@akirenge
【スピンオフ:戦えない特務司書と加護者と転生系文豪達2】
国定図書館分館は文学書を侵蝕する謎の敵、侵蝕者と戦うための図書館だ。
「文学の損失だろう!!」
「平和を守るためには損失も大事なんや!!」
分館内にて織田作之助は菊池寛と言い争っていた。原因は谷崎潤一郎の書いた小説だ。谷崎は自分と徳田秋声、そして自分達を転生させた特務司書の少女や
周辺をモデルにした小説を書いたのだ。
その小説の出来は凄かったものの、中盤から終盤は官能小説で最後の方では自分と徳田秋声をモデルにした者と特務司書の少女をモデルにした者が
全てを捨てて共に旅に出るというものだった。
コピー機によって同じ原稿がいくつもコピーされて分館にばらまかれている。織田としては全てを回収して火にくべるか、前に特務司書の少女が教えてくれた
シュレッダーという機械に紙を入れたら細い短冊になる機械にかけたいところだが待ったをかけたのは菊池であった。
彼は小説家ではあるが編集者でもある。
菊池は特務司書の少女と徳田秋声が立ち去った後で来たのだ。
「そうですよ。ちょっとした官能場面があったとは全てを処分だなんて……」
哀しそうに泣いたフリをしているのは谷崎潤一郎である。
「ちょっとにすんなよ!! 徳田がああなら司書がヤラれ続けたら死にそうだよ!!」
「今回は織田作さんの史実は余り入れられなかったので……入れれば良いですね」
「そしたら司書が死ぬだろうが!! 良すぎて!!」
「アイツなら何がとか首を傾げそうだが、太宰、静かにしろ!!」
太宰治と谷崎潤一郎が言い合っている中、佐藤春夫が割って入っている。良すぎての意味が分からなさそうと言うのは何となく分かるというか、
分かったら分かったで照れるだろうか。そもそも、自分は彼女に好意を抱いているが秋声は余り意識がないようだし、かといって出ても困る。
「それにこれ、仮に尾崎紅葉とか泉鏡花とかが見たらどうするんだ。泉は……」
志賀直哉が言う。尾崎紅葉は徳田秋声の師であり、泉鏡花は秋声の兄弟子だ。生前、志賀とも交流がある。
「何かあったら戦いますよ!! 春夫さんもきっと戦ってくれますから!!」
「俺まで巻き込むなよ!?」
「そもそも泉鏡花も尾崎紅葉もまだ転生してないだろうが」
胃を痛めながらも佐藤は谷崎に言う。割って入ったのは志賀だ。この図書館では尾崎紅葉と泉鏡花はまだ転生していない。
そして戦いというのはどの戦いか、自分達文豪の武器は文学の世界では無いと使えない。自分達が持つ本は、本のままだ。
佐藤の制止でこの場は収まるかと思ったが、
「嫌がるなら脱がせてでも着せればいいのですし創作内ならばソレも自由……」
「そうだね……実際に脱がせるよりもまだ楽か」
「北原はん……?」
数分後、谷崎の小説を読んで訴えに来た北原白秋を谷崎が止めて逆に谷崎を巻き込んでいる。
「織田君。落ち着くんだ!! 白さんを止めようとしたら俺は織田君を止めている……」
「いっそ同人誌作っちまおう。発散で」
図書館内と言うかこの界隈は混沌としていた。太宰は太宰で仮に佐藤と谷崎が尾崎一門と来たら戦うとなったし、室生犀星が静止にやってきているし、
菊池は菊池で同人誌を作るべきとか話していて吉川英治と話していた。
吉川はと言うと谷崎の小説の内容を知らずにばらまいてしまった。知らずにとなったのは吉川の人徳があるからだ。
人徳は大事である。
同人誌を作ろうとなっていたので、菊池はその場に来ていた堀辰雄や吉川に特務司書の少女への伝達を頼んでいた。
好みなどを聞いておくことにしたらしい。
「出来るん?……島崎はんが以前、出そうとして失敗したそうやけど」
島崎藤村は自然主義文学や詩作で有名な文豪だ。好奇心旺盛であり文豪達に取材をしたり、戦闘の際にも侵蝕者に取材をしたりしている。
自身が調べたことを同人誌として出そうとしたら止められたのだ。侵蝕者との戦いは秘密であるし、何よりも自分達は様々な影響は受けていても文豪なのだ。
「吉川が言っていたがコピー機の他にもいくつも機械があったし使えば出来るんじゃないか。今だと薄めの本ならコピー本ってのも出来るし」
「和綴じの本もありますからね。部数をそこまで作らないなら出来るでしょう」
