@akirenge
【戦えない特務司書と転生系文豪達 14】
潜書室は国定図書館分館内でも一番綺麗な場所だと徳田秋声は想っている。
綺麗というのは空気が澄んでいるのだ。透明な水の中に居るような気持ちでいられる。谷崎潤一郎の書いた小説のできばえに鬱々となりながらも、
自分も小説を書きたい気持ちがわき出てきた。
聞こえてくるのは、クラシック音楽だ。蓄音機が置かれていてそこからリストの『ラ・カンパネラ』が聞こえる。
蓄音機がいつの間にか出て来たのもSPレコードが置かれていたのも特務司書の少女は気にせずにBGMをとしてかけていた。
「花やかな月が空にのぼった、げに大地のあかるいことは。小さな白い羊たちよ、家の屋根の下にお這入り、しずかに涙ぐましく動物の足調子をふんで」
「朔先生の家畜の詩ッスね」
「静かで華やかなんだよ。眺望も良かった」
特務司書の少女が床に座って『あすなろ書房、少年少女のための日本名詩選集5、萩原朔太郎と佐藤春夫』を読んでいる。
転生したばかりの三好達治も側に座っていてその様子を若山牧水が酒を飲みつつ眺める。
「朔とは生前、良く旅行に行ったんだよ」
「……朔先生が居てくれれば……」
「転生もぼちぼちしていかないとね。ゆっくりだよ。もたないの。育てるのとか、あたしの精神とか」
眺望は萩原朔太郎が室生犀星に捧げた詩だ。旅の記念に捧げた詩である。萩原朔太郎はまだこの図書館に転生していない。特務司書の少女は正直に自分の精神と言っていた。
それはそうだろう。人数が増えると言うことは、彼女の負担が増えるのだ。
「最低限の、一日二回の潜書にしておきなよ」
「多喜二さんたちが持ってきた有魂書もあるし、それは今日は開けないんだよ」
潜書室に置いてある棚にブックベルトがしてあり封印された本がある。小林多喜二達が『金色夜叉』の浄化を行ったときに出て来た有魂書だ。有魂書は文豪達の魂が入っている。
これをアルケミストの特殊な力で転生させて、文豪達を出すのだ。
「残り……誰だっけ? 居ないの」
「紅葉さん、朔太郎さん、中原さん、芥川さん、鏡花さん、永井さん、賢治さんなんだよ」
尾崎紅葉、萩原朔太郎、中原中也、芥川龍之介、泉鏡花、永井荷風、宮沢賢治が転生していない。国木田独歩に聞かれれば特務司書の少女は答える。
「でも、文豪も結構増えたよな」
「明日は達治さんと太宰さんも有碍書の浄化をして貰うんだよ」
「今日も今日とてばたばたしてるからな」
徳田秋声が転生して、国木田独歩が転生してからしばらくの時が過ぎ図書館は、騒がしくなっていった。騒動は毎日のように起きていて、非日常は謎の敵である侵蝕者との戦いで、
日常には、特務司書の少女が居る。
「話し合い、無事にすんでるかな……」
困ったように彼女が言う。
外では彼女を守っている加護者と他の文豪達が話し込んでいる。どんな話をしているのかは不明だ。遠い目をしている。
「良い方向に転がるだろう。心配すんな」
若山が特務司書の少女に安心させるようにして話す。
「穏やかに纏まってくれると良いよな」
穏やかに、が着く。それを聞いた秋声はため息をつく。
「――まあ、ここは平穏だから、良いか」
扉を開けた先にあることについては、触れないでおいた。
「同人誌、同人誌刷るぞ。島崎とかも出せない原稿は出してここ限定の読み物にしちまう。機材は全部揃ってるしな!!」
「……アイツは……こういうことに憧れて……自分を、押し殺して……誰かを傷つけるって、閉じこもって」
「金の管理は徳田もやるが俺も介入する! 医務室関連は森さんでコイツはサブにしつつだが出来るだけ頼らねえようにしねえと……」
「お司書はん、以外とロマンチストやよなぁ……こういうの好きなんか」
特務司書の少女は疲れを押し殺しながらも、終盤の有碍書の潜書に取りかかっていた。眠気が襲ってきているが、堪えている。
(目処が、経ちそうって言うのが)
安堵などが混ざっている状態だ。
『お司書はーん、いつもと違うところに出たで』
「……出たの?」
織田作之助が呼びかける。潜書は主要メンバーだ。つまり、正岡子規と、徳田秋声と、織田作之助と、菊池寛だ。自分でも疲れているな、と感じる。
