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東風・額の花・炎昼

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2017-06-26 22:44:27

ツイッターで開催されていたBL俳句バトルのBブロック予選の三句からの、もはや解凍ですらない高校の蹴球部が舞台の群像BL妄想です。

 終わってしまった。
 試合終了のホイッスルが鳴り、相手チームとの健闘を讃えあって、みなゆっくりとフィールドを後にする。
 溢れてきたものをこらえきれなくなったのだろう、川瀬が脱いだユニフォームに顔を埋めている。その川瀬に寄り添って頭を抱きかかえている杉山も、くちびるをぐっと噛み締めていた。上原はそれをぼんやりと眺めていた。敗けて悔しいのか、悲しいのか、よくわからない、ただ妙に空っぽで、どうしていいかわからないような気持ちだった。
「上原、集合かかってるぞ。早く来い」
 杉山に呼ばれて我に帰る。妙に立ち去り難くてぼんやりしているうちに、いつのまにかみな引き上げていたらしい。川瀬は落ち着いたのだろうか、もう隣にはおらず、上原に声をかけるために杉山はわざわざ戻ってきたようだった。了解の意を込めて杉山に手を上げてみせ、自分が最後だろうか、とふとフィールドを見やると、あとひとり残っていた。長身の恵まれた体躯、脱いだユニフォームを右手に丸めて裸の背中を見せている後ろ姿は、主将の妹尾だ。
「妹尾」
 監督が呼んでいるのなら無視して行くのも薄情な気がして、上原は妹尾に近づいた。泣いているかもしれない、とおそるおそる名を呼ぶと、妹尾はゆっくり振り向いた。見たことがないほどにやわらかい表情で、場違いなほど穏やかな空気を纏う妹尾に、上原は胸を衝かれた。自分よりずっと上背があり、胸も胴も厚い妹尾がひどく無防備に見えた。
「敗けちまったなあ」
 さばさばとそう言い、妹尾は笑う。妹尾は強面だが、笑うと八重歯が覗いて幼い印象になる。髪型だけを見たら運動部員らしからぬ、軽音部か何かと間違われそうな派手な金髪を、やさしい春の風が揺らしていた。
 ああ、ずっとこの景色を見ていたい。
 感傷を振り切るように、上原は言った。
「……妹尾、相変わらず猫っ毛なんだね」
「あ?」
「何でもない」

 ほんたうは柔き金髪撫づる東風(もちか)


 重く垂れ込めていた曇天からぽつり、ぽつりと水滴が落ちてくる。なんだよ、降るならもっとはやく降ってくれれば部活潰れたのになあ、とぼやいて空を睨む川瀬に、濡れるよ、と上原が傘を差しかけた。
「え、なんで俺が傘持ってないって知ってんの」
「いつものことだし」
「ていうか、準備いいね」
「雨男といっしょだからね」
 上原は何かにつけて川瀬を雨男呼ばわりしてからかう。たしかに上原と川瀬が揃って行動するときはなぜか天気がよくないのだが、川瀬にしてみれば悪天候の原因をこちらにばかり押し付けられるのは納得がいかない。上原のせいかも知れないじゃないか、と思う。同じ蹴球部の杉山や妹尾からは、上原と川瀬がつるむと雨が降る、と認識されている。
「べつに、梅雨入りしてるんだから雨くらい降るでしょ」
「そう思ってんなら傘持って来いよな」
 言い返せずに黙り込んだ川瀬の目に、アジサイが飛び込んできた。毎日通っている道なのに、こんなところに咲いていただろうか。白、みずいろ、薄紫、そしてちょっと見た目が違う品種もある。毬状にちいさく密集している蕾のような花を取り囲んで、ひとまわり大きなひし形の四弁の花びらが配置されている。あれは何ていうアジサイだっけ、だれかに聞いたんだけど、思い出せない。
「川瀬、濡れるってば」
 上原が差しているのは折り畳み傘で、男子高校生ふたりが入るには小さい。花に気をとられていつのまにかはみ出していた川瀬の腕を、上原が引いた。あ、ごめん、と振り返ると、ぶつかりそうな近さに上原の顔があって、川瀬は思わず目を見開いて固まった。上原は平然と瞬きをする。こいつ睫毛長いな、とどうでもいいことを思った。川瀬より少し背が高い上原のくちびるが、笑いのかたちにひらいてゆっくりと動く。
 しようか。
 そう聞こえた。え、何を? 川瀬はとっさに聞き返そうとしたけれど、声が出なかった。こんな至近距離、そう、目を瞑ったらくちびるが触れてしまうような距離で、何を言っているんだ、上原は? 川瀬の瞳が揺らいでいるのを見てとったのか、上原は何事もなかったようにすっと身体を引いて、ガクアジサイが咲いてるね、と呟いた。