置いてある部屋があるらしい。らしいというのは織田も、きっと他の文豪達もこの図書館の完全な配置図を知らないからだ。
潜書室や飲食の出来る部屋の場所は分かるが、他の部屋が分からない。
「……アイツ……ってか、妖が用意したんやよな。そういうのって。どんなんやろ。……何者?」
特務司書の少女は図書館の管理は全て任せていると言っていた。いつの間にか本を置いていたりするのも、その妖の仕業らしい。
妖は横光利一が呼んだ名前だ。
「この図書館を趣味で作った方ですよね」
「趣味……?」
谷崎が話に乗ってくる。趣味と言われて太宰が首を傾げた。
「自分の好きなものを詰め込んでそれを図書館と言うようにした、という感じです」
「……司書に本を薦めるに勧めて著作飽和を起こす妖で、……どういう関係なんだ?」
「彼女を導いているようだが、導き方がおかしかったせいで徳田君を犠牲にしたくなったよ。なくても犠牲にするべきだけどね。彼は」
佐藤も聞いた情報を言う。導き方がおかしかった原因については知らないが勝手に北原が怒っているだけの気がしないでもない。
何かったら織田は徳田を守らなければならなかった。徳田は特務司書の少女にとって大事な存在だ。
「気難しいって聞いとるけど、仲は悪くないっつーか、友達みたいな……」
北原の発言を無視。聞いていなかったことにする。
織田は特務司書の少女が話していた様子を想い出すが、親しそうであった。今日得た情報だと特務司書の少女はここではない
別の世界出身で審神者というモノに宿る付喪神を励起させる技を使えてそれによって刀剣男士という刀剣から励起させた最強の付喪神を率いて、
歴史に攻撃を仕掛けてくる歴史修正主義者と戦っていた。事故でこちらに来てしまったとまでは聞いているが、
「妖か。俺はこの目で見えるものしか信じねえが、いることは確かだ。見えるのか? 見させてないのか。後者だったら意気地ねえんだな」
志賀が言う。
いることは確かとしたのは納得が出来る要素があるのだろう。見させていないと言うのが織田としても正しいと想う。
特務司書の少女はとても親しげにしていたし、姿を出そうとすれば出せるのだろうが……。
そこまで考えた織田は、目を見開いた。
佐藤や太宰も、何かに気がつく。
少女が、居た。
「……まさ……」
気がついたように織田は口にしたが志賀は気付かない。少女は、志賀の背後に立っていた。見た目は十代前半ほどの、真っ黒いドレスのような衣装を着た、
真っ黒い髪を伸ばした少女、葬式にでも行ってそのまま帰宅したかのような少女は靴で床を蹴り、志賀の背後から飛びかかり、彼にしがみつくようにしてから、
両腕を志賀の肩周りに回した。
『意気地が無いじゃ無くて影響が内容に出るのが大変だったというかー、出しても良かったんだけど気を遣ったのよ?』
少女は、笑った。
愉しそうに。それこそ、一点の曇りもなさ過ぎて逆に不気味とされるような笑顔を志賀の後ろで浮かべていた。
「アンタが、妖……」
『あの子が世話になっているわね。織田作之助。他の文豪の皆さんもこんにちは。あの子に図書館の管理を任されたりとかしている……加護者と名乗っておくわ』
自己紹介をした少女が妖で自称加護者で、図書館の管理者で。
納得するよりも先に志賀の絶叫が図書館中に響いた。
特務司書の少女が予感がして、先ほど覗いたっきりの騒ぎの中心へと来ると、そこには見慣れた少女が立っていた。
「あの子は……」
「……あれ?」
徳田秋声も着いてきてくれた。あの場にいるのは志賀に織田作に菊池に谷崎に太宰に北原が居る。他の文豪達は確認していないが、
図書館近辺にいるはずだ。
それよりも気になったのは加護者だ。出た気配はしたのだが、
『殺意は収まった? 収まってなかったら太宰治を殺るつもりだったんでしょう?』
「収まったけど……気配が……」
なんで俺が!? となっている太宰に、一番殺りやすそうだったかららしい、と秋声が答えてくれていた。特務司書の少女は加護者に触れる。
実体があり、体温もあるがそうしているだけだろう。面倒だと幽霊状態だ。
気配が気になった。無害なのだ。抑えるに抑えているというか、現れたときに分かる心が揺さぶられるような気配がない。
手品でもするかのように彼女は黒いテディベアを取り出す。
