【砂ノ海 暁ノ宙】⑮ SS「食事のはなし」
「砂ノ海 暁ノ宙」本編に一応関係するSSです。ジーン視点で養子入り先のブラウエル家での食事中のお話。本編が始まるよりも前になります。
るんこさんにデザインをしていただきましたブラウエル親子、アルナウトとバルトルトが登場するお話です。
親子の会話を書いてみたいなと思って考えたネタですが、食事情の説明やら新たなキャラの登場やらで他のSSよりもちょっと長くなってしまいました。すみません。
るんこさん、改めましてデザインありがとうございます!親子の会話、こんな感じになりました!
SS「食事のはなし」
ジーンはこれほど味がよくわからない食事はないだろうとひっそりと心の中で嘆息した。
目の前にあるのは、メインの鶏肉と数種の野菜をクリームで煮込んだ料理が大きめの皿に盛られたもの、その周りに発酵せずに薄く焼いたものと発酵済みで小さく円盤状にしてゴマのトッピング付きで焼いたパンをはじめとしたいくつかの料理が小皿に盛られて並んでいる。薄く焼いたパンで煮込み料理を挟んで食べてもいいし、米が炊かれることもあるので肉や野菜を乗せて食べるということもある。
今日のスープはトマトスープだった。メインの肉料理がかなりしっかりしているので、具材は細かく切った数種類の野菜だけでまとめている。香辛料を使ったり肉の入ったスープが出されることもあるが、今日は肉料理の濃さを考慮してトマトの酸味と野菜の甘味を活かしたかなりさっぱりとした味に整えられていた。
発酵食品が豊富なので、デザートにヨーグルトにフルーツジャムを使った一品も並んでいる。
フォディーナ国の食の基本は肉と野菜、小麦と米である。
まれに魚料理も出されることがあるが、魚介類は手に入りにくい地域であるため食べられる機会は少ない。手に入っても生で食べる事はなく、煮るかオイルや香辛料で漬けたものに手を加えるのが一般的だ。
肉は発達した畜産業で種類も豊富であり、また酪農技術もかなり進んでいる。
移民が多く様々な文化が混ざりあった歴史背景があるため、保存食の製法も多く伝えられ、しっかりと根づいている。
そして移民がもたらしたのは食文化だけではない。
高度な機械工学もフォディーナの食文化を支えている。
そのうちの代表的なものが画期的に運送業を発達させた蒸気機関車である。
首都レールムから各産業の重要地域に線路が敷かれ、人と物資の行き来が大変盛んである。当然食材もそれに含まれ、サブルマルに面した最前線基地でもある首都に新鮮な食材が届けられている。
目の前の料理はまさしくその恩恵であるのだが、せっかくの料理の味も周囲から飛んでくる会話のせいでどんどんぼやけてくる。
しかし、表面上は何もない風を装い、しっかり躾けられたテーブルマナーを駆使してジーンは機械的に食事を口に運んでいた。
「ジーンは相変わらず体も食も細いね。しっかり食べなさい」
味覚を狂わせる会話の元凶の一人であるアルナウトが正面からのんびりとそんなことを言ってくる。
ジーンは粛々とはい、と答えた。
アルナウト・ブラウエルはジーンよりも12歳年上の義兄である。
色白な肌の持ち主で、アッシュブロンドの髪を目元近くまで伸ばして軽く流している。緑がかった碧眼は涼やかで、右の目元にはどこかセクシーな印象を与える泣きぼくろがあった。
常に穏やかな表情で声も柔らかく、紳士的な態度を崩さない彼は異性に大人気で、様々な才能が飛び抜けているともっぱら評判の軍人だ。そうなると同性からの妬みが多そうだが、そんなことがないのはその能力の高さに驕ることのない真面目で目端の利く性格ゆえだろう。大変な部下思いで強く支持されていると所属部署が違うジーンでも噂をよく耳にする。
彼の言葉を受けて、ジーンの右側奥で食器を持つ手を止めつつ口を開く人物が。
「そうだな。体力を落とさないように健康には気を使わねば」
これにもジーンははい、と答える。
アルナウトの実父、ジーンを養子として迎えた張本人であるバルトルト・ブラウエルである。
髪も目の色も実子と同じでさすがに髪には白いものが混ざっているが五十路の割にその量は豊富で、親子ともに同じ髪質なのか、耳元を覆うあたりの癖のある感じがよく似ている。
目元の鋭さは温和なアルナウトとはちょっと違いがあり、しっかりとした眉と厳格そうな口元からは意思の強さが伺える。
総じて頑固そうという印象だが、声は非常に柔らかい。
ジーンの大先輩であり師匠でもある元カントルムであるバルトルトの声は衰えていない。
普段は寡黙ながらも非常によく通る低音で、腹から出している発声もしっかりしていた。
最前線で戦い続けて勇名を馳せ、引退後は軍部でも要職である将軍の地位に就き、後進育成に力を入れる彼は、現役カントルムにとっては父のような存在とも言える。
