@kitanosasakure
また、殺人だ。
机の上に広げた昼食を食べている最中、マヤの耳に、物騒な話が飛び込んでくる。今、校内は近頃勃発している、連続殺人事件の話題で持ち切りらしい。教室の中で昼食を取るクラスメートの数人が、殺人事件の話題で盛り上がっていた。
マヤにとって、関心はあるものの、どちらかと言えばどうでも良い事のひとつだ。このご時世に殺人事件なんてよくある話で、どうせそのうちに犯人が捕まるのだから。それに、事件は自らの住む場所とはかなり離れた場所で起きているので、巻き込まれるはずがないと、確信に近い感情も持っている。
マヤは耳に入ってくる情報を聞き流し、再び目前にある弁当に手をつけようとしたが、隣に座る友人、美加がマヤに話しかけてくる。
「ねえマヤ。沖縄からどんどん上がってきてるみたいじゃない? 切り裂きジャック」
美加が、突然話題をふってくるのは日常茶飯事だ。マヤは内心、食事中に殺人事件の話はしたくはないと思っているが、口には出さない。
「なあに、切り裂きジャックって」
「連続殺人事件の犯人のコト! だって、手口がそんな感じじゃん」
“切り裂きジャック”というあだ名に、マヤはなるほどと頷く。犯人は、犠牲者をズタズタに切り裂いて、殺害しているらしい。中には、身体の一部が今だに見つからないという遺体もあるという話だ。
「そっか。でも同一犯なのかな? 複数人だったりして」
弁当箱に入ったサラダをつつきながら、殺人事件の話に乗る。
「有り得る! なんか、カルトな団体が関与してるかもって噂もあるし。怖いよねぇ襲われたらどうしよ!」
余り怖くなさそうに言う美加に向かって、マヤは笑う。
「大丈夫だって。もう、犯人が捕まるんじゃない?」
その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。途端に慌ただしくなる教室内で、マヤと美加は、弁当箱を手早くしまい込むと、自席についた。
マヤは放課後、担任に呼び出しをされた。マヤは品行方正なので、悪いことをした訳ではない。友人に別れを告げた後、職員室に向かう。
「しつれいします」
念のためブレザーとスカート、リボンタイを正し、職員室の扉をノックした後に入る。それから担任の机のある場所へ歩く。職員室内は、いつもどおり落ち着いた雰囲気で、コーヒーの香りがした。
「あ、藤堂さん。ここに座って」
担任は、マヤの姿を見つけると、隣の机から椅子を抜き、座るように促す。
「はい」
マヤは短く返事をして、椅子に座る。そうすると、担任と向かい合う形になった。
「えっと、進路についての話なんだけど……」
「はい」
「就職活動は上手くいってるかい?」
担任は、手元の資料を見ながら、気さくな態度でマヤの就職活動についてを訊ねた。
「はい、受けたい会社が見つかりました。事務系なんですけど、私に合ってるかなって」
確かに、合っているかもね、と担任は頷く。
マヤは、あと数ヶ月で高校を卒業をする。卒業後は進学ではなく就職を望み、良い就職先を探し、ようやく見つけたのだ。
「事務系は近年、競争率が高いからね、これから大変だろうけど、藤堂さんだったらきっと大丈夫だよ。何かあったら、相談してください」
担任に、肩を柔らかく叩かれる。
「はい、ありがとうございます!」
「うん、じゃあ、今日はこれ位で終わり。気を付けて帰ってね」
「はい、さようなら」
マヤは深々と一礼した後、立ち上がり、静かに職員室を後にした。
学校を終え、マヤはそのままアルバイト先に向かう。アルバイトとは言っても、親戚のおばさんが店長をやっている小さなラーメン屋の手伝いだ。
「天気、わるくなりそ……」
事故の多そうな見通しの悪い交差点を通った後、足を止め、空を見上げる。色の悪い雲が一面に広がっていた。明らかに、雨雲。大雨になったら、大変だ。
「……急ご」
今にも雨が降りだしそうだったので、マヤはアルバイト先に急いだ。生憎、傘を持って来ていなかったので、今降られると少し困る。内心、朝の天気予報をちゃんと見ておくべきだったと、後悔をした。
スカートがめくりあがるのを多少は気にしつつ、疾走する。人通りも車もかなり少ない道なので、本気で走ってもまず、大丈夫。とマヤは思っていたが、珍しく、前方から黒い軽自動車が走ってきているのを確認した。車道と歩道の区別がつきづらい程狭い道なので、事故など、万が一のことを考えてマヤは止まり、車が行くのを待つことにした。
ゆっくりとした速度で黒い車が来る。あちらも、万が一のことを考え、速度を落としているみたいだった。と、突然マヤの隣で車が停まる。マヤはびっくりして、後ずさる。そのまま何事かと見ていたら、暗い色をしたウインドウが、ゆっくりと開かれた。
「こんにちは。お嬢さん、ちょっと道が訊きたいんだけど……」
中性的な声色だった。開かれたウインドウから出されたその人の顔を見た瞬間、マヤはその人を美しいと感じた。本能レベルで惹きつけられるような、奇妙な魅力を感じた。
その人の顔は、少し日本人離れをしている。後ろで束ねられた琥珀色の髪に、碧色の瞳。しかしだからといって外国人という風ではない。外国人の血を引く日本人だと、マヤは思った。
「あっ……はい」
少しの間をおいて、ようやく返事をする。返事を聞いた後、綺麗な人物は柔らかな表情で、マヤに質問をする。
「この辺で、車を停められる場所って知っているかい?」
どうやら、この辺りは初めてらしい。マヤはああ、と頷き、知っている駐車場を教える。
「えっと、このまま真っすぐ行ったら広い道に出るので、そこを右に曲がってずっと行ったらありますよ」
「真っすぐね……」
綺麗な人物は周りを見ながらウンと頷き、マヤの方を見た。
「じゃあね、ありがとう」
「は……はい」
マヤに柔らかな笑顔を向けた後、その人はウインドウを閉め、車を走らせて行った。
車が走り去る様を見ていると、頬に冷たいものを感じた。これはいけない、とマヤはアルバイト先に走り出す。
あっという間に、バケツをひっくり返したような大雨になってしまっていた。鞄を傘代わりにしても、長い黒髪とコートはずぶ濡れになってしまい、水を滴らせ続けている。急いでアルバイト先の屋根の下に駆け込み、出入り口の引き戸を僅かに開け、中に呼び掛ける。
「おばさーん、すみません、ちょっとタオルをー!」
奥にいるだろうおばさんに向かって呼び掛ける。すると、おばさんはすぐにやってきた。
「まあ! マヤちゃん大丈夫かい? とりあえず、奥に行って髪乾かしちゃいましょ」