かつての自分が無くしたそれは今も記憶の底を刺激する。
『抑え気味にしたの。お陰で疲れるけど、空気を読めと言う風潮に合わせてみたのよ』
「コイツ、空気読んでねえぞ」
「だろうね。どうせ面白そうだからとかそんな理由でしょ。お前が人畜無害っておかしいから、で、なんで出て来たの?」
志賀が嫌そうに言っているので何かしたのだろう。コイツが外に出ていて誰かに影響がないなど、特性上、あり得ないのだ。
『司書仕事をしていたのだけれども、図書館が余りにも煩くて、置いてある彫刻とか使って黙らせようとしたんだけど、それは抑えて、
さすがにそろそろ色々と事情説明するべきかなーって』
「……キャラ、違いすぎるんだけど……加護者……ねえ、どうしたの? 頭おかしくなった?……いつもおかしいか」
「啄木並に遠慮がないこと、言ってないか」
彫刻とかを使ってと言うのは、この分館には高村光太郎が作った彫刻や、武者小路実篤や佐藤春夫や小林多喜二が描いた絵などが置いてある。
ちょっとしたギャラリーのようなものだ。得に彫刻や本棚の上に置かれていたりして、たまに加護者は落としている。
前に石川啄木の上に落としていたことを知っていた。
いつもとは違う意味での怯えが特務司書の少女の心中に来ている。それも伝わっているのだろうが。
怖い。
子供のような笑顔を浮かべて黒いテディベアをぬいぐるみを抱いたコイツはこういう性格では無いと言うか……性格なのだろうか。
犀星はそう言っているが以外とこんな感じである。
『貴方みたいなものよ。とりあえず、国木田独歩を有魂書の潜書から出したら?』
「この子は君の……その……」
「腐れ縁というか利害の一致で協力をしているというか、アルケミストの能力とかとは関係ないんだけどね。図書館の管理とか頼んでる」
加護者ってことにしておく、とする。名前はあることにはあるのだが、
「いきなり、疲れてないかな。この子が悪意たっぷりの皮肉屋でろくでもないようには見えないんだけど」
本来の加護者の姿は十代後半か二十代に見える黒髪の長髪に赤い瞳をした者だ。それがこの姿で出て来ていたのはこの世界だとあの姿でしか出られなかったからだが、
抑えてはいるがこの場にいても彼女は恐らく、デストロイ系のピタゴラスイッチで騒がしい者を鎮められる。
「徳田。悪意たっぷりは置いておく。皮肉屋も置いて置くがろくでもないは当たってる。ろくでもなかったら普通は彫刻を人の上には落とさんぞ」
佐藤が代表して言い、他の文豪達も同意する。
「私たちのようにその形に収まっているというか、この子はそんな感じでしょうかね」
「そんな感じだよ。谷崎さん。収めてるね……。コイツ、谷崎さんを見たとき、谷崎潤一郎ね。谷崎潤一郎だし、みたいなこと言っていたんだけどさ……似たような感じ?」
文豪達は生前の文豪達そのままというわけではない。そのままであるならば転生では無く、蘇生だ。彼等は生前の魂に著作のイメージやら逸話やらが混じっている。
刀剣男士と似たようなところがあった。加護者が納得していたのでそのままにしていたのだが、それを聞いた他の文豪達は納得していた。
ちなみに特務司書の少女の谷崎潤一郎のイメージというか知識は文豪達をモデルにしたアニメや漫画ぐらいしかないし、途中までしか読んでいないし、
この谷崎とはイメージが違いすぎる。
なお、特務司書の少女が谷崎と初めて会ったとき、耽美主義って何、荷風先生って誰とかなっていた。
「谷崎は知っているとそういうしかないよな」
「君は本当に文豪達については殆ど知らないんだね」
「……谷崎さんの著作だと、痴人の愛は若紫計画メリバ系よ、で……細雪絶対挫折するから読むなら刺青。春琴抄でもいいわ。変わったのなら途上とかどう? って教わった、けど」
北原に言われて頷く。特務司書なのもアルケミスト能力があるからだ。特務司書の少女が抱いている司書のイメージとは本に興味を持ちよく読んでいると言った様子だが
自分は好きなものしか読まないし、今は仕事だから読もうとしているだけというかそんなのだ。
痴人の愛は有碍書指定されている。内容について聞いたらそう教えてくれた。若紫計画とは全五十四巻ある紫式部の著作のうち一作、若紫から取られていて
主人公が昔憧れていた人にそっくりな子を誘拐してきて育てはじめる話と聞いている。
