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【SS】加速する音速の彗星

全体公開 アストロード(A.O.G.) 6284文字
2017-03-29 20:46:13

【登場人物】
‣ミネルヴァ・ランチェスター
‣フレデリカ・グルーエンバーグ
‣フェデリーゴ・ファーゴ

Posted by @ZiMA_KENz

「駆け抜けろ、果て無き世界を」


ミネルヴァ・ランチェスターはレース前に自分自身を鼓舞する言葉として、常にこのフレーズを好んで用いている。頭の中で何度も何度も繰り返して呟き、緊張と興奮で高鳴る鼓動を感じながら、震えが止まらない両手を落ち着かせる。
彼女が跨っている大型二輪は「ホバーバイク」と呼ばれる、最先端技術の結晶とも言える乗り物である。白を基調としたスマートな流線型フォルムを持つこの機体は、状況に合わせて走行モードを切り替える事ができる優れものだ。普段は従来通り二輪で地を走る地上走行モードを用いるが、必要とあらば反重力ブースターを利用した浮遊走行モードへと移行する。これらは全て搭乗者の判断によって行われ、コースの構成に適した走行モードの選択こそ、ホバーバイクを操縦する上で最重要となる技術である。
『準備は良い? 期待の超新星さん?』
ヘルメットのバイザーに映し出されたARモニター、その枠の中に居座る銀髪眼鏡の少女フレデリカ・グルーエンバーグが尋ねてきた。対するミネルヴァはフッと不敵な微笑を漏らしながらこう答えた。
「まぁ、ね。フレデリカの声が聞こえたなら準備オーケーって言ったところかしら」
『もう、変なこと言わないでくれる?』
AR画面に映るフレデリカは呆れたと言わんばかりに息を吐いた。
『今回のコースは然程難しくない筈よ。けど相手は、最近頭角を現し始めたノーブルフォース社のチーム「ブラックエッジ」に属するライダー。名前は確かフェデリーコ・ファーゴよ』
フレデリカの解説が始まったのと同時に、ミネルヴァの視界には次々とAR映像の群が流れ込んでくる。コースの全体図や解説文、相手選手の顔写真や簡易的なプロフィールなど、ありとあらゆる情報の数々がバイザーの中に押し寄せてくる。ミネルヴァは数多くの情報群を流し読みしながら、ふとこんな事を呟いてしまった。
「フェデリーコ・ファーゴ……語呂は良いけど変な名前ね」
ミネルヴァが思わずクスッと笑うと、フレデリカが『失礼でしょ』と注意してきた。
『気を付けてミネルヴァ。この選手の使うアームズは変則的な攻撃を仕掛けてくるみたいよ』
「分かってるって」
余裕だと言うかのようにケラケラ笑うミネルヴァ。
「さて、と。そろそろ時間かな」
一通り情報を脳内に叩き込んだミネルヴァは、ハンドルグリップを握り締める手に力を籠め直した。彼女の身に着けている手袋型デバイスからは、レースで使用するアームズを瞬時に転送する機能が備わっている。アームズは全てバーチャルによって現されるため実質的な姿形を有していない。そこでこの手袋には、アームズそのものに「触れている」という感触を伝える疑似感覚機能も用意されているのだ。
『そろそろ発進よ、良い?』
「ええ」
硬く閉ざされていたガレージのシャッターがゆっくりと上がっていき、やがてミネルヴァの目前には見渡す限りの星彩が煌き出した。
「宇宙ってホント広いわね……!」
『感動している暇は無いわ。さぁ、行きましょう! 無限の宇宙へ!』
「オーライ!」
フレデリカの声援を受けたミネルヴァは、グリップを思い切り回してアクセルを起動し、果てしなき星の世界へと飛び出した。


