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千夜一夜のボトルレター

全体公開 9807文字
2017-05-31 07:31:38

貿の魔王様のもとに回収された望の魔王様を奪還する一般人アッサード・ソヘイルのおはなし。望の魔王さま、貿の魔王の船の皆さんをお借りしました。

***

 甲板に真っ白い帆を張った船は、つい先日の魔物との混戦の跡を一切残していない。奴隷のアッサードもまた、普段通りに帆柱の綱を調節する。晴れたいい日だった。海も穏やかで、船員たちもどこか浮かれている。

「面舵いっぱーい!よーそーろー!」
「なぁ坊主を見かけなかったか?俺、次の港に着くまでにほしいものがあってよー」
「ポップコーン!!」
「いい天気だなー!腹減ってきた!」
「どうせなじみの女に貢ぐ宝石か何かだろ?どうしようもねーことにしか使わねえな」
「ポップコーン!!!!」
「うるせーな!たかだか女相手なんだからこれでいいんだよ!」

 日常的な喧噪はどこか精神に優しく、その中でアッサードはひっそりと黙って作業をしていた。貿の魔王、と呼ばれるこの船の主と魔物が海上で交戦したのは二日前であったが、その時には本船であるこの船はやや離れたところから援護の砲撃をしつつ静観していた。アッサードはとくに何があったわけでもなかったが、その後あまりに顔色が悪すぎる、とほかの船員に心配され、無理やり医務室に引きずられていき瘴気にあてられたのだろうと診断されて休養を命じられていた。今日は二日ぶりにいつも通りの雑務に戻ったところだ。奴隷に対しても親切な職場だと改めて感心する。もっとも、アッサードがただの人間だと多くの船員が知らないからではあるのだが。
 とはいえ、二日前のことは、魔物は何かとても価値のあるものを持っているのでそれを分捕るために交戦した、ということくらいしか奴隷の身の上では知りえなかった。周囲が親切といっても役割の関係でどうしても得られる情報には限りが出てくるし、情報を得るために多くを語り、危険を冒す気はアッサードにはなかった。
 その魔物は、この船の主にとって、強力な魔物だった、というわけではないらしい。あっさりその目当てのものは手に入れたのだと聞いた。
 しかし戦闘の際、船の上はまさに阿鼻叫喚といったところであった。魔物の纏う黒い霧、瘴気の塊と接触した船員は、アッサードも含めて、頭蓋の裏側をえぐるような衝撃と、耳を裂く壮絶な「声」に膝をついた。あれは、怨嗟の声、と表現するのがふさわしい。アッサードはそれを聞いて、かつて故郷で人の上にたつ者として暮らしていて、ある沿岸の砦への兵糧攻めのための海上封鎖に立ち会ったときのことを思い出した。相手が降伏し、封鎖を解除した際に訪れた砦では、腹が不気味に膨れた民衆がわずかな水に群がってかすれた声をあげ、貪った虫や草に内蔵をやられたか、感染症で動けなくなったのであろう人々が一所に集められてのたうち回っていた。あの声だ。なりふり構わず苦痛を訴え、救済を求め、ほんのわずかな「当たり前の健常さ」を暴力的なまでに渇望する声。
 いまでは、彼等のその気持ちがよくわかる。何もかも失って、自分で自分のことを決める権利もリソースもなくなって、身を損ない、どこにもいけず、何にもなれず、指一本動かせない。何によって死ぬかという未来の断片だけが展覧会の絵ようにずらりと手に取れない形で並べられている。ただ、自分はあらゆる意味を失ったという事実だけが傍らにあり、とりかえしがつかないという恐怖と心身の痛みに身をよじるしかない。
もう、ただ泣いて、叫んで、逃げ出して、うずくまって、何も聞かず、何も見ず、何も考えず、永遠にそこで終わってしまいたいような、いかんともしがたい衝動。

