X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

何ぞ危ぶむことなく、広き處をはなれ、帰思衷に燃ゆるもなほこの中心に下れるや

全体公開 1 6109文字
2017-05-13 23:03:58


望の魔王様、△の魔物さん、▲の魔女さん、薬師の勇者様をお借りしました!


***


 目を開いたことに気づけないほどの静かな、濃い暗闇の中で、囚獄の勇者、カイは目を覚ました。

……?)

 あまりに唐突であった。カイが記憶している限り、自身は本体は依然として大牢獄にあり、分身は旅の途中で「赤い森」と呼ばれる場所に入ってひどい火傷を負ってしまい、薬師の勇者に助けられ、今は野営しながら治療とリハビリに励んでいる最中である。どこか特殊な環境の魔界に身をおいているわけではない。

 故に、まずもって夢の続きだと思った。実は、囚獄の勇者は赤い森から帰還してからというもの、あまり夢見が良くない。分身で薬師の勇者に治療を受け、本体に戻ってまた大牢獄の主に寄り添う女性に治療を受ける。そのあと、普段のように分身に行くのではなく、回復を優先させるために眠りにつくほんのわずかな時間に夢をみる。

 いつもまとわりつく水の中にいるような身動きの取れない感覚と、皮膚を焦がす痛み、耳をつんざく悲鳴、生臭いにおい。そして濁流のような映像を見た。カイを追い詰めるように、誰かの苦しむ姿を映した像が重なり合うように幾つも、同時に、流れ込んでくる。不可思議な感覚をねじ伏せてどれだけ手を伸ばしても、それらに何一つ変化を齎せたためしはない。無価値なあがきに疲れ果てた時にふっと、静かになる。全ての像が見えているのに認識できなくなる。万華鏡のように色が渦巻いていながら真っ暗にしか思えない奇妙な感覚と、遅れてやってくる五感の喪失の中に埋もれていく。何も感じなくなる。暫くそうしていると、分身か本体かのどちらかで意識が浮上する。いつもそうだった。だから、今日は珍しく続きのある夢なのだと思った。

 よくよく見れば暗闇には濃淡があり、蠢く影は手や足を形作っているようだ。身体を起こす。全身に包帯と皮膚が引き攣れる鋭い痛みが走った。リハビリで馴染んだ感覚。どうもこの夢の自分は、分身の身体という設定らしい。都合がいい。依然としてフィードバックダメージでろくに動けないままの本体よりは幾らか動ける。周囲を探れば寝る前に寝床の脇に置いた歩行補助のための杖と、野生動物などに持っていかれては困るような、勇者や魔王からの預かりもののような大事なものをまとめた小さな包みがあった。どこまでも都合の良い夢だ。これまで夢の中で都合が良かったことなどなかったというのに。

 ざわり、と暗闇が蠢く。その奥に、引きずられるように動く影を見た気がする。実体のない闇の中に、実体を持った何かが連れ去られようとしている。抵抗するように動いた、ように見えた。

 身体を杖で支え、荷物を腰にくくった。動ける。いや。

 動かなければならない。立ち上がらなければならない。追わねばならない。手を伸ばさねばならない。

 焦燥に焼かれた心が、勇者を駆り立てる。


***


 静かな闇の中を、痛みをこらえて一歩ずつ歩いていく。頼りになるのはわずかな影の揺らめきだけだ。目を凝らす。夢の中で失っていた感覚が、だんだんと鮮明になっていく。色を捕える認識。においを感じ取る認識。

 遠くに背の高い、ベールをかぶった女性のような影が見えた。実体を持つものではない。先ほど連れ去られていった、実体を持つ誰かではない。荷物を探る。手元に僅かに温度のある棒のような感触がある。これは、以前願望の勇者から託された「幸運の角」。戦いに使えるようなものではない。そもそも、いつも、武器になりそうなものは入れていなかった。夢の中であってもそれは変わらないようだ。諦めて身構えながら、注意深く進む。

