動物病院パロ第三弾。今回は大包平先生の観察記録です。大さに祭りということで、ほんの一握りの甘酸っぱさをプラス。とにかく鶯丸先生が出しゃばる。※採血…血液をとること
@ayame0601s
6年間という大学生活を終え、無事に獣医師国家資格を取得した今春。
決まった就職先は、叔父の経営している動物病院だった。
決まったというより、無理やり決められたというニュアンスを敢えて使用したい。
なにせこの、ほんまる動物病院、見事に男性ばかりなのだ。
しかも皆さん容姿端麗という、ほぼホストのような動物病院なのだけれど、それが長年、男性苦手症を患ってきた私にとって仕事が辛い一要因になっている。
そのような経緯で、勤め始めて早2ヶ月。
仕事も少しずつ慣れ、秀麗なスタッフの方々とも、ほんの少しまともに話せるようになったものの。
いまだに、どうしても……どうしても苦手意識を、全く拭えない人がいる。
「誰か、採血の保定を頼む」
患者さんのいる診察室から、検査スペースに赤い髪が覗く。病院内部に位置するこの検査スペースには、基本的にスタッフしかいない。そして今現在ここにいるのは私と、鶯丸先生だけだった。
「ほら、大包平が呼んでいる」
行ってこい、と鶯丸先生はその整ったお顔で微笑みを作り、そう言った。
大包平先生、という言葉だけで、一気に体が緊張を訴える。しかし、行かねばならない。
あまりぐずぐずしてはいられまい、と小走りで診察室へ向かう。そしてドアをノックし「失礼します」と一声かけて入室した。
まず、診察台の上にいるダックスフンドが目に入る。随分とかっぷくの良い、真ん丸とした体型の、これまたとても足が短い子だった。
大包平先生が飼い主さんと話しながら、採血の準備をしている。会話の内容から、このダックスフンドは「アイちゃん」という名前らしい。
「アイちゃん、触るよ」となるべく優しく声をかけながら、その子に触れる。この時に、その子が警戒心を剥き出しにするか、うかがうようにしている。この子はどうやら、すぐには怒らない子らしい。
とりあえず安心しながら、動物の体を支える"保定"という動作に入った。大包平先生が採血を始めるタイミングを見計らって、私はそのアイちゃんの後ろ足をギュッと握り、駆血をする。
駆血をすることで、血管が浮きやすくなる。人の血液検査の時はバンドを腕に巻きつけて血管を浮きやすくするけれど、いわばそのバンド代わりを私がしているわけである。
「少しチクッとするからな」
大包平先生がアイちゃんに声をかけながら、採血を始めようと足に触れる。けれど一向に針を刺そうとしなかった。
指で血管を探ろうと触っているその動作は、私の駆血が上手く出来ていないことを意味していた。つまり、針を刺そうにも、血管が上手く浮き上がっていないのだ。
「……反対の足でいくか」
そうボソリと呟かれ、申し訳ない気持ちになってくる。そうして反対側の足を駆血してみるものの。大包平先生は、やっぱり針を刺さず、血管の場所を指で探っている。
居たたまれない。保定者の影響は8割。つまり、いくら先生の腕が良くても、保定者──この場合は私が、上手く出来ているかにかかっているわけだ。
こんなにギュッとされて、そろそろ動物も嫌になってくるのでは……。そう思いきや、この子は嫌がって暴れるでもなく、ジッと我慢している。なんていい子なんだアイちゃん。自分のあまりの出来なさ加減に、こちらが嫌になる。
なかなか採血が出来ず、内心かなり焦っていたその時。ドアのノックの後、現れたのは鶯丸先生だった。
「君、鶴丸先生が呼んでいる。保定は俺が変わろう」
救世主のようだった。後光が差しているようにさえ見えた。このタイミングで呼んでくれた鶴丸先生にも、全力で土下座したい。
鶯丸先生の申し出を有りがたく受け取り、保定を交代する。そして一礼して診察室を出ようとした時、大包平先生から声がかかった。
「おい、一通りの項目にカルシウムを追加して用意しておいてくれ」