 わかる、わたしだって、そうだ。

 すべてが終わったあとも、自失したアッサードは船端から立ち上がれないでいた。自分が戦闘の間にどうしていたかという記憶はなかったが、聞く限りでは黙って座り込んでいただけだったようで、早くも立ち直ったほかの船員が、腰抜かすほどビビってるのに変化だけは解けないなんて筋金入りだな、とずれた感心をしながらアッサードを担ぎ上げて医務室に投げ込んだ。

「おい、まだお前、よくなってないんじゃないのか?」

 貧弱だからなお前は、と獅子の頭をした魔物がアッサードの顔を覗き込む。あの霧のもたらしたものを思い出していたせいか、晴れ空にふさわしくない顔色になっていたようだ。アッサードは、いえお気になさらず、と答えた。事実、医師から働く許可は出ている。

「それならここが終わったら、倉庫整理してこい。そんで、しばらく力仕事はやめとけ。その代りに港に着いたら存分に働いてもらうからよ」
「おそれいります」

 本当に気遣いのある職場である。相手の厚意を退けてはかえって角が立つ。さっさとロープの調整を済ませてしまうと、アッサードはひやりと薄暗い船倉に潜った。

***

 船は港につくと、船底に重石替わりにため込んだ多くのごみを運び出し、そこまでの道程で仕入れた物品のうち、降ろすべきを降ろすことになっている。そして空いた場所に、出発までに新しい商品と物資を運びこむ。到着前に、降ろすべきものを降ろしやすいところに寄せ、まだ降ろす予定のないものを奥にきっちりと納めるというだけの作業はさして難しいことではないが、この船の落ち着きのない船員はあまり積極的にやりたがらない。
 倉庫の戸を開いて、ランタンに灯りをともし、木箱の荷札を検める。次の港はさして商業的ににぎやかな場所ではないらしく、降ろす予定のものに珍品装飾品美術品は少ない。とすれば、物資補給が目当てか。そう思ってみれば案の定、確認すれば穀類は少なくなっているし、水はすでに切らしていて、水が痛んだか枯渇したときのためのラム酒の封を切っている。手袋で手を覆って、ランタンを壁にかけた。この船の主は損になることはしない。きっと次に降りる場所は、物生りがよく安く食糧が手に入る自然の豊かな漁村に違いない。
 暗い部屋が高い位置からの火の色で温かく照らされる。そこで、積み荷が作る薄暗いオレンジ色の影の中に、見慣れない布地の端切れを見つける。箱に損傷でもできたのだろうかと、アッサードはのぞき込んだ。
 すると、そこには少年がひとり座っていた。
 自分の知る聖界では見かけたことのない異装である。すべらかな上質の白い絹を前で合わせる形になっていて、子供の淡い桃色の髪によく似合っていた。きちんとした人間の子供のなりをしているが、頭には角が生えている。魔族である。この船ではみたことのない子供だ。
 目と目があう。アッサードは困った。客人だろうか。奴隷だろうか。もしかしたら、前によった港でもぐりこんだ迷子かもしれない。

……おはようございます、小さなお客様。もしかしてかくれんぼ、ですか?」

 慎重に、できるだけ優しく、語り掛ける。すると少年は、首を横に振った。

「ちょっとかくれてるだけ。誰かがあそんでくれてるわけじゃないもん」
「その、邪魔をしてしまいましたか?」

 もしかしたら少年は、一人になりたいと思ってこの場所をつかっていたのかもしれない。もしそうなら、相手がどういった立場だろうが、尊重してあげたかった。
 すると少年は首を振った。

「べつに。もしかして、あそんでくれるの?」

 ちょこまかと近づいてきて、人懐こく話しかけてくる様子は無邪気で愛らしい。アッサードは一考する。こちらにも仕事があり、仕事は選べない立場だ。

そうですね、遊ぶのは難しいです。仕事があるので。ですが、手を動かしながら、お話でもしましょうか?」
「おはなし?」
「そう」
「なんのおはなし?」
「なんでも。わたしが知っているのは、人の世界のお話くらいですが。あなたはどんなお話が好きなひとですか、不思議なお客様」

