@akirenge
【これから紡ぐ幸福論】
「食堂が、止まる?」
「たまにあることなんだ。食堂の料理長が用事でいなくなるの」
室生犀星は廊下を歩きながら芥川龍之介に話した。二人は食堂に向かっている。最近、帝國図書館分館では今のところ転生確認がされている三十五人が、
揃ったのだ。
帝國図書館分館は国が運営している国定図書館の一つであり、日本全ての書物を扱っている帝國図書館の分館で、実体は犀星や芥川のような、
転生した文豪達の拠点であり、突如、文学書が侵蝕者という謎の敵によって黒く染まる現象を解決している場所でもある。
解決方法は物理攻撃であった。
文豪達の持つ本を武器にしてそれで侵蝕者と戦うのだ。
「だから、今日の昼食は外で食べたり、各自で作れって」
「そうなる。夜には帰ってくるみたいだから夜は安心だ」
芥川と犀星はかつての友人同士で、生前、犀星は芥川に負い目があった。
生前の芥川は自分に会いに来てくれたのだが、犀星は留守でいなかったのだ。その後、芥川は睡眠薬を大量にのみ自殺、犀星は半年間は作品を作らなかった。
分館で最後に転生した芥川に関しては色々な者たちが気に掛けている。
今日も有碍書の浄化をこなしていき、お昼時、各自で昼食を取ることになった。犀星は友人である萩原朔太郎と共に食堂で食事を取ることにした。
犀星を転生させた特務司書の少女が人数は限られているとは言え、昼食を作ってくれることとなったのだ。
「司書さん、今――!」
あと少しで食堂にたどり着こうとしたときに犀星と芥川の耳に聞こえたのは、切羽詰まっている萩原朔太郎の声だった。
「朔!? もしかして、朔に何か!!」
親友である萩原朔太郎は同じ北原一門であり、犀星にとっては大事な親友だ。二回は言っても良い。そのまま犀星は走り出す。朔太郎に何かあったのか、
その前に朔は司書のことを呼んでいた。
「おい! 朔を泣かせたら承知――」
よく分からないが、犀星は走って食堂の中に入る。朔を泣かせたら相手が誰であろうとも許さないと言う意気込みで来たのだが、
「助けるから。そのままでいて、司書さん!」
「ばか――!!」
「何を言っているんですか。馬鹿とは。僕はやるべきことをやっただけですよ!!」
とっくみあいの喧嘩が犀星の目に飛び込んできた。していたのは朔ではなく、泉鏡花と特務司書の少女で特務司書の少女は鏡花に飛びかかっている状態だ。
朔はと言うと椅子を両手で持って思いっきり鏡花に振り下ろそうとしていた。やるべきこととはなんだとかなったが、
「朔! 椅子は人を殴るためにあるんじゃない!!」
「貴方が、それ、言うかな」
言わなければならないときもあるんだ、と犀星は自己納得をすると朔太郎を抑える。芥川はと言うと飛びかかった状態から体制を直した鏡花を
攻撃しようとしている特務司書の少女を背後から抑えた。
「りゅーさん」
「落ち着いて。司書さん」
「朔、落ち着け!」
状況が飲み込めないものの、犀星は朔を芥川は特務司書の少女を押さえつける。特務司書の少女は鏡花を睨んだ。
「馬鹿――!!」
「何をするんですか貴方は!!」
「どうしたんだい。この騒ぎは」
鏡花と特務司書の少女が喧嘩を始めようとしている中、徳田秋声が盆の上に野菜スープを載せてやってくる。特務司書の少女は不機嫌そうに
テーブルの上を見ろという風に視線で促した。
「これ、おにぎり……焦げまくってるけど」
「コイツがガスバーナーで焼いた」
白い丸皿に載っていたのは丸いおにぎりだった。
ただし、どれもこれも焼きおにぎりである。
「僕と司書さん、先に秋声さんの作ったおにぎりを食べていたら……」
「秋声が作ったおにぎりを焼いたら彼女が掴みかかってきたのです!」
椅子を振り上げたままの朔であったが、犀星と一緒に居ることで落ち着いたらしい。椅子を降ろす。犀星と芥川が食堂に来たのも特務司書の少女が
