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今も昔も人の数だけ

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2017-03-31 01:46:52

百人一首アンソロジー さくやこのはな 参加作品。

 私は、カプチーノの泡が好きだ。女の子の心をくすぐるだろう、おしゃれな名前のドリンクがたくさん並ぶメニューの中から、わざわざこんなシンプルなものを選ぶ理由の半分は、泡にあると言ってもいいくらい。とても綺麗で、とても柔らかで、とても繊細なカプチーノの泡は、ただそこにあるだけで、私を満たしてくれる。 勿論、これは私一人の個人的な趣味であり感想だ。でも、同志はきっといるだろうと思う。
 しかし話が矛盾するようだが、これは同時に厄介さもはらんでいる。
 カプチーノを頼んだからには、出来るかぎり泡をそのままにしておきたい。崩したり、汚したりすることなく、そのままにしておきたい。しかしカプチーノを美味しく飲むためには、砂糖を入れなければいけない。しかし砂糖を入れてしまったら、かき混ぜなくてはいけない。しかしかき混ぜてしまったら、泡をそのままにはしておけない。おや、当初の目的とは、となる訳だ。
 なら砂糖を入れなければいいだろうにと思われるかもしれない。しかし、私が飲み物を摂取する目的の一つに、糖分補給がある。砂糖を入れないとなったら、それはそれでやはり、おや当初の、となる訳で。
 悩んだ末に私が出した結論は。綺麗で柔らかで繊細な泡を心行くまで堪能し、最後に仕方なく、本当に仕方なく砂糖を入れて、さよならをするというものだった。私の飲むカプチーノは、いつだって舌に優しい温度になる。
 今日も優しいカプチーノになっていく時間をじっくり味わいながら、私は時々外を眺める。大きなターミナル駅の中、改札のすぐ近くに構えられた、チェーンのコーヒーショップ。駅の通路に面するカウンター席からは、大きなガラス一枚を隔てて、性別世代地域文化が複雑に入り交じった不思議な光景を目にすることが出来る。
 のんびり歩いている人もいれば、焦って走っていく人もいる。休日出勤のおじさまが持っている新聞には、あまり楽しい気持ちにはなれない時事ニュースの見出しが連なっているし、綺麗に仕上がったお姉さんが持っているテイクアウトのドリンクカップには、シンプルながらセンスを感じるロゴが控えめに主張している。若い男の人の、上着のポケットからのびるイヤホン。耳元で流れている音楽を想像する。旅行途中の団体御一行様。カラフルなキャリーケースに繋がれた手荷物用の紙タグが、ひらひらと揺れて旗のよう。きゃいきゃいとおしゃべりしながら歩いていく女の子達。何人かが背負っているリュックは、最近同じロゴの似たような形のものをよく見かけるから、きっと流行りなんだろう。今日の気温には不釣り合いな厚手の上着を手に持っている人は、どこから来てどこへ行くのだろうか。休日だから家族連れも多く、どの家族ももれなく子供達がはしゃいでいて、ちょっと微笑ましい。訪問着を着てゆったりと、しかし姿勢良く歩いていく、品のあるお婆さん。あんな風に歳を重ねられたらいいなあと思う。某県某市銘菓の紙袋、遠くからわざわざご苦労なことだ。ああ、もらった側という可能性もあるか。少し視線をずらせばそこは改札で、たくさんの人達が吐き出され、吸い込まれているのが見える。今合流した人達はそれぞれに挨拶を交わしているし、今から別れる人達もまたそれぞれに挨拶を交わしている。
 楽しそうに、軽やかに、寂しそうに、肩を落として、穏やかに、のんびりと、悲しそうに、足取り重く、嬉しそうに、笑顔で。それぞれ見える繋がりや見えない繋がりにそって、それぞれ動いていく。
 さながら盛大な博覧会、それでいて刹那の万華鏡。ここから見える景色を、私は結構気に入っていた。
 おもむろに景色が遮られた。私の真ん前、ガラスを隔てた向こう側に人が立ったのだ。 スマートフォンを取り出したのを見て、自然とそちらには意識を向けないように気をつける。さすがに度を越すと思うからだ。しかし意識しないようにしても、想像は容易に出来た。このお店は改札に近いから、ここを目印にして待ち合わせする人も多い。おそらくこの人もそうだろう。先に到着して時間を持て余したとなれば、電話、メール、LINE、何かしらの調べ物、あるいはゲームあたりが相場だ。いずれにせよ、それほど長居せずにどこかへ行くだろう。
 カップを手で包み込む。じんわりと伝わる温度は、温もりというにはまだ少し荒っぽい。まだしばらくは、なんて思っていたら、わざわざカップに落としていた視線の端を、ポケットに潜り込むスマートフォンが掠めた。
 ……ああ、あれ。
 ポケットへ消えた存在に目を凝らす。それは街中で見かけない日は無いくらい、誰でも知っている有名なメーカーのものだった。けれどデザイン自体はやや古いモデルで、物を大切にする性格なのか、はたまた機種変更が面倒くさいのか、迷うところだ。
 きっと、前者に違いない。そう思ったことがあった。