 アッサードは、少し前に二度、甲板でこの船の主の細君と話したときのことを思い出していた。何気ないちょっとした会話が無聊を慰めることもある。少年は首を傾げ、アッサードの言葉に少し考えをめぐらせたあと、彼自身のことを話し出した。たどたどしい口調で、ほんの少しずつ、いっしょに暮らす大切な友人たちのことや、好きなこと、嫌いなことを、ぽつりぽつりと話す。子供らしい脈絡のなさでアッサードが理解しきれないところも多かったが、おおよその事情は理解できた。黒い霧に囚われていた「価値あるもの」は彼だったということだ。

 ということは、彼はこの船でその価値を活かして生きていくのか、あるいは売られてしまうのだろう。だが、この船ではみな、魔族には親切だ。このまま船に馴染むにせよ、どこかに売られていくにせよ、そこそこ快適に過ごせるだろう。

***

 それから縁でもできたのか、それとも単に気にするようになったため目につくようになったのか、アッサードは度々船の中で少年を見かけるようになった。たいがいは、テンションの高い誰かに囲まれている。どうにも、彼には欲しいものや出来事を具現化する不思議な魔法が使えるらしく、明るくからりとした欲望を持った魔物たちはといえば、気安い願いを、たとえば風向きが安定すればいいのに、だの、美味い物が食いたい、だのと申し出て、それを叶える少年に喝采を送った。少年も褒められて悪い気はしないらしく、他人の喜ぶ顔を見て無邪気に喜んでいる。
なるほど、どういう願いまでかなえられるのかは解らないが、世間での商品価値は高かろう。そして、この船の主にとってはさして重要でもなさそうだ、とアッサードは思った。アッサードの察する限り、「旦那様」は必要なものは自分で都合する力があるし、唯一無二の欲しい物はすでに手元に置いている。きっと、かの王は少年を最大限に効果的なところで、最高価格で売る事だろう。予想不可能で急激かつ歯止めの利かない経済変化によって、国のひとつやふたつはつぶれるに違いない。
 しかし、ある程度たつと、少年の様子が憂鬱な色を帯びてきた。甲板を歩き回って他者とよく交流していたのが、ひとりでいることが目立つようになった。そして、倉庫整理や船室の掃除をしているアッサードの視界の端に隠れるようにあらわれて、小さくうずくまる。

「今日はなんのおはなし?」

 ひとりきりでやってきた少年は多くを語らず、アッサードにこう聞くのだ。少年のほうからは、話したくない気分なのだろう。奴隷として売られてこの方あまり語るということをしてこなかったアッサードは、久方ぶりに錆びついた唇を動かして、少年に人の世界の話をした。たとえば、マヌケな船乗りがおっちょこちょいでひどい目に遭いながら、面白おかしく厄介事を解決していくような子供が喜ぶ笑い話。たとえば、海で遭難した人が夜に響く女神の歌に導かれ無事故郷に帰ってくるといった、漁村の炉端で話される民話。それなりにうまく語れたのは自身でも驚いたが、かつてアッサードが奴隷ではなく国の上にある者であったころ他者を自分の思う通りに誘導した外交で取った杵柄というより、馴染みの商店のおかみさんと話した経験が生きているのだ。人々と共に生きる者であったころの他愛ない些細な喜びの名残だと思えば、こちらも悪い気はしなかった。少年の憂いある顔が、聞いている間は興味と関心の光を宿す。
 だがそれも、ある日を境にぱったりとなくなった。少年がとうとう、どこにも姿を見せなくなったのだ。

***

「そういえば、あの子供、近頃見かけませんね。彼はなんだったんですか」

 ある日、働きながらできるだけ言葉を選んで、アッサードは身近な先輩に探りをいれた。少年が死んでしまったのなら、それも仕方ないことだと思いながら。この船では、場に馴染むことも慎重でいることもできなかった者が生き残る余地はさほど多くない。それでも、少し話した子供の姿が見えなくなったことが一切気にならないほど薄情ではなかった。

