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失明Ⅳのファイナルダンス(ドルベ編)

全体公開 6 26717文字
2017-08-08 21:39:26

ドルベが行方知れずのⅣを探し回る数年間の話。
凌牙とか璃緒とかベクターとか。
失明Ⅳのファイナルダンスhttp://privatter.net/p/2638662別編

失明Ⅳのドルベ編は、黒鷺さん@kurosagi28が書いてくださったこちら⬇︎に寄せて書かせて頂きました
『彼』との面談後
https://privatter.net/p/2479602


◇ ◇ ◇


なあトーマス
君を交えて過ごしていたのは、五年も前になるんだね。信じられないよ。
まるで、昨日のことのように思い出せる。

きみたちと過ごしたあの頃は
本当に幸せに笑っていた。誰もが、だ。

だから、私は。取り戻したいのかもしれない。

あの時の幸福を
苦く思い出すばかりの過去に、してしまわないために。



【失明Ⅳドルベ編】



トーマスが居なくなってから、ナッシュは酷く消沈していたように思う。
思う、というのは、内心がどうであれ、ドルベの前でこそ疲れたような顔を見せてくれていたが、やがて日常を取り戻すように、忘却が傷を癒すように、友はその友の中で日常を甘受していたからだ。
呆れて、怒って、笑っていた。


忘却で傷を忘れていったのはナッシュでなくドルベ達周りの方だったのだと思い知った。
ナッシュの心は未だに引き千切られたように傷がぱっくり開いたままだった。その血が点々と足跡に続いていた事を、どうして気に留めてやれなかったのかとドルベは殴り飛ばされるように悔いた。ドルベの方こそ忘れていた。遺跡で取り戻したかつての記憶、かつて王であった友は、戦でたびたび部下を亡くし、メラグを亡くし、慰めとなった生き写しの幼い少女を亡くし、多くの民を亡くし、それでも残ったものを、国を導いて歩き続けていた。彼は足を切り落とされるまで止まれない人だったのだ、それを、それをドルベは知っていたのに。

もう一度、真っさらな門出と共に人の生を受けた筈の友は
或る日とうとう決壊したように
瞼の裏の色彩を失って、

ドルベに暗い顔で笑った友の疲れた目は
どうしようもなく濁って濁って擦り切れきっていた。
『悪いな、ドルベ。お前がどんな目の色してたか、もう、判らなくなっちまった』
薄情だと思うか、と、疲弊と苦痛を滲ませて、俯いて組んだ両手を額に押し当てた。


アリトも、ギラグも、ベクターも。
カイトも、IIIも、小鳥も。
そう言って。彼に縁の深い人々の名を上げていくナッシュは、その度に絶望するように。
組んだ指先を固く握って、肩を震わせた。
「見えない。見えねえんだ、全部白と黒と灰色だ。知ってた筈のお前らの髪の色も判らねえ、紫だったのか、褐色だったのか、オレンジだったのか、緑だったのか、全部混ざっちまってぐちゃぐちゃになっちまって、知ってたはずの頭ん中で色が当て嵌められねえ。アレだけ憎んで睨んだ筈のベクターの眼だって、何色だったか覚えてねえ、思い出せねえ、思い、出したく、ねえ」

懺悔する様に

記憶の中の色彩を拒絶した友の姿は痛々しく肩を落として

「お前の髪は、何色だった?ピンクか、橙か、青か、水色か、緑か、紫か、それとも──」


ナッシュが唇を震わせてそれを紡ぎ切る前に、
意味を知ってドルベは畳み掛けるようにナッシュの言葉を遮った。

「それとも、あいつと同じ、金と赤の」
「ナッシュッ」
ドルベはナッシュの両肩を掴み取って、痛みが走るほど強く握った。
「いっ、つ」
「心配無い、何も問題無い。私は元から灰の色だ。目も、髪も、いま君に見えているのが私の色だ」

縋るように見上げた凌牙の視線に、ドルベは

「何も案じる必要はない」


二度、ぱちん、ぱちんと、ナッシュはドルベを目を丸くして見つめたまま瞬いて、
やがて「そう、か」と、ため息がほどけるようにドルベの手の下で肩の力を抜いていった。

どろどろに病み切った目は、ドルベの言葉で、ほんの少し和らいで
そうして、かくんと、糸を切るように
頭を押さえてドルベにもたれかかった。
「あたま、イテェ……
それきりぷっつり動かなくなったナッシュは、気付けば脂汗を掻いたまま目を閉じて息苦しそうに眠り込んでいて、ドルベは、こんな状態になるまで気付けなかった自分に歯噛みしながら、気を失うナッシュの膝裏に腕を通した。
よろり、と体格の無いドルベはナッシュの体を充分に支えられないまま、おぼつかなくナッシュを横たえさせて、ドルベは両手を額の前で組んで座り込んで深く深く項垂れた。
「すまない、ナッシュ……わたしは、何もかも無力だ」
「ドルベ
頭上から、か細い声が降る。ドルベが顔を上げれば、青ざめたメラグが唇を噛み締めながら見つめていて、ドルベはますます胸を重くする感情を持て余した。
「いつからだい」
「判らないの、私が気付いたのはおとといで──きっと、ずっと前から隠してたの」
薬師くすしには見せたのかい」
「ええ医者には連れて行ったわ、でも……
「気のやまい、と言われた、か」
メラグは肩をピクン、と張って、スカートを固く握って俯いた。
「そうだね……気の病には、静養以外の薬は無い」
わかるよ、あの頃、戦場いくさばの跡には、こんな目をした輩があふれていた。
やるせなく呟いてしまったドルベの言葉で耐えかねたように、璃緒の伏せた顔から雫が降って、ドルベは見かねて彼女の背中をそっと押してナッシュの眠るリビングからそっと追いやる。パタン、とドアを閉めた途端に、彼女はしゃくり上げてドルベの胸元に縋った。ノリの効いた制服が、くしゃりとシワを作って染みを幾つも作っていく。
「すまない」
「わた、わたしのっわたしのせい」
「駄目だよメラグ、自分を責めては。」
「でも、でもッ!」
「君のせいであるものか。気付けなかったのは、わたしも同じだすまない。本当に、すまない」
「う、わぁぁぁああん」


ドルベは思い知った。
ナッシュが挙げた知人の中に、真っ先に上るべき名前が欠けている。
妹の名前どころか、遊馬の名前すら頑なにあげようとしないナッシュの不自然さ、その違和感に、事ここに至って漸くドルベは思い知った。
ああ、そうだ、不自然なほどに上手く学校で笑っていたナッシュが、
遊馬やメラグの視線を避けるようになったのはいつからだったろう。思い出せない。思い至りもしなかった。彼が居なくなってから、もう数年。

Ⅳ、とナッシュが呼ぶ彼と
同じ赤い目を
見つめ返すことすら辛くなったのは、いつからだったのかすら、自分たちは。


◇ ◇ ◇



『ねえ、ドルベ。凌牙はハートランドの外に進学するんですって』

私にちっとも相談してくれなかったの。
冗談めかして恨みがましく笑うように、無理をしたまま赤い目元で笑って見せた彼女に、何が言えただろう。

『でも私、凌牙と同じ大学には行かないわ。やることがあるの。そう言ったら、凌牙ったら、何て言ったと思う?』

彼女の目元に浮かぶ雫を、拭ってやれば良かった。
彼女がそれを望んでいなくても。

『ごめんな、って、言ったのよ、凌牙ってば。酷い人でしょう?
淋しいくせに、なのに、ちょっとだけ安心したのよ、凌牙ったら。それを、私が、判ってるって知ってて、ごめんって言うのよ。弱くて、ごめん、って。酷いでしょう、ほんとうに』