食事を作ってくれると言ったからだ。
整頓してみると
「朔と司書と秋声が先に行って、秋声がおにぎりを作って司書と朔が食べてたら泉がおにぎりを……」
「コレで焼きました」
自慢げに鏡花が出してきたのがガスバーナーだった。犀星はこれに見覚えがある。
前に特務司書の少女が購入したが結局は使わなかったものだ。コレでクレームブリュレを作るとか言っていたのだが犀星の師である北原白秋が危ないと
反対をしてきたのだ。あの時、結局はパンケーキパーティをした。
「君、それを鏡花に……」
「あげるわけないでしょ。そんな危ないもの。何処に置いたのか忘れ……」
「給湯室の棚の奥にありました。炙るために丁度いい道具が発明されていたのですね。アルコールランプと併用すれば無敵です!」
給湯室とは文豪達が寝泊まりしている建物にある部屋だ。簡易キッチンがある。ガスバーナーを握って自信満々に宣言している鏡花だが司書の殺意が上がっている。
鏡花は素でこれである。潔癖少忠の潔癖症でナマモノは炙らないと気が済まないタイプなのだ。
「秋声、おにぎりの方は」
「彼女がこれから昼食を作るって言っていたんだけど空腹のままだと何だから、萩原君と彼女の分と僕の分を加護者に教わって作っていたんだ。
――鏡花が来るとは想わなかったよ」
加護者というのは分館の管理者であり特務司書の少女とは利害の一致で協力関係にあるという存在だ。外見は十代の幼い少女をしているが、
実際の姿はもっと大きいらしい。
秋声は鏡花の分は作らずに自分と朔と彼女の分を作っていたようだ。
「紅葉先生が食堂で食べたいと言いましたからね。僕が先に来ていたのですよ」
「だからと言って生ハムとサーモンのおにぎりいきなり焼くか?」
「司書、言葉が荒……仕方が無いか」
それなりに丁寧な言葉を、穏やかな言葉を使うようにしている司書だが言葉遣いが刺々しくなっている。芥川が抑えているが、特務司書の少女は飛びかかるだろう。
特務司書の少女や朔からすれば、自分達が食べようとしていた食事をいきなり燃やされたのだ。
生ハムとサーモンだとそのまま食べられる。
犀星は改めて皿を眺めてみるが載っているおにぎりはどれもこれも黒焦げだ。
「君の分は鏡花。彼女が作るんだからいきなり焼くことはないだろう」
「秋声は僕の分を作ってくれなかったのですか。向かいますとは言ったでしょう」
「言ったけど居なかっただろう。どうせ遅れるから作らなかったんだ」
「紅葉先生も来るのですよ。作らないとは何事ですか!」
「徳田さん、まずは野菜スープをおいた方が良いんじゃないかな」
秋声が野菜スープをひっくり返さないばかりの勢いで喋っているのを芥川が制する。芥川は特務司書の少女を背後から抱きしめている状態だ。
落ち着かせているのだろうか。
空いているテーブルに秋声は野菜スープを置いた。
織田作之助は三十分ほどの前のことを補修室のベッドの上で回想する。
第一会派である自分は今日の歯車取りを終えて、補修を終えたがまだベッドの上だ。体調が優れない。十一月の寒さが堪えてきたのだろうか。
(治さんと……)
先ほど徳田秋声がドアをノックした。特務司書の少女が食事を作ると言っていた。話してみれば同じ第一会派の正岡子規と菊池寛は外に食べに行くと
言うから食べるのは自分と徳田と数人ぐらいのようだ。
「見栄張って、元気が出るメニュー、言うたから……何がくるんやろう」
特務司書の少女はリクエストを組んでくれる。織田は特務司書の少女が作る食事が好きだし、彼女のことはもっと好きだ。
ぎりぎりまで眠っていることにする。回復をすれば良いなと、想いながらだ。
徳田秋声は落ち着くことにする。
特務司書の少女は芥川に抑えられていたし、萩原も落ち着いていた頃だ。
「野菜スープというかポトフなんだけどね。肉は足しておいたから」
「朔さんはお肉多いのにしておくね。鏡花さんをぶっ飛ばしてからだけど」