 鰐のような大きな顎と強靭な皮膚をもった魔物は、珍しく自分から雑談めいたことを言ったアッサードの様子に少し嬉しそうにしながら答える。

「あれはいま商品として角の部屋に入れられているぜ?あのガキは願いを叶えるって話だったが、いつもなんでもできるわけじゃないみたいでな。それなら要するに、いざってときには役立たずってことだろ?この船に置いておくよりうっぱらっちまえって話よ」

 角の部屋といえば大き目の客室のような場所で、鍵はついてはいるが内側から開けられたはずだ。出られないのは理由があるか、脅されているか。アッサードが相槌を打ちながら少し思考を巡らせたところで、そうだ、と目の前の先輩が手を打つ。

「お前、力仕事はいま禁止だって聞いたがよ。他人の世話くらいならできるだろ。かけあってやるからよ、そっちのほうで働け。みんな拗ねたガキの御守なんて嫌がって仕方ねえんだ実は」

 ばん、と背中を叩かれて、アッサードが咽込んでいると、あれよあれよという間にそういう運びになった。ちゃっかりとして現金な者が多いこの船では、とかく嫌なことを他人に押し付けるということにおいては割と早く話が進むことが多いのを思い出す。とはいえ奴隷に拒否権はない。

 角の部屋のドアの前に立つ。ノックをして、中に入る。
 戸をあければ、少年がベッドで小さな声を上げて啜り泣いていた。

長い袖でやりづらそうに涙をぬぐって、少年はなぁに、と顔を背ける。小さな身体と、動かしづらそうにしているその手では、高い位置にあるドアのノブをひねることができないのだと今更気づいた。何も悪いことをしたわけでもないのに、ひとりきりにされて、他人からの評価も失って、自分では出られない部屋に入れられるのは、さぞ寂しいことだっただろう。

「こんにちは、小さなお客様。今日はなんのおはなしをしましょうか」

 とはいえ、アッサードにできることといったら、いつものように語ることだけだ。奴隷には商品ほどの価値もない。

***

 アッサードは日々の雑事に加えて、少年に食事を運び、角部屋の掃除をすることが日常となり、その間に多くのことを少年に話した。大部分は故郷で聞いたなんてことのない話だ。暖かく、日常的な話。母が子に語るような、他愛もない世間話だ。
この後、港についたら少年の身柄の交渉は始まるに違いない。とはいえ次に泊まるのは補給のための停泊港だ、最初は手紙や通信のやりとりに留まり、即座に売られるよりはその次の大きな港が実際の商談の場になるだろうが。
ただ、きっと、どこに売られても即座にそう悪いことにはならないだろう、とも思っている。手に入れた品物を傷つけるような者は商品の価値が分かっていないということで、物の価値も解らないような相手にこの船の主が「願いを叶える魔法をつかえる魔族の少年」という珍しい一点ものの商品を売りつけるとも考えがたい。いい商人は、価値を知る相手から、相応の値段に加えて最大限の便宜を引き出す。まして魔王と呼ばれる存在だ、きっちりと長持ちさせて最後の一滴まで利益を絞りつくすだろう。
 だからこそ、どうかこれ以上、この子に悲しいことがおきませんように、と願いながら、幸せで楽しい話ばかりを選んで話す。

「最近、ずいぶんと悲しい顔をしているのね」

 そんな夜の見張りの時に、ふらりと現れたこの船の主の「奥様」はアッサードに言った。しかし、アッサードに返すべき言葉はないのだ。嘘は言う理由はない。だが、彼女に心を開いていまの憂いをすべて語る必要もない。そもそも彼女に気遣われる謂れもないのだ。いまのアッサードは、毎日子供に対して楽しい話をしている。その時たしかに楽しい気分になる。ということは、平均的に見ればいつもよりも気分がいいくらいだ。

「お気遣いありがとうございます。ですが、問題はありません」

 意識的に、機械的に、かつできるだけ慎重に言葉を選ぶ。誰かと話すことを思い出してしまうと、他の場でも話し過ぎてしまうかもしれないというのが最近の悩みだった。いつだって沈黙が、奴隷を守ってきてくれた。そして人の身で奴隷としてこの船に乗る以上、今も死は親しすぎる隣人だ。