彼等が潜書をしているのは『山月記』だ。中島敦の著作であり、代表作で、非常に有名な作品だ。
仕事があるときは毎回潜書をしているが、未だに突破できていなかったのだ。そもそも、最奥にたどり着けなかったのだ。
伸びをする。そっとティーカップが差し出された。
「司書さん、疲れているようだね」
「一気に負担が来たと言うか説明とか、で……満腹のせいかも……」
高村光太郎が紅茶を淹れてくれていた。飲み物の好き嫌いは少ないし、紅茶も飲める。
夕方になって、読書を終えてから、図書館にいる文豪達を集めて各説明を、自分が伏せていることをある程度、話したり、これからのことも話したのだ。
自分が、この世界の出身ではなく、館長の実験によって喚ばれた者だと言うこと、正確に言えば前の世界で身内トラブルに巻き込まれたときに、
この世界に着地したこと、館長に頼まれて特務司書の仕事をすることになったこと、前の世界に一度戻るための準備は加護者……利害の一致で協力している邪悪なモノ……や
封印者……その加護者を扱えるレベルにしている者……がやってくれていた。
なじみ深い加護者だったが封印者については知らなかったが、納得した面もある。あの加護者は危険すぎるのだ。しばらく逢っていない相棒がどうにかこうにか
レベルを落としているが、それでも足りなかったらしい。
高村光太郎が今は着いていてくれている。部屋は高村と自分だけだ。静かな方だ。
「話し合いの方や作業は長引くようだね」
「システム関連は丸投げだったしさ。こっちが楽出来るように頑張ってくれるのは嬉しいけど」
本来ならば館長が今日、なんとしてでもここに来てくれるはずだったのだが、用事が入ってこられなかったらしい。その代わりに来たのがネコや封印者だ。
封印者は前の時も裏方をしてくれたららしい。裏方が居なかったら政治的に死んでいただろう、とは想う。
ネコが持ってきた知らせというのは、前に聞いていた者を足したものと、ある程度は覚悟していたものだった。
――他の特務司書はしばらく療養だ。その分はやれ。
と言う要約したらそう言うものだった。のんびりしているのは、終わりなのだ。自分は、文学を守るとか仕事はするが、緩い方なのである。
紅茶をゆっくり飲んだ。飲みやすい温度だし、葉が美味しい。
『こっちは倒せる範囲だからゆっくりしてろ』
「……前の紅茶、歯磨き粉を飲んだみたいだったなぁ……」
「ウヴァのフレーバーが強いものだったね。この葉は国産の紅茶葉だよ」
そうする、と菊池に答える。鍛えてきたこともあってか、侵蝕はしつつもしっかりと進めている。
紅茶の葉も適当に買ってきて貰っていたのだが、前に食堂で飲んだのはウヴァというスリランカの紅茶だった。これはモノによるのだがウヴァフレーバーという
独特の匂いが強い葉がある。ミント系というか苦手なものは苦手なのだ。自分は飲んだら不味いと想ったがとりあえずカップをからにするまで頑張った。
国産の紅茶は飲みやすい。残りの有碍書の潜書については補修ぐらいはやって、他の文豪達が見てくれることとなった。
文豪達は各々過ごしているが加護者が持ってきたライトノベルとかを読んでいる。小林多喜二は自分が読んでいたライトノベルを読んでいた。
前の世界とは繋げることは出来たのだが道がやや細いので調整をして行くらしい。書籍の取り寄せは可能だったので出したようだ。
指示盤を眺める。
「最奥、行けそうだね」
『ようやく行けるのか……。勝ってくるよ』
「これを突破したら次は徳田の著作『あらくれ』だな!!」
「……そうだね」
正岡子規が言う。
有碍書は侵蝕度によって分けられている。『山月記』を超せば次は『あらくれ』だ。徳田秋声の著作の一つで有名な方らしい。まだ読んでいない。
読んでいない本は多いが佐藤春夫がゆっくり読めば良いと言っていたし、読書も見ていてくれることとなった。
秋声の声が浮かない理由を特務司書の少女は知っている。
(秋声さん、紅葉さんの弟子の時の秋声さんだし……)
転生年齢と転生基準を加味して文豪のことは考えないと行けないと教わったが、文豪達のことはあえて加護者に聞いて気が向いたときにしか調べないようにしている。