アストロード。それは、A.O.G.3000に入ってから爆発的に流行り出した競走式総合戦闘競技の事を指す。その最大の特徴は「レース」と「バトル」が融合したところであり、互いに速さを競い合いながら、アームズと呼ばれる武器を駆使して相手と戦うというものだ。
「さぁ! 今回もやって来ました期待の超新星! 皆さん大きな拍手でお迎えしましょう! ミネルヴァ・ランチェスター選手の入場でーす!」
会場全体に響き渡る若い女性アナウンサーの煽りと、観客席から湧き出した大きな声援と拍手に迎えられて、ミネルヴァは観客席の方へ手を振りながらサーキットの堂々と入場した。
「うっわぁ広い!」
漆黒の世界を幻想的に彩る数多の星と、虹色の光彩に染まり上がったコースにも出迎えられ、ミネルヴァは驚きのあまり思わず感動の声を上げた。
ここはアストロード専用に造られた大規模な宇宙ステーション「ミルキー・ウェイ」であり、楕円形の巨大で透明なステーションの中にサーキット施設を丸ごと入れたような構造が特徴的とも言える。内部には擬似重力が働いている上に空気もあるので、観客や選手は煩わしい宇宙服によって動きを制約される事なく、地上にいる時と同様の感覚でレースを観戦できるようになっているのだ。
そして肝心のコースはというと、透明な外壁から見える銀河を背景にして虹色のホログラムレールが敷かれた幻想的な光景である反面、急カーブやジャンプエリアがこれでもかと言わんばかりに多く設けられており、技術面においては初見殺しと言っても過言ではない阿鼻叫喚の構成となっている。
「フレデリカ、アンタ、私に嘘吐いたでしょ?」
『嘘なんて吐いてないわよ。強いて言えば「ミネルヴァにとっては」が抜けてただけね』
ARモニターにしてやったりとほくそ笑むフレデリカの顔が映り、ミネルヴァは思わずハァ、と溜め息を漏らしてしまった。
「ここって確かホログラムレールだから、その時々でコースの構造を変える事ができるんでしょ?」
「そうね。だから言ったでしょ? 感動している暇は無いって」
「ええそうね。私のためにこんな素敵なサーキットを斡旋してくれた先生には感謝しきれないわ」
ミネルヴァは皮肉を込めて呟いた。すると、ヘルメットのスピーカーからふと第三者の声が割って入ってきた。
『やぁ、君が期待の超新星さんだね?』
折を見て対戦相手のフェデリーコがミネルヴァに挨拶の言葉を投げ掛けてきた。AR映像にリアルタイムで映し出される彼の顔は彫りが深く結構ハンサムであった。やはり三十路のイケメンは格が違うわね、とミネルヴァは内心そう思った。
「ああ、どうも初めまして。ミネルヴァ・ランチェスターです」
隣に並んだフェデリーコの方に顔を向け、ミネルヴァもまた挨拶を返した。
『宜しくミネルヴァ。僕はフェデリーコ・ファーゴ。年齢的には僕の方が断然上だけど、アストロードに関しては君よりも後に始めたルーキーだね』
「あっ、そうだったんですか。てっきり私よりも長くやってる人かなって思ってました」
ハハハ、とミネルヴァは表面上は社交辞令の笑顔を浮かべつつ、心中だけで「ご愁傷様」と呟いてしまった。このミルキー・ウェイは初心者が気合いと根性だけでどうこうできるコースではない。況してや今回のコースは上級者向けとしか言えないような難易度でもあり、果たしてこれで本当に勝負になるのかとミネルヴァは現時点で既に懸念しているぐらいだ。
「お待たせしました! いよいよ始まります、ミネルヴァ選手対フェデリーコ選手のレース・アンド・バトル! 音速を超える異次元の戦いを制するのは、果たしてどちらの選手でしょうか!?」
女性アナウンサーの熱い実況が反響する中、二人の跨るマシンがスタートラインの前に並んだ。熱狂する観客達もますます盛り上がり、スタート地点に並ぶ二人へ向けて様々なエールが送られる。取り分けフェデリーコに関しては女性ファンからの黄色い声が大半を占めていた。
「さて、と……そろそろ行きましょうかね」
ミネルヴァはアクセルグリップを何度も捻ってエンジンを唸らせながら、前方に広がる眩しい極彩色のコースを見据えつつ息を整えた。真剣な表情を浮かべる彼女の凛とした顔付きには、先刻までの飄々とした雰囲気はどこにも残されていない。相手が誰であろうと負ける訳にはいかないという、彼女の信念とプライドが前面に出ている証拠でもある。
「さぁ、間も無く始まります! 観客席の皆さんご一緒に!」
会場内の全員の意志が一つになって、やがて大きなカウントダウンのコールとしてサーキット中に響き渡る。