流れ落ちる雫を、拭ってやるべき相手は。


私ね、プロになるって決めたのよ。
有名になるわ。世界のどこにいても、目が見えなくても名前が聞こえるくらい。
そうしたら、

あの人がもしも今も凌牙と同じように、どこかでくすぶってるなら、



それきり、続く言葉を針のように飲み込んで、
彼女は涙を擦って未来に躍り出た。
その肩を支えてやるべき相手すら、自分ではないから、ドルベに出来たのは、ただ。


◇ ◇ ◇

ドルベは大学に入って、司書の資格を取った。
今時、紙で残存するデータはむしろ希少だった。複製も少ない。そういった希少な資料の適切な保管や修繕をしながら、図書館を人々に開放して膨大な書庫を整理するのがドルベの仕事だった。
ドルベは騎士だった頃、もっと紙が希少だった時代を知っていたから、紙に触れられる機会と独特の匂いの残る図書館の空間を殊の外愛していた。図書館のインキの匂いと書庫の息遣いは、昨今急速にデータ化されて触れる機会の少なくなったカードたちに通じるものがあるように思う。どれほどデータ化された利便性がデュエルの主流になっていっても、懐のカードたちを手放す日は来ない。

トントン、と書類と本の淵を整えると、ドルベは遅めの昼飯を食べに図書館を出た。凝り固まった肩を伸ばしながら自動ドアをくぐれば、夏の陽射しが強烈に注いでドルベの肌を焼く。図書館の静寂から一歩外に出れば、耳に飛び込むのは右も左も建築の金槌と工事の騒音だ。この街は今や一大建築ラッシュ。その主軸のどれもが、「KC」のマークとデフォルメされた有名な白いドラゴンのマークだ。ナッシュがハートランドを離れてから、この街は急激に変わろうとしていた。

立ち並ぶ高層ビルと次々に敷かれていく配線ライン。今やこの街の地下の隅々に至るまで電波の届かぬ場所はなく、街を清掃するために走っていたオボット達は数を増して人々を電光掲示板と共に案内していた。より高度なAIを搭載されたオボット達を前に、Dゲイザーを使わずとも見えるソリッドビジョンがオボット達から投影されて、街のあちこちでデュエルが展開される光景も珍しくなくなっていった。

「あっ、ドルベの兄ちゃーん!」
「おーい!」
途中で買ったサンドイッチを歩きながら頬に詰め込んで公園の前を差し掛かった時に、よく図書館を利用する子供たちがドルベを見つけて駆け寄ってきた。ドルベは危うく喉にそれを詰まらせそうになりながら胸を叩いて、けほんと咳を一つ吐き出した。そうして子供たちに向かって「やあ」と柔らかに声を掛けて、頭を撫でた。
「ドルベの兄ちゃんも混ざってデュエルしよーぜ!バトルロイヤル!」
「あっずりいの!ドルベの兄ちゃん入ったほうが強えに決まってんだろ!おれもこっちのチームがいい!」
「へへーん言ったもん勝ちだもんねー。なあいいだろー!」
「昼休みが終わるまでなら、ね」
「そーこなくっちゃ!」

跳ね飛ぶ子供たちはかつての遊馬や小鳥ぐらいの年齢だ。あの頃の年齢の子供たちを、懐かしく見守る年齢に自分たちはいる。
月日は流れる。時代は変わって、古い物は新しいものに取って変わる。

「なーなー、ドルベの兄ちゃんいつまでその旧式のデュエルディスク使ってんのー」
「そーだぜ、早くKC式のバーチャルディスク買えばいいのにー」
「これが性に合ってるんだ」

そして、電子データ認識型のデュエルディスクが主流になり、子供たちがカードを持たない時代が来ても。

「だっせー。今時まだ紙のカードかよー。スキャンデータの方がモーションだってカッケーじゃん!」
「こら、いつも言ってるだろう?古い物、先人の知恵を馬鹿にしてはいけないよ。どちらがいい、というものじゃないんだ。そこに息づく魂には、貴賎は無いんだよ」
「たましい?そんなのあんの?」
「あるよ」

召喚されたスカイ・ペガサスをひと撫でして、ぶるると首を震わせるその鼓動を聴いて笑む。
そして、展開されるソリッドビジョンの中に、つかの間吹き込む、嵐に、その息吹を感じてドルベは目を細めた。

「あるとも。紙にも、電子にも、等しく。」



時代は変わっていく。
そして、舞台を移していく先に、けれど新しい時代の息吹はもう息づいているのだ。





「だぁー!負けたー!」
「魔法もトラップも古いのに何で勝てねえんだよー!」
草地に足を投げ出す子供たちに、いささか大人げなかったかもしれないと苦笑しつつ、ドルベはカードを仕舞った。14時を告げる鐘が遠くで鳴っている。そろそろ戻らねば。ドルベはベンチに置いたままの鞄をいくつも抱えてその場を離れた。
「明日もデュエルしようぜ!」
「ちょっとたけちゃん、だめだよう、今日日曜日だもん」
「あっ、そっか」
「そうだな、すまないが、明日はだめだ。また誘ってくれ」

明日は月曜。図書館は休館日。
そして、ドルベの最も忙しい一日だ。鞄を幾つも抱え直して、ドルベは子供たちの頭を撫でて足早に図書館への道を戻った。食事を歩きながらのサンドイッチで済ませるほどに時間を切り詰めて、ドルベは仕事の合間に今もⅣの足取りを探し続けていた。




Ⅳが姿を消したのはドルベが高等部に進学した頃だった。ナッシュ達は中学の終わりで受験を控え始めた頃だ。
姿を消した、と言っても、表向きの交友がプツリと途絶えただけだ。彼の弟はまだその頃ハートランドの学校に在学していたし、カイトの所に出入りする機会の多かったミザエル伝てにもちらほらと近況は聞こえていた。視力を失ったあと療養しているらしい、その後は彼の兄と共にどこか海外へ(恐らくは彼の故郷に)帰還したというあたりまでは、仲間内に伝わって来た。けれどもそこから先は、皆ピタリと口を閉ざしたように、深入りしないままここまで来た。ここに居るのは、誰もがデュエルで強固に繋がって来た仲間達だ。デュエルを失う苦しみを知らぬ者はなく、それに、誰よりも一番話題に上らせて然るべきの、ナッシュが不自然なほどに触れたがらなかった様子が、皆を尻込みさせていたのだろう。彼の弟の前で、それを無遠慮に詮索する輩は居なかった。

そうして彼の弟が、中学を卒業して高等部への進学を控えた頃、彼は発掘と考古学を専攻する海外の大学への進学を決めて(そう、彼は中学の一年で入りはしたものの、本来の年齢は三つ上だった。成長と共に今のカリキュラムでは物足りなくなっていった彼の学力の伸びに合わせて、卒業を機に時間の流れを正す事にしたのだ)、彼の卒業と同時に、アークライト一家との交友は、プッツリと途絶えた。ドルベが高等部に進学して二年目の春だった。

ナッシュが視界の色を失ったのは、ドルベが高等部の三年目を終えようとした頃だった。
その頃になって、かの一家に繋がる手立てが、ほぼ完全に失われていた事を知り、ドルベは愕然とすることになる。
彼の弟の卒業と同時にトロンはフェイカーのラボを離れ故郷に帰ったと聞き(なんとこの時になってドルベは彼の母国を知らない事に気付き愕然とした)、仲間の誰も直接の連絡の術を持たず、唯一彼の弟と頻繁に連絡をしていた筈の遊馬がほとんど家に帰らぬとくれば(この頃から遊馬は冒険家の父に付いてハートランドを空けることが多くなった)、ドルベには彼と個人的に連絡を取る術は無く、そうして唯一繋がる遊馬の待ちに待った帰還では、遊馬はミハエルからⅣの連絡先を得る事はできなかったというものだったのだから、打てる手は全て絶たれたも同然であった。

『ごめんなドルベ。聞いてみたんだけど……すりーのやつ、教えられねえって言うんだ』

そうして遊馬はまたハートランドを旅立っていった。せめて、彼の弟づてに封書でも渡せば良かったと思い至ったのは遊馬が旅立ったあとで、彼の弟宛の連絡先すら不確定であった。ここに来て、ドルベは時の流れが今まで当たり前にあった術を次々に失わせていく事にようやく思い至った。



あの時からドルベはずっと悔恨を抱えている。
なぜ当時腫れ物に触るように関わろうとしなかったのかと、悔い続けている。

恐らくは、皆怖かったのだ。デュエルで繋がった仲間、それが失われたときの仲間のあり方の変容を直視することが。皆の全てにとって、デュエルは命に等しく、それを取り上げられた者に掛ける言葉など在ろうか。ましてや、最も縁の深いナッシュがあの状態で、なおさら何を言えよう。

