リシェリルトル子ことリシェラティア・Dear RiL・街角のトルバドゥールのヒロイン三人娘が夢のパジャマパーティーを開催!
※ゆっるい上にさらっとネタバレも含むので注意です※
@na_na_mi_p
「それでそのとき、レオルがね」
花色の瞳をきらきらと輝かせ、身振り手振りに語る少女を。うーん可愛いなぁ女の子だなぁと眺めていたシエルはふと、我にかえった。
――何故あたしは、枕を抱えてこの子の惚気話を聞いているのだったか。
傍らに視線を向ければ、シーツの端にちょこんとくるまり、彼女の話にじっと耳を傾ける幼い人形の少女。
古びた竪琴を携え、あてのない旅をするシエルが、この少女たちと出会ったのは、ほんの数時間前のことだった。
夕暮れ時、安宿を求めて路地裏に潜り込んだのが、そもそもの始まりだった。
細い路地の奥から、何やら穏やかでない雰囲気の声がするので、ちらりと覗いてみれば、柄の悪い男数人に二人の少女が囲まれていた。
一人は、愛らしい花の髪飾りと薄紅色の瞳が印象的な、小柄な少女。年の頃はシエルより少し下、十代半ばくらいだろう。
もう一人はもっと幼く、十を少し超えたくらいだろうか。茜色の大きな瞳があどけない、けれど作り物めいた美しい造形の少女だった。――後になって、その眼が本当に硝子玉でできていると知ることになるのだけれど。
『おっさんたち、あたしの連れに何か用?』
そう声をかけたシエルに、獲物がもう一人増えたとでも思ったのか。下卑た笑みを向けて近づいてきた一人に肘鉄を食らわせ、向かってきたもう一人を蹴り倒したら、一行はあっけなく散っていった。
花色の瞳の少女はリアナ、人形の少女はリルと名乗った。
なぜこんな時間にこんな危ない場所にいるのかと問えば、それぞれ旅の連れとはぐれてしまったのだという。
はぐれた連れの方は男二人、しかも片方は大人だというところまで聞き出して、それならそっちはさほど心配ないだろうと考えたところで、すっかり日も沈みかけていた。
今日のところはひとまず宿に身を落ちつけた方が安全だとシエルが提案し、少女二人は頷いた。
とはいえ宿賃が足りなかったため、一つのベッドに三人で雑魚寝と相成ったわけで。
元はスラム街育ちの自分はともかく、二人は平気だろうか、とシエルは密かに心配したのだけれど。
『わたし、女の子だけでお泊まりなんて初めて!』
『こういうの、パジャマパーティーっていうんでしょ?』
どちらも大層楽しそうにはしゃいでいたので、どうやら取り越し苦労であったらしい。
そんなこんなで、一つの布団にくるまって、あれやこれやと互いの身の上話を語りつつ、今に至るのだった。
「ねぇリアナお姉ちゃん。ヒースたち、どうしてるかな?」
「うーん、ちょっと心配だよね」
「……いや、どう考えてもあんたたちの方が向こうに心配されてると思うけど?」
現にさっきも路地裏で絡まれてただろうに、と呆れたシエルに、けれども人形の少女はぶんぶんと首を横に振る。
「違うの、シエルさん。ちゃんと仲よくしてるか心配なの」
「何? なんかトラブってるのその二人」
「そういうわけじゃないんだけど……レオル、無愛想でいつもむすーっとしてるから」
「でも、ときどき、ばこーん! って」
「暴力沙汰!?」
「というより、じゃれあってる、かな?」
「仲いいのか悪いのかどっちなの!?」
「なんかヒースさんには遠慮がないんだよねぇ、レオル。……あっでもね、いつもむすーっとかばこーんなわけじゃなくて、ちゃんと優しいところもあるんだよ?」
再び身を乗り出して語り始めたリアナを、わかったわかった、とシエルは軽くいなした。
「とりあえず、リアナちゃんがそのレオルって子のことが好きなのはよーくわかったから」
シエルの言葉に、リアナは一瞬きょとんと固まった後、ふにゃりと頬を緩めた。
「うん」
「うわぁ照れも隠しもしないよこの子。連れっていうかただの彼氏かー」
「ち、違うよー! そんなんじゃなくて」
とろけた笑みを浮かべていたリアナの顔が、今度はわかりやすく紅潮する。
この百面相、本当見飽きないなぁとシエルは微笑ましく見守っていた。
「だ、だって。足手まといになるなら置いてくって言われてるし、一緒に行こうって言われたことは一度もなくて、わたしが勝手についていってるだけだし。そもそもレオルはいろいろ大変でそれどころじゃないし、絶対わたしの片想い、だし……」
シーツの端をぎゅっと握りしめ、ぼそぼそと尻すぼみに言葉を紡ぐリアナは、なんというかものすごくいじらしい。
女の子って可愛いんだなぁ、とシエルはしみじみと噛み締めていた。