「ぶっ飛ばされる理由がありません!」
「あるだろうが」
声が冷ややかだ。怒りが収まっていないようだ。芥川が柔らかく抱きしめていて抑えきっている。鏡花を倒すのは特務司書の少女にとっては確定事項のようだ。
「司書さん、落ち着いて」
「りゅーさん」
「僕は司書さんが大事だし、泉先生も作家としては尊敬しているんだ。――学生時代、著作を読んでテストを落としちゃったこともあるぐらいに」
「著……草迷宮……そうなんだ。あたしとそう変わらないね」
作家としてはと言っているが作品と人格は切り離して考えるべきだろう。特務司書の少女の会話が飛んでいるがこれは加護者が素早く教えたからだ。
先ほど秋声におにぎりの作り方を教えてくれた彼女は今はこの場には居ないが特務司書の少女と会話は出来ている。
草迷宮は鏡花の著作の一つだ。
「君、テストを落としたことがあるのかい」
「平均点より上は取ったよ。ゲームに集中してたから」
コレでも特務司書の少女は頭は良い。秋声はと言うと学校は中退だが、学歴に関してはデリケートな問題とも取れるのでこの場では触れない。
「司書が食事を作ると言いましたが紅葉先生の好みの食事は作られるのですか」
「平均で作るから味は変えろ。私は全員の好みを合わせるようなマネはしないし、作るのはパスタだ」
「作るのは僕と犀星さん、朔さんに秋声さんに司書さんに」
特務司書の少女を抑えながら芥川はやんわりと誰の食事を作るか読み上げていく。前にも聞いたが特務司書の少女は本人なりの平均値で作って後は味を
変えて貰う。
「オダサクさんもだよ。メニュー用は決めてて下準備は……」
「加護者がおにぎりを作る前にやっておけ、と言われたことはしておいたよ、ニンニクをオーブンで焼いてるし、他にもいくつか」
厨房に入ったときに加護者がレシピを教えようかと話しかけてきて承諾したら教えてはくれたがその前に下準備というのをしておいたのだ。
言われたことをしたため秋声はそれがなにをするためのものか、解らない。
「それならさっさと出来るよ」
六人分の予定だったようだ。犀星と朔太郎が入ったのは二人が丁度居たところ、司書と自分と出会って話の末に作ることになったからだ。
犀星が胃を抑えながら白さんの壁にならないとと言っていたのだが壁とはなんだろうか。
「どんなものを作ってくれるの?」
「元気が出るメニュー。オダサクさんのリクエスト」
「僕が伝えたんだ」
「って、僕や紅葉先生の食事はどうするんです?」
「自分で作……無理だな」
特務司書の少女の口調のアップダウンが激しいが機嫌が直りかけていたり沈んだりしているからだろう。無理だなと速攻で訂正が入ったのは、
仕方が無い。世の真理だ。
「おーい。何やってるんだ。龍? 司書のこと抱きしめてるけど」
「騒ぎになっているようだが」
無理だ、と鏡花を除くほか一同が納得する中、来たのは志賀直哉と秋声の師である尾崎紅葉だ。
「司書さんと朔さんがおにぎりを食べていたら泉先生に焼かれて司書さんが怒って喧嘩になっていたから拘束中」
「ここで食べるんだ。志賀さん」
「武者達は外だ。多喜二と共に商店街で大食いメニューをやっているそうだから大盛りカレーを食べに行ったし、どうしようかと考えたら尾崎さんと逢ってな。
司書の料理を手伝おうと想ったんだよ」
簡単な説明だが志賀は納得したようだ。志賀の友人である武者小路実篤は小林多喜二と食事に行ったようだ。志賀が料理の手伝いを申し出たのは、
負担もあるだろうが師が料理に煩いからだろう。何せ不味いなら食べない。文豪の中でも美食家過ぎる方なのだ。
「鏡花さんの分は作るとは言わないけど紅葉さんならいいかな」
「君、機嫌を直しなよ。おにぎりならまた作れば良いから」
「せっかく作ってくれたものをサクリファイスされたのが嫌なの!」