「--------」

 影の、口の部分が動いた。何かを言っている。向こうにも、こちらは見えているようだ。

「--------」

 彼女が身体を傾げるようにすると、周囲からざわりと何本もの腕が生え上る。異様な景色の中に、どこか懐かしい気配を感じる。彼女の動きが、そう思わせる。

「--------」

 何を言っているのか、知りたいと思った。彼女が、何を自分に言っているのか。

 次の瞬間。

 一気に聴覚が正常をとりもどす。

 意味の取れない声たちが脳に押し寄せた。何一つ聞き取れない。ここ最近は幾度となく味わった感覚。本当にそうなのか、カイの心理がそう思わせるのか、全て何かを渇望する悲痛な声に聞こえる。ああしたい、こうしたい、なぜ、なぜ。問いつめるようにも、強請るようにも、掻き口説くようにも、囁くようにも、願うようにも、請うようにも、ねじ伏せるようにも。

「あなたが、すきなの」
「すき」
「だきしめて」
「ねえ」

 女性の口の動きにぴったりとあう、高い声を拾い上げる。

 聞いたことがあるような、無いような、不思議な声。すでに出会ったことのある誰かかもしれないし、聞き馴染んだ家族の誰かのような気もするし、いつか出会う誰かなのかもしれない。警戒を忘れて一歩踏み出す。随分と悲しそうな声だった。周りの悲嘆の叫びが再び遠ざかる。

 所詮は夢。悲しそうな彼女の言葉を聞くために寄り道することは、悪いことだろうか。

 また一歩踏み出す。無数の冷たく黒い手が絡みついてくる。杖が取り上げられる。火傷で損傷した皮膚を慰撫するように背中に手が回される。勇者の証をつけた首に、黒い指がまとわりつく。夢の中だというのに、意識が遠のくような心地になる。

 カイは首を横に振って、気道を絞めていた黒い手に手を添えて、振りほどく。そして女性の背に手を回して軽く抱き返すと、冷たい頬を手でなぞる。表情は解らないが、指先の包帯が濡れる感覚がある。

「すき」
「すきよ」
「わたしといっしょにいて」
「たびになんて、でないで」
「ろうやなんかに、いないで」
「けがしないで」
「くるしいときをおしえて」
「ないて」
「わたしのために、ないて」
「ちがうの」
「そうじゃない」
「わたしのためじゃなくて」
「あなたのためにないて」
「そのときとなりにいさせて」
「あなたがしぬときにとなりにいさせて」
「あなたと、しなせて」

 女性はつぶやく。

 どうにもため息をつきたくなる。所詮は夢だ。自分が、同じ道を行く者以外の誰に、旅の目的のことを、大牢獄にいることを、言ったというのか。つまり彼女にこの言葉を言わせたのは、自分だということだ。それを思えばほとほとあきれ果てる。自分が嘆きの谷を見て、世界の真理を知って願ったことは何だったのかと。だが現れた以上は、目をそらしていいものではない。それは物事を先送りにすることと何ら変わりはない。自分は自分に嘘をついたことなどない。

「それはな、最後の最後。全部が済んだあとや。楽しみに待っとき」

 本当のことだ。

「いつか必ず、全部うまいこといく日が来る。おれだけじゃなくて、あんただけじゃなくて、みんなが自分の願いのために頑張れる日がくる。な、そう信じたってや。そうすればおれはずっと歩いていられる」

 本当のことだ。

 女性のすすり泣く声が間近に聴こえる。周囲の嘆きの声も、折り重なるように響いた。杖を拾って、身体を引き上げる。動きの鈍くなった黒い腕をすり抜けて、彼女の横を通り過ぎる。女性が崩れおちるように膝をついた気配がする。彼女が何者であるにせよ、振り返る意味はない。

