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源氏兄弟に飼われる話 第11話

全体公開 2 6855文字
2017-05-22 20:29:02
Posted by @ayame0601s



 髭切に手を引かれ、暗い路地を歩いていく。繋がれた手のひらから伝わる温度は依然として冷たく、人肌の温もりを感じなかった。それはやはり、彼が人以外の生き物だと象徴しているようで。
 斜め前を歩く彼を、そっと盗み見る。黒いパーカーのフードを深く被るその姿は、暗闇に身を潜めるためのような格好だった。
 普段、彼は白や淡い色を基調とした服装が多い気がする。そんな彼に黒い服と言うのは珍しく、その雰囲気の違いが、ソワソワと落ち着かない気持ちにさせているのだろう。
 この心臓の忙しなさも、繋がれた手がそうさせているわけじゃない。さっきまでの恐怖が居残っているせいだと、自身に言い聞かせた。

「あの……

 会話の無さが居心地の悪さを生み出しているのだと思い、口を開く。
 髭切はそんな私の方へと軽く振り向き「ん?」と言葉を溢した。フードを深く被っているため、ここからでは笑みをたたえる彼の口元しか見えない。

「あの、助けてくれてありがとうございました」

 お礼をまだ言っていない事を思い出し、そう口にすれば、彼は「ああ」とまるで思い出したかのような口調で返事をした。

「飼い主だからねぇ。本当は、もう少し早く駆けつけたかったけど」

 そう苦笑し、正面に向き直りながら言葉を繋げる。

「弟も心配してたよ」
「え。え? 本当、ですか」
「うん。あれはたぶんね」
「そうですか……
「あ、信じてない」

 言いながら笑う彼の声を聞きながら、素直に信じていないと言っていいものか分からず、口をつぐんだ。
 膝丸が私の身を案じていたとは、正直信じきれない。彼の私に対する疑念は痛いほど伝わっているし、心配していたのはきっと、私が捕まった事で彼らの立場が不利になるから、じゃないだろうか。
 ひねくれた考えだとは思いつつ、普段、彼から受ける冷淡な視線を思い出すと、そう思わずにはいられない。 

「そういえば、膝丸さんは大丈夫でしょうか」

 ふと、彼が一人で「処理」に向かったという事を思い出し、問いかける。髭切は、うん、と即答した。

「それは大丈夫。弟があいつらに殺られるとは思えないし」

 そう言って、再び、顔をこちらへ傾ける。

「心配してくれてるの?」

 投げかけられた質問に、はっとする。彼に問われ、その言葉を頭の中で反復した。そして自分でも問いかけ直した。
 膝丸を、心配しているのかどうか。
 恐怖の対象である彼を、本当に心配しているのだろうか。

……それは、もちろん心配です。だって、貴方達は不死身じゃないんですよね?」

 少し間考えた末に出た言葉は、本心だった。
 本で得たような浅い知識では、彼らは、長生きはしても、不死の身体じゃなかった気がする。それなら、もし致命傷を受ければ、彼らも命を落とすのだろう。そう思えば、いくら怖い存在とはいえ、同じ時間を共に過ごしていれば、やっぱり多少は心配の気持ちが生まれてくる。
 髭切は「そっか」と独り言のように小さく笑う。そしてその後「確かに、僕達は不死身じゃないよ」と、私の質問の答えを口にした。

「君達よりは丈夫だけどね。でも深い傷を負えばもちろん死ぬよ。死んだら灰となって消えちゃうけど」
……灰?」
「そう。灰。遺体は残らない。だから僕達の存在が解明出来ないんじゃないかなぁ」
「はあ……
「それに、もし弟が散ったら僕には分かるから。まだ、大丈夫」

 淡々と話す彼の口から出てくる言葉は、私にとって想像もつかないものだった。
 灰になって消えるとか、弟が死んだら分かる、とか。
 弟が死んだら分かるというのは、虫の知らせか何かなのだろうか。双子で時々あるという、その感覚なのかもしれない。

「弟にはさ、僕が血を流し込んだから」

 私の疑問を察しての答えなのか、髭切が口を開く。けれどその答えは、それだけで納得できるものではなかった。
 唐突すぎるその言葉の意味が分からず、思わず「え?」と聞き返してしまうと、彼は悩むように「んー」と唸り、言葉を発した。

