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【番外編】審神者を辞めることにしました。【三日月宗近解説編】

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2017-06-14 10:54:02

 ふくく、なるほど、なるほど。やはりそうか。あの狐も中々に面白いな。何も語らずに去るわりに、「誰にも言うな」と言うのか。
 ああ、なんだお主、聞いておったか。狐のくせに狸寝入りとは感心せんなぁ。何?俺のほうが狸だと?はっはっは、そんなことを堂々と言ってのけるのはお前と主くらいだな。
 うん?先ほどの話か?そうだ、俺の答えは合っていたようだったなぁ。少しだけ、外れてほしいと思ったのだが、いやはや上手くいかないものだ。
 ……そうだな、確かに、他にも手入れの可能性についてはいくつも思いついた。あの部屋自体に何らかの呪術的細工を施されている可能性、玉鋼や木炭他資材に霊的力が宿っている可能性、主の身体に呪術がかけられている可能性、鍛刀に携わる付喪神自身の力の可能性、挙げればきりがない。だがな、あの狐との会話ではそのように多くを出す必要はない。「確信している」と思わせられたらそれでよかった。事実あれは何も語らずに去っていただろう。肯定しようが否定しようが、多くを語るほうが馬鹿を見る、そう判断したのだろうよ。全く、生きた狐かと思ったらとんだ傀儡人形だったぞ、あれは。触り心地ならばお前のほうが断然マシだ。
 なんだなんだ?ならばどうしてあの結論に至ったかを知りたいと?
 はっはっは、まあそう急くな。普段は主に興味がなさそうなふりをしているくせに、やはり狐は化かすのが得意のようだなぁ。
 うむ、どこから話そうか。

 そうさなぁ、なあ小狐丸、お前は確か拾われて来たのだったか。この世に顕現するきっかけを覚えているか?そうかそうか、ならば話が分かるだろう。
 深く暗い場所で、ただ「在る」という意識だけに蝕まれていた時に、柔らかな光を見ただろう。それが、欲しくて欲しくてたまらなくはなかっただろうか。俺はな、とてもそれが欲しかった。その光が欲しくて堪らない、だからその手に光を伸ばして、そっと握ったんだ。握った瞬間に、手になにかがじわじわと広がる。これがそうか、「温かい」ということなのか。ああ、「温かい」という感覚はなんと「心地良い」のか。そう思ったものだ。その光をずっと握りしめていたいと思ったら、それは俺の中にスゥと入り込んできた。何がなんだか分からなかったが、それが入ったと同時に「温かい」よりももっと強いものを、「熱」を感じた。だが「熱」という表現が正しいのか、今もわからないのだ。あれをなんと評すれば良いのだろうと、悩むほどにあれを言葉にするのはとても難しい。その後に、ぐうと引っ張られて、この世に俺は顕現した。
 なあ、小狐丸。この光の正体を、お前はどう思う?
 俺はな、あれは主の魂の欠片だと思うのだ。あの柔らかで、温かな光は、人間の魂そのものだろうよ。その魂が、俺の目の前に現れた。そうすれば渇望するのは当たり前だ。人という存在があるからこそ、俺たちは生み出されたのだからな。
 そう、あの光が主の魂だと思いついてからは、もうほとんど答えを得たようなものだったのだ。初めて彼女を目にした時に「主」と直感したのも、己の中に彼女の魂の欠片があるからこそだ。魂本体から切り離された欠片は、本体を裏切ることなどない。取り込んだ彼女の魂のせいで、俺たちは彼女が主であるという事実を文字通り「植え付けられた」のだ。それを踏まえるとな、演練で出会ってきた姿形の全く同じ自分が性格までもまるっきり同じではない、という事象も説明できるだろう?俺たちが取り込んだ魂は俺たちの主のものだ、主が違えば入る魂も違う。根本的な性格は同じであろうとそこでわずかな差異が出る。それが、同じ自分であっても性格の違う自分が存在する理由になるのだろう。