 先はまだ長い。


***


 幾重にも声の響く闇の中を、再び一歩ずつ歩いていく。足に纏わりつく黒い腕を振りほどき、杖を抑え込む黒い指先を押しとどめ、そもそも決して早くはないその歩みは徐々に遅くなってきている。焦りがカイの思考を支配する。引きずられていった誰かは、どうなってしまっているのか。

 いやまて、とカイはあることに気づき、立ち止まった。抵抗をやめたとたんに、ひやりと冷たい黒い影がまとわりつく。力を抜き、地面に腰を下ろせば、ざわりざわりと冷たい黒い腕が足腰に回る。カイが杖と荷物を胸元に抱え込むと、間をおかずそのまま影が全身を包み込んだ。

 身体が勢いよくそのまま引きずられていく感覚がある。案の定、影は自分にその場で攻撃を加えるつもりはなく、どこかに運んでいくようだった。荷物と杖で身体の前面に、空間ができているので息苦しくはない。また、抱え込んだ荷物がぼんやりと暖かい。カイは赤い森で道に迷ったとき、この荷物にいれていた「幸運の角」が自身を森の外に導いたことを思い出していた。周囲の声はやむことを知らず、自分の身体は得体のしれない黒い影に引きずられているというのに、なんとはなしに心強い。

 やがて引きずる勢いのままに、身体が浮いて空中に放り出される。重力に従って床に叩きつけられ、カイは呻いた。包帯の下で皮膚が破けている。乱れた息と掠れた声は周囲の叫びに紛れて消えたが、無臭の影の中に血のにおいが立ち込める。


 しばし身動きも出来ずに横たわった。息を整え、顔を上げる。すこし離れたところに同じく横になっている小さな身体があることに気づいた。頭が半分闇に埋もれて隠れてしまっているが、子供に見えた。しかも、これまでの影や女性や腕たちと違って、実体のある生きた存在に見える。

 肘をついて、身体を引きずる。

 ようやく少しだけ寄って、しっかりと認識した姿は、意外なものであった。頭が半分埋もれてしまっているが、十代半ばに届かないだろうその少年は、魔族の子供だ。見慣れない服装で、覗いた片耳が尖っている。人間の姿を模しているのだから、力ある魔族なのだろう。けれども、どうみても弱り切っていた。冷たい闇に囚われて、表層の意識を失い、うなされている。瞼が痙攣し、身体を震わせ、小さく声をあげていた。誰かを呼んでいる。不安そうな声だ。

 カイは近寄ろうとする。這ってにじり寄る。ざわりと周囲の腕はカイの腰をつかんだ。子供をカイから遠ざけ、守るように、腕がカイを抑え込む。痛みが走り、カイの全身に血と冷や汗がにじんだ。周囲の声は騒がしくカイに語り掛ける。何を言っているのかさっぱりわからない。しかし、悲痛な声だった。彼らを杖で打ち据えて引きはがすのは、心理的にも物理的にも困難がある。

 手を伸ばす。届いたところで、なにができるわけでもない。とりあえず腕は少年に危害を与えるようにはみえないが、出口も、少年の苦痛を癒す方法も、カイは知らないのだ。だが、そうせざるを得ない。やることなすことすべてが無駄に終わるなどとは、思ってもいなかった。少なくとも、寒さから守ってやることはできる。

 痛む指先が少年の服に届いた感触がある。一気に引き寄せて胸元に抱き込んだ。冷え切っていた少年は身じろぎ一つしなかった。黒い影が荒ぶり、カイごと少年を包み込もうとする。カイは焦った。影の動きからして、この少年を物理的にこれ以上傷つけることはないと高をくくっていたのだ。子供がうめき声を上げる。どこかで聞いたことがあるような気がする。なぜか、冷めたい石畳の大牢獄を思い出した。そうだ、自分だって、こんなところで夢に囚われているわけにはいかないのだ。

(この子を外に。おれも。はよせな。ああ、どないしよ)

 焦る。こうなったのは自分の判断ミスだ。また失敗した。夢の中であれ、現実であれ、いつも、多くのことは変えられないままだ。こうしてまた、誰かを傷つける。

(外に、外に!)