刺青は谷崎のデビュー作でこれを永井荷風に肯定して貰って、評価も高かったので谷崎は作家の道を歩むことが出来たと教わったが、春琴抄と途上は知らない。
「春琴抄か。……終盤近くのあの展開は、ありえるのかな」
『貴方って生前それで谷崎潤一郎と論争を起こしていたわよね……』
秋声の言葉を聞いた加護者が思い当たるフシを呟いた。生前の徳田秋声は地味だが晩年は文豪の大御所であると知らされている。
「……春に琴でも弾いていたら桜にでも攫われて花びらになったとかそんな感じ? お前、前に話してくれたとき、桜に攫われる系のそんな話し無かった?」
『坂口安吾の桜の森の満開の下……については話したわね。……私としては夜長姫と耳男がおすすめよ。芥川龍之介の地獄変と通じるところはあるかしら』
「地獄変って知ってるよ。芸術のために娘をサクリファイスして描き上げて自殺するんでしょ。春琴抄の終盤の展開って?」
それは、と加護者が口を開こうとする。聞けば加護者は教えてくれるのだが、
「話してるよりも先に国木田を出してきたらどうだ? 徳田もついて行ってくれないか」
『行ってらっしゃい。おいおい話すわ』
菊池に促される。このまま話し続けていたら、確かに独歩を置き去りにしてしまうところだった。自分が出さない限り独歩と連れてこられる文豪は有魂書に閉じ込められたままなのだ。
おいおいと言うのは心中会話で話せる。
「俺たちはコイツと話してるから」
志賀が言う。
話すの? と加護者に視線だけで問えば微笑まれた。この場に置くことに少しの不安があるが、独歩と彼が連れてきた文豪を出すことを優先し、秋声と共に彼女は潜書室へと行くことにした。
『一つ、付け足し。かつての時みたくっ、夕方、面倒なことになるから、頑張ろうかー』
非常に明るくされた宣告に特務司書の少女は顔を歪め、嘆息したくなるところを抑えておいた。
太宰治は、感じていた。
転生したばかりであり、記憶もあちこちあやふやで図書館についても分かっていないことがあるし、いきなり加護者とか言う存在も出ていた。
ただ、言えることがある。
自分の師も無頼派の一角を占める彼女が転生させた古参文豪も、耽美主義者も自分と論争を繰り広げた小説の神様も、国民的詩人も、自分が欲しい賞を作り上げた者も、
今までの因縁を捨ててやらなければならないことを認識しているようだった。
「かつての時みたく、って?」
佐藤春夫は織田の声が冷え切りかけていることを聞いた。テディベアのぬいぐるみを抱いて加護者は微笑んでいる。
『のんびりするのは終わりなのよ。先に話しておくと特務司書ってあの子以外にも何人か居て別の図書館で有碍書の浄化をすすめたり研究していたのだけれども、
そのうちの一人が壊れちゃって』
「壊れた……」
『疲労で倒れたとかならまだマシだったのかも。頑張り過ぎちゃってね。――心が、折れちゃった。今は療養中』
文学に慣れ親しんだりしている者は今の状況が、文学達が侵蝕者によって穢され、穢れが全て進めばその文学は人々の記憶から忘れられてしまう。
対処としてはとにかく浄化していくことと、未だに謎が多い錬金術師……アルケミストの力を解明して、出来ることを増やしていくことだ。
逢ったことがある他の特務司書は館長ぐらいだ。
かつての時みたく、と加護者は言うが佐藤は特務司書の少女のかつてを知らない。
「特務司書は貴方の言葉で面倒ごとを理解して頑張ることも理解したのですね」
『浄化が追いつかないところは遅延させてどうにか持たせてるし、あの子も無理をしないし、かけないようにしてたけど。さらに負荷が来そうなのよ』
谷崎の問いに加護者は解答する。この場は佐藤達に任せられていた。
特務司書の少女に着いている者であるし、そもそもコイツが何者かなどもあるが全員で聞くと混乱するとは他の文豪達も察しているのだろう。
好奇心旺盛な者たちは抑えられているかも知れない。
改めて報告はおっさんかネコが持ってくるだろうけど、と加護者が言うが館長をおっさん呼びしている。
「負荷か。今もぎりぎりなんだぞ」
『場を整えたりとかやってたし、改善は出来るのよ。そのために影ながら動いていたし、あの子が居たらみんな頑張ってたからだよとか言いそうだけど』
「司書は自分を勘定に含めないのかな」