 その頃も、私は今日と同じように、この店のこの席に陣取っていた。そして同じように真ん前に人が立って、唐突に、その人に見覚えがあることに気がついた。知り合いだった訳ではなかった。鞄やコート、そして、有名メーカーの何世代か前のスマートフォン。比較的変わる頻度の少ない持ち物に既視感を得て、ん、と思っただけだった。
 一度気がつくと目についてしまうのだろう、それから何度かその男性を見かけた。私からやや近い位置にいたり、結構遠い位置にいたり、私が席に座った時にはもう消えていたりした。姿を見かけるたびに、男性は私の記憶領域に少しずつ刷り込まれていって、想像も膨らんだ。誰かと合流するところは見たことがなかったから、どんな人と待ち合わせをしているんだろうかとか、待っている間スマートフォンで何をしているんだろうかとか。古い機種を使っているのは、物を大切にする性格だからだろうか、とか。
 ちなみに、お店の中で男性を見かけることは無かったから、私の隣に彼が座った日は、何が起きたのかと思った。あのスマートフォンが視界の端に映り込む。ガラスの境界を飛び越えて、同じ空間の空気を共有している。その違和感と、何故か焦り。私は買ったばかりのカプチーノを慌てて口に運んで、慣れない乱暴な温度にすぐ舌を引っ込めた。
 頑張って、ガラスの向こうの景色に集中した。チャラい風な男子、元気なちびっ子、有閑マダム、おしゃれ女子。
 多少落ち着きを取り戻してくると、勿論完全に動揺が収まったわけでは無かったが、可笑しいことに今度は腹が座ってきた。私も彼も、まだ席に座ったばかりで、カップの中はなみなみとしていた。時間はある、もしかしたら、何かきっかけがあるかもしれない、そう思った。
 ヘアワックスによるとげとげ、子供向けアニメの二頭身キャラクター、謎の花柄ストール、綺麗めワンピース。
 どうしようどうしようと、私の頭は目まぐるしく働いていた。その間にも私のカプチーノはゆっくりと優しくなっていき、彼のコーヒーはほんの少しずつ減っていき、
「良かったあ、今日はちゃんと着けた!」
 少し間延びした声で、綺麗めワンピースが彼に話しかけた。
「あれ、来た。今日も無理だろうと思って、コーヒー買っちゃったよ」
「うそ、ごめん!でも今日はいけそうってLINEしたのに」
「それもう何回目?」
「うわ信用無い。反論出来ないけどさあ……」
 多分唇を尖らせている女の子に、多分彼は笑っていた。まだたくさん残っていたコーヒーを一気に飲み干して立ち上ると、さくさくと返却口にカップを戻し、女の子と並んで店を出て行く。あ、手繋いだ。カップルはガラスの向こう側に溶け込んで、あっという間に見えなくなった。
 そのまましばらく、見るともなく、普段通りの光景を眺めていた。思い出したように口に運んだカプチーノは、もうすっかりぬるくなっていた。綺麗だった泡も、空気が抜けてぼこぼこになっていたし、私が慌てて口を付けた辺りが茶色く汚れていた。もったいないことをしてしまった。
 彼女さん、可愛かったなあと思った。ワンピースだけじゃない、シンプルだけど女の子らしいポシェットも、ゆるい内巻きボブも、ちらりと見えた横顔も、可愛かった。しかも方向音痴だなんて、人によっては有料オプションかもしれない。
 私は残念なカプチーノをごくごく飲み干しながら、自分の中にぽっかり空いた穴から、何かが溢れてくるのを感じていた。その何かを問われると難しいのだが、それはおそらく、むなしさ、だったんじゃないかと思う。私にとって彼は知っている人だったけれど、彼は私のことを全く知らない。 個人として認識すらしていない、ただの光景に過ぎない。そんな当たり前のことをいつの間にか見失って、勝手に自分の中の一部にしていたこと。その一部を勝手に失って、これまた勝手に落ち込んでいること。心の中でやれやれと首を振った。どこまでも、勝手だ。
 私は彼を見かけるたびに、会った、と思っていたけれど、彼は何も思っていなかった。知らないうちに、知らない人とすれ違っていた、それだけ。それは出会いと呼べるものじゃない。もしそれを出会いと呼ぶのなら、駅でだって、道でだって、学校でだって会社でだって、ありとあらゆる場所で出会いがあることになる。いつでも出会い、別れていることになる。誰でも、誰かと。知っている人とも、知らない人とも。次があるにしろ、最初で最後になるにしろ。

 …… ああ、懐かしい。
 隣りの席の人が立ち上がる気配に、手で包み込んでいたカップに視線を落とす。カプチーノの泡はとても綺麗で、とても柔らかで、とても繊細で、一点の汚れもない。私の好きなもの。今日はしっかりと堪能してから、やっと口へと運ぶ。ちょうどよく優しくなった液体が私の喉を通り、香りが鼻を抜けていく。
 隣りの席の人が向こう側の一部になっていくのを見届けながら、また一つ、知らない誰かと私との、出会いと別れが終わっていくのを感じていた。性別世代地域文化を問わず、これまでずっと続いてきて、これからもずっと続いていくこと。私だけじゃない、誰もが何度も繰り返すこと。そんなこと考えもせず一生を終える人もいるかもしれない、それくらい、別にどうということもないこと。
 カップをソーサーに戻し、隣りのスペースにぽつんと取り残されたレシートをつまみ上げた。自分のレシートや使った紙ナプキンの仲間に加えてやる。そうして無意識に印字された注文を見て、そこに添えられた手書きの文字を凝視して、慌てて視線を上げた。
 当然ながら、目に映る光景は既にいつもと変わりない。けれどもう一度凝視したレシートは、見間違いなんかじゃないと私に言っていた。そして証明してくれていた。
 私も、出会われ、別れられている側の一員であることを。
 別にどうということもないことを、そのままにしておきたくないのが、私だけではないことを。

『カプチーノの綺麗な泡、私もとても好きです。』

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百人一首アンソロジー さくやこのはな
http://sakuyakonohana.nomaki.jp

〇一〇(蝉丸)
これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも あふ坂の関


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和泉結枝
@0izumiyue0
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