X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

【SS】銀狼の宣戦布告

全体公開 アストロード(A.O.G.) 4267文字
2017-03-29 20:59:35

【登場人物】
‣グリーヴァ・アガーポフ
‣モードレア・アルブース

Posted by @ZiMA_KENz

常識的な速度を優に超えた加速の世界。その中に身を投じたモードレア・アルブースの視界に映るのは、ヘルメットのバイザーに投影される各種ディスプレイと、瞬く間に移り変わるサーキットの光景である。取り分け重要なのは後者であり、前者の心底どうでもいい情報の群れはハッキリ言って邪魔だ。そんなのが目前に現れ出た所で、いちいち目を通している暇など無いのだから。
ホバーバイクのハンドルを握り締めた瞬間から、モードレアの視野には既に加速への手引が見えていた。機械的且つ合理的に算出されたルートなんかではなく、疾風の中で研ぎ澄まされたライダーとしての直感の事を指す。この瞬間にハンドルを切るとかこの瞬間にブレーキを掛けるとか、レースにおいて必要最低限なテクニックは、全て自分自身の肉体と感覚だけで掴んでいくしかないのだ。
時速200キロ以上など日常茶飯事であるアストロードにおいて、ホバーバイクに搭載されたアシスト機能に依存していたら駄目だ。吹き荒ぶ烈風を嬉々として迎え入れ、悪魔の如きスピードを味方に付けるのがアストロードの鉄則であり醍醐味である。少なくともモードレアはそう思っているし、余程のクラッシュ事故に見舞われない限り、その信念を曲げるつもりは毛頭無い。
そういう訳で今日もまた、モードレアは愛用の紅いホバーバイクに跨り、灰色に染まり上がったアスファルトの路面に車輪の跡を刻み込んでいた。今回彼女が走るのは、惑星アクライアに設けられたアストロード専用のサーキットで、楕円を描いた走行路には障害物という障害物は一切無く、純粋にライダーとしての技量が問われる。
左手で「暁の光」と呼ばれる剣型アームズの柄を強く握り締め、対する右手はバイクのアクセルに掴んで離さない。一瞬でも気を抜けば最高速度の中でバイクから放り投げられ、アスファルトに華奢な身体を叩き付ける破目となる。ホバーバイクは乗り手の技量によっては殺戮機械と化すものなのだ。
「ッ!!」
モードレアは歯を食いしばりながら重心を偏らせ、バイクを傾けてコーナーを曲がりきってみせた。多少は減速したものの相変わらず周囲の景色は目まぐるしく変わる。いや、移り変わる過程すら見えない程である。まるで横一直線のモザイクでも掛けられているかのような、極端に言ってしまえばそんな所だろうか。目を凝らしてよく見れば辛うじて何かを捉えられるだろうが、そんな事に気を取られている内にバイク諸共お釈迦になる可能性が高い。
更に言えば、アストロードという競技は単に速さを競い合うだけのものではない。超高速に対する恐怖に克つだけではなく、共にコースを駆け抜けるライバルを蹴散らして進むのが、アストロードの真の勝負である。左手に携えた大剣は飾りではなく、正真正銘、敵を倒すために持ち出された得物である。尤も、その剣身は実質的な姿形を持たず、ホログラムによって擬似的に具現されたものであるが。
「うぉおおおおおおおおおおおおらぁあああッ!!」
そんなのどうだっていい。そう言わんばかりにモードレアは叫びながら剣を振り上げた。赤みを帯びた剣の切先に突如として赤光が灯され、やがてそれは灼熱の光線として撃ち放たれた。ホバーバイクの超高速にも劣らない速さで熱線は突き進み、その赤い光の鏃は、彼女の前を走るグリーヴァ・アガーポフの背中へ向かっていく。
「ッ!?」
ヘルメットのスピーカーから聴こえた警告音に加え、バイザーの端には背後を映した映像が表示される。それらを頼りに、グリーヴァは車体を左にずらした。直後、モードレアの放った死の閃光が真横を通り過ぎ、目標を見失った光はそのまま彼方の地平線へ消えていった。
……
グリーヴァは無言のまま光線の行方を見送った。セロスファクトリーに通う彼もアストロードのライダーであり、今回のレースを申し出たのも彼の方からだった。
モードレアもモードレアで、どうせなら同じアクライアファクトリーに在学する「超新星」に勝負を挑めば良いのにとも思ったが、売られた喧嘩は必ず買うのが彼女自身の流儀である。況してや「セロスの銀狼」と戦える機会なんて滅多に来ないのだから、この勝負を断る理由はどこにも無い。
……
何も言わずレースに集中するグリーヴァ。しかし安堵するにはまだ早い。背中を追うモードレアの車体が一気に急接近してきた事で、グリーヴァは頭の中で警鐘を鳴らした。
「よぉ、セロスの銀狼。その御大層な渾名は伊達じゃなさそうだな!」
モードレアの挑発がスピーカー越しに聴こえ出す。グリーヴァは粗雑な言葉に耳朶を揺さぶられる中、視界の右端でモードレアが並走し始めたのを捉えた。彼女の左手に握られた長剣は殺気に満ちていて、バイクと共に斬り伏せるつもりでいる事が目に見えて分かる。
「逃げてばかりじゃつまんねぇだろ? オレは手加減できねぇ性分なんだよ!」
そう告げたモードレアは言葉通り、一切の躊躇も無いままに剣身を振りかざし、グリーヴァの乗る機体を斬り刻もうとした。その瞬間、
「悪いな、俺も同じだ」