『貴方たちの次に自分かしら? 蟹の時もそうだけど優先度合いのせいでため込みやすいのよ……どうしたの?』
北原の言葉を返すが言い方からしてたまに勘定に入れないと言っているようだ。佐藤が感じているのは違和感だ。見た目は十代前半だが実際はそれより上のような
言動をしている。佐藤の問いは解答がされていないが、分かることは彼女は特務司書になる前に特務司書の仕事と似たようなことをしていて、加護者と呼ばれる存在は
そのことについて知っていると言うことだ。
黒いテディベアのぬいぐるみを彼女は弄んでいた。
蟹とは多喜二のことだろう。著作である蟹工船からそう取ったのだ。優先度合いとは文豪達を優先して自分を抑えてると言うことだ。
話していた加護者だったが途中で誰かに問うているような声を出した。加護者は口を押さえ首を傾げる。
「どうしたって何が……」
犀星が聞いたが加護者はそれよりも、聞こえてきた声に応対した。
「独歩さんがね。三好達治さんを連れてきたの。朔先生は来てませんか、って堀君を想い出すんだよ」
『国木田独歩が三好達治をね……三好達治は萩原朔太郎を尊敬していたから、詩をよく見てみれば非常に影響を受けていることが分かるわ。三好達治、千九百年、
八月二十三日生まれ、享年千九百六十四年四月五日。死因は心臓発作、三時代を生きた詩人ね……測量船か』
加護者は視界に三好達治を写すようにした。特務司書の少女が話しかけてきて、答えている。転生した文豪達のデーターは揃えようとすれば揃えられるのだが、
特務司書の少女の出会うまで楽しみにしているの方針を採用している。心中で自分も会話をすれば良いのだがこの体は無理なので声に出す。
押し込められたこの体は不便だ。
「達治さんの持つ、本のタイトル?」
文豪達は転生したときに一冊の本を持つ。それはその文豪の著作だ。浄化の際は本を武器に変化させて、戦ったりする。
『……転生年齢から判断するに……若いわね。測量船は三好達治の初めての詩集よ。これまでの詩の伝統を否定しながら、新しい詩を探り続けているという意味合いね』
転生年齢は文豪達の見た目のことだ。見た目というのは重要で、器に左右されやすいところはあるため、外見年齢が十代前半ならそのような発言や思考として引っぱられる。
向こうの会話が聞こえない。いつもならば闇の中に居て会話を聞いたりしつつ話すのだが、視界を写すのも上手くいかないが、部屋には国木田独歩と徳田秋声と三好達治と国木田独歩が
居ることは分かる。潜書室で転生出来るのは一回で最大二名だ。
「白さんのこと古くさい過去の人って言ってる」
『北原白秋の詩は生活実感に乏しく思想性に欠けているとされているけれどもアイツ、作品が膨大すぎだから一概には言えないのよね』
「国民的詩人だもんね。朔太郎さんの詩は孤独が光っているって言うけど、そうなの?」
『そうねぇ……。詩人個人の主感や思想を表現し読者に伝える詩である叙情詩の最後を飾ったのが萩原朔太郎と秋刀魚こと佐藤春夫でね。テーマとしては憂鬱かしら。朔太郎が、
鋭敏な感覚とイマジスティックな表現したのに対し、秋刀魚の方は古典派の詩人と称して、古情を伝統的なリズムで歌ったわ。アイツ、漢文訳しても逆に読みづらいのよ』
「伝統的なリズム……ってあれ? てーけーし?」
『定型詩ね。さまよひくれば秋ぐさの、一つのこりて咲きにけり、おもかげ見えてなつかしく、手折ればくるし、花ちりぬ。……これは秋刀魚の書いた断章と言う詩なのだけれど、
四行詩としては成功したものね。七五で読まれているでしょう。それに対して朔太郎は、いと高き梢にありて、ちいさなる卵ら光り、あふげば小鳥の巣は光り、いまはや罪びとの祈るときなる。
……という感じ。これは卵ね』
「四行目が卵食べたいなみたいな思い出この人は梢を見たわけじゃないってなるね。卵はちっちゃいか」
『卵食べたいなは三行目まで聞けばとかどうにかかしら?』
「そう言ったら怒られそうだから伏せておくけど。三好さんの本と……あとは朔太郎さんの本? よろしく」
学校に通った経緯や過去のこともあってか、彼女は周囲にあわせたような感想を言う。
『怒られるね……。三好達治と萩原朔太郎の本? そっちに転送すれば良いのね。分かったわ。まずは月に吠えるね。これは第一詩集。蝶を夢む、氷島とかあるけれど……そうね。