けれども、それでも自分たちは仲間として何かを成さねばならなかったのだと、
ナッシュの視力が失われたその時にドルベは思い知った。

(今彼がどこで何をしているのか分からない。だが)

だが、何かを伝えなければならないと思った。
そんな、何を伝えたいのかも分からない状態で、ドルベはⅣを探す事を決意したのだった。

必要なことであるはずだ。
わずかな時間ではあったが、確かに彼と自分はナッシュを挟んで友人であったのだから。


◇ ◇ ◇


「で?ドルベちゃんよう、コレは何の真似だぁ?」
「頼む、ベクター」
昼の喫茶でメロンソーダを挟んで向こうとこちら側、カランと氷が鳴って軋む。

Ⅳの連絡先を知りたい、それも可能ならナッシュの耳に入らない形で、となれば、ドルベが辿れる伝手はベクターが最後の砦であった。ベクターは独自の情報網をずっと持ち続けてドルベたちとは距離を置いていたし、身を立てるために色々と非合法な界隈にも顔を出していたらしいという話は聞いている。

頭を下げたドルベに対して、ベクターは足を組んで、肘を背もたれに行儀悪く引っ掛けながら、指先をパッと開いた。
「悪いけど俺、そーゆーのもう足洗ったんでー」
「遊馬に着いて行くためか?」

じとっ、と、ベクターの視線がねぶる。
纏う空気が変わった。

「判ってんなら呼び付けてんじゃねえよ」

ケッ、と吐き棄てたベクターはすぐさまその痕跡を消してしまって、空気はまたカランと鳴る氷と共に軽く軋んで割れてシュワシュワと溶けた。
「つか知らねえしぃ〜、調べる義理も無えしー。んなもん自分で調べろよ」
「調べても調べても解らないんだ。ベクター、君なら判るだろうかと」
「お前さぁ、オレサマを探偵かなんかと勘違いしてんじゃねーのぉ? せいぜい札束積んで本職に頼めよ、うっぜー」
片耳に指を突っ込んで明らかに面倒そうに返事をしていたベクターであったが、その言葉を聞いてドルベは天啓を受けたように思った。

本職。
そうか、人探し

今まで、人を探すとなれば警察以外の選択肢を持たなかったドルベは、なるほど伝手が無くても他人に金銭で頼むという手があったのだとココで思い至った。未だにドルベはどうにも金で成る人の世の仕組みに疎い。
「有難う、ベクター。なるほど気が付かなかった」
「うおっ⁉︎ さわんな!ひっつくんじゃねーよ!気色悪りぃ!」

握手に差し出した手を振り払って、ベクターはメロンソーダを喉に流し込む。シュワシュワと溶けた緑の鮮やかさ。夏の陽射しに光明を得た気がした。
反して、ベクターは紫の瞳を猫のようにしならせて、底光りした眼で何かを見たようだった。

好転に胸を逸らせるドルベの前で、夏の空気が冷え込んで、ベクターの視線が何かを思考の中に探すようにじっとりとまさぐっていた。

「さっそくやってみよう。あまり用立てられる金額は多くは無いがそもそもこういった場合の相場とはどのくらいあれば」
「おい、ドルベ」

ひたり、と這い寄る足音のように、冷たい声がドルベの首元を冷やした。
ピタリと口をつぐんだドルベは、ベクターの指を組んだその上に乗った紫の視線が、ひたりとドルベを、正確にはその向こうの『何か』を見据えて、冷たく光るのを見た。

金縛りのように、ドルベはごくりと唾を呑み込んだ。久しく忘れていた感覚を思い出す。
バリアンの頃に立ち返ったように、自分が灰の外套に包まれたあの頃を、ベクターの姿が紫の外套に包まれた姿を、空目する。

侵略の前兆、危機の兆候、無謀の火種、そう言ったものを、あの閉塞的な世界で一番最初に見つけ出すのは、いつもベクターであった。

…………お前、…………
じっくりと、言葉を舌の上で転がしたまま、けれどベクターの視線はドルベの向こうから外れなかった。

ベクターにはいつも、自分たちには見えない『何か』が見えていた。それは幽霊の類いの様なあやふやなものではなく、もっと差し迫った『何か』だ。


────そう、例えば、【死期】のような


ベクターの紫の目が、しなった。


「─────…………ふ、なぁんちゃってぇ!良く考えたらアレだわ。俺に関係ねぇしぃ。つか今更ちびっ子パパの次男坊とかどう見てもナッシュ絡みじゃねえか、何で俺がナッシュ相手に塩送んねぇとなんねーんだよアッホらし!」

指先を開いたベクターに、呪縛が解けたように冷や汗が噴き出す。夏のセミの煩い音が帰って来る。ベクターはもうその『何か』から視線を外してしまって、サクサクとメロンソーダのフロートを崩して最後の一口を口に放り込む所だった。ドルベにはもうその片鱗を何一つ掴むことが出来ない。

恐らくベクターは、今何かを見極めて、何かを無慈悲に見捨てた。


「ベクター、」
「ごっつぉーさん、んじゃ俺は忙しいんでぇ〜」
「ベクター」



猫のように眼をしならせて肩越しに振り返ったベクターは、冷ややかにドルベを流し見た。


「一つだけ、質問に答えてくれ」
ガタンとテーブルが、立ち上がったドルベを抑え付けて鳴る。
解らない。ベクターが掴んだ何かの一片のひとかけらすらドルベには。
ごくん、と唾を呑み込んだ。

「『ソレ』で危ないのは、誰だ」




ベクターの眼が月のようにしなった。



「────………へぇ?ふーん?」


そしてこの男は。利害が有れば命を見捨てる事が出来る男だ。
そして愉悦で拾う事も。

「オレサマはよぉ、愚鈍も無能も等しく死ねば良いと思ってるが、」
対象を答えないことが、答えだ。
カツン、とベクターの靴が鳴る。
ベクターの人差し指の伸びた爪の先が、ドルベの喉に静かに食い込んだ。
「そぉゆう勘の悪くねえ輩が居なくなっちまうと、遊び甲斐が無えからなぁ」



「良かれと思って一つ教えてやるよ。ドルベ、お前の捜してる次男坊のちびっ子パパだがな、一年半前からどっかに潜っちまって消息不明だ。ありゃあ意図的だな」
「な、に?」
「そうだな……金積むなら、これぞってぐれえ小汚ねえ、うさんくせえブン屋が良い」



ベクターの爪はドルベの喉元から外れて、もう見向きもしなかった。
「せいぜい、愉しませてくれよ」



◇ ◇ ◇


果たして、ベクターの言っていた意味はすぐに分かった。
ドルベが依頼した探偵は、最初こそドルベが用意した金額──結局、相場は良く分からずに、切り詰めた生活費を銀行から全て下ろした──を前に鼻の下を伸ばしていたにも関わらず、ほんの一週間ほどもすると、ヒステリックに叫びながらそれらを全て突き返してきたのだった。
「何故です、話が違う!」
「ひ、ヒィッ、近づくな!無理だ!」
弾き返された札束は床に転がり、男はドルベを事務所から締め出した。
「前金は全て返す!い、いや、何だったらもっと払う!とにかく話は終わりだ!」
「待て、話はまだ終わって!」
階段を前にたたらを踏んだドルベは、男がドアを叩き締める前に、足をドアの間に挟んで抗ったけれども、すぐに力負けして押し出された。
「消される!この街で、あいつを敵に回したら!」
最後にドルベに残されたのは、それだけの金切り声とくしゃくしゃによれた札束だけだった。

「何だ、何が起こっているんだ?」
愕然と帰路に着いたドルベには、その時はまだ状況が飲み込めていなかった。けれど、呆然と家に帰った翌日、再び足を向けたその事務所が、すっかり空っぽの売り物件になっているのを知って、ようやく呑み込めた。ドルベは、その日同じくいくつかの探偵社を回ったが、どこも締め出された。話すら出来たのは一件だけだ。そこも、内容を聞くとすぐに断られた。
(ベクターが言っていたのは、これなのか?)
ドルベはようよう、自分が相手にした何かの巨大さを知った。ドルベには、いくつかの憶測があった。
(彼はプロに所属していた。所属、とは、大きな組織の利害に連なる事だ)
やがて、ドルベは市街のあらゆる探偵社や何でも屋を周り、そしてやがて、ドルベを受け入れる相手と拒絶する相手に、共通項を見出した。
街の中枢に近い相手ほど、ドルベの依頼を厭って断りたがった。