グリーヴァが短く呟くと、突然、両者の間に巨大な氷塊が飛び込んできた。内部に燃え盛る炎を含んだ異質な氷の結晶体は、モードレアの刃に直撃するや否や、紅い閃光を散らしながら爆発した。
「なッ!?」
爆発の勢いに押されたモードレアは均衡を崩し、揺れ動くバイクを抑える内に徐々にグリーヴァから遠ざかっていく。眉根に皺を刻むモードレアの驚愕と憤怒の入り混じった表情を、グリーヴァは横目で一瞥した後、アクセルを回しながら呟いた。
「セロスの銀狼など俺は知らない。そもそも誰がそんな恥ずかしい名前で呼び出したんだ」
それに、と言って彼は一つ忠告した。
「どうやらお前は激情に駆られやすいタイプと見た。スピードの出し過ぎには気を付けろよ」
「て、テメェ……ッ!!」
皮肉の利いたグリーヴァからの忠告を受け、モードレアもまたアクセルを回して速度を上げた。たった数秒前に言われたばかりなのに、それを無視する形でモードレアは加速し、再び彼に並んでチェイスを続行する事にした。
「全く。先輩の言う事はちゃんと聞くべきだぞ」
「うっせぇ! 誰がテメェの戯言に従うってんだよ!」
呆れるように独り言を漏らしたグリーヴァに対し、モードレアが荒々しい口調で噛み付いてきた。その間も両者のデッドヒートは続き、楕円形のサーキットを実際に火花を散らしながら駆け回る。
「そもそもテメェから振ってきたバトルだろ! ああだこうだ言われるがままにやってたら八百長みてぇになっちまうじゃねえか!」
「フッ、それもそうだな」
「あん?」
モードレアが眉をひそめた矢先、グリーヴァを乗せたバイクの後方が唐突に爆発し、強烈な勢いを得たのと同時に一気にスピードを上げて彼女を追い抜いた。機体の性能差はそこまで開いていない筈だが、それなのにいくら飛ばしても彼の背中に追い付けない。
「く、そ……ッ!」
ホログラムメーターが振り切れる程の速度だと言うのに、一向にグリーヴァの機体に追い付ける見込みが無い。焦燥に駆られ熱くなるモードレアの頬に、極小の冷たい氷の粒がぶつかってきた。一体何だと思い目を大きくしたモードレアだったが、彼女はやがてそれが何なのかについて気付く事ができた。
(まさかこれ、さっきの氷塊か!?)
事実を知ったモードレアが視線を前に戻した刹那、前方を駆けるグリーヴァの頭上に先刻と同じく火炎を込めた氷塊が幾つも出現していた。
「なッ!?」
モードレアはまるで得体の知れないものを見てしまったかのような反応を見せ、その一方、グリーヴァは空いた右手の親指をパチンと鳴らした。刹那、彼の頭上に浮遊している氷塊が次々と離れていき、後方から追い掛けてくるモードレア目掛けて続々と氷塊が襲い掛かった。群れをなして飛来してくる氷塊の爆弾を、果たしてモードレアはどう捌き切ってみせるのか。
「くッ!!」
最初に飛び掛かってきた氷塊は、車体を横にずらしてなんとか回避する事ができた。真横から押し寄せてくる凍て付くような爆風によってバランスを崩しかけたが、そうこうしている内にも次が来ると察したモードレアは、すぐさま体勢を立て直して剣を構えた。氷塊の形を扮した爆弾だとしたら、被弾する前に撃ち抜いて処理すれば良いだけの話だ。直感的に結論を出したモードレアは、眩い赤光を帯びた切先を勢いよく前方に突き付けた。
彼女が剣を構えたのと同時に、次の氷塊爆弾が立て続けに容赦無く迫ってきた。
「ッ!!」
冷たい爆発を二回も喰らいかけているのだからもう平気だ。そう言わんばかりにモードレアは切先から光線を射出し、迫り来る氷塊達を薙ぎ払ってみせた。横薙ぎに振るった剣に従って熱線も水平線をなぞる形で進み、氷が砕けるような強烈な爆音と共に氷塊が木端微塵となった。バラバラに砕け散った氷の粒が空から雨のように降りかかってくるが、それを気にせずモードレアは氷の雨を振り払いながら突き進んでいく。眼前を悠々と駆け抜ける銀狼の背中を貫かんという勢いで。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
モードレアのけたたましい咆哮が炸裂したのと同時に、グリーヴァもそれに応えて更なる氷塊を生成し始めた。今度は先刻よりも数倍の数を造り出し、しかも一つ一つの氷塊のサイズも大きくなっている。どうやら相手もようやく本気を出してきたみたいだ。裏を返せば、今の今まで様子見されていたという事になるが、仮にそうだとしたら、この刃でバイクごと叩き斬ってやるまでだ。
「面白れェ、最ッ高にノッてきたぜグリーヴァ!」
「フン、そいつは良かったな」
クールに鼻で笑って返してみせるグリーヴァ。その実、今日という日を誰よりも待ち遠しく思っていた彼のハートも激しく燃え盛っている。あのミネルヴァ・ランチェスターが注目する程の選手だけあって、実力も闘志も並大抵のものではない。下手すると追い抜かれてしまいそうだと危機感すら覚えてくるぐらいだが、そう易々と抜かされるのは彼自身のプライドが絶対に許さない。
「来い、モードレア! お前の全力を俺にぶつけろ!」
「上等だクソ野郎! 一匹狼なんざぶった斬ってやらァ!」
ハイスピード下で交わされた言葉の応酬を経た後、二人は再び非常識とも言える高速にのめり込んだ。人の肉眼では殆ど捉える事はできない、限界を超えた究極の超高速戦闘は、まだ始まったばかりである。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.