筑摩書房の全集十五巻と関連本送っておくからハルキ文庫のは分かりやすいかなっ。三好達治の方は日本詩人全集とか定本を送っておくわ。
日本詩人全集の方は中野重治の三好達治についても書いてあるけど』
とりあえず送っておけば読むだろうと作業をしようとしたがこの体だとやりづらい。
「中野さんの詩ってペンチ味溢れているよね。殺意が溢れてるよね……三好さんの詩は? そういえばどんなの……?」
『そうね。中野重治はペンチ味溢れていてにじみ出る狂気が素敵よ。……三好達治の詩ね……測量船は四行詩がないから、花筐から、山なみ遠に春葉きて、こぶしの花は天上に、雲のかなたにかへれども、
かへるべしら越ゆる路、……これは山なみとほに、と言う詩よ。ついでだから中野重治の詩集もつけて、それと……』
言って作業を進めようとしたら、体が持ち上げられて、口が塞がれた。
志賀直哉は行動に移した。
誘拐犯とか言われるかも知れないが加護者を持ち上げて、口を手で塞いだ。加護者が特務司書の少女と話しているのを聞いていた。どうやら、国木田独歩が三好達治を連れてきて、
三好の情報や会話内で分からないことを加護者に聞いていたようだ。
「誰か! このチビの代わりに本を持って行ってくれ! コイツにやらせたら不味いってことを何となく理解していたが今ので確信した!!」
「それなら俺が持って行く! 朔の詩と俺の詩はセットで扱われやすいし、本棚をあさって有魂書の潜書室だな」
「俺も着いていくか。本棚見てたら初心者向けのとかあるし」
言えば動いたのは室生犀星だ。若山牧水の声もする。文豪達が周囲待機をしていたのは全員で会話をすると混乱するためである。犀星が動いたのはフットワークが軽いのもあるが、
萩原朔太郎の名が出たからだろう。彼等は親友通しだ。朔太郎の方はまだ転生はしていない。
加護者はとても軽い。
「頼んだよ。牧水。僕が行くべき何だろうがコレを何とかしないと」
分かってる分かってると気さくに若山と犀星が有魂書の潜書室に向かう。北原も、と言うか加護者の危険性を理解した。二人が行ったのを確認してから手を離して降ろす。
「夕方のこととかは置いて置くぞ!! まずはコイツを何とかするっつーか抑えねえと。お前、勧めすぎだろうが!!」
「せっかく薦めた本を忘れさせたというのに意味が無いだろう!!」
志賀と佐藤が言う。聞いていた文豪達もそれは同意というかかなりの文豪達がそう想ったに違いない。
文豪だって自分の本を読んで欲しいとかあるが加護者は駄目だ。勧めるに勧めすぎていて結果的に悪影響を出している。
「ちょっとしか勧めてないわよ。あの子、話は半分聞き流しているんだし」
「お前が五つ勧めてアイツが二つしか聞いて無くても四人、居たら結局、八個だろうが!! 詩の訳が下手ってことは置いておくとして」
佐藤が主張する。純文学と大衆文学に絞っても文豪達は多いのだ。二個ずつすすめられてもかなりの量になるし、特務司書の少女も読もうとしているが追いつけていない。
「直哉さん、俺としては蟹の時もそうだけど、と重治の詩の感想がペンチ味と言う謎の表現が気になって。横光さんも新感覚の感想だと」
『ペンチ味というのはあの子が好きな漫画の主人公の一人が一般人ながら上層部に直談判するために危険区域のフェンスをペンチで切ったことを言う溢れる殺意とか一般人に見えて
メンタル全然違うだろうとなる効いてるエッジとかを指し示す言葉よ』
弟子である小林多喜二が会話に割って入る。加護者が答えてくれたが、中野重治の認識が溢れる殺意とかにじみ出る狂気とか案外合っているようなとは志賀は想う。
彼は生前の多喜二の拷問死によりプロレタリア文学から転向した。転向したとは言え、彼の文章の中にある刃のような想いは変わらないところはあった。
生前の自分はと言うと文章は好きだったが政治的思考は好きになれないとはプロレタリア系は想っていた。
中野は詩も書いているが、かなり尖っている。
「量として追いつかねえだろうが!! 馬鹿か!? テメエは何か色々出来るだろうがアイツはそこまで出来ねえだろうが」
「進めるのに失敗しているヒトって感じですよね」
「ワザとやっとるんか」
「半分はそうだけど半分は真剣よ」
