ads by microad

ある大佐の昔話

新矢 晋@企画用
Publish to anyone
2017-05-31 00:08:05

※ご都合設定てんこもり&予告なくこの設定は変更される場合があります



 H&S金融。ここ数十年で台頭した金融会社、平たく言えば規模の大きな金貸しである。その創設者であるヒュランデル氏は既に息子へ社の権限の大半を譲ってはいたが、家中での影響力についてはまだまだ大きかった。
「なあ」
「ん?」
 大きな長机で二人だけの晩餐をすませ、ヒュランデル氏はまだ若い――幼いと言ってもいい――己の孫に話しかけた。
「お前、軍人になる気はないかい」
「ぐんじん」
 祖父の言葉を繰り返してから、孫は吹き出した。
「軍人なんて僕には向いてないよ、ああいうところって色々厳しそうだし。急にどうしたの」
「うちからも軍人の一人も出しておく頃合いかと思ってなあ。年頃的にはお前たち世代がちょうど良いんだが」
「うーん……僕たち兄弟も従兄弟もあんまりそういうの向いてない性格の奴ばっかりだもんね。兄さんには向いてそうだけど、もういないし」
 溜め息混じりに頭を振った祖父を見て、孫は少し黙ってから首を傾げる。葡萄のような色をした目が、じっと相手を見た。
「どうしてもいるなら、僕がなろうか。まあ皆の中だと僕が比較的マシな方じゃないかなと思うし」
 祖父は顔を上げ、孫の顔を見た。目が合うと、孫は困ったように笑う。
「……そうか。いつも貧乏くじを引かせて悪いなあ」
「次男なんてそんなもんでしょ」
「なるべくお前に向いた部署で働けるようにはしてやるからな」
「うん、お願い」


 学校への入学手続きが終わり、いよいよ明日から登校となった夜。ヒュランデル氏は孫を呼び出し、真剣な面持ちで口を開く。
「ラウリィ。お前、本当にいいんだな?」
 そして念押しのようにそう問われ、孫はきょとんと瞬きをした。
「だって、僕しかいないじゃない」
 ……積極的にやりたいわけではないが、他にやりたいことがあるわけでもなく、やりたくないという明確な拒絶感もない。己の立ち位置もやるべきことも自覚していて、それに甘んじることに全く抵抗のない子供。
「大丈夫、任せて。知ってるでしょ? 僕、器用さなら兄さんより上なんだ」
 浮かべられた微笑は、まだ二十歳にも届かない子供にしてはひどく大人びていた。


  ※  ※  ※


 ――ヒュランデル氏の孫、成金の御曹司、ラウリィ・ヒュランデル。それが僕の持っている記号だ。そこにこれからは軍人という記号が足されることになるのだな、と考えることに特に感慨はなかった。
 ……学校での成績はそこそこ優秀だった。勉強自体は苦でないし、入学前のイメージよりは周囲の人間も普通だった。それなりに友人も出来たし、軍人という職もやってやれないことはないだろうと、思っていた。


「……大尉かあ」
 配属されてから数年が経った。特に優れた功績をあげているわけでもなのに昇進させられ続ける理由はだいたい察している、なるべく間に人間を挟まず直接上に予算書を提出出来るようにだ。
 つい先日貰ったばかりの階級章を弄りながら廊下を歩き、食堂を通り過ぎようとしたところでふと聞き覚えのある声が耳に届く。見回すと、食堂の隅の円卓で同期たちが歓談しているようだった。
 近寄ろうとして、
「……そういえばラウリィの奴、もう大尉だって」
 自分の名前が聞こえ立ち止まる。思わず柱の陰に隠れた。
「はー、早いな。規則を逸脱しない範囲での最速じゃないか」
「まああいつも色々家の都合とかあるんだろうな、でも……なんていうか、やりづらくない?」
「わかる。敬語使った方がいいのか?」
「本人は気にしないだろうけど、建前というか、周りへの体裁ってあるもんなあ」
 ――ああ。
 そのとき感じたものがなんだったかはいまだにわからない。疎外感が一番近い気がするが、失望や諦念にも似ていた。
 いっそ悪し様に扱き下ろされていた方がしっくりきたかもしれない。彼らには一切悪意はなく、単純に困っているだけで、それがひどく……ひどく空しかった。
「……、」
 声をかけようとして、やめる。僕は彼らを友人だと思っているし多分向こうもそう思ってくれているだろう、今のところは。困らせたくはない。柱の陰から陰へ渡るようにしてその場を立ち去るのが、なんだかスパイみたいで笑えた。


 それから更に数年後。同期の面々とは疎遠になってしまったままだ。付き合いづらいのはわかるし、仕方のないことだろうと思う。僕は元来社交的な方であるから同期以外の友人と呼べる人間もいて、別段寂しかったりはしない。ただ、残念だ、損失だ、とは思う。
 中佐となっていた僕はある日上官に呼び出された。……呼び出された理由に察しはついている。明るい室内で、相手と差し向かいに座って、目の前のティーカップからはゆらゆらと湯気があがっている。
「来年度から大佐だ」
 おめでとう、とのたまう相手がまったくめでたく思っていないことくらいはわかる。結局のところ僕は事務処理がスムーズになるから記号として階級を与えられているだけで、軍人として評価されたわけでもなにかを期待されているわけでもないのだ。
 ……期待されても困るのでは、と問われるとその通りではあるし、僕の本分は明確に別のところにあるのだからそれを行えばいい。僕は軍人でも商人でもない宙ぶらりんの状態のまま、女神の横顔に祈りを捧げるのだ。
「……誠心誠意、国のために働かせて頂きます」
 唇に乗せた微笑は、自然なものだったと思う。


《幕》


ads by microad

You have to sign in to post a comment or to favorites.

Sign in with Twitter


Profile
新矢 晋@企画用 @sin_niya_b
Share this page

ads by microad


Theme change : 夜間モード
© 2020 Privatter All Rights Reserved.