理由としては複雑だったり触れてはいけなさそうなところがあるからだ。転生年齢は外見のことで、転生基準はどこをベースとしているか、だ。
徳田秋声のベースは尾崎紅葉の弟子であったころであり、自然主義の大家になったのは紅葉の死後だし、『あらくれ』は秋声が四十五歳の時の作品だ。
転生した秋声の見た目は二十代ぐらいだし、感覚としては自分が書いたものとは分かっているが、自分が書いたものではないというようになっているらしい。
矛盾しているようだが、実感が薄いのだ。
紅茶に口を付けていると皿に乗ったクッキーが差し出された。
「飲食室にあったからね。持ってきたよ」
飲食室には大量の甘いものが置いてあった。後で聞いたら封印者が適当に買ってきて転送の術式を使ったそうだ。使用条件とかいくつかあるらしいが便利である。
自分は術式はさっぱりし、直接戦闘型だ。クッキーはアーミッシュ系のクッキーで素朴なものである。
『最奥で倒してくるから期待しとってなー、お司書はん!!』
「期待してるね」
織田作が言ってくるので特務司書の少女は笑顔で手を振っておく。クッキーを頬張りながら著作について考えていた。織田作之助は作家としての期間は短く、
短い間に大量に書いたタイプであるため、秋声とは真逆だ。
著作や記憶については文豪達それぞれで違う。どれだけ覚えているかとか、生前の記憶がどれだけ残っているかも、そうだ。
「コレが終わったら、休めばいい。残りの潜書は僕や武者小路さんや、見てくれる人達が居るし」
「仮眠はとってる。皆の補修は必要だからやるよ」
ネコの言葉からして、突破を割と急がなければならないのだが、封印者が言うにはある程度準備が整うまではどうにか遅延させると言うことだ。ありがたい。
かつての審神者時代のように事態が急になることもあるのだ。
審神者時代は色々なことをオートで進めていたので本当に手間は少なかった。
高村とは余り話さないのだが、気が利いている人というか、居て疲れないという印象がある。穏やかで優しい。
必要だからと言うか時と場合に寄るのだがこまめに補修できるならばしておく。
「色々なことも分かったりしたから、立て直しをしないとね。これからもっと厳しくなるだろうから、僕達もそうだけど、君の負担を出来る限り減らさないと」
「潜書室も本棚を増やしたり……あんまり要らないんだけど……太宰さんが煩いから」
いくつかの改築などを今日中にすると聞いたが、有魂書の選書を刷るための本棚を一つ増やしたらどうかと言う案が出た。今は最大二人まで潜書が出来るが、
三人になるのだ。審神者時代も似たようなことで鍛刀部屋があったがあれは一度に二つしか作られなかった。
不便は無かったというか、それで十二分だったのだが、太宰が芥川さんを! と騒いでいた。後で佐藤春夫に止められていた。
「賑やかになるのはいいことだけれども、負担になったら言ってね。僕も、志賀さん達みたいに君の負担を減らしたいんだ」
(高村さん、優しいよね。みんな優しいけど……でも、高村さんみてると智恵子さんのことが気になる)
そっと自分の顔を見て、高村が微笑みながら言ってくる。柔らかい。
はい、と笑顔を浮かべてきながら、心中で考えてしまうことは生前の高村の奥さんである智恵子のことだ。加護者に高村について教わったときに高村と言えば智恵子で
智恵子と言えば高村と教わっている。高村は一生を追っていくと詩が違って言っているとか彼によって智恵子は重要な人とか聞いていた。
文豪達は結婚している者……離婚もそうだが……が大多数だが、高村はとても印象が深いし、加護者からしっかりとした説明を受けている。
『出たぞ。前方注意!』
正岡の声がしたので映像の方に集中する。最奥にたどり着いたようだ。
「……伝わらぬ洋墨か……色が違う」
伝わらぬ洋墨は侵蝕者に付けられた名前だ。洋墨型だの、羊型だの、いくつも存在している。そいつらが現れて文学書を侵蝕し、完全に侵蝕が進めば
その文学書は人々の記憶から忘れられるという事態になってしまったのだ。
やっていることは浄化だ。遅延をさせているとは言え、事態は止まっていないのだ。
「敵は徐々に強くなって言っているからね」
「――勝ってきてね」
高村が言う。