志賀、谷崎、織田がそれぞれ言うと加護者は黒いテディベアのぬいぐるみを弄びつつ話した。真顔である。本気で勧めていたらしいが、何か適当に読んでいればいいんじゃないぐらいの
ノリであるとは言え、特務司書の少女は加護者の選ぶ本を絶対視というか非常に参考にしている。付き合いは間違いなく、図書館内で一番長いのだ。
「改めて聞くがお前って他に何してるんだ」
「図書館の管理に設備の改ぞ……改築とか……」
分館の設備関連のことや、医務室については森鴎外にやってもらっているところはあるが、特務司書の少女が判断がつかないところや館長やネコへの折衷もしているらしい。
仕事は出来るチビのようだ。
話を終えてから加護者は話し合いをするから、とだけ言う。自分達ではなく、特務司書の少女に言ったのだろう。
「助手関連の仕事は徳田がしてるが、お前も結構してるんだな。アイツは会計をしてるが」
『お金がね、気がついたら消えてるから第三者の存在は必要なのよね。寄贈とかで本はまかなうところはあるけど』
徳田秋声が会計関連を見ている。特務司書の少女だと不安なところがあるからだろうが、どうも、加護者も気がついたら消えている系だ。
沈黙が降りる。
想えば、徳田が金勘定をするようになったのは、初期のメンバー四人、志賀がやろうとすれば織田が嫌な顔をするし……昔関連のことで……国木田独歩は金勘定に信用がなかったからだ。
織田も微妙だった。
「使うから金は消えていくんじゃ無いか」
「アンタ、お司書はんから信頼され取るけど金のところは不安や」
『羨ましいの? 織田作之助。安心なさい。あの子は徳田秋声と同じぐらいに貴方のことを信用しているし信頼しているわ』
そこに徳田秋声が来るため、特務司書の少女にとってその二人は大事だと言うことなのだろう。特別と言うべきか。付き合い自体が長いからと言うのもあるのか。
「僕は?」
北原が加護者に特務司書の少女が自分をどう思っているのか問う。北原と特務司書の少女は話して打ち解けたところはあるが、気になることはあったのだろう。
加護者は黒いテディベアを触りつつ言う。
『さっきので大分打ち解けたけど……それまでは秋刀魚の方が評価的に上だったわ。あの子は何でも出来て凄いんだよって話したら色々やってるとな、
自分がちっとも偉くないって分かるんだよとか言ってて謙虚素敵とか言ってたから』
北原が佐藤の方を睨み付けていた。佐藤も佐藤で何でもやっているが北原のように国民的詩人なんだよアピールはしない。弟子三千人ぐらいだ。見た目も一般的だしそこまで偉そうではない。
気さくな苦労人常識人文豪だ。そして佐藤を秋刀魚呼ばわりしている加護者だ。
「佐藤先生はすげえんだ。俺みたいなのを弟子にしてくれたし」
「……それは……なぁ……」
太宰が誇らしげに言っているが太宰は佐藤に迷惑をかけるにかけまくっている。手を合わせる音が聞こえた。
「それなら、春夫さん、春夫さんが司書の読書を管理するというのはどうでしょう?」
「何がそれなら、なんだ? 谷崎」
「彼女に任せておけば元の木阿弥ですし、他の文豪達も本を読ませたいとなるでしょう。大事なのは中継点です。春夫さんならばふさわしいと想います。三千人も弟子が居るのですし、
思いやりもありますから」
やんわりと谷崎が持論を述べた。
話題があちこちに行きそうだが、問題点としては特務司書の少女が本を薦められすぎという問題である。それを解決するには誰かが割り込むしかない。
読書というか文豪達の著作とするならば量は多い。彼女とは加護者だ。加護者に任せておいたら確実に潰れるというのは明らかである。
「お司書はんは今……」
織田が聞けば加護者は視線を上げる。
『……おおらかな若山牧水に癒やされつつ、室生犀星と詩の談義に入っているわね。三好達治を上手くなだめてる。国木田独歩は全年齢版の小説を読んでるし、
徳田秋声が自分の小説の出来に落ち込んでいるわ』
有魂書の潜書室には徳田秋声と三好達治、国木田独歩と若山牧水と特務司書の少女が居る。
「アンタ、分かるんやな。お師匠はんが何しとるんか」
『今の状態だと手間取るけど、見えるわ。あの子は私の様子の確認は出来ないけどね、……秋刀魚が面倒を見るかぁ。最終的に決めるのはあの子だし?――どうなの?