 決勝点をゴールに叩き込んでグラウンドに跪いた川瀬のところに、真っ先に走ってきたのは絶好のアシストをくれた上原だった。抱きとめたとたん、額に柔らかいものがふれて、川瀬はあの、アジサイを見た日のことを思い出した。ああこれはあのときの続きだ。あのときの上原のくちびるが、いま、落ちてきたんだ。その感触は一瞬で、あとからあとから川瀬を祝福しようと飛びついてくるチームメイトの重みのなかに、すぐに紛れてしまった。

 冗談のふりで「しようか」額の花(みやさと)


 遮るものが何もないグラウンドに午後二時の太陽が容赦なく照りつけている。
 雲ひとつない晴天にもかかわらず、ハーフタイム中のベンチの空気はどんよりと重かった。
 試合開始まもなく、カウンターからの速攻で上原が先制点をあげたところまではよかったのだが、妹尾がバックチャージを取られ、フリーキックを決められ追いつかれてから、流れが相手チームのものになってしまった。それでもなんとか同点で折り返そうとみな必死でボールを追ったものの、司令塔の杉山のらしくないパスミスで一点取られ、ゴールネットが揺れた次の瞬間にロスタイム終了のホイッスル、前半終了、といういちばん避けたかった展開になってしまった。
 エースの杉山も、主将の妹尾も、動きが悪いわけではないのだが、何かが噛み合っていない。上原のパスもうまく通らず、最前線の川瀬までボールが回らない。酷暑のなかのゲームでみないつも以上に消耗もしていた。監督も難しい顔をしている。
 なんとか気持ちを切り替えたかったがあまりうまくいかないまま、十五分が過ぎようとしていた。川瀬はのろのろと立ち上がる。
(せっかく地区大会勝ち抜いてきたのに、一回戦で終わるのは、嫌だなあ)
「辛気くさい顔してんなよ」
 ふいに背中を叩かれ、顔を上げると妹尾が笑っていた。自分が取られたファウルが失点を招き、そこからズルズルとペースが崩れたことの責任を感じていない筈はないのに、かげりのない、ひとを安心させる笑顔だった。
「主将、」
「頼むぜ、川瀬。後半はお前にどんどんボール集めるからな。お前は前だけ見て絶対に決めろよ」
「うん」
 頷いた川瀬の肩をポンポンと叩いて離れると、妹尾はチームのひとりひとりを労うように肩を抱いて声をかけていく。ああいうところが、妹尾の人徳だよなあ、と川瀬は感心しながら目で追っていた。ミッドフィールダーどうし頭を寄せあって何やら話し込んでいる上原と杉山にも妹尾は近づいて、上原とひと言ふた言ことばを交わし、軽く肩を抱く。そのまま杉山にも同じようにするのかと思いきや、目も合わせず、無言で横を通り過ぎた。え、というように上原が目をまるくしたが、杉山は意に介したふうでもなく、しっかりした足どりで妹尾の後を追う。
 妹尾は大股でセンターサークルへと歩いていく。金色にブリーチした髪が陽光にきらめき、燃えるような炎天の下で背番号4を背負った背中がやけに眩しくて、川瀬は目を細めた。
 
 奴と肩組まずキャプテン炎昼へ(若林部長)

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