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【margin of EP】遺書(雲井遮)

全体公開 2331文字
2017-06-10 18:32:26

ロスト復活用に事前提出したもの

Posted by @yga262yf

■やり残した、もしくは生きていたらやりたかったことを書いてください(箇条書きでも可、いくつでもよい)

やり残したことはありません。何も残したくありません。
やりたかったことも、今はもう何一つ意味がなくなりました。



■自身の人生を振り返って感想を書いてください(箇条書き可、いくつでもよい)

長い間、私の人生は平凡でした。
だから、私は根本的なことを勘違いしていたのかもしれません。
生活が非凡になってしまっても、私は平凡な人間のつもりでいたようです。

私は、自分のことを生き汚い人間だと思っていました。
だからこそ、奇妙な事件に巻き込まれても、
なんとか生きて帰ってきていたのだと思っていました。

それが間違いだったことを理解したのは、何もかも
手遅れになった、最期の病室でした。
あの時意識がなくなるまで、長い時間がありました。
その気の遠くなるような時間の中で何度も何度も走馬灯を見て、
そこでやっと、気が付いたのです。

私は、街を壊したあの日から、ずっと死にたくて仕方がなかった。

生きてきたのは、言い訳が欲しかったからに過ぎませんでした。
死にたいと願ってなお、私はそれを認められずにいたのです。
死にたいという気持ちがあることを。相応の理由なく死んでしまうことを。

だから、それらしく生きる理由を見つけて、
自らに課していたのだと思います。
「あの時のことをこの目で見た人間は自分しか残っていないから」だとか、
「忘れないでって言われたから」とか、
「みんなで生きて帰れないと何の意味もないんだ」とか、
尤もらしくそれらしい、生きる理由を。
本当の生きる理由ではなく、死ぬに足る理由を見つけるために。
例えば、「みんな生きて帰れないと何の意味もない」けれども、
「誰かが犠牲にならなければならない」ような状況であるとか。

優しいだとか、お人好しだとか、そう言われ続けてきた理由も、
今になってようやく理解しました。
自己犠牲も度が過ぎる、それでいいのかと詰られたこともあります。

それでよかったのです。
私はずっと死にたかった。だから何もかもがどうでもよかった。
だから誰にでも優しくできた。
余命を告げられて、死を近くに自覚した人間が穏やかになる時のように。

そんな状態で生きていて楽しいだなんて、よくも言っていたものだと思います。
私が生前、友人に恵まれていたのは確かです。
しかし、環境に恵まれていても、受け取る力がなければ同じことです。
それなのに、私は幸せだと自分に言い聞かせ、
楽しいから生きていたいはずだと思い込んで、
死ぬための大義名分の盾にしていたわけです。
ご丁寧にも、お人好しの皮を被って。

最後の時もそうでした。
要するに、私はあんなに気にかけてくれていた友人の生死なんて、
結局どうでもよかったのです。
ただひとつ、自分が死ぬ結末が迎えられるなら。

自分の性分が異常であることも、特に最近は切実に感じていました。
友人たちに指摘されたこともあって、
自分を大事にできるように変わりたかったのも確かです。
しかし、何度も同じことを繰り返して、心配をかけてばかりで、
どうしてできないのかすらわからない有様でした。

結局のところ、できなくて当然だったのです。
人は、元来したくないことに対して力を発揮することはできない生き物です。
私は見栄で築き上げた「自己犠牲精神」を壊したくなかったのです。
壊したら、私はこの先、ひたすら生き続けるしかなくなってしまうから。
できなくて当然だったのです。したくなかったのだから。

私はただの自殺に、あんなに助けてくれた友人を巻き込みました。
忘れてはいけないと大事にしていた記憶は、自分可愛さでした。
全員が生きて帰れないと意味がないのは、つまらないプライドのためでした。

私にも、死んだら泣いてくれる友人がいます。家族がいます。
だからこそ、私は自分を生かしておけません。
友人にも家族にも、私のことを見知っている人すべてに、
私はもう顔向けができません。
けれど、こんなになった今では、自分にはもうどうすることもできないから。

だからこのまま、



誰か、私を壊してください。





■空白を埋めてください(一人称部分は変更可能)

自分の人生は"災厄"だった。
   
     
       


         
追伸 皆さん、
どうかお元気で。


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