「僕達が仲間を増やす時って、どうやると思う?」
……咬みつく、とかですか?」
「ううん。それじゃ、ただ相手の血を貰うだけだよ。仲間にする時は、僕達の血を流し込むんだ」
「流し込む……
「そう。弟には、僕の血を流し込んでね」
「それじゃあ、膝丸さんは元々人間だったんですか?」
「うん。それを言ったら、僕も元々はそうなんだけど」

 その言葉に驚く私をよそに、彼は続ける。

「そんな訳で弟には僕の血が流れているから、彼が散ったら僕にも分かるって事」

 髭切はそう締めくくった。
 何がどうして、そんな訳なのかはっきり分からなかったけれど、とりあえず膝丸の安否は確認が取れているらしい。
 その事に、内心どこかで安堵する自分がいた。そこで、ふと気づく。
 無意識でのその感情は、彼を心配しているものに他ならない。
 やっぱり怖い存在でも心配の気持ちが上回るのだと、驚きつつ再確認していれば、髭切の声が再び届く。

「君ってさ、本当に分かりやすいよね」

 笑みを含んだ口調だった。こちらを振り向く彼の口元は、弧を描いている。
 一体どこからそう感じたのか分からず、そもそも分かりやすいという事が良い事なのかも、分からない。

「そう、でしょうか。ありがとうございます」

 何に対してお礼を言っているのか自分でも分からないまま、とりあえず差し障りない返事を返すと、彼はどこか楽しそうに笑っていた。

 終始髭切に手を引かれたまま、結局二人だけで帰宅した。途中、膝丸と合流するのかと思いきや、そうではなかったらしい。
 家に着くと、髭切から先にシャワーを浴びるよう勧められた。

「シャワー先に浴びておいで。約束通り夕飯作ってあげる」

 そうニコやかに言われるも、素直に、はい、とは言えなかった。まさか、あの言葉が本気だったとは。
 驚くと同時に、けれど飼われている立場だという自覚が、先にお風呂を貰う事への遠慮を生んだ。何度か彼の提案を丁重にお断りするも、なかなか引いてくれない。終いには、背中を押されてお風呂場へ強制的に誘導され、結局お言葉に甘える形になってしまった。
 湯船に浸かってゆっくりしたいものの、先程までの恐怖のせいか、一人で居るのが無性に怖い。こうしている間に、カルト集団の一味が家に入り込んできたらどうしよう。お風呂場の窓ガラスを割って、侵入してきたらどうしよう。相手は残虐な連続殺人グループなのだから、何があってもおかしくない。そう考えると、のんびりお湯に浸かるなんて出来なかった。
 見えないものに怯えながら、手早くシャワー浴びる。流れ出るお湯を頭からかぶり、今日一日の事と、これからの事に考えを巡らせた。

 これから、本当にどうなるのだろう。髭切は、私の存在がカルト集団に明らかになったと──その為に私が狙われたのだと、そう言っていた。それなら、これから毎日、命の危険性に怯えていなくてはいけないのだろうか。常に、殺されるかもしれない、という感覚に纏わりつかれながら、生きていかなくてはいけないのだろうか……

 そう思えば、恐怖心と共にやるせなさが込み上げてくる。
 どうしようもなく、泣きたい気持ちに駆られる。けれど、そこまで考えて、ふと髭切とのやり取りを思い出した。
 もう怖い思いはさせないようにする、と、そう言った彼の言葉は、揺るぎの無い芯の通ったもので。その時の表情は、他の可能性を一切受け付けないような、頼りがいのあるものに見えた。
 そんな彼の姿が脳裏に浮かんだ途端、不覚にも、ぎゅっと胸を締め付ける感覚が走る。それは淡く、切なさを伴うもの。
 この感情は、まるで……とそこまで考えて思考を中断した。思わぬ感覚に、この気持ちは勘違いだと頭を振り、早々にシャワーを済ませた。

 洗面所から廊下へ出れば、食欲をそそる良い香りが鼻先を掠めた。思わず、奥に位置しているダイニングキッチンへと目をやる。香りの根源となっているその場所にいるのは、髭切のはずであり、この香りを作っているのも彼のはずだ。
 彼は、料理ができるらしい。
 何となくその事が意外で驚いていると、突如、玄関から音がした。肩が跳ね、反射的に視線を向ければ、黒いフードを被った人物が目に入る。靴を脱ぐために俯くその人は顔が見えないけれど、脳裏に浮かぶのは一人しかいなかった。
 髭切と同じような漆黒のパーカーを着た膝丸は、私に気づくと、フードの下から顔を覗かせる。
 いつもより、一層冷たい視線。
 殺気を纏うその視線で射ぬかれ、体が硬直した。