血液検査の項目のことだ。大包平先生はこちらを見ずに、私へ言い放った。そんな彼の手元にある注射器には、アイちゃんの血液がためられていく。
鶯丸先生の駆血が上手なため、しっかり血管が浮いたのだろう。
その様子を見て、鉛を呑み込んだように心が重くなった。やっぱり私のやり方がダメだったらしい。
「分かりました」と大包平先生に返事をして検査スペースへ向かうものの、やるせなさで足取りは重かった。
診察室へ出て、とりあえず鶴丸先生を探す。しかし見渡してもその姿はなく、検査スペースにある大画面のモニターを見れば、鶴丸先生は他の部屋で診察中だった。
この病院には、至るところにカメラが設置されている。待合室、診察室、入院室……どこに誰が居て、どのような状況か把握できるように、モニターで全てのカメラが確認できるのだ。
鶴丸先生は、1番診察室で猫の診察中。大包平先生は、3番診察室。その3番診察室から、鶯丸先生が出てくる様子が映った。
「鶯丸先生、ありがとうございます」
出てきた彼にお礼を言えば、彼は「なに、なんてことはないさ」と笑いながら、血液の入った注射器を私に渡した。
「なかなか難易度が高かったな。足が短い上に、愛され体型ときた」
「愛され体型」
「それより早く検査に回した方がいい。数値が狂う」
「あ、はい」
鶯丸先生に言われた通り、急いで検査を回す。血液検査の項目の中には、あまり時間を置かない方がいいものもあるからだ。
愛され体型……と頭の中で鶯丸先生の言葉を反復しながら、検査を回す。
ダックスフンドやコーギーのような、足の短い子達は、ただでさえ採血が難しい。その上、さっきのアイちゃんは体型が真ん丸だった。肉に血管が埋もれれば、それだけ血管が浮きにくいわけだけれど、鶯丸先生はその血管を上手く浮き上がらせたわけで。
なにかコツがあるに違いない。そう思い、助言を頂こうと顔を上げる。
しかし視界に入ったのは大包平先生だった。
一体いつの間に居たのか、間近で私を見下ろしていた。
思わず悲鳴が出そうになり、喉まで出てきたそれを直ぐさま呑み込む。
大包平先生は背がとても高い。だからか威圧感が半端なく、見下ろされるだけで体が萎縮してしまう。
「先程の駆血だが」
大包平先生が口を開く。真顔で腕を組み、響くその声が威圧感を倍増しにする。
「はい、」と返事をした声は、震えたものになってしまった。まずい、と咄嗟に思う。彼の眉が、微かに動いた。
「あの駆血の仕方、何が悪かったか分かるか」
「い、え……。すみません。……あの」
「なんだ。はっきり言え」
「あ、あの……何が、駄目だったんでしょうか」
恐い。この威圧感が、どうしようもなく恐い。けれど何が悪かったか分からないままだと、次も同じことを繰り返してしまう。
そう思い、恐る恐る助言を求めるも、視線は合わせられずに泳いでしまった。
これでは駄目だと、思っているのだけれど。どうしても、彼の強い視線を真っ直ぐ受け取ることが出来ない。
「ただ押さえるだけでは駄目だろ」
大包平先生の声が降ってくる。はい、と返事を返せば、彼は先を続けた。
「血管の位置を把握する必要もあるが、それは分かっているよな?」
「はい」
「それに、あの手の体型はもっと皮を持ち上げるようにしてくれないと、やりにくくて仕方ない」
「はい。すみません……」
つい、語尾が尻すぼみになってしまう。せっかく助言をくれているのに。どうしても、恐いという態度が制御できない。
「だが大包平、あれはなかなかな愛され体型だったじゃないか」
大包平先生の後ろから、穏やかな声が聞こえた。鶯丸先生だ。視線をそちらへ向ければ、いつものニコやかな表情を浮かべる彼が目に入る。
「あれは少しばかり難易度が高い。そう思わないか?」そう続けて問えば、大包平先生は考えるように視線を上へ向けた。
「まあ、確かにな。結構なわがままボディだったのは間違いない」
「だろう? 正直、俺でもちゃんと出来ているか自信がなかった」
そう言った鶯丸先生は、声を立てて楽しそうに笑っている。鶯丸先生が入ってきてくれたおかげで、この場の雰囲気がだいぶ穏やかになった。凄い。
