其の名前〜文学少女の日記 Part.3〜

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2017-08-08 21:56:47

私の名前が好きだとあなたは言う。
鈴の図書館物語、第3話。
鏡司書です。

Posted by @natsu_luv

大学の夏休みが始まり、司書としての仕事に専念できる日がしばらく続く。
外は暑いけれど、私達は相変わらず元気に過ごしている。
今日のこの時、私は堀くんと賢ちゃんと一緒に空き部屋の掃除をしていた。
ついに、あの文豪が私の図書館に来てくれる。
彼が来る間に部屋を整えているのだ。
うさぎ柄の壁紙を貼り、部屋は無事に完成した。
きっと、うさぎが大好きな彼なら喜んでくれるだろう。

「よし、上手くいったね。堀くん、賢ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
「また何かあったら呼んでね。きっと力になるから」

ひと通り掃除が終わり、私達は図書館に戻った。
図書館に着くと、潜書から戻ってきた秋声くんと新たな文豪を迎えに来たであろう紅葉先生がいた。
少し素っ気ない声で秋声くんが新しくやって来た文豪に声をかける。
有魂書を開くと、幾つもの文字が集まり、眩い光を放った。
その光の中から、ミルクティーブロンドの髪と藤色の瞳を持つ端正な顔立ちの青年が姿を現した。
青年の名は泉鏡花、幻想的で美しい小説をたくさん生み出した偉大な文豪のひとりである。

「ほら、鏡花。司書さんたちに自己紹介しなよ」
「わかってますよ。僕は尾崎門下生の泉鏡花です。清潔第一、不潔排除がモットーです」
「鏡花、やっと姿を現したな」
「はい、お会いしとうございました。紅葉先生……
「鏡花さん、いらっしゃい。私は橋本鈴、この図書館の司書だよ」
「鈴……? あなたの名前、鈴というのですか……?」

私の名前を聞いた鏡花さんが不思議そうな顔をしている。
特に変わった名前ではないから、一体どうしたのかと思った。
その時、鏡花さんが微笑みを浮かべた。
突然の微笑みに、その場にいた秋声くんと紅葉先生も戸惑いを隠せない様子だった。

「奇遇ですね。生前の僕の母と妻と名前が同じです」
「そうなんだ!」
「はい、あなたみたいな可愛らしい少女が僕の大切な人達と同じ名前とは……嬉しいです」
「鏡花が笑った……
「初対面の女子の前で笑みを浮かべるとは意外だな……

呆気にとられている秋声くんと紅葉先生を差し置いて、私は鏡花さんに記念品を贈呈した。
うさぎ柄のマグカップと湯呑み、大きくてふんわりしたうさぎのぬいぐるみ、鏡花さんに似合うと思って選んだのだ。
箱を開けた鏡花さんは、お礼を言って愛おしそうにぬいぐるみを抱きしめていた。
それから、私は鏡花さんを居住部屋へ案内した。

鏡花さんの居住部屋は、桜色をしたうさぎ柄の壁紙が特徴的な優しく可愛らしい雰囲気の部屋である。
潔癖症な鏡花さんのために、除菌用のスプレーやアルコールも手配して部屋に置いておいた。
掃除もしっかりしておいたけれど、気にくわないところがあれば自分でしてもらうように伝えた。

「僕のためにここまで……ありがとうございます」
「そうだ、鏡花さん。15時から食堂で歓迎会を開くから、それまでゆっくりしててね」
「歓迎会ですか。はい、楽しみにしています」

私は鏡花さんの歓迎会の準備をするために、堀くんと賢ちゃんが待っている食堂へ向かった。
食堂に着くと、堀くんと賢ちゃん、さらに南吉ちゃんもいた。
テーブルの飾り付け、メニューの仕込み、茶葉の手配まで済ませてくれていた。
冷たいものが飲めない鏡花さんのために、お湯やスチームミルクを注ぐために使うコーヒーマシンのメンテナンスも施した。
これで準備は万端だ。

「さて、文豪のみんなを呼びますか」
「楽しみですね」
「鏡花さん、喜んでくれるといいなぁ」
「司書さんがここまで頑張ったから、絶対に喜んでくれるよ」
「うん、ごんも同じこと言ってるよ」
「ありがとう」