「お帰り。遅かったね」

 固まる私の背後から、髭切の声がした。振り返れば、彼はもう先程のパーカーを脱いでいて、杢グレーのエプロン姿で膝丸を出迎える。

「大変だった?」

 髭切の問いに、膝丸は「いや、全く」と首を横に振った。

「ただ、幹部に厄介なのが居そうだな」
「誰かとお話してきたの?」
「ああ。少々面倒な事になるかもしれん」
「へぇ」

 膝丸の報告に、髭切は口角を上げて挑発的な笑みになる。その瞬間、一気に空気が冷えた。二人は私を挟んで会話をするため、居心地の悪さが生まれる。

「兄者の方は……問題なかったようだな」

 玄関から上がってこちらへ近づく膝丸は、そう言いながら私を見やった。色素の薄い瞳に捉えられ、身が竦む。
 彼の視線は、どうしても背筋が凍るものがある。いくら彼の身を心配していたとはいえ、やっぱり恐れの気持ちは拭えないらしい。

「それより兄者、どうしたんだ、そんな格好をして」

 膝丸は私から視線を外すと、髭切に問いかける。その際、私の前を通りすぎた彼からは、予想通り微かに血のにおいがした。

「ああ、これ? 今夜は僕が作ろうと思って」
……そうか」
「もう出来るけど、お前も食べる?」

 その言葉に、膝丸は考えるように間を空ける。どう返事をするのか見守っていると、彼は「そうだな」と呟いた。

「兄者の手料理なんて久しぶりだからな。頂こう」
「うんうん。ちゃんと用意してあるから。とりあえずシャワー浴びておいで」
「俺はこのままで構わないが」
「そんなに血の匂いをぷんぷんさせてたら、あの子が怖がるだろう」

 言って、二人は私を見る。穏やかな笑みの兄に対し、弟は眉をしかめ、むすっと口を結んだ。
 血のにおいをさせていても何でもいいから、話題をこちらに振ってほしくなかった。

「私は、大丈夫です。お気遣いなく……

 発した言葉は、いつも通り、語尾が弱々しいものだった。もっと堂々と話したいと思うのに、膝丸を前にするとどうしても畏縮してしまう。
 膝丸はしかめっ面のまま、鼻で一つ息をした。
 そしてそのままお風呂場へ足を向けた彼は、どうやら先に血のにおいを洗い流してくれるらしい。

「冷めちゃうから、なるべく早くね」

 髭切は先にシャワーを勧めたくせに、ずいぶん奔放な注文を弟の背に投げる。
 そんな兄の言いつけを律儀に守り、想像以上に早く上がった膝丸とは、この日、初めて食卓を共に囲む事になった。

 彼がこの日、初めて振る舞ってくれた手料理はオムライスだったのだけれど、それはもう、プロ顔負けの出来栄えに度肝を抜かれた。
 髭切が鼻歌混じりで卵にナイフを入れた次の瞬間、トロトロの半熟卵が、ご飯の上を滑るように広がる。その様子には感動を覚えた。すごい、と、感嘆の言葉を溢したぐらいだ。
 その卵の様子を見ていた膝丸も、目をまん丸にして凝視していたものだから、そんな彼の可愛らしくも見える表情は意外で、思わず二度見してしまった。もちろん、目が合う前に急いで視線を逸らしたけれど。
 見た目からして驚きの満ちたオムライスは味も絶品で、彼らの味覚は本当に私と違うのかと、疑いたくなるくらいだった。

 そんなこんなで意外な一面を披露してくれた髭切は、その日を境に、時折料理してくれるようになった。料理を作っておいてくれたり、手伝ってくれたり。
 なんて出来る男性なんだ、これならさぞかし女性にモテる事だろう、と思うも、彼が人外だという事実を思い出す。
 もしかしたら、料理上手なのも、人間の懐に入りやすくするためかもしれない。それに彼は元々、この料理という作業が嫌いじゃないのだろう。
 彼らが早めに帰宅している時、私が料理をしていると、気まぐれにふらりとキッチンへ来る事がある。その時は決まって、彼の手にはあの杢グレーのエプロンがあった。
「今夜は何?」そう言いながらエプロンを着用し始める彼は、どうやら今回も手伝ってくれるつもりらしい。