(今この街で、それを成せる組織と言ったら


見上げた先に、建築中のKCの巨大ビルの頂上が、ビル街の群を抜いて空の光を照り返していた。





◇ ◇ ◇


思えばどうにも不自然だったのだ。
卒業を気に母国に引き上げたらしい彼の父親。ある時期から急速に追えなくなった足取り。
連絡先を教えられないという彼の弟。一体なぜ。彼は、遊馬からナッシュの、仲間の現状を聞いたはずにも関わらず。
(思えばずっと、違和感は近くにあったんだ。眼前に必死で気付かなかっただけで)

彼の兄と父親が所属していたハートの塔は天城カイトの直轄だ。にも関わらずカイトはドルベに対して、彼らの行き先を知らぬ存ぜぬの一点張りだった。

(いくらあれから5年近く経っているとはいえ、我らは共に戦った戦友だ。天城カイトは情に冷淡な性質ではない、むしろその逆だ。共同研究者、ましてあんなに中枢に近かった者達の行方を一欠片も知らない?本当に一片の手掛かりも無かったのか?彼ならば、本当は調べる事が出来たのではないか?)

現にベクターは、以前から独自のルートでトロンの行方を洗っていたかのような口ぶりだった。
ドルベが気付くよりずっと前から、皆何かの違和感を感じていたのではないだろうか。

(そうだ、違和感といえば遊馬もだ)

ナッシュのために出来る事があるかもしれないからと、彼の弟への連絡を頼んだ時は一も二もなく頷いて、彼の弟を追ってすぐさま持てる全てで海外へと飛んでくれたというのに、ドルベに帰って来た返信は一度だけ。彼の弟が連絡先を教えられないとそう言ったと、その報だけであった。

(遊馬の性格からいって、仲間に関することを中途半端に投げ打つ事などあり得ない。にも関わらず、彼の弟と連絡を取った後に態度が変わった……遊馬は我は通すが秘密事には口が固い。信頼の置ける、話が通じる人間だ。彼は、何かを彼の弟から親友として打ち明けられたのではないか?)

そう、例えば、彼に関するやむを得ない事情を。
遊馬に手を引かせるに値する、何かを。


『力になれなくて、ごめん。ドルベ、おれ、行かねえと。シャークのこと、頼むな』


(遊馬はあれから海外から戻っていない。父親に付いて各地の遺跡を飛び回っているという話だが……本当に目的は遺跡調査か?むしろ、まるで慌てて海外に飛び直したような……)


遊馬が知った何か。
カイトが口を噤んでいる何か。


恐らくドルベたちは、ずいぶん前から『何か』を伏せられている。


(ナッシュの現状は放っておいて良いものとは思えない。それは遊馬も分かっているはずだ。ならばなおさら、逼迫した何かが、動いているのではないか)

そう、例えば、何らかの理由で。
Ⅳが、あるいは彼ら家族が『動けない』のだとしたら。


(わからない。全て憶測に過ぎない。あれから遊馬もほとんど連絡が付かない。彼らは、無事なのか。無事で、いてくれ。けれどもし無事ならば、なぜこんなにも見つからない)


父親と共に海外に飛んだ遊馬。連絡先を教えられないと言った彼の弟。
不自然なほどに途絶えた彼の家族の足取りと、口を噤んだままのカイト。


(落ち着くんだ、あと少しで、何かが判りそうな……)



あと少し、どうしても思路の先に届かない。
ベクターは何を掴んでいたのだろう。わからない。点と点が繋がりそうで、あと一つ、何か決定的なピースが足りない。
その先に、ドルベのなすべき事があるはずなのに。



「それを埋める手掛かりが、KCにあるのか」


ドルベは無力を噛み締めて、睨むように見上げた。
今や、街のシンボルのハートの塔に並ぶ高さで築かれた、そのビルの頂点を。


「私に、何が出来る」





思案にふけり、立ち尽くしていたドルベは。
だから。ドルベの背後から、暴れ馬の様に突進してくる影に気付くのが遅れた。
エコーした声がすぐ近くまで近付いて、ようやくドルベはハタと振り返った。
ぃたどいたどいたー!」
「え、」

ドッカーン!

振り返ったドルベと突進してきた誰かは、振り向きざまに派手に正面衝突した。
荷物が派手に宙を舞い、ぶつかって来た人物がひっくり返って頭をさすった。
「アイタタタタごめんよ!急いでて!怪我ねえか!?」
「あ、ああ

若い青年、いや、少年といっていい面立ちの通行人は、ドルベが呆然とする間に飛び起きてペコペコと謝り、人好きのする笑顔で申し訳なさそうにドルベを助け起こすと、何度も怪我が無いか確かめながら、周囲に散ってしまったデッキを、ドルベと一緒に一枚ずつ掻き集めてくれた。
「おかしいな、デッキの封はしてあったはずだが
「うわぁ、ほんとごめんな」
「いや、突っ立っていた私も悪かった」
「こんな所で何やってんだ?」
屈託なく尋ねられながら、ドルベは屈み込んで最後の一枚を手に取った。
鋭い視線 笑顔の下に底光りする何かを背に受けながら
それに気付かないまま、ドルベは俯いたまま胸にこごる重い思いに手を止めた。

「人を、探しているんだ。どうしても見つからなくて……

俯いたまま口にすると、余計に肩に無力感がのしかかってくるようだった。
成すべきことが分からない。何かをしたいと思うのに、その行先がどうしても見えないのだ。

「友の為に何かがしたいのに、どうすれば良いのか判らないんだ……


私は、今も昔も、無力だ。



苦い悔恨を深い溜め息と共に吐き出せば、
じっ、と見つめる視線を感じて、ドルベは慌てて顔をあげた。
「すまない、愚痴のようになってしまったな、そちらこそ怪我は、」
「わかんねーなら、カードに聴いてみりゃいいんじゃねーの?」

あんた、決闘者だろ


散らばったカードを角を揃えて差し出して
見上げた逆光の中で、彼は、赤い上着の彼は、ニカッと笑った。

「カードを引いてみなよ。
きっとそいつが、あんたにとってのラッキーカードだ」



言葉を忘れたこちらに
彼は、笑って指差した。


「飛びたがってると思うぜ、そいつら」

ひらひら、と
背中で手を振りながら、そう言って、ぶつかって来た青年は、来た時とは裏腹にのんびりとその場を立ち去っていった。
その違和感に気付くより先に、今ドルベを貫いた天啓に、ドルベは目を見開いて立ち尽くした。



「そう、だ」

なぜ、忘れていたのだろう

我らの手許には、いつだって『これ』があったのに。



手の中には、青年が手渡していった自分のデッキがある。
人の世に慣れる事に必死だった五年間。世界を争わなければならないような諍いはなりを潜め、この身の全てを賭けるようなデュエルはいつぶりだろう。
最後にこの手の中の白馬と共に、空を駆けたのは。

指先が痺れて、手の中のデッキに吸い寄せられた。
「そうだ、デュエルには」

引いた先に、翼を広げた白き天馬

「〝奇跡〟を、起こす力がある」


成すべきことは、今だ。

デッキが呼んでいる。自分たちを駆って空を駆けろと。





「今一度、私と共に空を駆けてくれ、スカイペガサス」




『良いのかい、見逃して。あんな拙い演技までして……わざとぶつかって確かめたんだろう?このまま行かせたら、マズイことになるんじゃないかい、あの坊や』
「んん〜大丈夫なんじゃねえか?」
『また君は根拠のない事を

漆黒の翼と額の目が、呆れたように溜め息を吐く。異形の人型を伴って肩を竦めた青年は、その仕草に似合わぬ老成した瞳で「あ〜ぁあ」と苦笑した。
「友達のため〜とか言われちまうとなあ。久々にあんなペガサス見たら何かスッゲー思い出しちまった。オレは何度も間違ったけど、あいつは、大丈夫じゃねえかな。そんな気がする」

