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彼との行方 1

全体公開 3 3880文字
2017-05-04 22:13:24

獣究さんと猟人さんの話。BL注意!!

 「恋をしました」
言葉とは裏腹に、木製の椅子に座った男はこの世の絶望を覗き見るかのように暗い目をしていた。
俯いて落とす頭の間からこぼれる青い瞳に、いつもの輝きはない。その瞳の目の前にさらされている景色は、地獄のようだと消えた光が語っている。
白い肌は焼けていないという理由だけでなく、いつにもまして血の気がなかった。
青白い肌を隠すように顔を覆う手に、力がこもるのが彼の目に映る。
幼い少年は自分にそうこぼすしかない男の哀れさを知らない。それが暗い顔をする男にとってささやかな救いであり、逃げ道だった。
「けれど」
低い声に満ち溢れる苦悩に殺されるのではないかと、少年は素直に思った。自分と似た色をする眼の男は、己の苦悩で死にそうだった。
彼が本で知る『恋』とは、甘やかで、おおよそ『しあわせ』と呼べるものが詰まっているものだった。
そんなものを、彼自身は知らないのだけど。
きっとうつくしい芸術品のようだと思っている。
それは決して目の前の男が抱えるような、苦悩と絶望を混ぜ合わせたものではなかったはずだと、思い出す。
「けれど、こんなのは、地獄です」
涙の滲む声を絞り出した男は、片目だけを静かに聞いている少年に向けた。
少年にすがるように絶望そのものを映す目が、幼い彼を捕らえる。激しい感情が渦巻く塊を静かに受け止める少年の静寂さに、男は小さく息を吐いた。
「・・・なぜ?」
問い返した言葉は、奇異も好奇もなく、男は手から顔を離した。
「私が恋をしたのは、友人でした」
聖職者に懺悔するような言い方に、少年は首を傾げた。
「そこになんの問題が?」
「友人は、同性なのです」
はあ、と理解しているのかいないのか、少年はまた首を傾げた。
「それになんの問題が?」
ぽと、と片目から涙をこぼした白衣を着る男に、少年は理解しがたいように目を伏せた。
「僕の国では、同性の婚姻までは法律として定めていないが、禁止はしていない。女神教だって、一部を除いてそんなに同性愛を禁止してはいないだろう?もしそういう人が増えたなら、法律で同性婚について定めようかとも思っている」
訥々と語る少年に、自分が相談しているということも忘れて、男はぽかんと口を開けた。
「・・・反対されたら、どうするのですか?」
思わずそう尋ねると、ふん、と少年は鼻を慣らして肘掛けに頬杖をついた。
「生産性の問題か?人口の話か?前者も後者も、僕の国は移民を受け入れているから問題がない。僕の国の制度に反対するなら、僕の国を出ていけばいい。簡単な話だ」
きっぱりとそう言い切った少年は、そらしていた視線を、少しだけ顔色を変えた白衣の男に向けた。
「けれど、」
眠たそうに半分閉じている大きな瞳は、柔らかさのかけらもなく、白衣の男を見やるのだった。
「あなたが問題にしているのは、そういう点ではないのだろう、獣究の」
少年に勇者の名前で言われて、リサは眉根を寄せて視線を落とした。
「あいにくと僕は、人間的には欠陥品のようなんだ。『恋』と言われても殺意とどう差があるのか、まるで理解できない。『恋』と殺意に差があるとすれば、己の手でゆっくりと絞め殺してみたいという、殺害方法が限定的になっているかどうかぐらいだ。・・・だから、あなたにとって『恋』の何が地獄か、僕にはすべてを語ってほしい」
察してくれと言われても困ると言い切った少年に、そうですね、とリサは眉根を下げて苦笑した。
「・・・あなたに『恋』された相手は大変そうです」
少しだけ血の気が戻った顔を眺め、少年は少しだけ目を細めた。
「・・・『恋』が殺害と紙一重だというなら、僕は今すぐ勇者の務めを理由に殺しに行く」
それが偽りなく本気であり、ただ今はそれが正しいと思えないからしないだけであると感じ取ったリサは、膝の上に両手を組んだ。
瞼を閉じなくても思い浮かぶ相手のこと考えそうになって、口火を切る。
「私は、」
耐えられなくなって、リサは顔を上げた。
そこでは幼い少年が、静かに向き合いながらリサの言葉を待っていた。
その事実に、自分一人で抱えていた苦しみがせきを切ったようにあふれだした。体の中には、感情の苦しみを蓄積する部分が確かにあって、それは胸元を圧迫する。きっと、リサの知らない部分にそういうものがあるのだと、彼はばかばかしいほど、心底そう思った。
だからこんなに苦しいのだと、頭を抱えそうになる。
リサは苦悩だけで確かに胸元の圧迫を感じながら、はく、と息を吸った。