 この世に人間としての肉体を持てたのも、彼女の魂のお陰だろうよ。彼女の魂は「人間の記憶」が詰まっている。なに?意味がわからない?刀剣であるころは、柄を柄と意識したこともなければ刀身を刀身として意識したことはないだろう。それは「刀剣」であったから無意識にできていたことなのだ。人間となって、お前は「手」を「手」だと、「足」を「足」だと少しでも意識したことがあったか?無意識にそれそのものだと理解し動かしていただろう。それが「人間の記憶」だ。それのお陰で「人間」として身体を得ることができたんだろうよ。分からない?まあ俺には分かるからそれでいい。……はっはっは、そう怒るな。別段これは重要でもない。俺たちの「人間」という身体を得られたのは彼女の魂のお陰だと、そこさえ理解していればいい。
 なあ、なんとなく気づいてきたのではないか?顔に書いてある。そうだ、手入れの話をしようか。なに、そう怖い顔をするな。あの狐は俺の考えを「正しい」とは一言も言っていないのだぞ。間違っている可能性だって十二分にある。これは、俺の考え、ただそれだけさな。
 さて、なんだったか。ああ、手入れの話だったな。
 俺たちがこの人間の体に傷をつける、ということはどういうことなのだろうか。疲労も感じれば痛みも感じ、血も流れば骨も折れる。「人間の記憶」によってできている身体が傷つく、ということは、「彼女の魂」が傷ついているも同義ではないか、と思った。そうすれば、確かに元の姿に戻った時に、刀剣本体への外傷は資材でどうとでもなるだろう。だが、「魂」の傷はどうやって治す?玉鋼を使って打ち直すか?それとも人間が使う傷薬でも塗りこむか?違うだろう、傷は補填しなければなるまい。そう、「彼女の魂」を使って、な。
 ああそうさ、俺たちは折れない限り何度でも何度でも治され命を永らえる。折れることの恐怖・死への恐怖を感じながらだ。だがな、逆に言えばどんなに手酷く傷を負ったとしても、人間のようにそれが元で死ぬことはない。どんなに血を流そうと内臓をはみ出させようと、ぎりぎり一歩手前で踏みとどまることができる限り、何度でも俺たちは蘇られる。恐ろしいなあ、俺たちはそうやって戦わされ続けるのだ、この戦いが終わるまで、何度も何度もな。もしかしたら和泉守は、誰よりも早くそのことに気づいていたのやも知れんな。なにせ一番最初に彼女に喚び出された刀剣なのだからなぁ。だからこの戦の理由自体を早く消すために、あんなにも戦いを急いでいたのかもしれない。事実かはわからんぞ、俺の勝手な推測だ。

 さて俺たちはそうだが、彼女はどうだ?戦う俺たちをただ黙って、誰かが傷つくかもしれない、折れるかもしれないと考えながらじっと部屋で待っているんだろうな。帰還した部隊をみて彼女はどう思うのだろう。軽傷ならいざしらず、途中で引き返すこともできたはずの戦いで重傷を負ってくる刀剣を見て、彼女はどう思うのだろうか。その傷を癒やすことは容易くできるだろうよ、そのための彼女だ。だがな、すり減った魂はどうなる?もとの肉体に戻るために補填されたあとの、彼女の魂本体はどうなるのだろうな?そして彼女は、また元気になって戦いにいく刀剣を見送り、また傷ついて戻ってきた刀剣を手入れして元に戻す。