駆け出した少年の背中を見送りながら、彼は目を細めた。細めた瞳の色は左右で違うオッドアイ。
「調査するまでもねえや。バラまいたデッキ、みんなあいつを信頼してた。オレ達と一緒だろ?」
ニカッとした笑みを受けて、傍の漆黒の翼が、溜息に合わせて揺れた。それに、くつりと笑う。

社長サンに怒られっかなあ。 知らないよ。 ええー薄情者ぉ。 誰が後始末すると思ってるんだい。 そこはまあ、半分こ? 馬鹿。

駆け出していった少年の背中は、もう見えない。

「行こうぜユベル。オレたちにはオレたちのやる事があるだろ。誰かの背中を押すのも、ヒーローの役目ってもんさ」





『すりー、見つかったぜ!今回の遺跡で、やっと!アストライト!こんだけありゃ足りるって、カイトが!』
「良かった!」

通信機越しに、ミハエルは安堵で崩れ落ちた。

ヌメロンコードで全てが元に戻った後も、頻回に世界中の遺跡を巡ってほとんど家に帰らなかった九十九夫妻。
九十九一馬は、あの頃から先手を打ってずっと探していた。
異世界の力に干渉できるのは、異世界の物質だけ。
トロンの、そして三兄弟の身体を蝕む紋章バリアンのチカラ。身体に埋め込まれたバリアライトを中和出来るアストライトの塊を。
遊馬はずっと、彼らの事情を聞いた時から、父に着いて行く事を決めていたのだ。

『これがあれば、すりーやⅤの身体だけじゃなく、Ⅳの目の進行も止められるんだろ』
「うん!父さまとカイトが、ずっと手立てを探してくれて

ランクアップマジックをあの戦いで一番酷使したのは次兄だ。だが、次いで紋章の力を酷使したのはミハエルも長兄も同じ。
下の兄に遅れて数年、身体に走る痛みは、紋章を最初に受けた上の兄と、後に強化されたミハエルに相次いで襲い始めていた。下の兄にあった初期症状。自身を襲った苦痛より、兄はこんな酷い痛みに耐えていたのかと愕然とする思いだった。

「遊馬のお父さん、あの戦いが終わった頃からずっと世界中を調べてくれていたんだよね。覇者のコインはあの時アストラル世界へのゲートを開く為に使ってしまった。いつかこうしてまたアストライトが必要になるって、遊馬のお父さんは判ってたんだ」
父ちゃんから聞いた。ごめんな、すりー。おれたち、すりーたちが遠くでずっと戦ってたのに、何も知らなかった。身体、紋章のせいで痛むんだろ』
「僕なら大丈夫それより、遊馬が見つけて来てくれたアストライトさえあれば、トーマス兄さまの身体の負担を減らせるはずなんだ」
ピッ、ピッ、ピッ、と規則的な心電図の音がする。
真白の隔離室の中で目覚めぬ兄の姿に、
アクリル越しに、手をついて、触れられない距離に、もどかしく爪を立てた。
「そうすればきっと、トーマス兄さまも目を覚ましてくれる」

KCの新時代デュエルシステムの第一被験者。精神を完全にVRに移行する、VRデュエルシステムと繋がる回路を、脳に直接埋め込む大手術。
もう一度デュエルをする為に受けた手術の後から、未だ目覚めないⅣには予測を越える高熱が引かない。身体に掛かる負荷が強過ぎるのだ。

「あとは意識さえ戻ってくれれば……
後はもう、兄の体力を信じるしかない。
そのために、何としても憂いを取り除いておかねば。

「きっと、これで
『すりー、おれたちも居る』
血の出るほど噛み締めた唇と立てた爪に、
触れられない画面越しに寄り添うように、指先を伸ばして遊馬が画面に押し付けた。

『Ⅳを信じようぜ。あいつは元デュエルチャンピオンで、すげー決闘者だ。あいつが負けるわけないって、おれたちで信じて待とう』
「う、ん!」
力強い言葉。遠くにいてもこうしていつも力になってくれる遊馬の言葉に、緊張の糸が緩んで涙が零れ落ちた。一緒に戦ってくれている遊馬に、そして何より今戦っている兄の為に、自分は決して泣くまいと思っていたのに。
「ごめんありがとう、遊馬!」
『何言ってんだよ、当たり前じゃんか』
抱きしめるように、遊馬は柔らかく力強く笑った。
『おれたち、仲間だろ』



あの戦いからもう五年も経っているなんて信じられない。遊馬の笑顔もかっとビングも、仲間の絆もそのままだった。
鮮やかに思い出されるあの頃が、まるで昨日のことのように目の前に浮かぶ。1秒だって忘れたことはない、固い絆で繋がった仲間だ。きっとそれを、一生手放す日なんてこない。
脳裏に次々と浮かんでいく仲間たちの笑顔の中で。
けれど、だからこそ。
ミハエルの中で、唯一、暗く澱んだ目を向ける仲間がいる。
「凌牙は、大丈夫かな
ある時期から、表面上は笑っても、自分を見るとき決して安らがなかった青い眼。
ハートランドを離れたという、遠くに在るもう一人の仲間を思って、ミハエルは暗澹たる気持ちになった。

いつか決壊するような気がしていた。決してこちらを見ようとしない凌牙の、濁った目を見ていたあの頃から。

遊馬を通してドルベから連絡があった時、兄の手術は目前だった。
ただでさえ危険な手術だ。命の危険すらある今、兄に友である凌牙の現状を伝えて心労を掛けるわけには行かなかった。

ミハエルの憂慮に、遊馬が眉根を落として言葉を落とした。
『わかんねえ、けど、おれじゃ、だめだと思う』
遊馬は、唇を引き結んで、耐えるように顔を上げた。
『他の誰かじゃダメなんだ。シャークがいま本当にデュエルしたい相手はおれじゃない。Ⅳだって、全力でそれに応えようとしてる』
「うんで、も
でも、本当にそれで良かったのか。兄の目覚めぬ今、ミハエルは答えが判らなくなっていた。
もし、もしも。考えたくないが、万が一。
兄に万が一があれば、凌牙は再び何も知らぬ内に兄を──

ゾク、と、忘れたかった恐怖が背中を襲って来る。
もしこのまま目覚めなければ。万一があれば。ミハエルは、ようやく取り戻した家族を再び永久に喪うことになるのだ

青褪めてぶるりと震えるミハエルに、遊馬が見かねたように口を開いた。
『なあ、すりー、おれ、やっぱりすぐそっちに、』

ビー!ビー!
警告(emergency) 警告(emergency)!

けたたましく鳴り響いた警報に、ミハエルは顔を跳ね上げた。
赤に点滅する非常灯、サイレンと共に流れる警告音、繰り返す非常事態宣言。
「っなに!?何が起きてるの!?」
『すりー!?どうした!?』

侵入者発見(Found an intruder)!侵入者発見(Found an intruder)!