鶯丸先生の癒し効果に感嘆していれば、大包平先生が再びこちらに振り向いたため、反射的に肩が跳ねた。
「そういうわけだ。次は気をつけろ」
「はい」
「それとな、お前……」
言葉を一度切った大包平先生は、眉をしかめる。それはまるで睨まれているかのようで、体が竦み上がってしまった。
続きの言葉を待つも、彼は何かを発しようとすれば、口をつぐむ。そして「あー」と言葉にならない声を発して後頭部をかくと、溜め息をついた。
「いや、なんでもない。検査が上がったら教えてくれ」
そう言って、踵を返す。そしてこの場から去って行ってしまった。
何だったのだろうか……気になる。けれど、聞きに行く勇気はなかった。
「あまり、あれを恐がらないでやってくれ」
苦笑混じりの声が届く。鶯丸先生を見れば、彼は大包平先生を見送った視線を、私へと向けた。
「君は大包平が苦手なんだろう?」
「……はい。少し、だけ……」
「はは、正直でいいな」
「すみません」
「いや、謝ることはない。ただ、大包平はあんな見た目でも、意外と気にしすぎる所があるからな」
その言葉は意外で、目を丸くする。もっと、他人のことなんて気にしない人だと思っていた。
「まあ、だいたいは我が道を行くようなやつだが」と、まるで私の気持ちが伝わったかのようなタイミングで、鶯丸先生は続ける。
「それにあんな偉そうにしてるが、苦手なこともある」
「え、そうなんですか?」
「見てれば分かるさ」
あんなに自信に満ち溢れていて、しかも実力を兼ね備えているような人に、苦手なものがあるとは想像できない。少なくとも、この2ヶ月では分からなかった。
「あ、そういえば、鶴丸先生は何の用事だったんでしょうか。今、診察中みたいで」
「ああ。あれは嘘だ。あの方がスムーズに交代できただろう?」
そう言って笑っている鶯丸先生には、やはり後光が差しているように見えた。
大包平先生の苦手なもの。始めは全く検討もつかなかったけれど、よくよく観察してみれば、彼の苦手なものは意外と分かりやすいものだった。
彼は、どうやら猫が苦手らしい。
この病院は、受付を済ませた順にカルテが置かれていく。そのカルテを、誰かの再診じゃなければ、手の空いた獣医師が順番に診ていくようになっていた。
カルテには、動物ごとに色がついている。
犬は白色のカルテ。猫はピンク色のカルテ。ウサギやフェレット、鳥など、その他の動物は黄色のカルテ、といった具合だ。
ある日、大包平先生がカルテ置き場の前で、何かを考え込むように佇んでいる姿が目に入った。手元には、ピンク色のカルテ──つまり、猫の診察をこれからするらしい。
少し遠目から、大包平先生を観察する。しかし彼は、まるで何か迷っているかのように、そこから動かなかった。
「大包平、どうしたんだ。そんな所で突っ立って」
異変に気づいたらしい鶯丸先生が声をかける。そして大包平先生の持つカルテを見ると、ああ、と納得していた。
「猫の診察か。頑張れ」
「俺は犬に行きたい」
「獣医師たるもの、犬も猫も分け隔てなく診れなければな」
「鳥しか診ないやつがよく言う」
「俺はいいんだ」
「言っていることが滅茶苦茶だぞ」
そんな会話をしていれば、前の診察を終えたらしい鶴丸先生がひょっこりと現れた。
「なんだなんだ、二人してそんな所で」
「大包平が駄々をこねている」
「うん? ああ、猫の診察か」
さもいつもの具合といったように言った鶴丸先生は「きみは猫を怒らす天才だからなぁ」と笑って、大包平先生の肩を叩いた。
大包平先生はそんな鶴丸先生の手を「やめろ」と払う。
「あいつらが勝手に怒るんだ。俺は悪くない」
そうムスッとした表情で言う大包平先生に、鶴丸先生が口を開く。
「まあ、相性はあるからな。だが、接し方や触り方も大事だと思うぜ」
「俺の触り方が間違っている、とでも言いたいのか」
「うーん……きみ、犬に接するように触っているんじゃないか? 猫はもっと優しく触ってやらなきゃ」