「そんな顔するくらいなら、なにもしなくていいのよ。それがあなたを守るんじゃないかな」

 あるいは、と訳知り顔に彼女は言う。

「そんな顔するくらいなら、なにかしたらいいとも思うの。あなたは危ない橋は渡りたくないでしょうけれど」

 血色のいい唇の端をきゅっと上げて、彼女は歌うように語った。緑の目がいたずらめいて輝いている。お伽噺の魔女は概して人をたぶらかす。思わせぶりなことをいって、その言葉によって、真綿で首を絞めるようにじわじわと人の思考を奪うのだ。だが、夜の海に聴こえる女の歌は、人を導くことがある。などと、柄にもない暢気な昔話がアッサードの頭をよぎる。

「貴方に悲しいことがありませんように」

 彼女はくすりと笑って呟くと、気まぐれに上着を脱ぎ棄て、船端に飛び上がり、まるで階段から飛び降りるような気軽さで、足を踏み出した。その動きを目で追っていたにも関わらず、いつの間にかアッサードの目の前にいた女性は、闇に紛れて消えてしまっていた。船に乗った魔女は、翼をもちどこへでも飛んでいける。大地に縛られ船がなければどこにもいけない生き物でもなく、ましてや奴隷や商品でもない。

***

「こんばんは、小さなお客様」

 いつものように少年に食事を運び、アッサードは口をひらいた。食事をとっていないわけではないのに、少年の顔色は悪い。理由は単純だ。港につくまであと1日に迫っている。

「今日は、そうですね……船に乗った王様の話をしましょう」

 少年の口にスープを運んでやりながら、アッサードは語りだす。あるモック・キング(偽王)の話を。
 モック・キングとは、世界各地の村落や船乗りたちが持つ風習のひとつである。人知を超えた出来事で社会が大打撃をうけたときに、その責任を負うことがあらかじめ決められている人間のことだ。普段は丁重に扱い、最も尊敬すべき呪術的存在として崇め、平和な日々を齎してくれる素晴らしいものとして感謝する。そして、なにか人の手ではどうしようもないことで人々が傷ついたときには、責任をとって全ての人々に憎まれながら殺されて、新しいモック・キングが次の社会の象徴となる。かつては生きた人間がその役割につき、時にはまさに王本人がすることすらあった。だが、今は多くの土地でそのような理不尽なことは行われていない。かわりに、藁で出来た人形などをその代理としている。
 ある船に、藁で出来たモック・キングがいた。王様、王様とすべての船員は彼を本当の人間のように扱い、日々の航海の無事を心から感謝していた。するとやがて藁人形に心が宿った。大切にしてくれるみんなの為に自分も役に立ちたいと願った。藁人形は口をきき、動き、みんなと一緒に働くようになった。
 そんなある日、嵐が船を襲った。船は木っ端みじんになり、人間は脆く肉塊となって海に沈んだ。軽く、丈夫なモック・キングだけが、海に浮かび、陸に流れ着いた。自分が背負うべき災厄を担えず、1人だけで生き残った彼は、心を失ってしまった。ただの物に戻った彼を、砂浜に通りがかった人が何かの役に立つかもと、箱に詰めこみ運び出した。

「揺れる箱の中でほどけ、人形としての形すら失った王様は、運ばれた先で燃料として燃やされてしまいました。けむりになって空に昇り、今もお船を探してさまよっていることでしょう」

 めでたし、めでたし。そう締めた時には、少年は口を結んでうなだれていた。途中から彼は口を開かなくなっていて、スープ以外の物は長めの話を終えたというのに手もつけられていない。