「今夜は、鯖の味噌煮にしようかと」
「和食か。うん、いいねぇ」
「あの……今日は私が作るので、ゆっくり休んでて下さい」

 そう言うも、彼は「今日はそんなに疲れていないよ?」と肩を竦める。

「和食もそこそこ作れるんだ。だから、君の足は引っ張らないと思うけど」

 目元を細めて上機嫌に笑う彼は、白いワイシャツの袖を捲る。たったそれだけの動作なのに、妙に様になって見え、思わず目を逸らした。
 あの日、手を繋がれたあの時から、私の心境はどうにもおかしい。

……髭切さんは、料理上手ですよね。びっくりしました」

 自分の気持ちを紛らわすように、この動揺を悟られないように話題を振ってみる。

「そう? まあ、長く生きてるからね」
「味って分かるんですか?」
「んー。僕達の味覚で美味しいかはあんまり分からないけど、こんなもんかなっていうのは分かるかな」

 下準備を進めながら話す彼は、やっぱり手際がいい。そんな彼の姿をまたもや注視しそうになって、慌てて自分の作業にかかった。

 髭切が料理をした時は、必ず膝丸も一緒に食事をした。あんなに人間の餌がどうこう言っていたくせに、兄が作るものは別枠らしい。
 髭切と膝丸と、私と。
 三人で食卓を囲むのは、どこか落ち着かない。けれど、髭切と二人っきりの食事もソワソワするものだから、この時ばかりは膝丸が居てくれて良かったと、少しばかり思う。
 二人とも、さすが日本にいる期間が長いだけあってか、箸使いがとても綺麗だった。
 膝丸をちらりと横目で見れば、彼は魚に箸をつけるところだった。身を箸先で器用に分ける様子を、そっと盗み見る。
 冷たい瞳は伏せられた睫毛に覆われ、箸を口に含むその動作は、とてもしなやかだった。こうしていると、思わず見惚れてしまいそうになるんだけどな、なんて思っていると、彼は口を動かしながら「ん?」と声を漏らす。

「美味いな」

 一言。呟いただけのその一言が、やけにはっきりと耳に届いた。
 こっそり盗み見ていたことも忘れ、弾かれたように膝丸を見ると、それに驚いたのか、彼は珍しく目を見開いてこちらに顔を向ける。
 お互いがただ瞬きだけをする数秒間、沈黙を破ったのは髭切だった。

「その煮付け、この子が作ったんだよ」

 にこやかな声色でそう言えば、膝丸は唖然とした表情で髭切を見た。
 しばらく疑問符を顔に貼り付けていたものの、やっと言葉を呑み込めたらしい彼は、ゆっくり私へ視線を移す。
 その動作に私も我に返り、反射的に俯いてしまった。
 しまった、あからさまだったかもしれない。そう思うも今更顔を上げられず、とりあえず「ありがとうございます」とだけ呟く。美味しいと言ってくれた事へのお礼だった。
 膝丸から「……いや」と困惑したような返事が返ってくる。

「ほら、言っただろう? カレーも美味しかったのに。お前は損をしていたねぇ」

 髭切の、どこか呑気な声が聞こえる。なんとなく、嬉しいような、気恥ずかしいような感覚を誤魔化すように、味噌煮を口にせっせと運んだ。
 うん。自分でも美味しく出来た、と思う。良かった……
 そう考えていれば、髭切は「良かった良かった」と笑った。

「これで、来週は安心して出掛けられるよ」

 そんな彼の言葉に、顔を上げる。

「え……どこか、行かれるんですか?」
「うん。ちょっと野暮用で、三日間だけね」
「そうですか」

 三日間、彼らは留守にするらしい。という事は、その間だけ彼らから解放されるという事になる。
 久しぶりに貰えた休日のように、心が軽くなっているのを感じていると、髭切は「だから」と続けた。

「弟と留守番、よろしく頼むよ」

 にっこり微笑んで、彼はそう口にした。



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@okan0424
ドキドキしました。膝丸尊い
2017-05-22 21:12:35
@ayame0601s
わーっ!爽佳さん…!!いつもふぁぼをありがとうございます
2017-05-22 22:18:05

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