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毛利藤四郎とソハヤノツルキの回想について

全体公開 6 3942文字
2017-07-28 20:04:53

毛利とソハヤの回想からちょっと考察しました。

Posted by @a_ri_no_ri

○毛利藤四郎とソハヤノツルキの回想(in関ヶ原)の台詞から、考察したことを書き出してみました。前から刀剣乱舞が、家康のソハヤノツルキ所有期間をどう設定しているのか、気になっていましたので、特にそこに言及しています。毛利藤四郎に関しても、『日本刀大百科事典』『池田分限帳』から贈答時期などについて書いておきました。少しだけ関ヶ原の背景事情の説明もあります。
先ずは、冒頭の台詞から。

ソハヤ「どうしたよ、神妙な顔して」

→神妙には複数の意味があるが、この場合は「普通とは違って大人しい」という意味合いであろう。一緒に出陣したなかに「いつもと違う」刀がいれば、気付いて声かけするソハヤ。ヤンキーだけど、気遣いができる、気のいいあんちゃん設定なのか?ソハヤが気にかけた毛利藤四郎は「関ヶ原の戦い」について話し出す。

毛利「……少し歴史が違っていたら、僕らは東西の総大将の刀として相対していたんですよね」
ソハヤ「おっ。そういうことになるのか?だが、そうはならなかった」

→個人的に一番「マジか!?」となったところ。毛利藤四郎は自分が「西軍の総大将毛利輝元の刀であった」過去から「東西の総大将の刀」と言っている。問題はそれがソハヤに向けられている点。ソハヤノツルキは家康の所有となった時期が分からないのだ。
御宿(みしゅく)家が家康に進上したという『明良洪範続編』の記述から、大坂の陣の後に家康の所有になったとの推測が広がっているが、久能山東照宮の『久能山御宮御寶物目録』には、「元来徳川家相伝の御物にあらず、織田信雄公援兵の為に勝利を得たる謝恩として贈り参らせし物という」とある。
毛利藤四郎は「総大将の刀として相対していた」と言っている。これは関ヶ原の時点で「ソハヤが東軍の総大将家康の刀」でないと出て来ない言葉である。少なくとも毛利藤四郎は
『関ヶ原のときにはソハヤは家康の刀であった』
と認識している。毛利藤四郎の発言を素直に取れば、ソハヤは関ヶ原(慶長5年=1600年)のときには家康の刀であった、となる。
となると、刀剣乱舞は久能山の目録を採用し、ソハヤノツルキは小牧長久手の戦いに勝利した「謝恩」として、織田信雄(信長の息子)が徳川家康に贈った刀としているのだろうか?その場合、ソハヤは早ければ天正12年(1584年)には家康の手元にあったことになる。ただでさえ刀剣乱舞の2205年設定で600年近くなる家康の所有が、さらに32年も延びる計算となる。なお、御宿家が天正10年(1582年)に家康に進上した可能性もあるので、最大値は34年。
しかし、その点がはっきりしないせいか、それとも関ヶ原のときの家康の差し料が「菖蒲正宗」とされているせいか、ソハヤの返事は「そういうことになるのか?」と疑問系である。毛利藤四郎の「ソハヤは関ヶ原のときに家康の刀であった」という認識は、ソハヤの「そういうことになるのか?」で誤摩化されている。意図的な台詞により、家康の所有時期と、ソハヤが関ヶ原で佩刀されていないのを煙に巻いているのだ。
ちなみに、関ヶ原の戦いのときに家康の差し料であったとされる刀は、幕府の公式記録(徳川実紀)では「菖蒲正宗/江雪正宗/不動国行」、水戸徳川家では「児手柏」、尾張徳川家では「大左文字」とされ、5振ある。家康の実記に記述があり将軍家に伝来しているから、「菖蒲正宗」の可能性が高いと思うが、「江雪正宗/不動国行」は2代将軍秀忠から3代将軍家光に継承されている記述が秀忠の実記にあるため、この3振は候補から外せない。「児手柏」は関ヶ原後に細川家から家康に贈られたとされ、「大左文字」は家康から豊臣秀頼へ贈られているため、児手柏と大左文字を関ヶ原のときの家康の差し料とする水戸徳川と尾張徳川の伝承は弱い。
ソハヤに関しては関ヶ原の伝承は皆無。
なのに、ここで「家康の刀」として使われたとなると、「菖蒲正宗/江雪正宗/不動国行」は刀剣乱舞には実装されないということなのだろう。(後ろの2振は既に実装されている刀と「号」がかぶるから、先ずない)
また、ソハヤが関ヶ原の時点で家康所有であった場合、御宿家が結城秀康に仕える前にソハヤが家康にわたっていることになるため、ソハヤと御手杵の間に主従関係や結城組などの関係は成立しない。
毛利輝元の刀であったことから、「少し歴史が違って」いたら、ソハヤと「相対し」たかもしれないと口にした毛利藤四郎に、ソハヤは「だが、そうはならなかった」と明確に否定する。(この否定が関ヶ原前の、輝元→家康と毛利藤四郎が贈答された「記憶」に基づいていた場合、ソハヤは確実に関ヶ原前から家康の所にあったことになる)