「……優しく」
「そう。優しく。向こうは恐いから怒るんだしな」
恐がっている相手には優しく接してやらないと、そう言った鶴丸先生の言葉を、急いでメモにとった。
猫は、優しく触る。
「その診察、俺が行こうか?」そんな鶴丸先生の声が聞こえ、顔を上げて先生方の様子を窺った。大包平先生は鶴丸先生の申し出に、首を横に振る。
「いや、良いことを聞いた。長年の悩みが解消されるかもしれん。試してみよう」
「……きみ、そんなに悩んでたのか。悪かった。猫を絶対怒らす獣医師、なんてネタにして」
「ふん。これで俺は完璧な獣医師になる」
大包平先生は得意気に笑う。先程まで、猫の診察を躊躇してたとは思えないほどだった。
「よく言った大包平。前向きは良い事だ」鶯丸先生が、保護者よろしく大包平先生に微笑みを向ける。そして鶯丸先生も鶴丸先生も、1番診察室へ向かった大包平先生を、どこか温かい目で見送っていた。
そんなアットホームな雰囲気を眺めていれば、鶯丸先生がこちらに振り向き、手招きをした。
「これで彼の苦手なものが分かっただろう?」
近くまで寄った私にそう言った鶯丸先生は、モニターへと目を向ける。それにつられて私もモニターを見れば、1番診察室で猫の診察が始まっていた。
「大包平は猫との相性があまり良くないらしい。普段怒らない子でも、高確率に怒らせる」
「そうなんですか」
「誰だって苦手なものはあるからな。それを一つずつ克服していって、俺たちはやっと一人前だ」
モニターを見る鶯丸先生の横顔を、隣から見上げる。右目は長い前髪に隠れて見えなかったけれど、口元は穏やかな笑みを作っていた。
「……頑張ります」
「まあ、焦ることはないさ」
「鶯丸先生は、苦手なものあるんですか?」
「俺は鳥以外苦手なんでな。だから他は極力診ないようにしている」
「きみ、それじゃあ全く説得力ないぜ」
鶴丸先生が苦笑を溢す。鶯丸先生は「俺は克服しようと頑張るのではなく、上手く付き合うようにしたんだ」と屁理屈を言っていた。
その後、鶴丸先生は犬の診察に行き、私と、鳥の診察が来ない鶯丸先生は、モニターで大包平先生を見守っていた。
モニターからでも分かる。
診察中の猫は、どうやらご機嫌斜めらしい。
「くそっ! 何故だ!」
診察を終えた大包平先生が、診察室から出てくるなり悪態をついた。
「大包平、終わったか。猫はよく怒っていたな」
「そんな事は知っている!」
「そうカッカするな。少し落ち着け」
「俺は! 優しく触れたぞ!」
「ああ。ちゃんと見ていたさ」
な? と鶯丸先生が私に同意を求めたため、つい肩が跳ねてしまった。突然の問いかけに驚きつつも、急いで頷く。
確かに、大包平先生の動物への触れ方は、モニター越しでも分かるくらい、優しいものに見えた。
大包平先生は私に目をやった後、まるで自身を落ち着かせるかのように、深い溜め息をつく。
そして一度鼻から大きく息を吸い込むと、口を開いた。
「どうだ。これで分かったか」
「……え?」
「自慢じゃないが、俺は猫が苦手だ」
胸を張ってそう言われ、思わず唖然とした。
「確かに、そんな自慢気に言うものじゃない」との鶯丸先生のツッコミが入るものの、大包平先生は構わずに続きを口にする。
「俺にも、苦手なものはある」
「はい」
「だから、そんなに俺を恐れる必要はない」
「はい。……?」
「……?」
「……えーと?」
「なんだ、俺が完璧すぎる人間だと思って、恐がってたわけじゃないのか?」
きょとんとした顔でそう言われ、呆気に取られた。
「違うぞ大包平。彼女は、お前の威圧感が恐かっただけだ」
鶯丸先生が正解を口にする。けれど、それは内緒にしておいて欲しかった。
大包平先生は「なんだと!?」と、さも予想外だと言いたげな顔を、鶯丸先生に向けた。
そして、その怪訝な顔のままで、今度は私を見る。
「そうなのか?」
「え……と、いや……」
「はっきり言え」
そんなことを言われても、はっきり言えるはずがない。もっとハキハキとしたい気持ちはあるのに、どうしても気後れしてしまう。