前線メンバーで切り開きつつ、次も鍛え続けなければいけないが、前からやってきたことだ。告げれば、反応が返ってくる。
「任せとけ!」
「勝ち、持ってくるからな! お司書はん」
織田作と菊池が言う。そして少ししてから、銃声が聞こえた。
正岡が持つ銃から放たれる弾丸と秋声の弓から離れたる矢が、侵蝕者を貫いた。
補修室ではリストの『ラ・カンパネラ』が流れていた。マルチレコーダーと呼ばれている機械でCDがかけられていてそこからレコードの『ラ・カンパネラ』が
聞こえている。レコードの音源をCDに取ったものをリピート再生しているのだ。何故そんな面倒なことをしているのかと言えば、SPレコードは
最大で百回ほどしか聞けないし、かといってレコードの音源はCDよりもいいところがあるという妥協案だ。
徳田秋声は補修室のベッドで眠る特務司書の少女の側に着いていた。
(寝てる、よね)
『山月記』の浄化を成功させて、次は『あらくれ』であるが、『あれくれ』の潜書は明日から初めて、戦闘を終えた自分達は補習を受けた。
補修を終えたから特務司書の少女は仮眠を取ると補修室のベッドに入ったのだ。ベッドがあるのはここだけである。
着物姿で寝息を立てている少女はどこにでも居るように見える。
「深く、眠っているようだな」
「疲れていたんだね」
医務室関連の主である森鴎外とそして高村光太郎が来る。秋声は側で丸椅子に座っていた。深く眠っていると森は言うが、彼女は気配で起きやすいところがあるという。
加護者が調整をかけているのかもしれんが、と森が話した。
「……か細いなって。織田もそうだが、無理をしているところはあって……僕は、彼女を支えようと想ったけれど」
そっと手首に触れた。
今日は色々なことがありすぎたというか巻き込まれたりもした。今までのことを話したり、谷崎の小説を読んでいたりしたが、自分のことを見直すきっかけとなったし、
小説も書きたくなったがまずは彼女に着いていることを優先した。
織田はと言うと転生したばかりの太宰もそうだが、三好達治のことを気にしていた。
「支えればいいんだよ。谷崎さんの小説は極端になったしまった例なのだから」
「気負わなければ良い。……かつての彼女も仲間に恵まれていたようだが」
「どんな人……人……じゃなくて付喪神らしいけど……刀剣男士って」
夕方、話したところに寄ると彼女は特務司書をやる前に審神者という別の世界で歴史を守っていたのだそうだ。別の世界があることについて秋声は驚いていたが、
特務司書の少女にとっては当たり前のことではあるというかそこから来たのだから当たり前ではあるのだが。
刀剣男士という刀剣から起こした最強の付喪神を率いていて、かつて秋声に呼びかけた切国と言うのも刀剣男士の名前で山姥切国広と言うらしい。
堀川国広の作った最高傑作の刀だそうだ。
「……ずっと、戦ってきたんだね……君は……。外の方は?」
何に、とは言わない。
加護者の皮肉も聞いていたが彼女はずっと戦ってきたのだ。成り行きで、時には巻き込まれながらも、それしか選べなくても選んで決めていった。
話の中で術式よりも戦闘の方が得意とかそうするしかなかったとか言っていたが、そうだったのだろう。
「ある程度、前の場所とは繋げたらしいから彼女が読んでいた本とか取り寄せているよ。小林君はきちんと読んでいた」
「大衆小説を好んでいるようだからな」
難解な文章を彼女は嫌う。
彼女が好きな小説を秋声は表紙だけ見たが、カラフルになっていた。自分は余り本に関する装飾にはこだわないほうだった。
鏡花の方は鏡花本と称されるぐらいにはこだわりをもっていたことを想い出す。
「『ラ・カンパネラ』……好きだって言っていたね」
リストのピアノ曲。自分でもピアノで弾くことがある曲だ。思い出の曲であるという。秋声も、レコードは好きだ。
秋声や高村、鴎外は見守るようにして、彼女の側に居た。
結局、見る事は叶わないというのなら。
私は、もう良い。
そしてありがとう。私の夢を救ってくれたあなた。
私は幸せです。
結局見る事のなかった世界からたった一つ、幸せという意味を教えていただいたのですから。
(電撃文庫、鎌池和馬、最強をこじらせたレベルカンスト剣聖女ベアトリーチェの弱点 その名は「ぶーぶー」4巻より)