D部隊はポイント114573に急行、繰り返します、D部隊は114573に急行、デュエルにて侵入者を拘束せよ。

デュエルが開始されます。デュエルが開始されます。


周囲の警備システムが一斉に非常ルートと、一つの画面を指し示す。
映るスクリーン、そこに映った、姿は────

「ドルベ!?」

◇ ◇ ◇



迷彩服の屈強な男達が取り囲む中、平然と立つドルベが、小首を傾げた。
「道を間違えただろうか、デュエル部門の者とアポイントを取りたいのだが」
「Indiscriminate duelist,target acquisition!(辻デュエル犯捕捉しました!)」
「Must catch!(早く捕まえろ!)」
「KCでは並みのデュエルの腕ではアポイントすら取れないと聞いたが、まさか取り囲まれることになるとは思わなかったな」
どこかズレた様子で首を傾げたドルベが、指先でぶわりとカードを閃かせる。
ソリッドビジョンも使っていないのに映し出されるペガサス。ダイレクトアタックが決まって吹っ飛ばされた相手に、ドルベは平然と問い掛けた。
「君が担当者か?」
「No way! What this force!(何だこの力は!)」
「いや、違うな。担当者ならばもっと強い。次だ。君が担当者か?」
吹き飛ばされる屈強な男たち。デュエルディスクが次々に地面に転がる。
「それとも、君が担当者か?」
「What's going(バカな!何が起こっている!?)」
「it seems to be the Oriental(東洋人のようです!)」
「君が担当者か?」
「Crazy around for!(何だこいつ!狂ってんのか!)」
「この者でも無さそうだ。アポイントとは難しいな。君が担当者か?」
依然にも。こうして次々と探し回った事があった。君はナッシュか、と問い掛け続けて、無策のままとうとう見つからず、愚直な自分にはこれしか出来ず、けれど最後には凌牙かれを見つけた。デュエルを通して確信したのだ。
(だから、)
今度も決して間違わない。

左の瞳の色が、ギン、と紅くなる。
最後の賭けだ。この身に僅かに残ったバリアライト。残った最後を、燃やし尽くすのは今。
ドルベのゆらりと燃え上がった紅い左眼に、バリアンの残滓が『視』える。
ようやく捉えたのだ。デュエルをしてようやく判った。KCここにあった。彼の中の紋章バリアンの痕跡が。

「人を探している」

薄く、僅かに、搔き消えそうな細い糸。
それを辿ってここまで来た。

「トーマス・アークライト。あるいは、極東チャンピオンⅣと呼ばれた男の事を」

バリアンとして生きた悠久の、最後のわがままだ。これを逃したら二度は無い。

この五年、人として生きてきた。
困惑と喜びばかりの日々だった。
バリアンとしての生に未練は無い。人として生きると誓った。二度と力が使えなくなって構わない、この身のバリアライトを全て燃やして構わない。だから。

(頼む、保ってくれ)

消えそうな残滓に眼を凝らす。人の身体が負荷に悲鳴をあげる。

「すまないが、私は異国語に明るくない。時間も無い」
「Duelist force arrival(デュエル部隊到着しました!)」
「よって、押し通ろうと思う。我が友、ナッシュのため───いいや、それだけではない、私は、」
体に走る痛みが、ぐらりと眩暈を生む。

そう、私と彼は、何だったのだろう。

敵では無かった人間ひととしてナッシュを呼ぶ彼を、快く思わない頃もあった。ナッシュを通して彼を知った、本当に最初の頃だけだったが。
禍根はあった。だが、それ以上に、仲間だった。

いま自分を突き動かしている、この感情の名前は。



瞼の裏の光を追う。
脳裏に浮かぶ光景がある。
あの頃、どうしようもなく鮮やかだった
制服姿のメラグとナッシュが笑って、そこに付き合わされた困り顔の彼が居たあの頃を。
驚くほどに幸せな光に溢れていたあの頃を。

(そうだ、彼は───)

手の中のカードが、煌めいて迷いを晴らす。
白い翼が陽を受けて輝いた。

(今世で得た、もう一人の友だ)



怒号が響く。奴をデュエルで拘束しろと。
投げ付けられたデュエルアンカー。宙で体を捻る。
フェンスを蹴って、ドルベは、飛んだ。

「三度目の生で得た────もう一人の我が友の為、私は往く!!」


◇ ◇ ◇
「何で、どうしてドルベがKCアメリカ支部 ここ!」
スクリーンの中でデュエルするドルベを見て、ミハエルは蒼白になった。
「止めなきゃ、」
まろぶように、屋上までの道に足をもつれさせる。
「止めなきゃ!やめさせなきゃ!」
ミハエルが駆け出しかけた時『ダメだ!』と遊馬から鋭い静止が入った。
ミハエルはDゲイザーを片手に思わず足を止めた。
「遊馬!?どうして、」
『判るんだ!!』
息を呑むほど強く言い切る。遊馬の目が煌々と煌めいた。
『Ⅳはずっと戦ってた。シャークとデュエルするために。だからおれも少しでも出来る事がしたくて、遺跡ここまで来たんだ。そのためなら、仲間のためならなんだってやりたい』
胸の皇の鍵を、握り締める。
『みんながおれをアストラルに会わせてくれたみたいに!』

遊馬は強い意思で瞳を煌めかせた。
『ドルベだって同じだ!みんな同じ気持ちなんだ、ドルベがここに来た理由なんて一つしかないだろ!』
赤い瞳が、希望にきらめく。
『行こう、すりー!あいつのデュエルを見届けるんだ!』

背後でピ、ピ、ピ、と平坦に鳴り続ける心電図が
ドクン、と一度 高鳴った。

◇ ◇ ◇


真っ暗な夢の中に居た。

夢だ。暗いところに立っている。ただそれだけの、繰り返し見ている夢だった。
真っ暗だ。何も見えない。

(オレは……

息苦しさが襲う。
眼を覆う。覆っても開いても何も変わらない。何も分からない。
見えないと、その事に絶望しては、これが夢であると気付く。夢だと気付いて、もう何年も前から見えないことを、悪夢から醒めても現実は醒めないのだと思い知る。

ここ数年、光を伴う夢を見ていない。
視力を失ってから、この手から零れ落ちたのは景色だけじゃなかった。ゆっくりと薄らいでいく記憶、見えていた頃の輪郭。どんどん思い出せなくなっている。

眼を凝らしても何も見えない。夢の中くらい、何か見えたっていいだろう。
(ちくしょう!)
だが、何一つ闇の中から返ってこない。何度叫んでも。恐ろしさが、体を縛る。
(このまま、何もかも忘れちまうんじゃねえか)
ゾッと血の気が引く。
VRシステムは、本人の記憶を焼き直す物なのに。いくら手術しても、その前に何もかも忘れてしまったら。
(手術?)
あれ、と足元がぐらついた。
全身が熱い。痛い。立っていられなくなる。なんだ、なんだっけ。
ぐるん、と思考が熱に浮く。手術、手術。そうだ、オレは、手術を?
痛い、痛い、熱い。指先から記憶がサラサラと零れ落ちる。オレは。
(オレは、どっちに帰ればいいんだ)

眼を凝らす。帰り道を探して。
でも、何も見えない。

見えない。

怖くなって、叫んだ。
「と父さん!ットロン!ミハエル!兄貴!おい!誰か!」

見えない。何も見えない。
真っ暗で、真っ暗で、帰り道が解らない。
喉が引き攣る。

「りょ凌牙!璃緒!おい!頼む、応えてくれ、誰か!」

見えない。何も見えない。
帰れない。帰り道が見つからない。見つけられない。こんな眼では。

帰り道が分からない



◇ ◇ ◇


「道が分からない。いったいどっちなんだ、彼に続く道は」
ドルベはカードを閃かせた。指先で唸る攻撃に、目の前の男たちがなぎ倒されていく。
「第一部隊、第二部隊、ともに全滅しました!近付けません!」
「VRシステムを作動させろ!強制的にVRデュエルに持ち込むんだ!」
「アレはまだ最終セキュリティチェックが」
「構わん!起動しろ!」


ぶわり、と風が生まれた。

ドルベの体を
膨大な光の風が撫でた。
ドルベは刮目した。
「なん、だ!?」


光のように。
電子の爆流がドルベを襲った。
波、波、波、光の波。
呑まれる。その中に、息づく魂。嵐。光の風。粒子の嵐。呑まれる。


「執行します、VR強制ログイン、開発コード『VRAINS』起動ッ‼︎」




ドルベが電子の渦に飲み込まれ
強制的にVR空間に叩き落とされたその瞬間

閃光の中

ドルベの背で
ペガサスのわななきが
大きく翼を広げた。




それは、後の世で
データストーム、と呼ばれる嵐

包み込まれるような息吹の中で
ドルベは、光に呑まれた。


マザーコンピュータが起動する。
────Duel Links System 起動

その時 眠るⅣの脳波が、わずかに反応した


◇ ◇ ◇

憔悴した視線の先に、ちかりと何かが光った気がした。

(光……?)

うろり、と視線を彷徨わせて、はたと気付く。
光。

(!?なんで)

誰かが呼んでいる。自分を。
声に導かれて、Ⅳは慌てて膝を立てて立ち上がった。遠くから声がする。真っ暗な世界の向こう、針のように小さな光が。

(オレを呼んでる!誰が!?)