 そうやって俺たちは死なずにまた戦いに出る。
 そうやって彼女は戦いもしないのに魂を失う。

 お前は知らないかもしれないが、彼女は「怪我をするな」と最初は再三言っていたものだ。何度も何度も口酸っぱく、和泉守に伝えていたのだ。無理をするな怪我をするな刀装が壊れたらすぐに帰還しろ、と。今思えば、あれは命令というよりもいっそ懇願に近いものがある。彼女は知っていたのだろうよ、自分の魂が徐々に徐々に失われているという事実をな。なんと非情なことだろう、なんとむごたらしいことだろう。彼女はそれを知っていた。知っていながらに手入れをし続け、刻々とすり減る魂の限界に怯え、けれど自分では見えない限界に恐怖し、そうして彼女は幾夜を過ごしたのだろうな。恐ろしいなぁ、恐ろしいなぁ。彼女はどう思うのだろうな?俺たちをどう思っていたのだろうなぁ?じじいは怖くて堪らない。もしも自分がその立場になったらどうなるのだろう、考えるだに恐ろしい。ああ、逃れたい、ああ、全てを放り出したい。そう思わなかったのだろうか、彼女は。どんな気持ちで、怪我を負った俺たちを迎え入れたのだろうか、怪我の癒えていく俺たちを見ていたのだろうか。ああ、考えることも厭われる。

 ……どうした、小狐丸。恐ろしい顔をしているぞ、まるで怒りに身を震わせる野生の獣のようだ。いや、怒り、よりは、怯え、のほうが正しかろうか?
 はっはっは、怒るな怒るな。ちと言い過ぎた。すまなんだ。
 だが、納得はできるだろう?そう考えれば、彼女がここを辞めたいという理由がな。彼女が単に「嫌われているから」ということだけで去りたいなどと考えるはずがない。第一嫌っていない刀剣もいる、薬研や俺はその最たるところだろう。ああ、お前もそうか?だが遠巻きに見ているだけでは手に入れられんぞ、あれは中々に警戒心が強い。……なに、俺が突破口を開くのを待っている?横からかっさらうつもりか、この狐は。いや、狐というよりは鳶か?油断も隙もないやつだ、言っておくがそのときは手段を選ぶつもりはないぞ。
 はあ、また話がずれてしまった。全く、じじいはすぐに会話を忘れるから途中で話しかけてくれるな。
 さて何を話そうとしていたのだったか。
 ああ、忘れてしまった。
 うん?どうした。……ああ、主を哀れんでいるのか?
 はっはっは、そうだなぁ。哀れだ、本当に哀れだ。だが、忘れるな。俺たちは人間のなりをしていても、「神」で在ることには違いない。「神」へ願うときに、人間は古来から何をしてきた?
 「供物」を捧げてきただろう?ふふ、なあ、小狐丸。変わらないなあ、人間というものはいつの世も全く変わらない。本当に愚かしい、そして愛おしいではないか。ただ願うだけではダメだと思い込み、何かを捧げてくる、安直で愚直で微笑ましいではないか。
 あれは、あの女は俺たちに捧げられた「供物」だ。そしてその「供物」を早々に喰らい尽くされてしまわないように、秘匿事項と称して神から身を守る手段を取らせているのだろう。もし仮に、命を削って鍛刀や手入れをしているとバレてみろ。懐いている刀剣ならば、すぐにその魂を喰らい尽くして己のものにしてしまうだろうよ。方法はなんだって構わない、黄泉にその魂を明け渡さなければいい話だ。そうやって自分の側に「主」を置いておきたいと思う刀剣は山ほどいる。なぜなら「人間」に「思われ」なければ神は神としていられないのだからなぁ。忘れられることは唯一の、神の死だからいやはや、怖や怖や。
 だからな、余計に俺は思うのだ。
 ああ、可哀想に。「供物」として捧げられ、戦いもしないのに命を脅かされどんな心地でいるのだろうか。
 ああ、可愛そうに。命を捧げるはずの刀剣に厭われ蔑まれ遠巻きにされ、尽くしがいのない存在のために命を捧げるその儚さは誠にいじらしい。
 なんだろうなぁ、偽善とは違う気もする、義務感ともまた違う、彼女はどういう気持でそうやって俺たちに命を捧げてきたのだろうか。

 なあ、小狐丸。

「俺はなぁ、そんな主が、哀らしゅうて愛らしゅうて堪らんのだ。」
 そう言いのける三日月の表情に、小狐丸は怖気を感じる。
 どこまでも楽しそうに、目を、口元を歪め笑うその顔は、紛れもなく神であり、一人の人間のようでもある。
 それに捕まった己の主がいっそ気の毒に思うくらいの、壮絶な笑みであった。



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