サクリファイスと言うのは生け贄や犠牲を意味するラテン語だがこの場合は歌のタイトルだ。秋声も前に聞いたことがあるのだが、舞台のような歌で、
ミュージックDVDというのもみせて貰ったが舞台だった。
「司書さんは、優しいんだね。作ってくれたものを大事にしてる」
「大事にはするよ」
芥川が微笑を見せていた。特務司書の少女の拘束を柔らかく強くしている。紅葉が鏡花の方を見た。
「鏡花、自分の分だけならまだしも、皆の分まで焼いてはならぬ」
「紅葉先生……」
「聞いてから焼いた方が良いな。その辺は。で、どうするんだよ。飯。八人居るぜ」
特務司書の少女、萩原朔太郎、室生犀星、芥川龍之介、徳田秋声、泉鏡花、尾崎紅葉、志賀直哉で八人だ。待っていればそれに織田も加わって九人だ。
九人分だとかなり多くなる。どうしようかなと特務司書の少女が思案に入るのに秋声は気付いた。
「そうだ。えーと、か、加護者。い、いるよ、ね?」
呼んでみる。呼び方が辿々しくなってしまうが、存在が見えないのだ。特務司書の少女曰くあたしのすぐ側に居るよ、らしいが、
『居るわよ。どうしたの? 徳田秋声』
その声は食堂全体に響いた。
どこに居るんだろうとなりながらも、秋声は会話を試みる。
「僕がおにぎりを作っていたときに言ったよね。”下手な俳句を対価に私が教えても良いけど?”って」
『言ったわね』
「後になるけれど、俳句は対価にするから。料理を教えてほしいんだ。今、師匠と鏡花に作る分の、料理を」
からかい気味の言葉であったが、確かに言ったし加護者も同意していた。特務司書の少女が皆の料理を作ると負担になる。
「お前、そんなこと言ったの? 下手な俳句って、確かに秋声さんの俳句は地味で正岡さんも地味でちょっと下手って言うけど言ったら駄目じゃない」
「司書、司書、お前も言ってるから」
フォローになっていないどころか傷口に塩を塗り込むような行為だ。正岡子規に言われているが彼は近代俳句の父だ。そこは置いておく。
犀星が一応気遣ってくれている。
『落椿、へばり付いたる、柄杓かな、とか、立ち寄れば、夜の桜に、やゝ嵐、とか、それなりに派手なのもあるけど。新作の俳句ねぇ……後払いでいいわ』
声だけが聞こえているが楽しそうだ。姿だけは見せてほしいと秋声が思った時、鏡花が特務司書の少女と芥川の前に立った。
正確に言えば秋声と司書と芥川を遮るようにして立つ。
「いけません秋声! あの子供に力を借りては。あの妖、仏の力で浄化をしなければいけないようなモノですよ。おかしなものに力を借りては」
『仏だろうが力の問題ねぇ……。対価分のことはするわよ? 貴方が迷惑をかけた分も入れてくれるみたいだし』
「秋声さん、お裁縫も趣味なのに料理もやるんだ」
「裁縫の趣味から君の影響だけどね。君、そういえば何を作……」
秋声の裁縫の趣味は転生してからだ。まだ分館に文豪が揃っていなかった頃、特務司書の少女がカルトナージュという布箱作りをしているのを見たことが
きっかけだ。頼まれた材料を買いに言ったときに簡単裁縫セットなどが揃っていたので始めて見たのだ。
自分のペースで出来るのが楽しい。
加護者の指示で下準備は下が何を作るのか、聞いていない。司書が口を開こうとしたとき、
「三好君だ」
「司書さん、居た!! って、何いかがわしいことをしてるんッスか!!」
「……え? 鏡花さんを殺ることがいかがわしいと……?」
「してないよ。僕は泉先生の安全を守るために司書さんを抱……拘束しているのであって」
「会話、ずれてないかな」
食堂に三好達治が来る。三好は芥川に抱きしめられている特務司書の少女を見て声をあげるが、特務司書の少女は別の方向に取ってしまっていて、
芥川は芥川で何かを言いかけていたが秋声としてはずれていないかと声をかけることぐらいしか出来ない。
「芥川も離……無理だな。泉が死にかけねん」