彼の迫力に、視線が下を泳いでしまった。早く、答えないと。けれど、本人を目の前にして「恐い」と直接言っていいのだろうか。気を悪くしないだろうか──。
頭上からかかる、目の見えない圧力に内臓がギュッと押し潰される。やっぱり、恐い。早く何か答えないといけないのに、言葉が頭の中でもつれ合い、上手くまとまらない。
焦りと共に、色々な思考が脳内を駆け回っていた、そんな時だった。
唐突に、頭に何かが触れた感覚。
それは、そっと置かれたもので。
反射的に顔を上げれば、大包平先生と目が合う。
真っ直ぐとした視線だった。私の頭に置かれた手は優しく添えられるもので、感じていた威圧感すら忘れ、そのまま視線を返す。そうしていれば、彼は私の頭に置いた手を、2回、ポンポンと軽く触れ直した。
「いいか。俺は、断じて恐くない」
大包平先生は言い聞かせるように言う。
何が起こっているのか分からなかった。先程まで脳内を占めていた混沌さは消え去り、真っ白になる。思考は停止し、ただただ見つめ返すしかできなかった。
そんな中、ブフッと誰かが吹き出した声がし、ハッと我に返る。
声の方を見れば、鶯丸先生が手で口元を押さえ、肩を震わせていた。
「……っ、大包平、いい、心がけだ…っ」
途切れ途切れに話すその声は、笑いを堪えるもので。二人して鶯丸先生を見やれば、彼はクツクツと喉の奥で笑った。
「彼女は猫ではないが、まあ……いい教訓を得たな」
言い終わる頃には笑いがおさまったのか、落ち着いた、とても良い笑顔でそう言った。そんな鶯丸先生を見て、大包平先生も我に返ったらしい。
まるで熱いものを触った時のように、彼は私に触れていた手を勢いよく引っ込めた。そしてわなわなと唇を震わせていたかと思えば、その頬が段々と赤みを帯びていく。初めてみるそんな一面に、意外だと驚きつつも、そんな彼を見て私も自覚が芽生え始めた。
「なっ……な、違う!」
「何が違うんだ。恐がっているものには優しく接してやる、そうだろう?」
「そ、れは、お前がそう言ったから!」
「言ったのは俺じゃないが。まあいいか」
とりあえず早くカルテを出してこい、と鶯丸先生は大包平先生を促す。
大包平先生はまだ何か言いたげだったけれど、赤い顔のまま、言われた通りカルテを出しに言った。
「根は真っ直ぐでいい奴なんだ。少しは恐くなくなったか?」
鶯丸先生のその問いに、先程の出来事を思い出す。頭に置かれた手は、とても優しいものだった。その感触がまだ残っているようで、意識してしまうと急激に熱が顔に集まってくる。
その熱を誤魔化すように、鶯丸先生の問いに頷けば、彼はまた思い出し笑いをしていた。
それから数日後。大包平先生は、どこか吹っ切れたらしい。
「俺は猫を必ず怒らせる。だったら"どんな猫でも必ず怒らせる獣医師 vs 絶対に怒らない猫"という、ほこ×た〇があったら、いつでもテレビ出演できるわけだ」
そう言った彼の顔は、自信に満ちていた。彼はどうやら、鶯丸先生のように、上手く付き合っていくことを選択したらしい。
それから更に数日後。
「超激おこプンプン丸」と鶴丸先生が名づけるほどの、とてつもなく怒る猫が来た時だった。
あれだけ猫の診察を躊躇していた大包平先生が、颯爽と、自ら診察へ行ったのだ。
「いいか。"どんな猫でも必ず怒らせる獣医師 vs 絶対に怒る猫"の診察だ。よく見ておけ」
そう私に言った彼の顔は、周りの心配をものともしないほど、清々しく爽やかな笑顔だった。
そして再び、鳥の診察が来ない鶯丸先生と二人で、モニターを見守る。
猫は、怒り狂っていた。
「……大包平の良い所は、とにかく前向きな所だな」
そうボソリと呟いた鶯丸先生に、心の底から同意する。
恐いと思っていたけれど、本当は他人の助言をすんなり実行できるほど素直で、前向きなところがあって。私が恐がってることを、気にしていた面もある。
少し前まで、あれほど恐い存在であったのに。
彼を知るにつれ、感じていた苦手意識が、いつの間にか薄れている気がした。