にまで発展し、明確に好意を言葉にし合った訳ではないが両者交際をしていると断言出来る関係へと収まっていたのである。恋愛など縁遠いと思っていた和彦としては夢のような大学生活であった。
 就職活動と卒業を意識し始めた頃から、咲耶は和彦に対して頻繁に掛ける言葉があった。
「一人暮らし、羨ましいなぁ」
 ワンルームの下宿先にやってきた咲耶が、溜息混じりに零す。和彦は遠方から上京しており、大学進学時から一人暮らしで親の拘束もない自由な身を謳歌していた。それを咲耶は非常に羨んでいたのである。
「確かに一人暮らしは気楽だよ。親に指図されたりしない分ね。でも勧誘はうざったいし、家事は面倒くさい。それに君は女の子だし、僕よりも一人暮らしって危ないじゃないか」
「そうかもしれないけど」
 このやり取りは彼女が和彦の家へ訪れる度に繰り返されていた。常に羨む彼女を論破して不毛な会話は終わる。
 それでも未練がましく、一人暮らしがしたい、羨ましい、と余りに言うものだから、堪り兼ねて和彦は一度だけ彼女に理由を尋ねたことがあった。大きな溜息と共に吐き出された理由は、確かに実家を飛び出したくなる気持ちは分からなくもない内容であった。
「私、ふたつ下に妹がいるんだけど、その妹が結婚したの。椛(もみじ)って言うんだけど、短大を卒業してすぐに。高校時代から付き合っていたみっつ年上の人と、ですって。相手は就職して一年、社会的に自立し始めたことと椛が短大卒業っていう節目があったから、この機にプロポーズ」
「羨ましいの?」
「羨ましい、というよりは、肩身が狭いと言った方が良いのかもしれない。家中お祝いムード、就活をしていても親もふざけて、お前も永久就職先を見つけてしまえば、なんて言うし。確かにおめでたいことには変わりはないし、妹の結婚が妬ましい訳じゃないけれど。……居場所がないの」
「別に妹夫婦と同居している訳じゃ無いんだろう?」
「そうだけれど。……分かんないよね、こういう感覚って」
 咲耶は視線を落とす。突き放した物言いに和彦は口を閉ざした。暗に『自分も結婚がしたい』と脅されているような感覚に襲われる。結婚がしたい、同棲がしたい。そんなニュアンスを含んだ彼女の言葉に対し、無責任にこのワンルームへ越しておいでよ、と言える訳もなく和彦は口を結ぶ以外に術はなかった。
 まだ我々は学生だ。例え無事に卒業し就職したとして、そのまま同棲を始めるとしても職場環境や生活スタイルなどを想像することが全く出来ない。問題は山積みである。
 こういう時の女性は自分の中で答えが出ていて賛同してくれる対象を求めているものなのだと考え、咲耶もそうなのだろうと腕を組んで同調するように頷くことしか彼には出来なかった。
「私って気遣いも出来ないし、妹みたいに愛想もないし、ダメダメなんだよ」
 咲耶は独り言のように続ける。
「咲耶って名前の由来、話したっけ? お父さんとお母さん、せっかくの娘だからって日本神話に出てくる木花咲耶姫から漢字を取って、咲耶(サヤ)って私に名付けたの。気立ての良い愛らしい女の子に育つように、ですって。因みに妹が生まれた時はコノハナの木と花を繋げて椛。でも、神話では姉は石長比売でしょう? 瓊瓊杵尊から突き返されてしまうような華やかさのカケラもない地味な姉、それが私。椛が正しく、木花咲耶姫だったのよ」
 一通り語り終えた咲耶に何も和彦は言葉を返せなかった。そんなことはない、君は確かにその名に恥じない存在であると慰めるべきだったのかもしれない。
 しかし、どうせ弁解したところで彼女は否定してくるのではないかと思う程に捲し立てていて。結局、和彦は何も語らずに口を閉ざし続けたのであった。

   *

 停滞した関係のまま季節は巡り、ふたりとも卒業論文に追われ一息ついた頃には就職先への入社準備が始まり、お互いに会う頻度が格段に減ってしまった。
 新たな門出は古き縁の切れ目なのかもしれないと和彦は思う。
 卒業後も引き摺っていた関係は、咲耶自身からの明確な一言で決別を迎えた。
「お互い前を向けるように、別れましょう」
 付き合う時は言葉など要らなかったのに、別れの時はこうもすっぱりと縁を切るのか、と呆然としたものだった。
 やさぐれ半分に職場での付き合いで吸い始めた煙草は、今やずるずると止められず大学時代は白かったワンルームの壁紙がヤニで黄ばんでしまった。食生活もコンビニ弁当の栄養面の配慮と気楽さに気づいてからは自炊なんて考えは、頭から消えてしまっている。ありがたいことは、彼女への未練は不慣れな勤労生活に慣れることに没頭していたおかげで忘れ去ることが出来たことだろうか。
 いつだって和彦は色んなものを取りこぼして諦めてきた。努力をしていたとしても自分の手に持てるだけの力しか人は持つことが出来ない。幼い時、辛酸を嘗めた苦い思い出が脳裏を過ぎった。