カントルムという生まれながらの適正でなれる者を極端に選ぶ能力者に、実子であるアルナウトはなれなかった。
そのことがこの親子の間でなんらかの確執になっているのは確かであるはずだが、ジーンはあまりそういった場面を目の当たりにしたことはない。
いまも親子の会話は弾んでいる。
――が。
弾んでいるらしいというのはなんとなくわかるのだが、会話になってるのかなってないのかジーンが知る一般常識範囲内では判断が難しかった。
「父上、ジーンはあまり体を重くしてしまうと」
「そうか。豆はどうだろう?」
「一部不作が報じられましたね。バウマン卿はご健勝でしょうか?」
「ドレース地区の豊穣祭はつつがなく終了したそうだ」
「ほう、それは重畳です」
そこで会話が止まって、しばらく食事に集中する二人。
ジーンは、なんだこれ? とつっこみを入れたいのを必死に留めていた。
僕はスピード重視の戦闘スタイルだからあまり体重が増えてしまうと敏捷性が落ちてしまう。だからいま身についている筋肉を維持するのに豆がいいだろうという話になって、そういえば豆の収穫について一部の地方で不作だったらしい、バウマン卿は確か豆の特産地であるドレース地区の出身だったはず。ちょっと前に体調不良で現役を退いたんじゃなかったっけ? で、不作にも関わらずドレース地区の豊穣祭が無事に終了したというのは、祭りではその年に生まれた子供を祝う習慣もあるっていう話らしいから
……あ、そうか、バウマン卿に孫が誕生したってことかな? 重畳ってそういう意味か。
――というところまで圧縮会話をなんとか解析すると、すっきりした気分でジーンはパンを口に運んだ。
ゴマの香りがたまらない。
そういえばラテルもゴマをまぶしたパンをよく焼いてくれたっけ。ああ、懐かしい。食べたいなぁ、というところまで考えていたら、ふと正面に座るアルナウトがこちらを見ているのに気づいた。
「ということで、ジーンは豆は嫌いではなかったね?」
「
……そうですね。普通に食べます」
「だそうですよ? 父上」
「ジーンは昔から好き嫌いがないな。手間のかからぬ良い子だ」
「我が家のシェフは自慢です」
やはりいくつか経過をすっ飛ばして結論を出したらしいアルナウトの言葉に、そうですねと力なく答えた。
少なくともジーンが知っているブラウエル家の者はほとんど好き嫌いなくなんでも食べる。
実はジーンには苦手な食べ物がいくつかあるのだが、養子の身で我儘を言うわけにはいかなかった。幸いアレルギーというわけではなく、単純に味や食感があまり好きではないという程度ではあるのだが、なんとか我慢して無理やり口に入れていた。
だが、そういえばどんどんいろいろなものが躊躇なく口に運べるようになった気がする。
と思った瞬間。
思わずアルナウトの顔を見てしまった。
その視線を受けて彼は慈愛の笑みをその目に湛える。
なぜ彼がシェフを自慢に思うのか。
ジーンの知らないうちに苦手な料理に気づいたシェフが食べやすいように工夫してくれたのだろう。その細やかな配慮をアルナウトは誇らしいと思っているらしい。
この義兄の洞察力の鋭さは驚異的だった。
さすが軍の情報機関に所属しているだけある。
しまったと思うが、何食わぬ顔でアルナウトは食事を続けた。
非難されているわけではないので負い目に思うことはないのだろうが、なんとなく悔しい。
表面上は無表情をなんとか保ち続け、ジーンも残りの食事を口に運ぶ。
こんな相手の腹を探るような会話をしながら食事するなんて面倒くさい。
貧しいけれど一生懸命創意工夫して食事を作ってくれるラテルが恋しくてたまらなかった。
食事中の他愛のない会話、代わり映えのしない手料理、おいしいというたびに照れたような笑み浮かべる最愛の人。
なにもかもが懐かしくて、愛しい。
心の中でだけしんみりとしていると、食卓に新たな家族が現れた。
マルヘリート・ブラウエル、アルナウトの双子の姉である。
小柄な体躯でアルナウトと当然同い年だが三十路手前にはとうてい思えぬ若々しい顔立ち、本人はひどく気にしている童顔の持ち主で、父譲りの豊満なアッシュブラウンの髪を編み込んで上げている。
少女のような可愛らしい顔立ちの中に鋭さが見え隠れしているあたりがバルトルトによく似ているとも言えるが、このような可憐な姿で実はジーンよりも遥かに強いカントルムであり、最前線で戦う現役の中では三本指に入る地位にいる立派な軍人だ。
カントルムらしく訓練されたよく通る声が、おはようございます、と告げた。
ちなみに夕食時である。
気にした様子もなくバルトルトもアルナウトもおはようと返した。遅れてジーンも礼儀正しくおはようございますと挨拶をする。
