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力を持つものは、その力を振るう義務がある

全体公開 6226文字
2017-05-31 02:33:20

ブランシェ・エッカルトの過去話

――終わりは、突然だった。

 ここは、さほど規模の大きくない、小さな一都市。大きな森に囲まれ、大都市間に位置するこの街は、行商人の休憩地から始まった。そのうち、丁度中間地点にあり大都市へのアクセスが便利だということで人が集まり、徐々に大きな街へとなっていった。人口が多いから街と呼称されてはいるものの、のんびりとした田舎町と大差なく、特に凶暴な魔物が出現することもなく、変わり映えしない、だが平和な毎日を送っていた。

 しかし、凶暴な魔獣が出現しないといっても、辺りを森に囲まれている以上魔獣への防衛手段は必要になる。小規模ながら軍という組織が出来上がるのは当然だった。主な仕事は街の中の治安維持。軍というよりは警察に近い組織ではあったが、産卵期などで凶暴になる魔獣への対処をするなど、有事への備えは問題なく出来ていた。そんな中、街の中でも有力な商人の家に生まれた俺は、街の中ですくすくと育っていった。父親が外の街から買ってきたチェスにはまり、ひまさえされば父親とチェスをする生活。もともと頭がよかったこと、また、チェスやパズルなど頭をよく使う遊びをしていた俺は、同年代の子供たちよりも一歩抜きんでた成長をとげ、10歳になるころには周りの子供たちのまとめ役となっていた。

 小中高と学年トップの成績で卒業、その成績を買われ街の中から、いや、街の外からも様々な仕事のオファーが飛んできたが、俺はその中で軍に入ることを選んだ。金を稼ぐことなんてこの町の誰にでも出来る。だが、この街の安全を守るのは、優秀な人材である自分の役目だろう、と。

 軍に入ってからは軍事学、特に戦術学や兵棋演習などを中心に学び、この街の将軍の参謀となる。その時両親からもらった軍刀は、俺のためにわざわざ採算度外視でオーダーメイドしてくれた特別性。見せびらかすような事はしないが、軍刀をもらって以来、片時もこの軍刀を手放した事はない。そしてこれからもないだろう。

 そんなあるとき、街の中で同年代の奴が、女神から勇者の印を授けられた。おどおどとしていて、すぐに物事から逃げ出す癖のあるやつだが、当然街は大騒ぎ。飲めや歌えやの大宴会が日中夜行われた。街の人口の7割が商売を生業としているからか、いたるところから食料や飲み物が出てきてひどい大騒ぎになった。いつもの日常では考えられないそれは、まるで消える直前のろうそくの灯だったのかもしれない。

 宴会の次の日の朝。一瞬、街を覆う壁に強い衝撃が走った気がした。酒はそこまで好きではないのに、宴会だから、めでたいからと理由をつけ半ば無理やり飲まされたせいか、二日酔いで頭がガンガンする。

「ぁぁぁぁ……頭がいてぇ……。おいブランシェ、今何か揺れなかったか……?」

 この街で一番の親友であるこのアホも、先ほどの振動に気づいたらしい。俺以上に酒を飲まされたこいつは、二日酔いどころか三日酔いの勢いで、顔が死んでいる。いつもならば笑い飛ばすところだが、念のため外の確認を行わねばならない。

「俺も揺れを感じた。勇者が出来たとはいえ、まだ役に立つかどうかもわからん。万が一のこともある。確認しに行くぞ。」

 今ではすっかり着慣れた軍服に袖を通し、愛用の軍刀と平常時に使う軍刀を腰から下げる。両親からもらった大事な軍刀、片時も手放したくはないが、かといって使って汚れたりするのも嫌だ、と、軍から特別に一本軍刀を支給してもらっている。そして、自分の筋力で扱いきれる最大限の強さを持つハンドガンを服にしまい、いまだにベッドから動こうとしないバカをたたき起こし、街の外へ出る。辺りに異常がないか確認していると、ありえないものが目に入ってきた。