……どうか、されましたか」
「どうして、そんなおはなしをするの」

 アッサードは考える。機械的に、かつ慎重に言葉を選ぶ。

「貴方はどうしたいのか、聞いていなかったと思って」

 貴方は他人の願いを叶えるばかりでしたし、この部屋ではわたしが話すばかりでしたから、とアッサードは言った。少年は答えた。

「牢くんたちのところに、かえりたい」

***

 港に船が到着した。小さな港だったが船員の気分は上々で、仕事のない連中から次々と下りていく。
 アッサードといえば、以前に船上では力仕事を減らしてやるから港では働け、と宣言されていた言葉に従い、荷下ろしのために散々働いていた。物資の空箱の補充やため込んでいたゴミの処理、これらは大量かつすぐに行う必要がある。体力こそ劣っていたが、誰よりも多く働いた。
 次に、この港から陸上交通に積み替えることが決まっている荷物を出す。こちらはこの港自体が小さく大きな取引をしないため、然程多くはない。

「このあたりだけなら、わたし一人で運びましょう」

 箱を抱えながら荷運びの先輩方にいえば、頑張れよと簡単な受け答えがある。なにげない顔でアッサードも荷札を確認しながら、それらを港に下ろして陸路いきの荷車に乗せていく。

 アッサードがこの間、この作業以外にできたことといえば、小柄な少年を麦の空箱に詰め込み、陸路積み替えの荷物に紛れ込ませること。そして、その箱が幾つかの経由地を経て本来とは別の場所につくように荷札を偽装しておくこと。
 おそらくは最終地点までばれずにつくことはないだろう。そうおもい、到着場所は、アッサードの故郷の小さな商店にしておいた。王家でよく利用した。アッサードもまた、幼少のころから随分と世話になった。しかし、かたくなに小さな規模での取引を望んだ頑固でしっかりとした店だ。箱のふたの裏側に、王家が中小の家とやりとりをするときに使っていた印章の文様をナイフで刻む。最終地点にたどりつくことはないだろう。しかしもし幸運にも辿り着いたなら、この紋で少年のことも少しくらいは便宜を図ってくれるかもしれない。そこから先は、少年の才覚次第だ。
 荷車に箱を積む。

「ごめんなさい、わたしには、あなたをこの船から出して差し上げることくらいしかできない」

 本当ならば、その先の旅まで保証してこそ責任ある行動といえる。身体が利かない、まだ幼い少年が行くには、誰かに売られるよりも、よほど長くつらい旅になるかもしれないのだ。
 しかし、それでも。少年がひとりで泣いていたこと、そして帰りたいといったこと、そのことは尊重されてしかるべきだとアッサードの心は訴えている。

「どうか、貴方が、貴方の仲間の元に無事帰れますように」

 祈りをこめて小さく呟く。中の少年に聞こえたかどうか、聞こえて意味のあることなのかどうかは分からない。
 遠くから空箱の数量が足りないことを確認して怒鳴り散らす声が聞こえる。だが、誰にも指摘されることなく、少年の入った箱を紛れ込ませた荷車は出発した。


***

 二か月後、ある商家にひとつの空箱が届き、おかみさんは奇妙なことだと大層首をひねった。
 その商家は、かつて公私なく王家と深く交流していた。簡素な机を囲んで食事をとり、炉辺を囲んで話した王家の素直な子供たちをおかみさんはいまでもよく思い出しては微笑み、その最期を想って哀しみに目を伏せる。王家の子女はこの店で何日も過ごして商業の常識と庶民の日常を学んだのだ。現在は国家の転覆とともに交流も途絶えた。店も大変な危機を迎えたが、小規模で堅実な経営であったために現在も楽ではないとはいえなんとか店舗を維持できている。

 遠くから運ばれてきたその空箱の送り主は解らず、本来は詰め込まれていたのかもしれない中身もなくなっている。しかしその蓋を返したとき、刻まれた傷の形をみて、おかみさんは大声を上げて家族のもとに取って返した。
 その声は喜びに満ちている。なにせ、ボトルレターが伝えるのはいつも死んだ人の声とは限らないのだ。


***
千夜一夜のボトルレター
END


望様は多分箱に詰めて無事に帰ってね、って祈ったところでその願いを叶えてすでに帰れているとおもうけど、輸送途中でバレて逃げ出して頑張って自力で牢の世界まで帰る望様の続編があっても面白そうなどと。ただ私はもう疲れて書けない。


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