転げるように蹴って駆け出した。
全身が痛む。顔をしかめて眼を細めれば、光が遠のく。慌てて眼を見開いた。
「待て!待ってくれ!!」

眼を凝らす。見えぬ眼に、それは確かに届いていた。

走って、走って、必死に。必死に腕を伸ばす。
届け。届いてくれ。オレは。どうしても。


指先に、電子の風が、触れた。

────Duel Links System link

(ッ!)

目を閃光が、焼いた。


脳が灼けつくように熱い。体が、心臓が灼けつくように。


セカイが光に塗り替わる。電子の奔流が、セカイを創り上げていく。

嵐だ。光の粒子の、豪風。電子の波。
そこに息づく、魂の、気配。

(ああ)

安堵が溢れて、指先を伸ばす。

(今、わかった)

伸ばした指が、ぶわりと色に覆われる
指先に触れたそれに、知った


(オレを、呼んでいたのは)



─────〝デュエル〟だ。



電子の風から、触れたソレを勢い良くドローする。


ホワイトアウトする、セカイ




Ⅳが見たのは

空から降り注ぐ無数のカードの祝福だった。







後の世で。
「ある現象」が
世界中で認知されるようになる。

広大なVRマザーシステムから流れ出る
電子情報を感知する力。

電子の海の中から
「他者のデュエル」の気配を感じ取る
第六感ともいうべきこの力は

次々に世界各地で同様の現象が報告され
後に専門家に、こう名付けられる。

『リンクセンス』と








ーーーーーさま……にいさま……

「トーマス兄さま!」
パチッ、と目を覚ましたその瞬間
ガバリと飛び付いた熱に、Ⅳは瞬いた。
「ミハエル、か?」
「兄さま兄さま、やっと目を覚ましてよかった!」
ミハエルが泣きそうに縋っている声がする。
「手術、成功、した、のか」
けほん、とからい喉を吐き出して、声のするほうに指を向ける。彷徨った指を強く握られて、ミハエルの熱に、夢ではないと実感する。
「電子回路は正しく起動してるそうです、兄さま!」
「そう、か」
はは、と喉から、すっかり掠れた声で、抑えきれない歓喜があふれた。

まぶたの裏に残った光が、カードの祝福が
目に染みて、あふれて堪らなかった。

ぼとぼとと、目から涙が生まれるのを感じながら、Ⅳは掠れた声を出した。
「誰かが、デュエルをしてたんだ。そっちに光があって、」
それで、目が覚めた。
何年ぶりだろう、光を感じるのは。
目に焼き付いたカードの嵐が忘れられない。確信した。自分を呼んでいたのは。デュエルおまえだ。

「成功、した、のか、これで、」

やっと、デュエルが


『────Ⅳ!大変なんだ!』


視線がふらっと彷徨った。
「遊馬?お前、そこに居んのか?」
声の主を求めて、まだぼんやりする意識をかき集める。
やがて、混じる電子音に通話だと気付き、理解する前に、遊馬の声が「ごめんⅣ!でも、急がねえと!」と張り上げられる。



『ドルベがKCに捕まっちまった!助けねえと!』
「は?」

Ⅳは、クラクラしていた意識が、数テンポ遅れて覚醒するのをハッキリ感じた。

「ドルベ……ドル、ドルベ!?!?」






バリアンの力で半実体化したドルベのデュエル。
通常のデュエルでドルベを制せなかったデュエル部隊は、最新のVR機器を強制的に作動させて対抗した。

VRはマザーコンピュータを通して全て繋がっている。

デュエル部隊は最新鋭のVR回路に直結する最新のデュエルディスクが積み込まれており、ドルベはデュエルを『強制執行』されて、捕らえられた。
そのとき、VR空間のドルベのデュエルで、Ⅳの脳に埋め込まれたマイクロチップが連鎖的に反応したのだ。

後にⅣに分かったのは、つまりドルベの無茶なデュエルが自分を叩き起こしたのだということ。

そして、いま。
徹底的に身元を洗われたドルベが、KCの特別監視調査室────つまり、特別製の檻の中だという、とんでもない事実であった。



「我が社を襲ったのは、神代、と名乗る灰色の髪の男だ」
「かっ、神代!?」
Ⅳは大混乱だった。大手術から寝起き早々、車椅子の状態のⅣは理事長室で、調査員の調べ上げた経歴と照らし合わせを行う羽目となった。
「神代ドルベ。書類上は、お前が求める男の、又従兄弟、ということになっているな」
「!」
神代という名の男で真っ先に浮かんだ存在とかけ離れた容姿に混乱したが、その説明を聞いてⅣはやっと飲み込めた。人としての生を受けてから、のちのち便宜上そのようにカイトが処理したのだろう。
いま神代姓を名乗っているとは知らなかったから、胡乱な反応になってしまった。
案の定、調査書を手に「改竄された跡があるな」と男は吐き捨てた。KCに調べられないことなどないのだろう。Ⅳは慌てた。

「我が海馬コーポレーションに被害を与えた以上生かしてはおかん」
「待ってくれ、そいつはオレの知り合いで間違いない!」

Ⅳが目覚めて車椅子の上から最初にしたことは、ドルベの処分に必死に抗弁することだった。デュエルへの余韻は吹き飛んだ。

「頼む、待ってくれ、アイツは産業スパイなんかとは無縁だ!」
「ならば情報漏洩先をどう説明する気だ?」
「それ、は」

言えるはずがなかった。
ドルベはどうやら、Ⅳに残った紋章バリアンの痕跡を辿ったらしいのだ。カードが実体化したという話から間違いない。バリアンと異世界研究は、KCにも売り渡していないトップシークレットだ。
返答に窮したⅣに、相手は底光りする眼でⅣを見透かしたようだった。

…………何でもする!責任を問うならオレにしてくれ、あいつは古い仲間だ、ハートランドに残ってるあいつらのために、欠けさせるわけには!」
「話にならんな」

相手はⅣの嘆願を一刀両断した。
情に訴えて何とかなる相手でないのは分かっていたが、取りつく島もなかった。

「くだらん。貴様、我が社が与えてやったソレは飾りか」

窮して土下座せんばかりだったⅣは、顔を上げた。
見えないにも関わらず圧倒的な存在感で、その人物はⅣを見下ろしていた。

「え……?」
「おもねる者に未来などない。あるのは戦いのみ!仮にも我が社のデュエリストを名乗るなら、その剣を抜かんか!」

恫喝だった。ビリビリと部屋が震える。
後ろに立ったSPが、まだ立ち上がるのも困難なⅣを両脇から抱え上げる。

「は……!?」
「それだけ威勢が良ければリハビリは要らん。ソイツをさっさとデュエルシミュレーション室にぶち込んでおけ。100戦データを取るまで一歩も外へ出すな」
「は!?」
「一度でも負けたら社の裏にでも捨てておけ。オベリスクモードまでクリアできたら耳を貸してやらんでもない」
「え……は!?そんな無茶な!!!」
「我が社においてこれほどシンプルな処遇も無かろう。言いたいことは勝って言え」

かくして、Ⅳはデータ収集の名の下、生死を彷徨った直後にも関わらず、100戦デュエル極限デスマッチをする羽目になったのだった。




真っ白な独房にて。
歩くのもやっとなⅣは、周囲に肩を貸されながらぜいぜいとようやく駆けつけた。
So crazyばかじゃねえのか‼︎」
ドルベは両手両手を完全に制圧され、真っ白な空間の中で、手枷で手も目も覆われていた。ドルベは驚いたように顔だけⅣの方を向いた。
「トーマストーマスかい?」

「オイ解ってんのか⁉︎ お前消されかかってたんだぞ‼︎」
「その声、トーマスだな?」
「てめえなに考えてんだ、オレが起きるのが遅かったらどうなってたか‼︎」
「なあトーマス」
「ああ"!?」
「無事で良かった」

告げた途端、きょとんと毒気を抜かれて、Ⅳは怒号の代わりに「はっ?」っと間抜けた空気の固まりを吐き出した。

「ずっと案じていた。元気そうで良かった。順序が逆になってしまったが、久しぶりだな、元気だったか?あまりにも連絡が付かないから、何かあったのだろうかと皆で心配していた。息災で良かった」
…………………………………あー………………
……………………………………そうかオレお前らの中でmissing(行方不明) or safty unknown(安否不明扱い)になってんのか………自覚無かったわ……
「?」