小林多喜二は加護者から渡された彼女の好きな本を読み終わった。出された分は四冊で一冊一冊はたいした厚さではない。
タイトルが非常に長く巫山戯ているような小説だったが中身はきちんとした……というか皆が楽しめるような小説だ。
文章の相性や設定が受け居られるかというのはあるが、
「司書さん、漫画とかも好きなんだね」
「……これが、ペンチ味……」
児童文学コーナーにて多喜二と新美南吉、中野重治が改めて彼女の好きな本を読んでいた。様々なことの説明を受けた。
特務司書の少女が好きな、よく読んでいる本を加護者によって出されていたが、文庫本だったり、漫画だったりした。
中野のことを特務司書の少女や加護者はペンチ味と表現していたが普通に見えるがにじみ出る狂気という意味の造語らしい。
新美と中野は漫画の方を読んでいた。読んでいる漫画はというとこの世界よりも高度成長で発展した世界で異世界からの来訪者が来て、
戦うという漫画だ。良い意味で現実感が溢れていると言う。
「漫画の方が好きなのかもしれないけど、俺たちの本も読もうとしてくれているし」
「詩集とかはとっつきやすいかな。僕は……ペンチ味とか想われていたけど」
「シゲさんはシゲさんでいいんだよ」
新美が笑っているがフォローになっているのかなっていないのか分からない。読み終わった小説を多喜二は机の上に置いた。
後で回収するのだそうだ。
「もっと、話したり、何処かに連れ出したい」
「司書さんのこと?」
ごんを抱えたまま首を傾げる新美に多喜二は首肯する。
「彼女は、誰も傷つけたくないって閉じこもって、しまうから……俺はそれを許容したくないんだ」
仕事とか頼まれ事があれば外には出るしやることはするのだが、彼女は本質的に外に出たがらない。金色夜叉の潜書の後で雑貨屋に行きたいと
口にしていたがそれだけでも、勇気のいることだったのだろう。
以前のことを含めたりしたら出不精が酷くなってきていると説明時に加護者が口にしていたが、出れば災厄に巻き込まれたりするからだろう。
読んだ小説の主人公はとても強いが強すぎて波風を立てるから外されるとか、同じように話せるのは似たような処遇の者ぐらいだったり、
強くてもどうにもならないことが存在したり、普段は閉じ込められていたりと特務司書の少女は自分と重ねているところがあった。
望めば、世界は広いし。
望める環境でもあるし、多喜二はそれを彼女が出来る限り与えようとしていることを知っているし、受け取っているけれども、
彼女にも、受け取って欲しかった。
「それなら行動あるのみだね。後輩のことは何とかするから、多喜二さん頑張ろうよ」
「後輩って織田君のことか……」
見た目で判断すると新美と織田だと織田の方が年上に見えるのだが生年から判断すると同じ年なのだ。
中野は漫画を読みながら新美の話を聞いている。
「もうちょっと後で司書室に行こうよ。夕飯とか終わったら織田作さんがお話に行くみたいだから乱入するの」
織田が話しに行くのは恒例だ。皆ソレを知っている。
「そうだな……やって、みようか」
想うことが、ある。
彼女の好きなものに触れてきて、彼女と話してみて、分かったことがあるが、
(好き、なんだな……)
本日、自覚してしまった。
小林多喜二が、特務司書の少女のことを愛していると、言うことを。
世の中はままならないと少女は縁側に座って想っていた。桜の花びらが散っている。本丸は余り季節感を出さないようにしていたけれど、
桜だって適当に咲かせていたけれど、今はそれなりに季節を回していた。
「……ひなたぼっこか」
「暖かいんだよ。切国」
本丸の空間というのは異空間だ。異空間に術式などを使って居住出来るようにしている。山姥切国広、自分の初期刀に彼女は笑いかけた。
「小烏丸も無事に来たな」
「江戸城下は長谷部さんに指示を任せてるけどきついよね。極だけで行くと」
山姥切国広は自分の隣に座る。
小烏丸の限定鍛刀の知らせが来て、無事に鍛刀出来た。小烏丸というと話には何度も聞いている古めの太刀だ。教育関連はどうしようとなって、
膝丸や髭切に任せたり、他の刀剣男士に任せていた。教育関連と行ってもやることというのは馴染んで貰うことだ。