「なぜだ……。なぜ、街の中に魔獣がいる!?」

 防衛のために四方を壁で囲っているこの街の中で魔獣を見かける理由は一つしかない。どこかの壁が、魔獣に壊された。

「俺は今すぐ軍の本部に向かう! お前は付近の住民を避難させろ!」

 親友に指示を出すと、返事を待つ間もなく本部へと向かい始める。徐々に街のいたるところから悲鳴が出てき始める。街全体が以上に気づき始めたのだ。混乱が起きないように、出来る限り周りの人々を安心させつつ、息を切らしながら軍の本部へと飛び込むと、突然の出来事に本部は大混乱に陥っていた。いたるところで罵声が飛び交い、一秒でも早く出されなければならない命令が出されない。命令を下す人間が混乱していたり、昨日の宴会の影響か、そもそも軍の本部に人の数が少ないのだ。

「ブランシェ! よく来た! 今この場に将軍がいない以上、現状の最高指揮権を持つのはお前だ! 命令をよこせ!」

 入ってくると同時に飛んでくる言葉。少しぐらい自分たちの力でどうにかできないのか、と苛立ちを覚えながらも、現時点でわかっている情報を整理する。

「魔獣が入り込んできたのはA3地点。時刻は0743。角の生えた大型魔獣が、何度も頭突きを市壁を破壊しました。」

「続いて10分後にC1地点。同じく10分後にE3地点。そして最期にC5地点。現在確認できているかぎりでは以上四か所から魔獣が侵入してきています。」

 軍では街を5×5、合計25マスに区切って管理をしている。楯のラインに数字、横のラインにアルファベットのAからEをあてはめているのだ。

「お前たち、おかしいと思わないのか。」

「おかしい、と言いますと?」

「いくら混乱しているからとはいえこんな違和感にも気づけんのか馬鹿者が! いいかよく見ろ。A3、C1、E3、C5。この地点を結ぶときれいなひし形が出来上がる。更に魔獣が侵入してきた時間帯がきっかり10分単位? そんなことが偶然で起きるわけがなかろうが! どう考えても何者かが魔獣を操っていると見るべきだろう!」

 俺の言葉が響き渡ると同時に、軍の本部が一瞬静まり返る。だが次の瞬間、本部はさらなる混乱に包まれた。

「誰だ!? 一体だれが魔獣を操っているんだ!」

「街の人間の名簿を洗い出せ! 怪しいやつがいるはずだ!」

「貴様らは馬鹿か!そんなことをしている場合ではないだろう! 今現状で優先すべきは魔獣の対処だ! だれがやったかなぞ悠長に洗い出ししている間に街が亡ぶわ! しかも、近町の住民のしわざとなぜ決めつける! 外部犯の可能性をなぜ考慮しない!」

 必死に叫ぶも、混乱に陥った軍の人間には効果がない。指揮系統が混乱していく中、新たな情報が次から次へと舞い込んでくる。

「B3地点、魔獣に制圧されています!」

「C2地点、魔獣による被害多数!」

「D3地点もうだめです! 援護を、援護をください!」

「C4地点の援軍から応答がありません! C4! C4! 応答しろC4!」

 街の中心にあるこの本部に向かって、魔獣が一直線に向かってきている。明らかに何者かの意志によって操られている魔物がこの本部を目指しているのは当然だ。俺が敵の人間ならばまず最初に頭をつぶす。指揮系統を失った敵の集団なぞ恐れるに足りない。ならばここは敵の策に乗った上で、最大限有効な返しの策を打つこと。このまま部隊を孤立させたまま魔獣と戦わせるぐらいならば、街の人間を最大限本部に非難させた上で、残った前線力で四方向からの進行を食い止める。本部には万が一の備えでガトリングなども用意している。それで出来る限り籠城戦をしながら、勇者や重火器を使ってまとまった魔獣をつぶす。四方向からくる魔獣を撃破するより、一か所に固まった魔獣に攻撃したほうが攻撃の効率もいい。