Ⅳはずるずると座り込んで、「あーーーー」と前髪をくしゃりと握って気の抜けたように座り込んだ。

「よくここが分かったな。マザーコンピュータをデュエルで外部から刺激して呼び戻そうなんざ、部外者だったお前がどうやって情報を」

「お前、どうやってここが分かったんだよつか、

「マザーコンピュータをデュエルで外部から刺激して呼び戻そうなんざ、部外者だったお前がどうやって情報を」
「? なんのことだい?」
ドルベは首を傾げた。
「私はただ、君を追いかけて来ただけだよ」

「待て。おい、おい、まさか」

「すまない。どうしていいか分からなくて、デュエルしていたらなぜか取り囲まれてしまって」

目を剥いてギョッとした。
「お前、まさか何も知らなかったのか!?」
「知るも何も、正直今も何が起きているのかよく分かっていないのだが

困惑して眉を落としたドルベに、Ⅳは、あぜんと口を開いて
次いで、堪え切れなくなって吹き出した。

「じゃあ何か!オレは、訳わかんねえままデュエルして、訳わかんねえままシステムにリンクして、訳わかんねえままオレのチップに回線繋いだ奴に、叩き起こされたってのか!何だよソレ!無茶苦茶じゃねえか!」

はははは!

腹を抱えて笑ったⅣに、ドルベは困惑したように眉を落とした。

「すまない、不味かっただろうか」
「はははは!はー、いや。礼を言うぜ。オレの頭にぶち込んだチップは、KCのマザーコンピュータと回線で繋がってた。お前がデュエルした瞬間、オレの頭のマイクロチップにも、電気信号がわずかに流れ込んでたってわけさ」
「???」
「お前が無茶なデュエルで非常回線開いてなかったら、オレはずっと寝たままだったかもな。わかんねえならいい、オレがぜんぶ分かってる」

やはり、あの時オレを呼んでいたのはデュエルだった。

Ⅳはからりと笑った。
長年の重荷から解き放たれた、快活な笑みだった。

「よう、数年ぶりだってのにご挨拶じゃねえかドルベ。こんなファンサービスされちまったら、応えねえわけにいかねえじゃねえか」

その笑みを。残念ながら、目に覆いを当てられたドルベは、見ることがなかったが。

「てめえのデュエルで目が覚めた。礼を言うぜ。おかげで地獄の淵から戻ってきちまった」

ドルベはただ。
大切な友が帰ってきた
その充足感を得て、静かに笑った。

「トーマス。ひとつ頼みがあるんだが」


◇ ◇ ◇



「ばかぁ!」
連絡を受け、海外に文字通り飛んできた璃緒は、Ⅳを見るや否や叫んだ。
「なんで連絡寄越さなかったのよ!」
叫んで叫んで、Ⅳの胸板に拳をドンドンと叩きつけて、璃緒は泣き喚いた。
痛いくらいの哀しみの叫びだった。
Ⅳは棒立ちで手だけ彷徨わせながら、璃緒にされるまま胸を叩かれ続けていた。Ⅳは璃緒の肩に手を添えるべきか挙動不審で迷って、結局手を無意味にぱたぱたさせるだけで終わる。
「いや、その、」
「手術で何かあった時に、君たちに知らせないためだよ」
「あっドルベてめっ」

一気に目が座る。
夏場の室内に、刺すような冷気が漂った。

見えずとも璃緒の空気を敏感に察知したⅣは、慌てて弁明しようと、混乱のまま早口になる。
「いっ、いや、その、これはデュエルを捨てられなかったオレの我儘みてえなもんだし、それで何かあっても自己責任だって分かりきってっことだから、頭を弄くる手術に絶対はねぇし、その時、変に責任感じさせんのも違ぇし、」
「トーマス、そろそろやめておいた方が良いと私は思うんだが」

ヒュッ 風切り音が室内に走って
腹にドスっと鋭い蹴りが入った。
「うぐっ」
「遅かったか」
崩れ落ちたⅣは、腹の激痛に呻いた。
「ぐほ、おっ、ま、本気でグーパン入れやがっ」
「ふざけないでよ‼︎ 勝手に行方不明になって、勝手に知らない所で危険な目にあって、それで知らないうちに居なくなる気だったの⁉︎ありえない!」

ボロっと水滴が、座り込んだⅣの額に降ってくる。
顔を上げて、Ⅳはギョッとした。
「私たちがどれだけ心配したと‼︎」

ボロボロ、しゃがんだⅣの顔に、涙は止めどなく落ちてきて、Ⅳの十字傷を静かに伝った。
Ⅳはハッと顔を歪めて、ようやくなすべきことに気付いたように、声を頼りに拙く手を彷徨わせてから、璃緒の肩を抱き寄せた。
Ⅳの肩に額を押し付けた璃緒が、震えてしゃくり上げた。

「大っ嫌い‼︎」
……悪かった」
「ありえないっ、顔も見たくない!」
「悪かったよ」
「大っ嫌い‼︎」
「分かってっから」
「嘘よバカぁ‼︎」
うわあん!

涙が止まるまでずっと。泣き腫らした璃緒の肩を、Ⅳはいつまでも支えていた。

◇ ◇ ◇


「はあ!?凌牙がデュエルを辞めたぁ!?」
「カードに触れなくなったんだ。どのカードもモノクロに見えて混乱すると」
ドルベの言に、最初は嘘だろうと仕切りに信じようとしなかったⅣは、説明を受ける内、表情をどんどん強張らせていった。
「ストレス性の色覚異常?凌牙が?」
厳しい目で眉間に皺を寄せたⅣは、唇を固く噛んだ。
「あの馬鹿。何やってやがる」
苛立ちを隠そうともせず、Ⅳは大きく舌打ちを吐き捨てた。
「道理で噂を聞かねえわけだ。リーグチケットまで手に入れておいて、今ごろスタジアムで活躍しててもおかしくねえ時期だってのに」

不甲斐なさに怒りをひしひしと滲ませるⅣに、泣きぬれた目を擦っていた璃緒が低く声を這わせた。
「そうよ、ほんとうに、ありえない
ガッとⅣの胸ぐらを両手で掴んで、璃緒は距離を詰めた。
泣き腫らした赤い目で、決心で強く射抜くように。
「凌牙を張り倒してやって」
「っおいおい良いのかぁ?それを頼むのがオレで」
「燻ったままなんてありえない。とびきりキツイのかましてやって。得意でしょう?」
熱い視線を受けて、Ⅳは、ゆっくりと眉間の皺をほどいて、唇で弧を描いた。
「あの寝坊助め。仕方ねえ野郎だ。オレのファンサービスが無えとやる気が出ねえとよ」
バサッ
病衣の肩に羽織る、白の上着。
久々に袖を通す、『決闘者Ⅳ』の一張羅。
「ファンにそう期待されちまったら、ファンサービスしねえわけに行かねえじゃねえか」



────Duel links log-in

ゴーグルに目隠しされて、数年ぶりに見る凌牙は対戦相手を探している。
VR越しに見る姿は、あまりにも鮮やかにあの日のまま。

久しぶりだな、凌牙 Nach langer Zeit , Ryoga

だが、それを言うのは今じゃない。

(オレたちの挨拶は、これだろう、凌牙)

掲げた手札が、待ちわびた再会に煌めいた。

「「デュエル」」




ヤツに思い出させてやろう。

『デュエルを忘れる』
なんて、土台無理な話だと。





「書物によれば、私の名『ドルベ』は外つ国で『貪欲な狼Dubhe』と書くそうだ」

静かにカップを傾けて、ドルベはそう結んだ。

「名は体を現すものだと実感しているよ。私は自分で思っていたより強欲だった。キミたちと過ごした時間を、何としても取り戻したかったんだ」

テレビの中で、スポットライトが輝いている。ドルベは紅茶のカップを置いて目を細めた。

「ああ、これが見たかったんだ」

ワーーーー!!
テレビの喝采は鳴り止まなかった。


episode of the Durbe’s story
(失明Ⅳドルベ編、今世で得た友の話)


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