「僕は負けませんよ。コイツには!!」
犀星が言う。鏡花も鏡花で負ける気は無いようだが、喧嘩に入りそうだ。
『この子には拘束……力を落とすのはかけてるから。離してもいいわよ』
「……離していいのか……でも心配だから」
「――龍。離してやれ。で、三好、司書を探してるようだったが……」
加護者が言う。
渋る芥川に志賀が促せば渋々芥川は特務司書の少女を離した。志賀が三好に促すと三好は特務司書の少女の側に来る。
「司書さん。オダサクさんに料理は作らないで欲しいッス!!」
三好の宣言を聞いた秋声は驚いた。
感覚に蓋がされているという状態を特務司書の少女は味わっていた。味わっていたが三好の言葉は聞こえた。
「どういうこと? オダサク君に料理を作るなって」
「今、オダサクさんは体調が悪いんッスよ。それでも司書さんの元気が出る料理を食べようとして」
「改めて聞くけど、今日のメニューって」
「アーリオ・オーリオと鶏肉のコンフィにポトフなんだよ」
「……それ……」
「寛が言ってた、第一会派のチームワークが上がったメニュー?」
メニューを並べる。その準備は加護者が秋声に指示を出してしてくれていたようだ。アーリオ・オーリオとは最もシンプルで定番で奥が深い
パスタと言われているアーリオはイタリア語でニンニクでオーリオはオイルのことであり、ニンニクとオリーブオイルと唐辛子を使ったパスタソースだ。
ソースを作って茹でたパスタを入れて炒めてパセリを散らせば完成のメニューである。
ちなみにペペロンチーノはスパゲティのことであり、日本で言うペペロンチーノはアーリオ・オーリオのこととも取れる。
鶏肉のコンフィは鶏肉をオイル漬けにしたものを焼いた料理だ。付け合わせに野菜も置く。
「チームワーク……?」
「あ、いや、別に……」
「不味かった?」
「美味しかったんだけど」
秋声が辿々しい。チームワークが上がるようなメニューだっただろうか。あれは。
「オダサク君と秋声さんが食べるのがきつかったらしくて何とかパスタを完食したけど、肉はみんなで分けて食べたって」
「……金色夜叉を始めて浄化できたときの料理だったからね」
織田作は病弱な方であり、秋声も生前よりはマシな方であるが胃の方はそこまで強くは無い。金色夜叉浄化記念として腕によりをかけたのだが、
胃に来ていたらしい。想像してみるに正岡が大量に食べてくれたのだろう。
どんなメニューか解らない文豪も居たのだが、加護者が息を吐いてからメニューの解説を入れたため、他の文豪達も解った。
「そのメニュー、作ってるんッスね。オダサクさん食べられないッスよ。何とか起きようとして南吉君に止められていたッス」
「先輩に止められているなんて……見た目は逆なのに」
「今のところ、織田は最年少だからね。……僕が聞いたときも無理をしていたのか……」
「無理をしなくてもいいのに」
『織田作之助は貴方に関しては無理をしたくなるからねぇ。――メニュー、胃の具合に寄るけど辞めた方が良いわ』
だよね、と返しておく。
無理をかけるようなことはしないようにしているのだが、無理をしてしまうところはあるようだ。
「でも、仕込んじゃってるんだよ。ニンニク……アーリオ・オーリオは下手に作ると不味い」
『雑に作ってもそこそこ美味しいけど腕が出るのよね』
「……オダサクさん、気を遣うと申し訳なさそうにするよね」
シンプルイズベストの料理がアーリオ・オーリオだ。仕込んだ以上、勿体ないことはしたくはないのだが、かといって織田作は
気を遣うと笑いながら申し訳がなさそうにする。
「僕が気付けば良かったんだけど」
「メニューは変更は出来るから。中華粥にしとこ。あたしも食べるし、……織田作さんは?」
中華粥は中華風の粥である。鶏ガラスープなどで米を煮込むので特徴としてはご飯に味がついているのだ。
『新美南吉が、織田作さんは寝てるのって蒲団の上から柔らかく乗ってるわ』