「シエルさん。カタオモイ、ってなに?」
「一方通行の恋、ってこと」
「コ、イ?」
「そこからか!」
思わず頭を抱えた。
相変わらず何かしらの答えを期待する眼差しがリルから向けられているので、さてどうしたものか、とシエルは頭を捻る。
「まぁよく言われるのは、その人と一緒にいると胸がドキドキする、とかさ」
シエルがそう言うと、リルは胸に両手をあて、ひどく難しい顔つきで首を傾げ始めた。
この精巧な人形がどんなつくりをしているのかは検討もつかないが、間違いなくそこに脈打つ心臓は存在していないだろう。
胸がドキドキは没、とシエルは心の中で呟いた。
「じゃあ……チューしたい、とか」
「ちゅう?」
「シエルさんちょっとカゲキすぎ」
「えーっだってただのキ」
「わっダメだよリルちゃんの前で!」
ぽかんとするリルをよそに、リアナばかりが頬を赤く染めて慌てふためく始末だ。
「えっと、えーっと……手を繋ぎたいとか、ぎゅーってしたいとか」
拳を握って熱弁するリアナに、それはそれで純情すぎて小っ恥ずかしくないか、とシエルは苦笑した。
二人の持論を代わる代わる聞かされたリルはといえば、自身の掌をじっと見つめ、何やら真剣に考え込んでいる。
あぁこれは思い当たる節があるやつだ。シエルは確信した。ませてるなぁこの幼女。
恋のお相手は、もしかしなくても件の連れの人だろう。
そこまで考えて、シエルの頭に一抹の不安がよぎった。……確かさっき、大人の男の人だと話してなかっただろうか。
「ねーリアナちゃん。リルちゃんと一緒に旅してる人っていくつくらい?」
「ヒースさん? たぶん二十歳くらいじゃないかなぁ。ニコニコしてて優しいお兄さんだよ。ね、リルちゃん?」
話を振られたリルは、少しはにかみながらこくりと頷いた。
その、あどけなさの中にほのかに見え隠れする、恋する乙女の恥じらいの色。あぁ、やっぱりこれは。
シエルは軽く目眩を覚えた。
「……ロリコン?」
「って、なあに?」
「リルちゃんは知らなくていいのっ。――あっ、それより、ねえねえ。シエルさんは好きな人いないの?」
「あたし?」
リアナのわざとらしい話題逸らしで、今度はシエルにお鉢が回ってきた。
「んー、あたしは別に」
照れ隠しでもなんでもなく、色恋沙汰にはすっかり縁がない。
『恋てもしたらちったぁ女らしくなるのかねぇ、このお嬢ちゃんは』
『うっせ、ほっとけ』
けれど――ああ、そういえば。もう何年も前に、そんな言葉を交わしたのを思い出す。
かつてシエルが暮らしていた、今は滅び去った砂埃と煉瓦の街で。この竪琴の持ち主であった男と。
「……会いたい人はいる、かな」
ほのかな感傷の中で、覚えず零れた言葉に。
しんと静寂が落ちる。
はっと顔を上げると、期待に輝く女子二人の眼差しがあった。
「違う違う、そーいうのじゃなくて!」
シエルは慌てて顔の前でひらひらと手を振った。
「もう会えない人なんだ。うんと遠い場所へ行ってしまったから」
ぼかした言い方に、リルは小さく首をかしげたが、リアナははっと顔を曇らせた。
気にしなくていいよ、とシエルはへらりと笑ってみせる。
「あのさ。言いたいこととか、それこそ好きだって気持ちとかさ。伝えたいって思ったときに言ったほうがいいよ。……あたしは、間に合わなかったから」
あんたの歌う歌、好きだったよ。ときどき一人で歌ってたくらい、好きだったんだよ。
竪琴を弾く度、何度も何度も心の中で繰り返してきた言葉は、もう決して届くことはない。
たった一度でも、ちゃんと言葉にして伝えていたらよかった。その後悔を、これからも背負っていくのだろう。
「うん。……ありがとう、シエルさん」
リアナはそう言って淡い微笑みを返し、リルは神妙に頷いた。
「なーんか、しんみりさせちゃったね。今日はもう休んで、明日になったらそのレオル君とヒースさんだっけ? あたしも一緒に探してあげるからさ」
それから、リルを真ん中に川の字になり、落っこちないようにくっついて眠った。
作り物である幼い少女の肌は、触れると少しひんやりとして心地よかった。
けれども、翌朝。
シエルが目を覚ますと、あの少女たちの姿は何処にもなかった。
おまけに、寝台の上ですらない。
妙にひんやりと心地よかったのは、野宿の風避けにしていた岩の感触だったらしい。
眠たい目を擦りながら、シエルは夢の中で一晩をともにした少女たちに思いを馳せた。
竪琴を手に旅をする少年と少女に、心を持った人形。
――あるいはそんな物語を、何かの歌に聞いたような気がする。