 腕の中に抱き込んだ少年の瞼が、不意にあがる。カイの細かい傷をつけた冬の日の窓ガラスのような灰色の目と、少年の温かみのある春の花びらの色の目が、至近距離でかち合った。

(この子と、外にでなければ)

 そう思ったのを最後に、ふっと、周囲が静かになる。嗚呼、ここで意識を失うわけにはいかない。腕の中の子供を抱き締める。静寂に抵抗するように呟く。

「ふたりで、そとに、でんと」

 全ての像が見えているのに認識できなくなる。あらゆることが、徐々に五感の喪失の中に埋もれていく。心を焼く焦燥だけを残して、何も感じられなくなる。荷物や杖と一緒に、子供を抱える腕に力を込めた。ほのかに温かい。

 闇の中に、光が見えた気がした。


***



「意識はありますか!?」

 やや掠れた高い声に、カイは瞼を上げた。ここ数日で見慣れた黒髪の少女、薬師の勇者が、横たわる自分を揺さぶっていた。首をめぐらせれば、野営している洞窟ではない。少し離れた場所にある、岩場に倒れていた。昨晩より傷ついた杖と荷物が傍らに投げ出されている。光が眩しくて目を細めた。そういえばサングラスをつけていなかった。

「せっかくふさがったところがひどいことに!うわ、なんですかこのアザは!手形!?」

 彼女はカイの包帯を改めて、驚きながら怒りながら心配するという非常に器用な反応をしてのけた。みれば、治りかけの皮膚の一部が再び裂けて血を滴らせており、手足や背中の無事な皮膚の一部に捕まれたような指のあとがくっきりと浮かび上がっている。カイは首をさすった。勇者の証の周囲に鈍い痛みが残っていて、おそらくここにも跡がある。

「何があったんですか……?」

 説明しようとして、首をひねる。しっかりと覚えているのだが、どう説明したものか見当がつかない。ただ、夢を見ていたのだ。ここ最近そうであったように。しかしもしあれが夢でなかったとしたら、少年は無事だろうか。周囲を見渡す。彼がいる気配はない。

「あー……あれや、寝ぼけて外に出て、ぶつけたんちゃうかな?」
「そんなわけないでしょう!馬鹿にしないでください!ね、あなたもそう思うでしょう?……ってあれ?」

 後ろを振り返って、薬師の勇者が首をひねった。どないしたん?と聞くと、彼女は困惑したように答える。

「あなたが寝床にいないから探していたら、魔族の子供に会って。ここに人が倒れているって教えてくれたんですけど……。ついさっきまでそこにいたのに」

 それを聞いて、カイは安堵の息をついた。少なくとも、傷ついた人の何かを請う声だけが響いていたあの場所から、少年だけは外につれだすことができたのだ。







何ぞ危ぶむことなく、広き處をはなれ、帰思衷に燃ゆるもなほこの中心に下れるや
END



***

望の魔王様がたまたまこの近くをお散歩していて、囚獄の勇者も彼の角をもっていたことから、△の魔物に望様の眷属ないしは一部分とカウントされてついでに一緒に取り込まれた、という背景。
内部だから怪我人でもさほどひどい目に合わずに望様のもとにたどり着けたし、望様までたどりついてなんとか囚獄くんの外に出たいという願いを叶えてくれたら一緒にでれるかなーなどと。

最初闇が静かだったのは、囚獄の勇者が赤い森の後遺症で悪夢と焦燥感に駆られていて、ちょっと情報認識とかそういうのが狂っていたせい。

囚獄の勇者は終始夢だと思ったままでおわりました。
いやもしかしたら、ほんとうに囚獄の勇者の夢だったのかも。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.