スリー!
カウントダウンが始まる。ヘルメットのバイザーには自分のステータス表示が映し出され、レースの幕開けを知らせる数字が徐々に減っていく。何事もスタートダッシュというものが肝心である。


トゥー!
レースが始まる。限界を超えた加速を求めて全速力で駆け抜けるという、今この瞬間でしか味わえない究極の快感に胸を弾ませる。


ワン!
バトルが始まる。今までの頑固な常識を大きく覆す戦闘は、かつて誰も経験した事の無い興奮と感動を呼び起こし、更には己自身の内に潜んだ闘争本能を亢進させる。


そして、
「GO!」
カウントダウンの数字が消えた瞬間、二台のバイクが一斉にスタートラインを飛び出した。ほぼ同時とも言えるタイミングで両者は発進し、七色に輝く栄光への道を凄まじい速度で駆け抜けていく。
「さあ、ハイスピードで行くわよ!」
ミネルヴァは口元に快活な笑みを湛え、いつもの決め台詞を叫んで観客を虜にしてみせた。こうしたファンサービスも彼女にとっては大切なもので、毎度のように観に来てくれるファン達へ捧ぐ些細な恩返しでもあるのだ。
最初の関門とも言えるカーブを一足早く制したミネルヴァは、直線が続くエリアに突入したところで自身のアームズを手元に呼び出した。現れたのは独特なフォルムを有した二挺拳銃で、彼女は銃把を握り締めた右手を伸ばし、背後から追い掛けてくるフェデリーコに照準を定めるや否やトリガーを引き落とした。直後、銃口から続々と光の弾丸が撃ち出され、後方を走るフェデリーコに容赦無く襲い掛かってくる。
「ッ!」
対するフェデリーコは咄嗟の判断で機体を傾けると、コースの右方に寄ってミネルヴァの射線から外れた。どうにか直撃は免れたものの、躱す際にブレーキを掛けた事で減速してしまい、ミネルヴァとの距離がより遠ざかってしまった。
「くッ、流石は期待の超新星だ……!」
それでもフェデリーコは不敵な微笑を浮かべながら称賛し、彼もまた自身のアームズを呼び出す事にした。
……ッ!」
バイザーに相手のアームズが出現したとの報告が現れ、ミネルヴァは反射的に警戒を強めた。先刻フレデリカから受けた忠告通りなら、彼の使用するアームズはとても「変則的な攻撃」を繰り出してくる事となる。
「さっきは良い攻撃をありがとう。これは僕からのささやかな『お返し』だよ」
そう言ってフェデリーコが召喚したのは三機の小型ランチャーデバイスで、いずれも彼の頭上に浮かびながらバイクと併走している。よく見ると彼の右手には謎のグリップが握られており、何か仕掛けてくるなとミネルヴァは更に意識を研ぎ澄ました。
「あら、お返しだなんて嬉しいですね!」
「そうかい? だったら遠慮無く受け取ってくれよ!」
僅かな軽口の応酬が途切れた直後、フェデリーコの従えるランチャー達が突如として光り出した。
「ッ!?」
ミネルヴァが思わず目を大きくした途端、三機のランチャーから一斉にレーザーが放たれた。緑色の光線は一直線に前方を走る相手に向かって伸びていき、対するミネルヴァは速度を上げて回避に徹する事にした。
『避けて!』
「分かってる!」
フレデリカの警告を耳に入れつつ、ミネルヴァは機体を斜めにして左側にずれた。その直後、三本のレーザーが勢いよく彼女の真横を通過し、そのまま光線は果てしなき大宇宙の彼方へと消えていった。この恐るべき一撃を背後から諸に喰らっていれば、間違いなく大ダメージを負っていた事だろう。
「ふぅ、危なかった……
ミネルヴァは思わず安堵の息と共に独り言を漏らしたが、しかし安心するのはまだ早いという事実を、彼女は
すぐに思い知らされる。
「ッ!?」