   *

 それは和彦が小学生に進学して、初めて訪れた冬休みの出来事であった。彼が住んでいた町では義務教育課程に進学した子どもの中で地区ごとに子ども会へ所属する学生達から優秀な者を選抜し、団体・個人戦の百人一首大会を催していた。
 和彦は幼い頃から記憶力には自信があり、子ども会での予選で良い成績を残して選抜という名誉を授かった。低学年個人戦への抜擢である。
 週に一度、夜に選抜された子ども達が昔からある地区集会所に集まりストーブの灯だけで暖まりながら練習を繰り広げていた。和彦としてみれば一年生の自分が選ばれたということが何よりも嬉しく、夜の練習は誰にも言えない秘密の特訓を行なっているようで子ども心を擽られた思い出がある。両親に練習をせがみ、来たる大会に向けて百人一首に没頭していた。
 そして迎えた大会当日。順調に勝ち進んだ和彦は準決勝戦に挑むこととなる。名前は覚えていないが、相手は二年生の男子であったことだけは確かに記憶している。
 並ぶ札を眺め、何処に何があるのか、自分の手が届く範囲は取らせないと意気込み挑んだ準決勝は僅差で和彦の敗北となった。敗因は、彼が取らせないと意気込んでいた手前真正面の札を相手に呆気なく取られたことである。
 取られない自信があった。自分の領域とさえ思っていた。足元を掬われた感覚に和彦の絶対的自信は崩壊し、負けたのである。三位決定戦の記憶は殆んどない。練習の賜物か、身体が条件反射を起こしていたらしく気付けば一番低い表彰台に立っていた。
 周りは三位入賞おめでとうと賛辞の言葉を和彦に送る。準決勝では悔しかったけれど挽回したね、と励ます者もいた。実際に和彦と戦った二年生は優勝しており、元から優勝候補のひとりと目を掛けられていたらしい。準決勝で当たるなんて運が悪かったけれど大健闘をしたのだし三位だって凄いじゃないか、と誰しもが彼をもてはやした。
 けれど、和彦の頭に賛辞の言葉が入ることはなかった。悠々と奪われた句が忘れられない。
『高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山のかすみ立たずもあらなむ』

   *

 和彦は万年布団から起き上がり、壁に寄り掛かりながらぼんやりと煙草に火を付けた。メンソールの効いたそれを肺に吸い込んで、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
 卒業して四年目ということは、就職はたまた彼女と疎遠になって四年目ということだ。確かに時間は経過したけれど、前を向いて進めていたのは彼女だけで和彦自身は停滞したまま先に進めていなかったのかもしれない。
 和彦には何となく、過信があったのだ。彼女が自分の元へ戻ってきてくれるのではないか、という過信である。
 当時は結婚や同棲という責任のあるものに自由を拘束されるのではないかと恐れて、彼女から送られてくる信号を拒絶していたくせに都合の良い考えだな、と失笑してしまった。
 そういえば、幼少期に取りこぼした百人一首の和訳はなんであっただろうか、と和彦はスマートフォンをネットに繋いで検索をかける。『高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山のかすみ立たずもあらなむ』とは。解釈を読み、尚のこと和彦は笑えてきてしまった。
『はるか遠くのあの高い山の頂に、桜が咲いたなあ。手前の山にかかっている霞が立って、視界を遮らないでほしい。すばらしい桜が見えなくなるから』
 彼の人生を表しているのではないか、そんな一句であった。
 言い訳と弁解を重ねて作り上げた山の向こう側の頂に咲耶は立っていた。桜の精とされる木花咲耶姫の名を持つ彼女は、和彦にとって高嶺の花だったのだ。それを眼前の碌でもない山が立てる霞で見えない、と煙に巻き続けたのは彼自身である。遥か彼方の頂で、彼女は愛する瓊瓊杵尊と共に微笑み合っているのだろうか。
 再びSNSに画面を戻し、彼女の投稿に目を通した。燻る煙草の煙が霞のように視界を遮ってくる。まるで、あの歌のように。和彦はゆっくりと側にある灰皿へと煙草を押しつけた。画面の奥にいるであろう美しい彼女の姿が霞んで見えなくなってしまわぬように。
 今の彼に出来ることは、祝福を込めて『いいね』のボタンをタップすることだけであった。

【終】


比恋乃様主宰・百人一首アンソロジー
【さくやこのはな】
http://sakuyakonohana.nomaki.jp

担当歌
〇七三 高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山のかすみ立たずもあらなむ(権中納言匡房)
意味
はるか遠くのあの高い山の頂に、桜が咲いたなあ。手前の山にかかっている霞が立って、視界を遮らないでほしい。すばらしい桜が見えなくなるから。


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