「ちょっと可愛い」
「織田君の体調の方は」
『悪いわね』
聞けば加護者が分館内部を確認して教えてくれた。犀星が聞けば体調について教えてくれた。回復しようとして焦ったら回復しないのだろう。
これからメニュー配分もし直さないといけない。人数も増えた。
「おい。アーリオ・オーリオの作り方は」
『貴方が作るの? 小説の神様』
「短編小説やってるだろうが。ついでにコンフィの作り方も教えろ。――泉と尾崎さんは肉を食えるか?」
「食べられます。炙りますが」
「コンフィ……食べてみたいものだ」
志賀が呼びかける。その呼びかけは加護者に対してのものであり、加護者は即座に答えた。短編小説をやっているということはこの加護者、
密かに食べているらしい。すぐに志賀は鏡花と紅葉にも話しかける。
「僕もコンフィ、食べたい。三好君は」
「オダサクさんが無茶しないように自分は中華粥にするッス」
「犀は」
「俺も中華粥で。作るの手伝うよ」
「――じゃあ、コンフィはみんなの分、食べるね」
当初、作る予定だったのは自分と芥川と犀星と朔太郎と秋声と織田作の分だった。紅葉と鏡花が二人分で残りは四人分だが、朔太郎は全てのコンフィを
食べるようにしているというか。
「朔さんってお肉大好きだよね。鶏肉をおかずにラム肉は野菜って感じ」
華奢に見える朔太郎だがお肉大好きだ。
「司書さんも好きだよ」
「かに……」
『肉については志賀直哉も食べなさいな。芥川龍之介は?』
言いかけたら加護者が遮ってくる。
「僕も司書さんたちと同じ中華粥にするよ」
「俺と泉と紅葉と……秋声はどっちを食べる」
「アーリオ・オーリオというのとコンフィでしょう。食べられますよね。秋声!」
「尾崎一門はそれを食べよう」
「……解ったよ」
渋々という風に秋声が言う。区分としては自分と芥川と犀星と三好が中華粥組で、紅葉と志賀と鏡花と秋声と朔太郎がコンフィ組だ。
朔太郎はコレだとコンフィを二人前、食べられる。
『対価分に関しては払いがあるからいいわ。徳田秋声。中華粥は材料だけ持って分館のキッチンで作りなさい』
「そーする。厨房にあるよね。南吉君の分も作るんだよ。……朔さんの料理は?」
そこで気がつく。粥組が犀星や三好で分館のキッチンで作るとなると、コンフィとアーリオ・オーリオは食堂で作るため朔太郎が余るのだ。
『運んであげるわ。サービス』
「……サービスか……そう想っておく」
コイツがサービスがいいときは何かがあると想っておいた方が良いのだが、優先は昼食だ。特務司書の少女は厨房に材料を取りに行くことにした。
徳田秋声は一つのテーブルを師である尾崎紅葉と兄弟子である泉鏡花と囲むことになってしまった。手伝おうとしたのだが志賀に待機を言い渡された。
「志賀さんは料理が上手いから問題は無いだろうけど……鏡花。彼女と争わないでくれないか」
「僕が争うのではありません。彼女が争うんです」
「君は……」
「秋声の握ったおにぎりは美味いぞ」
話し込んでいたら堅くなって、しかも焼けているおにぎりを紅葉は食べていた。美食家で不味いと言うような紅葉がだ。
ポトフも側にある。秋声がソーセージなどを足して煮込んだスープだが、紅葉はハーブソーセージを何だこの味はと驚いていた。
「た、食べなくても……」
「美味しいですよ」
「こんなの、加護者の指示でやっただけで」
「謙遜するな。美味いぞ。秋声」
食事が出来るまで時間がかかる。
秋声は兄弟子と師に褒められて、言葉を詰まらせる。二人は、微笑んでいた。
新美南吉に抑えられながらも織田作之助の体調は多少は回復してきた。
「おっしょはんに迷惑かけたなぁ……」
加護者から”メニューは貴方用に中華粥よ”なんていわれて、気を遣わせてしまったのかとなる。遣わせたくないのにだ。同じ病気にかかっていた正岡なんて