淡月梨花の歌、やってくれるの? あの子、とても重いわよ』
最も四六時中見ているわけでもないしオンオフも出来ると加護者は付け足す。会ここの会話を特務司書の少女は知ることは出来ないが、加護者は向こうの会話を聞けるのだ。
会話についても声を出さないといけないという制限があるが、送りたい会話は選べるようだ。
様子を見るに織田作之助と話すことを嫌な意味で加護者は楽しんでいる。
性格が悪いというのは本当であるようだ。
淡月梨花の歌は佐藤が書いた詩の一つで、佐藤のかつての恋の詩である。元谷崎の妻となる女性を歌った詩だ。
軽く投げられた問いだが、重みがある。
「彼女は、重いんだな」
『そうねぇ。小林多喜二。貴方と同じか、それ以上には』
笑って加護者は言う。
多喜二と言えば死因は拷問死だ。生前は自分を曲げずに政府に逆らっていた者ではある。アルケミストを抜かしても特務司書の少女は重いのだろう。
「重いとか重くないとかは置いておく、太宰も抱えたんだ。アイツ一人増えてもどうってことねえよ」
佐藤は受けた。そう、と加護者は微笑んだ。少女には似つかわしくはない笑みだ。愉しそうな、笑みだ。
『聞こえてるー? 淡月梨花の歌が貴方の文豪達の著書の読書を見てくれるって? 誰って? 秋刀魚のことだけど、レコード部屋にあったでしょ。レコード。
送るわ。良いのね。伝えるわ』
「レコード部屋……ってあるのか?」
「見たことはないですが、ここ、構造がおかしいですからね」
「薄暗い部屋がある。そこじゃないかな。いくつも蓄音機が置いてあったけど」
時代が進んで便利な機械が出たからと言って、文豪達の殆どは音楽を聴くならば蓄音機状態だ。ラジオもあるがラジオを知らない文豪だって居る。
佐藤が言い谷崎と北原も考察しているが、この図書館は本棚の配置がおかしかったりする奇妙な空間だ。
管理をしているのが加護者なので何か操作をしているのだろう。加護者が深呼吸をすると僅かに図書館全体が揺れた。
『いくつか転送が終わらせて……、話したいことがあるならどうぞ。答えられる範囲で答えるわよ。っと、これ。あの子のことを知りたいなら読めばいいわ』
加護者が左手を動かすと多喜二の前に何かが落ちてくる。多喜二はそれを両手で受け取った。四冊の文庫本が降ってきたのだ。
多喜二は全冊受け取れず、志賀が二冊分を取った。
「は……?」
『あの子が読んでいた本。大衆小説、通俗小説……もっとライトな小説をあの子は好むのよ』
「『最強をこじらせたレベルカンスト、剣聖女ベアトリーチェの弱点、その名は「ぶーぶー」』……」
多喜二がタイトルを読んだ。
つるつるとした表紙に書かれているのは虹色のフォントのタイトル、表紙には太股を出した銀髪青目の髪を纏めた少女と羽の生えた小さい生き物が居て、
何かの上に乗っている。裏表紙にも女の子が書かれているようだ。志賀が持ったのは三巻と四巻である。
作者は鎌池和馬だ。
「タイトル長すぎやろ!?」
表紙をめくってみればカラフルな挿絵が出てくる。本文自体は白黒だ。カバーの処にはあらすじも書いてある。
大衆小説は別名通俗小説とも呼ばれている小説のジャンルの一種だ。
「つーか、こういう本も出せてるのかよ。他にアイツが読んでる本ってないのか」
『接続はしたから、取り寄せられるけど菊池寛……貴方って徳田秋声と組んで通俗小説の開拓をした者でもあるからねぇ』
左手を弄ぶようにして彼女は菊池に文庫本を渡した。出した本は文庫本で、表紙には帽子を被り、右手に字面に突き刺した大剣を握った涙を流している
青い長髪の少女が描かれていた。
「これもタイトルが長いな。『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』」
作者名は枯野瑛とある。文豪達の一部は加護者が出した本に興味を示していた。
「以外と冒険系とか好きだったりするのか」
『好きなのよねぇ……』
ひとまず、夕方の面倒なことになるよりも優先するべき改善点は治せた。志賀の隣にいる幼い少女は楽しそうに笑っている。
読書をしている者はしているとして、聞くべきことはかなりあるため、志賀は加護者ともっと話すことにした。
【Fin】