8
ads by microad

なにもうまれない街(さみしいなにか)

Publish to anyone 73views
2017-06-21 19:52:49
2017-06-21 20:07:51

麻子さんは街から子供がいなくなった日、うそのようにきれいな波打ち際でコーヒーの正しい淹れ方について揉める話をしてください。
#さみしいなにかをかく
https://shindanmaker.com/595943

 Kと暮らしている街はいつも乾燥していて、埃っぽかった。中心部には高層ビルが整然と聳え、鏡面のような窓にはゆっくりと流れる雲ごと空が映りこんでいる。庭園や菜園になっている屋上からは、ときおり、頑強なフェンスを乗り越えて人が落ちていく。落ちていった人の数は夕方のニュースで抑揚のない声で読み上げられ、少しずつ増えつづけるその数字にとくに誰も関心を示さない。
 同じように読み上げられる出生率は、ある日とうとうゼロになってからずっと変わらず、それでもアナウンサーは律儀に毎日「ゼロ」と告げる。いつからゼロになってしまったのか、それは思い出せないけれど、最後の子どもがいなくなってしまった日のことは覚えている。
 本日の墜落事故による死亡者は一名、十四歳でした。なおこれにより、T市内における未成年者の人口はゼロ名となりました。
 TVからそう聞こえてきたとき思わず顔をあげて、Kとまともに視線が合った。もっともKはすぐ目を伏せて何事もなかったように夕食後のコーヒーをかき混ぜ、それきり、その話題について二人とも何も言わなかった。
 Kとは話すことはいつもどうでもいいようなことばかりだ。
 いつもどおりにそれぞれの部屋でベッドに入って、妙に喉がかわいて目が覚めて、水を汲みに階下に降りると、キッチンにはKがいた。
「R、いいところに、ねえ、ちょっとつきあってよ」
「何に?」
「散歩」
「……いまから?」
「うん」
 眠れなくて、とわらったKをほうっておけず、いいよ、とこたえて、家を出た。
「どっか、行きたいとこある」
「え、なにそれ、Kが決めなよ」
「や、俺、歩きたいだけで、目的地とかぜんぜん思いつかなくて。だからRの行きたいところで」
「……じゃあ、海」
「Rならそう言うと思った」
 それなら、わざわざ言わせるなよ、と思ったけれど、Kが満足そうだったので口には出さなかった。
 海までは歩いてゆける。昔からの浜辺ではなく、産業廃棄物を埋め立ててつくった人工の海岸で、いつ行っても塵ひとつ落ちていない、清掃のゆきとどいた砂浜だ。ひとりでふらっと来ることはよくあったけれど、Kと来たことはあまりなかった。ましてこんな時間に。明けがたの、うすあおくひんやりした暗がりのなか、隣のKの横顔を盗み見る。つくりもののように整った顔だちは、知り合ったころからあまり変わらない。それなりに長いこといっしょにいるはずの、過ごした年数がわからなくなる。Kにそれを言うと、Rだっていつまでも歳をとらないよ、と言い返される。自分では自分のことはよくわからない。
「コーヒーがさ、濃かったんだと思う。ゆうべ飲んだのが。すごくうまく淹れられたと思ったんだけど」
「いつもの食後の一杯?」
「そう、やっぱり夜はRに淹れてもらうのがいいみたい、うっすいやつ」
「薄くないって」
 くちびるを三日月のかたちにしてわらうKに、ついくってかかるような言い方になった。カフェイン中毒のKにコーヒーを淹れてやると、かならず文句を言われるので、悔しくなってしまって、こっそり淹れかたを調べ、隠れて練習までしたのだが、ダメだった。薄いなあ、Rの淹れるコーヒーは薄いからすぐわかるよ、と楽しげに悪態を吐いて、飲み干す。そのくせ、ひとにコーヒーを淹れてくれと頼むのはやめないのだ。
「そんなに言うならKがコーヒー淹れるときの正しいやり方を教えてよ。絶対にマスターしてみせるから」
「やだよ」
「なんだそれ」
「あ、日が」
 いつのまにかすっかり明るくなっていた空に、太陽がのぼる。穏やかに打ちよせる透明な波が光をうけてきらめいた。青のグラデーションに染まっていた海辺に、色彩が戻ってくる。
「夜が明けたね」
「……もうきっと、何も生まれないのになあ」
 子どもだったころにKと出会って、子どもがおとなになるくらいの年月をKと過ごした。もう子どもではないけれど、おとなになったのかどうかはわからない。子どもは持たなかったし、このさきもたぶん持つことはないだろう。
「帰ったら寝るから、その前にコーヒー淹れてよ、思いっきり薄くして」
「喧嘩売ってんの? めっちゃくちゃ濃くしてやるからな」
「Rが淹れるコーヒーはいつまでも薄いままであってほしいな、ずっとね」
「上等だ、絶対に参りましたって言わせてやる」
 それでもKとはこうして暮らしてゆくのだろうと思う。何かを期待しているわけではないのだけれど、ただ、高層ビルの屋上から墜落しないでいられるように。

ads by microad


You have to sign in to post a comment or to favorites.

Sign in with Twitter


@asa_co
痛覚 https://t.co/tJGyrDO65K Wilhelmina https://t.co/tUvPbYlrf4 きみとダンスを https://t.co/fj7DoXjnhk 筆名は柳川麻衣です。
Share this page

ads by microad


Theme change : 夜間モード
© 2018 Privatter All Rights Reserved.