「私は、ある日、勇者の啓示を受けたときのように、彼がいとおしいのだと理解しました」

するり、と喉から出ていった言葉は、強烈な事実だった。
それは、べつに何か、取り立てて事件のようなものがあったわけではなかった。
最近はやっているラブロマンスのような、胸をときめかせる出会いでも、悲劇も喜劇もなかった。
当然だ、リサと彼は男なのだから。
リサは守らなければならない庇護されるような存在ではない。
少々女らしいかもしれないが、平均の男ほどは身長があるし、女のような柔らかい体などしていなかった。体は、男のそれだ。無論、友人のほうがたくましい体をしているので、少々見劣りはするだろうが、それでも女とは言い難い。
そんなリサは、ある日、なんでもない日常の中で、ふつりと湧き出た思いを知った。

ああ、好きだ、と。

いつも通りに彼が作る食事を待ちながら、自然にそう思った自分に、リサは愕然とした。
「ですが、彼は、友人で、私の大事な同居人でした」
リサと彼の日常は、恋人として形成したものではない。あくまで友人として、二人で築いてきたものだ。
その中で、友情の枠を外れた思いは、まるでその関係に巨大なくぎを差し込んだようだった。
「彼が、あまりにも大切で大事で」
私は、とリサは頭を抱えた。
「万が一にでも、彼の顔が見れなくなることが、とても恐ろしくなってしまいました」
自分の気持ちが伝わって、軽蔑されたら、と思うと、それだけでどうしようもなく耐えられなかった。元々、彼の好意で同居が成り立っているようなものなのに、自分からそれを壊してしまうなど、リサにはできなかった。
「でも、わかっています。このまま、彼を私が縛り付けておくことができないことも」
「・・・なぜ?」
大切なら手元に置いておけばいいじゃないか、とひっそりとつぶやいた彼に、リサは思わず顔を上げた。
眼に滲んでいた涙がぽとりと頬を伝う。あまり泣きはしないというのに、と頭の端で冷静に分析しながら、にこりと口元を曲げた。泣き笑いをした顔はずいぶんと無様ではないのかと思うも、テーブルを挟んだ彼は少しも笑わなかった。
「・・・彼には、かわいい恋人ができて、そしてそのうち結婚とかして、彼に似たかわいい子供が生まれて、」
そういう、と続ける声が震える。
それはリサが思いを寄せる男のありえるはずの未来だ。男なら、だれでも持ちうることのできる当たり前の未来図。

「そういう、当たり前の幸せが、彼にはあるはずなんです」

自分が彼を好きだと自覚してからしばらく、リサはぼんやりとしていた。
図書館の研究室へ向かう途中、小さな子どもを連れた若い夫婦とすれ違った。
空気を精いっぱい吸って、叫ぶように泣く子どもを抱える母親。苦笑いしながら荷物を持っている父親。
それはたしかに、どこにでもある『幸せ』だった。
想い人にも訪れるであろう、幸せだった。
それを奪うことなど、リサにはできないと思った。
彼は大切な故郷を失っている。両親も、勇者ゆえに失っていた。
ならば、彼が家族を望むのは当然のことだった。
一度失われて、彼が欲しがるであろうものを、リサはあげることができない。
それだけでリサは自分の思いが、たまらなく絶望的になった。
あらゆることで、リサは彼との幸せが想像できなかった。
成就できない恋しさも、彼から奪う幸せも、リサには耐えられない。
まるで地獄のようだと、リサは吐き気さえした。
どうにもならない、とリサは口元をひきつらせて笑った。幼い少年に苦悩を吐き出せば、ひどく滑稽な気分ですらあった。
どうしてよいのかわからない、と小さくつぶやく。これまでは魔獣のことさえ考えていればよかったのに、そうでなくなったとたん、リサはうまく思考できなくなってしまった。
恋とは人を愚かにするものだと、そう書いた詩を思い出せば、ひどく邪魔なものであるとも思う。
「・・・逃げてしまえ」
「え」
ばっと濡れた顔をあげると、相変わらず表情の変わらない少年が、じっとリサを見ていた。
「家からも、研究からも、大事なものを捨てられるのかどうか、あるいはするために、身動きがとれないその場所から、逃げてしまえ」
少年はあっさりと、そう言い切った。
そこに同情も憐みもなく、ただそうすることが最善だと提示しているかのようだった。
視界を覆っていたものがほどかれたような少年の瞳の明るさに、リサは涙でぬれた目をゆっくりと瞬いた。
「世界の片隅で、君の思い人は生きている。そう思って、一度、離れればいい」
ふわり、と幼い少年が浮いた。
リサの頭上に移動すると、小さな手でよしよしと頭をなでる。
「僕は、その気持ちがわからない。だが苦しいのなら、逃げればいい」
そのために手助けはすると、そう言った少年の言葉に、リサは小さくうなずいた。
「・・・はい」
この思いをどうにかするために、今のリサに必要なことは、逃亡だった。


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