「おい! 今この場に勇者と連絡がとれるものはいるか!」

 数秒待つも、誰からも返事が来ない。

「もう一度聞くぞ! 誰か勇者と連絡がとれるものはいるのか!」

 先ほどと同じく、誰からの返事も来ない。

「くそったれが! なぜ連絡が取れない!」

 勇者と連絡がとれないならまだしも、いまだに勇者に関する報告が一件も入ってきてない。苛立ちはするが、使えないものは仕方がない。ならば現状ある手札だけで何とかするしかあるまい。

「戦況を目で見るために一度屋上にいく。誰か護衛についてくれ。」

 四方向からの物量作戦。だが、分散した戦力を一か所に集める以上、何らかの手段で戦力が大量に削られることは相手も考慮しているはず。ならば、これが全てではあるまい。遊撃戦力があるはずだ。それはどこからくるか。他の地点から侵入させては意味がない。目標地点が街の真ん中の此処である以上、どこから侵入させても最終的にはこの軍本部で部隊に合流してしまうからだ。だが、一か所だけ例外がある。それは……


「屋上だ。」

 空からの攻撃。二次元空間でしか展開されていない戦いに、空からの攻撃を加える。効果は甚大だ。敵の戦力を一気に集中させたうえで上からたたく。俺ならばそうする。わざと籠城戦をさせることで空からの攻撃を誘い、これを撃破。これさえ出来ればまだこの戦いに光明が見えてくる。敵の戦術を破ったことによるこちらの士気の高揚および敵の士気の低下。空からの攻撃の一番厄介なところは、奇襲にある。そこさえしのいでしまえばあとは群がってきた魔獣を最大火力で叩き潰せばいい。いける。街を守れる。

 そう思いながら屋上へと出てきた俺の目に映ったのは、視界すべてを覆うほど魔獣の群れだった。

「なんだ、これは……。」

 これでは、意味がない。キリがない。単純に、純粋な数の暴力で、削り殺される。無理だ。これは、勝てない。

すぐさま踵をかえし、司令部へと戻る。撤退だ。これは勝てる戦いではない。この街から脱出し近くの大都市へと逃げ込むんだ。生き残るためには、それしかない。

そう思いながら司令部へ飛び込むと、地獄が生まれていた。敵はどうやら空だけではなく、地下からも攻撃をしかけさせていたらしい。司令部の床には大きな穴が開き、そこから徐々に魔獣が湧き出てきている。辺りを見渡すと、今まで一緒にすごしてきた同僚の、半分だけになった顔がこちらを見ていた。一切の光を移さないその瞳に、一瞬自分の姿が重なる。

「ああ、あ、あああああああああ!!!!!」

 明確に迫ってくる命の危機。死、という単語が目前にある時、冷静でいられる人は果たしてどれだけいるのだろうか。目の前の現実を否定するように、無意識に悲鳴が口から洩れる。それを聞きつけた魔獣が、口から臓物をこぼしながら俺のほうへ走ってきた。

「くるな、くるなぁ!」

 魔獣図鑑でよく目にする魔獣。弱点は鼻頭。何度も何度も繰り返し頭に叩き込んだその知識が、身体を無理やり動かす。腰に下げた軍刀を抜き、全力で魔獣の鼻頭をたたき切る。自らの手で魔獣を殺したその事実が、自分を少し冷静にさせてくれた。