胃の方が丈夫で色々と食べていたというのに自分は転生してからもそこまで食欲がない時はとことん落ちてしまう。
「オダサクさんが無理に食べる方が迷惑なの!」
南吉が先輩顔で言っているが生まれで言えば南吉は自分よりも上なのだ。織田作が眠っていると、ドアがノックされる。
「俺だ。織田君、新美君も中華粥が出来たよ」
「起きられる?」
新美が離れると織田は起きた。ドアを開ければ室生犀星が待っている。
「司書も芥川も居るから。朔と三好は別のところで食べることにしたけど」
「別なの?」
「――朔は肉をおかずに肉を食うって状態だから」
「きつ……」
推測するに自分を気遣ってのことだろう。萩原が肉を好きなのは皆知っている。想わずきついと言ってしまっていた。
新美と犀星が共に織田を見る。
「中華粥は司書が胃に優しいのにしてある」
「それは食べます。おっしょはんの飯やし」
心配をかけてしまって、無理をしたら余計に心配をかけてしまう。嫌なループに入っていると自分でも想う。起きてから飲食室の方に行けば、
司書と芥川が待っていた。大きな土鍋に中華粥が入っている。
「織田作さん、一緒に食べよ。無理せずにね」
笑顔で彼女が迎えてくれる。心配をかけてしまったとか、メニューの変更が悪いと思いながらも、その笑顔が自分に向けられていると
知って、酷く嬉しい。
「無理はせんようにするわ」
「したら止めてくれる人も居るもん」
「そうだな」
「食べようか。司書さんの中華粥」
用意されているレンゲと皿を織田は受け取る。土鍋を囲んで皆で、昼食であった。
志賀直哉は加護者の指示を聞いて鶏肉のコンフィとアーリオ・オーリオを作り終わり、運ぶだけとなった。
志賀からすれば尾崎紅葉は既に死んでいた者であり、鏡花とは交流があった。秋声は幅広い交流をしていた者と言う認識はある。
『白樺派は紅露、自然主義と続いた薄暗い時代に風穴を開けたと後の芥川龍之介は語ったわね』
「お前は暗い物語の方が好きだろ」
指示は的確である。指示は、出来るのだ。この加護者。姿を濃く出して貰っているのは秋声ほどではないが、姿なしで声だけが
聞こえていると不気味だからである。黒いゴシック系の少女趣味衣装と特務司書の少女が言っていた衣装を着た彼女は笑っていた。
そっちというのは観念小説やら暗い小説のことであるが返答は物語である。
加護者が皿を消す。志賀が書いた短編小説を対価にやってくれたらしい。頼りすぎるとよくないものであるようだが、
働くときは働いてくれる。
『物語は何でも好きな方よ?……近代文学初期だと山田美妙の作品とか好みだけど、彼、転生はしなさそうね』
「無理そうだな」
山田美妙は硯友社、尾崎紅葉も所属していた結社の者だ。文学史的に残した功績は大きい方だが、作家としては余り残っていない。
スキレットに載った二つの鶏肉のコンフィとアーリオ・オーリオがのった皿に手を伸ばすと皿自体が消えた。
『送っておいたわ、貴方は』
「尾崎さんに呼ばれてるんだよ。お前が言った風穴を開けた存在としてな。……皿の転送しろ。出来るだろ」
『したら離れるから』
私が説明したし、と加護者が言う。尾崎紅葉が転生した頃、紅露時代のあとのことを彼女は説明していたのだ。
今までの出会いもこれからの出会いもひっくるめて、やっていく。
「司書と泉ももうちょっと仲良くすれば」
『貴方と無頼派みたく争いを意識してやらないようにするか。周囲が止めるかね。私も一応止めるけど』
「一応かよ。……司書も子……子供なんだよな」
泉との会話は子供のようなものだったのだが、実際に彼女は子供だ。背伸びをしているところがある。
色々あるのだろうが今のところは平和なのだ。
文豪達も揃ったし、騒がしいことも増えるだろうし、トラブルも増えるかも知れないが楽しいことも増えるのだろうと志賀は切り替えておく。
様々な出来事がこれからも起きるのだから。
【Fin】