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井伏鱒二が転生した頃の話

全体公開 2440文字
2017-05-28 23:52:37

合同誌の原稿用だったんだけど序盤長いよと言われたのでさくっとカットしようと想って
でも勿体ないので載せておく

なお、同人原稿なのでいつもの奴と違って原稿モード(改行とか

Posted by @akirenge

「見つけたよ」
 白亜の深海世界で、時折、平仮名だけがふわりと浮き上がる場所に彼はいて、
目の前には少年が居た。
明るい茶髪に、黒を基調とした赤いチェック柄も入っているキャスケット帽を被った少年は
笑顔を見せる。

「ボクは宮沢賢治。探していたんだ。――さん」

名を呼ばれた男は自分よりも背の低い賢治が自分を探していたこと、
かつての弟子やら知人や師匠も居ると言うこと、
これからやるべきことを矢継ぎ早に伝えてくる。

「探されていたんだな」

「ボクで失敗したら借金苦チャレンジに行くところだったんだ」

「借金苦チャレンジ……

とは一体何だろうとなる。
賢治は、彼に手を差し出した。

「行こうよ。みんな、待ってるよ」

待っている。そう言われて、

「ああ。行こう」

井伏鱒二は、その手を取った。


 帝國図書館の敷地内は非常に広い。
転生したばかりの頃、案内をしてくれたのは自分を連れてきた賢治と師匠である佐藤春夫と
弟子である太宰治であった。非常に騒がしかったことを覚えている。
井伏鱒二の今世での職場は帝國図書館分館と呼ばれている場所だ。
近代文学を中心に集めたとされている図書館は文学書を侵蝕した謎の敵、
侵蝕者と戦うための図書館でもある。

「新刊準備終わり、と」

「今日は大分、多いようだな」

「リクエストの本を吟味してるとは言え、図書館として……とかあるらしくて」

ブックトラックと呼ばれている本を乗せて持ち運びしやすくするスチール式の丈夫な
簡易本棚に特務司書の少女は本を乗せていた。鱒二は重い本を乗せるのを手伝っている。
今日の助手は鱒二だ。
帝國図書館分館は帝國図書館でありながらある程度独立している場所だ。
購入する本は鱒二のような文豪達のリクエストを聞いたりして選んではいるが、
図書館としての立場などを考えたりすると全てを叶えられるわけでもない。
全集などは優先して集められているが図書館とて文学書だけを扱っているわけではないのだ。
本当に欲しい本ならば文豪達は出ている給料から買うものの、
それでも、文豪によっては金が足りないとかある。
伝聞状態なのは司書としての管理は別だからだ。特務司書の少女もそこそこにしているがメインの管理者は別にいる。
 特務司書の少女がブックトラックを押そうとしたが重いらしく進み方がゆっくりだ。
鱒二が代わりに押す。購入された本はジビエ教本だったり、
美術書だったりと分厚くて重い本ばかりだ。

「よく頑張ったな」

「ありがとうございます」

褒めれば、照れくさそうに少女が微笑む。師匠である佐藤からも彼女のことはよく見ておくようにと言われている。アルケミストという特殊能力者であり、鱒二達を転生させた超本人だ。

「司書、潜書終了だ。補修の方を頼む。俺はそこまで侵蝕されていない」

「はるさん」

「佐藤先生」

 ブックトラックを準備し終わると、佐藤春夫が特務司書の少女に声をかけた。
佐藤は鱒二の師匠ではあるのだが、転生した今では鱒二の方が老けて見える。佐藤の生前は若々しい。
 特務司書の少女が着ている着物の袴から洋墨の瓶を取り出す。佐藤は慣れた様子で本を出した。右隅の方が僅かに黒ずんでいる。この本は文豪が必ず一人一冊持っている不思議な本だ。特務司書の少女が洋墨を本にかけると黒が消え、元通りになった。今回の潜書はそこまで被害が出なかったと佐藤が説明する。

「補修室で他の皆も治療してくる。終わったら鱒二さん、山月記ね」

そこまで被害が出ないとは言え、被害は被害だ。特務司書の少女が補修室へ行くのを鱒二は見送った。
山月記は中島敦の著作であり、侵蝕者に侵蝕された有碍書の一冊だ。レベリングにふさわしいとかで低レベルの者はそこで鍛えるようになっている。

「すまないな。彼女の面倒を見て貰って」

「いいえ。今日は助手ですし。佐藤先生が面倒を……

「読書の時は管理してるというか、他の連中が本を薦めまくるんだよ。司書は義務感で読もうとして前に大変だったんだ」

 今のところ、鱒二は一番最近転生した文豪だ。特務司書の少女については程度の差はあれど、文豪達は彼女のことを気にしている。危なっかしいところがあったりするらしい。佐藤は特務司書の少女読書の管理をしていた。管理と言っても読書をしているときにそばで見守っている状態だ。他の連中と口にした佐藤がつかれたような表情を浮かべている。

「疲れているようですが」

「太宰が転生した頃で、司書は俺と太宰のことを聞いてそっと太宰の分厚い全集を差し出して、これで俺が太宰の頭を殴っても許されるとか……色々あったんだよ」

 太宰は太宰治、佐藤とも、鱒二とも関わり合いの深い文豪だ。鱒二の弟子でもある。鱒二の師匠は佐藤であるがこの辺はやや複雑だ。天清純派というと佐藤が先で、……と言うか有碍書を浄化していたら佐藤が現れたらしいが……次が太宰だ。太宰は借金苦チャレンジと称される石川啄木に有魂書を潜書させたら転生したと言う。
 迷惑度合いで言えば鱒二にしろ佐藤にしろかなり太宰の被害は受けている。当の本人は今、この場には居ないが。

「彼女と太宰は」

「精神年齢的に近いというか悪友通しというか、友人通しだよ」

 転生した文豪達には転生年齢というものがある。これによって武器がどんなものかも変わってきたりする。鱒二は佐藤の弟子だが、転生年齢は鱒二の方が上だ。

「司書については気に掛けるようにはしますよ。どうも彼女は、誰かに頼ることが苦手であるようなので」

「色々アイツも複雑なんだよ。……俺たちもだけどな」

 転生して文学の世界を毒する侵蝕者と戦うこととなって、生前はと言うと色々とあった文豪達だ。特務司書の少女も事情が複雑であるようだ。佐藤の苦笑いに鱒二は力を抜いた笑みを浮かべるしか無かった。


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