毛利「関ヶ原の頃にはもう、僕は東軍側の刀ですからねえ」
ソハヤ「向こうにつきたかったという思いでもあるのかい?」

→『詳註刀剣名物帳』には毛利家から備前岡山池田家へと毛利藤四郎が伝来した「由来分からず」とある。
刀剣乱舞は『享保名物帳』などに依拠して、関ヶ原前に毛利輝元→徳川家康と贈答された説を採用したようで、毛利藤四郎は「もう、僕は東軍側の刀」と語る。この場合、家康以後は、家康→池田輝政or池田光政(*輝政の孫)と移って、備前岡山池田家の刀となる。関ヶ原合戦のときに輝政に渡されたと記されているので、毛利藤四郎の言う「東軍」が家康所有、輝政所有のどちらを示すのか分からない。ここも「東軍」とすることで、所有者を明確にすることを避けたのだろう。
(*池田輝政の遺品リストである『池田分限帳』には毛利藤四郎の名がないため、家康→輝政ではなく、家康→光政の説があるようだ。ちなみに大包平も輝政の遺品リストには載っていない)
「東軍側の刀ですからねえ」と言う毛利藤四郎に、ソハヤは「向こうにつきたかった」のか、と聞く。話の流れからして、当然の問であろう。毛利藤四郎の台詞は、元主で、「号」の由来にもなった毛利輝元への未練がある、とも思えるものだ。その問に対する毛利藤四郎の答えは曖昧だ。

毛利「どうでしょう。輝元様は結局出陣しませんでしたから。僕がいても変わらないですよ」
ソハヤ「まぁ、総大将の刀なんてそんなもんだって。振るわれる状況があっちゃいけないのさ」

→「結局出陣しませんでした」との言葉通り、総大将の毛利輝元が大坂城から出ないまま、天下分け目の戦は終わる。毛利家の親族である吉川家が事前に家康に内通して所領安堵の了解を得ていたが、これは石田三成や安国寺恵瓊(あんこくじえけい)に輝元が担がれていたら、ということが前提となっていた。ところが、輝政が出た後の大坂城を調査したところ、毛利輝元が主体となって戦に関与していた証拠がたくさん出たため、毛利家は戦後、領地を2ヵ国に削られる処分を受ける。
次の「僕がいても変わらないですよ」は、たとえ「少し歴史が違って=関ヶ原のときに毛利輝元の刀であった」としても、自分は大坂城から出なかった毛利輝元のもとにあり、ソハヤと関ヶ原で「相対=直接向かい合うこと」はなかった、という意味だろう。ソハヤの「向こうにつきたかったという思いでもあるのかい?」という問には「どうでしょう=よく分からない」と曖昧にしている。
関ヶ原に来てみて、実際にはなかった仮定の話をふと思い描いてみたが、「そのときには輝元の刀ではない」「輝元は関ヶ原に来なかった」という二重の事実が、想像をふくらませづらくしているのかもしれない。
少し歴史が違って」輝元様の刀のまま、輝元様が関ヶ原に「出陣」していたら、毛利藤四郎は天下分け目の場にいてソハヤと相対していたかもとの仮定に対し、ソハヤは現実的に答える。
「総大将の刀なんてそんなもん=後ろにいて前に出ることはない」
「振るわれる状況があっちゃいけない=総大将が刀を振るっている時点で負け」
だから、毛利藤四郎とソハヤノツルキが相対する可能性は、「少し歴史が違っても」ない、と。
刀の本能として、振るわれたい、使われたいとの思いがよく描かれる刀剣乱舞にあっては、珍しい、「総大将の刀」としての意識が全面に出た台詞である。
戦国武将徳川家康の生涯においても、刀を振るった可能性があるのは、家来と敵対した三河の一向一揆か、武田に敗北した三方原の戦いくらいである。
振るわれたいとの願いがあっても、振るわれてはいけないのが、総大将の刀である。
何故なら、総大将が刀を振るっている状況など、「あっちゃいけない」から。
振るわれる状況は、戦の負けと総大将の「死」を意味する。
ソハヤは主の「死」を、この場合は毛利輝元と徳川家康の「死」を「あっちゃいけない」と言う。
刀としての願いより、主の「生」と「勝利」を優先し、現実的な部分を示した台詞となっている。
毛利藤四郎の「出陣しませんでした」「僕がいても変わらない」に「そんなもん」と同意しつつ、ソハヤは毛利の仮定の話には
「向こうにつきたかった」のかと聞くだけで、相対する部分の想像には付き合あっていない。

物吉貞宗と後藤藤四郎も回想もそうであったが、相手の話に寄り添わず、自分の意見を述べてしまうのは徳川家康の刀の特徴なのだろうか。ソハヤと山姥切の回想も、話を聞かず背中をばんばん叩いているような印象である。

ともあれ、この回想は「関ヶ原の戦いのときには、西軍の総大将の刀ではなかった毛利藤四郎と、東軍の総大将の刀(だと毛利が思っている)ソハヤの話」で、色々と深読みはできるものになっていますが、だらだらと思いついたところはこんなとことです。
また、何か気付いたことがあったら、追加します。


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