館内放送で文豪たちを呼び出し、歓迎会のアナウンスを済ませた。
紅茶は苺とシャンパンの香りが芳しいロゼロワイヤル、お茶菓子はアールグレイのシフォンケーキ。
何でも炙って食べるという鏡花さんが使うであろうアルコールランプも備えておいた。
手で摘んだところを捨てられるともったいないから、専用のカトラリーも一緒に用意した。
その時、鏡花さんが紅葉先生と一緒に食堂に顔を出した。

「会場はこちらで間違いありませんか?」
「ここで合ってるよ。鏡花さん、紅葉先生、いらっしゃい!」
「さぁ、こちらにどうぞ!」
「ふむ、有難いな。さて、呼ばれることにするか」

鏡花さんと紅葉先生を席に案内し、他の文豪たちも次々とやって来た。
文豪たちは可愛らしく飾られたテーブルや、紅茶とお茶菓子に目を輝かせていた。
私は鏡花さんと紅葉先生の席に向かい、目の前で紅茶を淹れた。
手袋を着用して、きちんと煮沸消毒をしたポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐ。
鏡花さんはアルコールランプで炙ったケーキを食べながら、紅茶を淹れる様子を眺めていた。
茶葉がダンスを終えて、香り高い紅茶が完成した。
ふたりのマグカップに紅茶を注ぎ、そっと手渡した。

「鏡花さん、紅葉先生、こちらの紅茶をどうぞ」
「芳しい香りがしますね。うん、美味しいです」
「汝の淹れる紅茶は本当に美味いな」
「気に入ってもらえて良かったよ。お代わりもあるから、必要だったら声かけてね」
「はい、是非ともお願いします。熱いものなら、いくら暑くても平気ですから」

鏡花さんは笑顔でそう言った。
私は他の文豪たちのテーブルに向かい、紅茶のポットサービスに廻った。
今回のお茶会も無事に成功。
明日からは鏡花さんもいる朝食風景が見られる。
その時も紅茶のポットサービスで喜んでくれるだろう。
考えるだけで楽しみになってきた。

お茶会の片付けを済ませた私は、残りの仕事を済ませるために司書室に戻ろうとしていた。
その時、図書館の窓から夜空を見上げている鏡花さんが視界に入った。
私が贈ったうさぎのぬいぐるみを抱きしめて、誰かに語りかけている様子だった。
思わず足を止めて、鏡花さんの言葉に耳を傾けていた。

「すず、あなたと同じ名前の少女に出逢いましたよ。明るくて優しい性格の可愛らしい少女です。どうか、一緒に見守っていてください……
「鏡花さん……
「司書さん、今日は誠にありがとうございました」
「どういたしまして。喜んでもらえて嬉しいよ」

鏡花さんは転生前に連れ添った奥様に話しかけていたのだ。
前世の鏡花さんは奥様を大切にしていて、名前を彫った腕輪を肌身離さず持っていたらしい。
奥様とは最期の時まで一緒にいたのだ。
そのことを思い出した私は、何処か恐れ多く感じていた。

「司書さん、僕はあなたの名前が好きです。名前だけではありません。あなたのことが……好きです」
「鏡花さん……!」
「あなたに好意を抱いている者が何人もいることはわかっています。ですが、彼らに負けるつもりはありません」

突然の告白と他の文豪たちに対する宣戦布告に、私の心臓の鼓動が早くなる。
それだけではなく、今にも顔から火が出そうだ。
鏡花さんはそんな私を差し置いて、さらに話を続ける。
奥様のこと、今日のお茶会の感想、色々話していたけれど、私はそれどころではなかった。

「司書さん、大丈夫ですか? 顔が真っ赤ですよ」
「だって、告白されるなんて思ってなかったんだもの……
「申し訳ございません。ただ、あなたが好きであることは本当です」
「ありがとう……。嬉しいよ」
「これからも僕と一緒にいてくださいね。紅茶も飲ませてください」
「もちろんだよ!」

鏡花さんはそう言って、優しい笑顔を見せてくれた。
その笑顔は夜空の星に照らされて、輝きを増していた。
空を見上げると、ひと際目立っている一等星がきらりと光った。
瞬く星の光は、私と鏡花さんの恋路の始まりを告げる合図。
鏡花さんが好きだと言ってくれたこの名前を大事にして、一緒に仲良くこの図書館で日々を過ごそう。
そんな誓いをひっそりと心の中で立てた。


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