マルヘリートの生活時間帯がずれてしまっているのは、カントルムとして戦いその副作用で戦闘後に長時間の睡眠を必要とするためである。
カントルムは能力を一定以上使ってしまうと戦闘終了後に緊張から解放されたときに本能が大いに刺激されてしまう。
マルヘリートはそのあたりがかなり特殊なタイプで、たいていの戦闘から帰還しても必ず自宅に帰ってくる。それまで驚異的な精神力で本能を押さえ込むのだ。他のカントルムの場合はたいてい基地の近くにある施設を利用する。ジーンも同様で早くに昇格して高官となるカントルムのたいていは、特権を活かして施設の中に自分用の部屋を用意してあるものだ。
どういうわけかマルヘリートは爆睡する姿や眠気に負けそうになっているだらしのない姿を誰にも見せたことがない超人的なカントルムとして有名でもあった。
どうやら自室に戻ってようやく力尽きてしまうらしい。それでも眠りから覚めるとしっかりと身支度を整えて人前に出てくる。
いまもしっかりと身なりを整えたマルヘリートは、毅然とした動きでテーブルへ向かい、ちらりとジーンを見てからアルナウトの横に腰を掛けた。
そういった事情から、いまこの場に居合わせている面々がこうして食事をともにすることは非常に珍しい。
メイドが手早く食事の支度を整えていく。それに礼を言うとマルヘリートはアルナウトの柔和さにも似た笑みを浮かべて口を開いた。
「ジーン、一昨日の戦い方は何です? 敏捷性が貴方の取り柄だというのに、それを殺すような無様な戦い方でしてよ?」
ブラウエル家の中では最もストレートで容赦のない舌鋒が披露された。
反論できない。実は少し気にしていたところを見事に指摘されてしまった。仕方なくジーンはすみません、とだけ返すしかない。
水を注がれたグラスを優雅で、しかし隙のない仕草で持ち上げて一口含むと、マルヘリートが口元に笑みを浮かべる。
「それで? お父様とアルナウトは何を話していらっしゃったのかしら?」
「
……私の体のこと、豆の不作、バウマン卿、ドレース地区の豊穣祭、です」
「なるほど」
自分で言っておきながらジーンがそれでわかるのかとつっこみたくなるような短い返答の後、マルへリートは父と兄にやはり笑みを絶やさずに顔を向けた。
「ジーンが戸惑っているではありませんか。なぜもっとわかりやすい会話を心がけないのです?」
「まあまあ姉上、一応通じているようだから」
「おだまりなさい。ジーンにわざわざ理解を強いるような会話をしておきながら、その言いぐさはなんですか。お父様もアルナウトも面倒くさい」
きっぱりと断言されたバルトルトとアルナウトはお互いに顔を見合わせてからジーンを見た。そんな顔を向けられても困るんだけどなぁという気持ちをどうにか押さえ込んで、どうかお気になさらずとだけ涼しい顔で返す。
「ジーンもジーンですよ」
「はい?」
「この2人を甘やかすことなどありません。楽しい食事をしたいのならそうと望めばよいのです。貴方はブラウエル家の一員なのだから。何事も受け入れなければならないなどと考える必要はないのですよ?」
正直怒られてるのか気を使われているのかよくわからない。
しかし、はっきりとした言葉は最前線で過酷な戦いを生き延びてきた女傑であるマルヘリートの優しさだとよくわかっている。
思わず微苦笑を浮かべてうなずいた。
そうすると彼女は艶やかな笑みになる。
アルナウトが小さく笑い声を上げると、やがてバルトルトもそれに続いた。
ラテルとの食事が恋しいことには変わらない。
それでもバルトルトに拾われて養われ、いまこうして家族であろうとしてくれるのは素直に嬉しいしありがたい。
だが、自分がラテルを求める限り、いつかは恩返しもできずにこの家を離れなければならないのだと思うとこれ以上の深入りはできなかった。
踏み込めない事情を察しのいいブラウエル家の人々が気づいていないということはないだろう。
それでもいまを大事にしてくれる優しさが嬉しくてつらかった。
娘も加わってさらに凝縮された親子の会話が繰り広げられ、さすがに情報処理がついていけなくなったジーンはあっさりと理解を放棄し、のんびりとデザートをいただくことにした。
ナツメヤシのジャムが入ったヨーグルトはすっきりとした味で、たまにコケモモを細かく切ったものが違う食感を与える。アクセントになる酸っぱさとジャムの甘さが相まってジーンの好みの味に仕上がっていた。
ラテルと一緒によくナツメヤシを食べたなぁと感慨にふけりながら、再び一緒に食べられるようになるのはいつになるだろうとぼんやりと思う。
そこに至るまでの障害は山積みなのだが、義理の家族のやり取りを眺めていると、こんな想像だにしなかった環境に身を置くことになってそれなりに自分は順応できているらしい。
なるようにしかならないなと改めて腹をくくるのだった。
[了]