前方に向き直るや否やミネルヴァの視界に飛び込んできたのは、異常なまでに大きく隔たれたジャンプエリア。その間隔はざっと十メートル以上は開いており、全速力で飛ばないと落下してしまう恐れがある。加えてその先の道は螺旋状に捻じれていて、走破するには浮遊走行モードに移行しなければいけない。要するにかなりのテクニックが求めれる鬼畜な場所である。
『ミネルヴァ!』
「ッ!」
その一方、後方を走るフェデリーコは攻撃の手を緩めたりせず、立て続けにレーザーの束を撃ち放ってくる。後ろを向いて威嚇射撃をしようにも、このスピードで背後を振り向くのは自殺行為に等しく、されど減速すれば先に待ち受けるジャンプエリアで脱落してしまうリスクが高くなる。
『ミネルヴァ! 大丈夫なの!?』
スピーカー越しにフレデリカの焦燥が聞こえる中、ふとミネルヴァは嬉々とした様子で笑い出した。
……フフッ、ハハハハハッ!」
「ッ!?」
これには流石のフェデリーコも目を大きくした。この危機的な状況下にいてもなお、彼女はアストロードを心の底から楽しんでいるというのか。
「やっぱりレースはこうでないとね!」
屈託の無い笑顔を浮かべてミネルヴァは叫ぶと、アクセルグリップを思い切り回してスピードを上げた。彼女の高揚に呼応するかのようにエンジンが唸り、僅かに反れたジャンプ地点へと真っ直ぐ進んでいく。大宇宙に吹き荒ぶ一陣の風となって、ミネルヴァは輝く銀河をハイスピードで飛び越えようとする。その姿は正に、数多の星をかき分け直進する彗星の如し。
「いっけぇえええええええええええええええええ!」
ミネルヴァは腹の底から叫び声を響かせ、漢書の理想とするハイスピードで坂を飛び立ってみせた。観客席からどよめきの声が聞こえ出す中、ミネルヴァは満面の笑みを浮かべて宇宙を駆け抜ける。そんな彼女を乗せたバイクは綺麗なアーチを描きながら宙を飛び、およそ十メートルという恐るべき間隔をいとも簡単に制覇してみせた。どよめきから一転して観客席は熱狂の渦に巻き込まれ、偉大なる跳躍を果たしたミネルヴァへの歓声が重なってサーキット内に反響する。会場全体が一つになった最高の瞬間を迎えた事で、ミネルヴァの笑顔はますます輝きを増した。
……全く、キミは本当に恐ろしい子だよ」
フッと微笑んで感嘆の言葉を漏らしたフェデリーコもまた、ミネルヴァの後に続く形で十メートル以上もある隔たりを華麗に飛び越えてみせた。すると今度は熱心な女性ファン達による狂喜の悲鳴が炸裂し、対するフェデリーコは投げキッスという洒落たパフォーマンスでファン達の声援に応えてみせた。
それぞれ十メートル以上のジャンプを無事成功させた事で会場内の熱気は最高潮に達し、極彩色のホログラムレールを高速で駆ける二人もまた、湧き上がる興奮のあまり口角を上げていた。
「キミとのレースは最高だよミネルヴァ!」
「ええ、それは私も同じですよフェデリーコさん!」
螺旋を走り抜けて再び直線エリアに突入したミネルヴァとフェデリーコは、互いを褒め称えながらもアームズによる攻撃の応酬を再開した。光線と光弾が飛び交う中、二人を乗せたバイクは七色を帯びた道路を走り抜ける。これぞ音速の異次元で繰り広げられる競争と競走の進化形。超常的なまでに加速するスピードに身を委ね、鈍重な世界から解き放たれた快感に心を昂らせる。アストロードの魅力に惚れ込んでしまったライダーは、一度走り出したら誰にも止められないのだ。
駆け抜けろ、果て無き世界を。
誰よりも速く、誰よりも強く、そして限界という壁を突き抜けたその先へ。
更なる加速を追い求めるミネルヴァが目指す先には、まだ誰も知らない無限の可能性が待っているに違いない。


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