「総員に告ぐ! 直ちに撤退せよ! 己の命を守れ! 近くの街へと逃げこめ!」

 大声でその場にいる全員に指示を出す。勝てない以上、最優先事項は己の身の安全。幸か不幸か、辺りにいる魔獣はすべて図鑑で弱点を頭に叩き込んでいる魔獣ばかり。最大限戦いをさけながら、緊急時の脱出通路へともぐりこむ。そのまま、ただひたすら走る、走る。思考に回す力すらすべて足へと伝え、ただひたすらに、がむしゃらに走る。両親は脱出してくれているはずだと。親友が守ってくれているはずだと信じて、走り去る。はたして数時間なのか数分なのか。永遠にも一瞬にも思いながら、近くの森の先にある岩穴へと脱出することができた。

「生き残ったのは、これだけか……。」

 3人。自分を含めて、あの場にいた人間でここまで逃げ伸びることが出来たのはたったの三人。助かった事実に力が抜けそうになるが、まだ終わってはいない、ともうひと頑張りしようと思ったその時。

 隣にいる同僚の右腕が、消えた。

 赤黒い血が顔にかかる。次は、脇腹が消えた。巨大なミミズのような生物が、同僚を食っていく。生きたまま。ゆっくりと。いやだ、死にたくない、と悲痛な叫びが聞こえる。だが、この魔獣の弱点は知らない。こんな魔獣、見たことがない。ならば、俺は、この魔獣に勝てない。身体が動く。この場から逃げ去ろうと。心では助けなければと思っているのに、頭では、この場の最適解が同僚をおとりに逃げ伸びることだと告げている。そして、心は、肉体に干渉する力がない。この場にいるもう一人の同僚と、必死に逃げる。この岩壁から脱出すれば目の前には都市が見えるのだと。走る。助けてくれ、という声から必死に逃げる。魔獣から逃げる。逃げて逃げて逃げて、都市にたどり着いたとき、その場には自分しかいなかった。

 門番が血まみれの俺を見て、中へと通してくれる。そのままこの都市の軍の人間に話を通すと、部隊を編成して自分たちの街へと向かってくれるという。そして、5時間後。部隊の編成が終わり街へとついたときには、すべてが終わっていた。物音ひとつしない、死んだ街。中にいる住民は軒並み食い殺されている。まだ人間を食べている魔獣が少し残っていたが、それは軍の人間に処理された。そして、自分の家へとつく。押し破られもはやドアの役目をはたしていない痛きれをよけながら中に入ると。親友と両親の死体が転がっていた。両親にかぶさるように親友の死体が残っている事を考えると、最期まで自分の両親を守ってくれたのだろう。がさり、と物音がする。振り返ると、この街の勇者がそこに立っていた。

「お前は、何をしていた。」

…………怖くて、その……に、にげ」

 勇者はそこから先をいうことはできなかった。俺が思い切り殴り飛ばしたからだ。

「い、痛いじゃないですか!? なにを」

 わめく勇者の胸倉をつかみ、壁にたたきつける。

「この惨状をみろ! お前が、この町の中で誰よりも力をもっていたお前が力を振るわなかった結果だ!」

内臓を食い荒らされた死体。首から上が無くなっている死体。地面には足だけが落ちている。派手にぶちまけられた血しぶきだけが残っている壁。石をひっかいたあとと、その先にある爪がすべてはがれている手。

「お前が! お前が! お前が! お前が!」

 勇者を殴りつける。何度も何度も殴打する。

「お前が!」

俺が。

「殺したんだ!」

死なせた。

「力を持っていながら!」

力が足りなくて。

「その力を振るわないで!」

力をふるっても意味がなくて。

「自分一人だけ!」

俺一人だけ。

「臆病な心に負けて!」

臆病な知恵に負けて。

「その結果がこれだ!」

その回答がこれだ。



力を持つものはその力をふるう義務がある。力を持たないものには何かをいう資格などない。この世は弱肉強食。持たざる者は搾取される運命にある。ならば、俺は力をつけよう。何物にも、これ以上何も奪わせない。

「採用。簒奪に抗拒せよ。」

 とある傭兵団の一室。そこには、抗う志を一つにした、二人の人間がいた。


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