江戸城下は最近歴史修正主義者が攻撃をしかけてきた歴史であり、誰を突入するかで変わってくる。
極担当……極を行った短刀達で組んでいかせると凄まじい頃になるのだ。
「かつては短刀は役立たずとかになっていたがな」
「時代は、変わるね。ここにいても」
短刀は撃たれ弱いし、攻撃力も弱いと当初は言われていた。それは事実だし、審神者によっては扱いを悪くしていた者も居るがそれは審神者の性格とか
人格的な問題だろうとは想う。
やがて、池田屋の記憶が攻撃をされだした。市街戦や室内戦で役に立つのは大太刀や太刀よりも打刀や脇差、短刀だった。
かつては自分も戦場に出て武器を持って戦っていたが今はそんなことはしていない。怪我は痛いし命は惜しい。
こういうと何だが自分がツッコんで加護者によって治療とかされるよりも資材をいれて刀剣男士を治した方が早いし効率もいいのだ。
「……お前は、ここから出たいとは、想わないのか」
「出たら出たでトラブルだし、元の世界には戻りたいけど……審神者は続けるけどね」
もちろん、と彼女は言う。
この戦いがいつ終わるかは知らないが戦いはいつか終わるし、刀剣男士達は大切な仲間だ。友達というか言葉では表しづらいが重要なのだ。
「トラブルというかトラブルに放り込まれるために出ると言うか」
「前からそんな感じだったかな」
兵器扱いをされていた。
生きるためには仕方が無いことだとは思っていたけれども、自分はそこまで兵器では無いと言うか加護者あってこそだったけれども、一部では自分の性質が、
怯えられていた。
「俺は、お前を――」
「主、桜餅はどうかな。いくつか、作ってみたんだけど。歌仙君も後で作るって」
「燭さん!! 二種類の奴だね。団子も好き」
「どれも作ってあるからね。お茶は紅茶でいいだろう」
山姥切国広の声に覆い被さるようにして聞こえたのは燭台切光忠の声だった。丸盆にいくつか菓子を準備している。
「みっちゃんは主に食べ物を作るのが大好きだし」
「貞ちゃんも食べていいからね」
「みんなで食べようよ。一緒に食事をするのは、大好きなんだよ」
江戸城下の戦いで何かがあればこちらにも知らせが入ってくるし、それまでは休息だ。手入れにしろ刀装製作にしろ、後にすれば良い。
燭台切光忠と共に太鼓鐘貞宗も来ていた。
みんなが居てくれるのが嬉しかった。
生活は不自由だけれども、幸せを得られていた。
それで、良かった。
そう、想った。
深く深く眠っていたらしい。
目を開けて特務司書の少女は目を覚ます。自分をリセットするかのような眠りについていた。
「おはよう。仮眠、取れてみたいだね」
「……おはようございます。高村さんも森さんも……秋声さんも……良い夢でした……」
まだ蒲団に転がっていたいとなるとそっと猫のぬいぐるみが差し出されたので抱きしめておく。だらりとしたネコのぬいぐるみはとても可愛い。
「眠そうだね。起きないのかな」
「殺意とか敵意を叩きつけられたら一発で起きるよ」
秋声に言われてそのまま返す。
微睡んでいられるときはありがたいのだがたまに無理にたたき起こされると寝起きが悪くなってしまう。心中で加護者に話しかけて
改装案はどうだと聞いたら一晩はかかるらしかった。一晩で出来るのかとなってしまうが。
「無理に起きない方が良いよ」
「それは感心できん起き方だな。もっと自分を大切にしろ」
「してる、はず?」
「足りんな」
はっきりと森に言われる。眠気が覚めてきていた。頭の上に手を置かれる。子供扱いされているなと想ったが、自分はまだ子供だ。
伸びをして意識をはっきりさせておく。
「そろそろ、補修か……」
心なしか、体の方もすっきりしてきている。加護者が自分の体調を治しているが一晩もあれば前に近い動きは出来るようになると教えてくれた。
「終わったら、しっかり体を休めるんだよ」
「明日はもっと忙しくなりそうだしね」
まだ夜は来ていないし、時刻としては夕方だけれども、事態は進んだり、大変だけれども、
「やることは言え。手伝えることは手伝おう」
「分担していこう」
「……明日からだね。僕の本の浄化は」
頼もしいと、感じた。
自分は一人じゃ無いと、みんなが居てくれると想うと、嬉しかったのだ。
【続く】