@natsu_luv
私の名は桐島葉月、28歳の元国語教師。
たったひとつの過ちで全てを失った私にかかった、帝國図書館の館長の声。
その声がきっかけで、私は特務司書となった。
最初は戸惑うことも多かったけれど、館長やネコさんのサポートもあり、今では仕事も板についてきた。
この図書館に最も長く居る重治さんも、助手として私を支えてくれている。
文豪たちも着々と増えていき、図書館も賑やかになっていった。
夏の訪れが近付いてくるような、暑さと陽射しの暖かさを感じたある日のこと。
私はいつものように、報告書の山を片付けていた。
扉を叩く音が聞こえ、入るように申し伝えると、重治さんが顔を出した。
どうやら、有魂書の潜書が終わったようだ。
私と重治さんは潜書していた文豪と新たな文豪を迎えるため、図書館へと向かった。
今度は誰と出逢えるのだろう。
楽しみな気持ちで、足取りが軽くなっていた。
図書館に着くと、潜書していた春夫さんが声をかけてきた。
幾つもの文字が光を纏って、ひとつに集約されていく。
その光が解き放たれた時、新たな文豪と思われる姿が瞳に映し出された。
羽のような柔らかな髪、紅水晶のように輝く瞳を持った可愛らしい少年だった。
「さぁ、この図書館の司書に自己紹介しな」
「はい。武者小路実篤です。気軽にムシャって呼んでください!」
「この子が武者小路実篤先生……?」
「そのようだね。想像と違ってた?」
「ええ、私が司書になる前に見た写真と全くの別人だったから……」
重治さんの問いにはそう答えたけれど、理由は他にもあった。
あまりにも可愛らしい容姿だったから、その姿がかつて私の愛した「彼」と酷似していたから。
「彼」と姿が似ていることは偶然に過ぎない。
だけど、私はその偶然に戸惑いを隠せなかった。
その時、武者くんが私に手を差し伸べてきた。
お近付きの印として、握手を交わしたいようだった。
私はその手を取り、もう片方の手でそっと包み込んだ。
「司書さん、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね。武者くん……」
武者くんが目を輝かせて、私を見つめている。
花のような愛らしい笑顔に、私も破顔しそうになった。
重治さんと春夫さんが呆気にとられたような顔をしているのが垣間見えたけれど、ここは気にしないでおいた。
手の温もりと優しい笑顔に愛しさがこみ上げてくる。
握手を交わした後、私は武者くんを司書室へ案内した。
「ここが、あなたの桃源郷なんですか? 少し窮屈じゃないですか……?」
「私にはこれで充分よ。あなたはもっと広い世界を創ろうとしていたものね」
「……確かにそうですね」
司書室を見た感想を率直に述べた武者くんは、窓から見える景色を眺めていた。
すると、何かを発見したようだ。
図書館の近くにある空き地を指差して、ハツラツとした声で武者くんが語り出した。
この地に畑を作って、野菜をみんなにお裾分けしたいとのこと。
思い立ったら即行動に出る武者くん。
私の腕を引っ張って、外へ駆け出していった。
空き地のある場所に出た私達は、周辺を歩き回りながら話をしていた。
「うわぁ、広いなぁ。よし、皆さんにも手伝ってもらいましょう!」
「畑づくりは大変よ。みんな乗ってくれるかしら」
「大丈夫ですよ。僕が何とかします!」
「私も力になるわ。あなたの畑で採れた野菜を使った料理を作ってみたいの」
「ありがとうございます! 楽しみにしてますね」
広々とした空き地を見て、どのような畑にしたいか考えているのだろうか。
武者くんの目がまた光り輝いていた。
無邪気な声で語りかけ、私の心はさらに動く。
こみ上げていた愛しさが、心に大輪の花を咲かせる。
その花が私の願いを花弁に乗せて、心の中を巡る。
武者くんの瞳に映る景色を一緒に見たい。
武者くんと幸せな日々を過ごしたい。
花弁が運んできた願いを秘めて、私は武者くんの姿を見つめていた。