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虎穴に入らざればなんとやら

@Night_Tea_Party
歌峰由子@移民船SF
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2017-08-28 00:56:41

移民船リレー小説、エミリオさん2ターンめ。
大変ながらく止めてしまい、ホント申し訳ありませんでした!!!

本家サイト:科楽倶楽部(http://ipuzoro.web.fc2.com/karaku/karaku_index.html
前奏:http://ipuzoro.web.fc2.com/karaku/karaku_prelude.html
リレー本編第一話:『ある日の配管工』http://privatter.net/p/1676237 (歌峰)
ざっくりとしたあらすじ:http://privatter.net/p/2710683


前話:移民船SF(ジェイド編第2巡)『井の中の蛙、大海を知る』http://privatter.net/p/2022939(轂冴凪さま)





1.


 移民船前部の工業エリアには、件の食糧生産工場以外にも多くの工場が稼働している。重化学工業から食糧生産を含む軽工業まで、船内のありとあらゆる物資を賄う区画だ。それぞれの工場は道路に間仕切りされた方形の敷地に建てられており、所々に存在する小さな隙間区画には公園が整備されていた。

 精巧な人工芝の間を遊歩道が縫い、公園区画をぐるりと囲むように常緑針葉樹が植林されている。遊歩道の傍らには花壇が据えられ、摂氏二十度前後に調節された常春のエリアで鮮やかな花々が揺ていた。歩道の傍らに置かれたベンチにだらりと座り、エミリオはボンヤリと花の名前を脳内検索する。

 体感気温、空気の流れ、臭い、全て異常なし。何か考えるより先に確認してしまうのは、二十年近く大気管理をやって染み付いた性である。時刻は午前十一時に差し掛かろうとするところ、工業エリアの疑似太陽光も随分照度を増していた。

 本日定休日のエミリオは、この公園を待ち合わせ場所にしてノリコとジェイドを待っている。朝、始業時間頃にジェイドから、首尾良く事故当時の資料をまとめられたと連絡が来た。革命団の決起は今夜、標的である食糧生産工場が終業してからだと目されているが、エミリオらがわざわざそれを待ってやる理由もない。エミリオは休日で、ジェイドは早退したというし、ノリコは昨晩既にメグミと連絡が取れなくなっているため仕事を休んでいる。メグミを説得する準備が整ったのであれば、早めに集合して行動を起こそう、という話になった。

 他二人が来るまで、まだ少し時間があるだろう。手持ち無沙汰なエミリオは、いつも着ているツナギのポケットからポータブルオーディオを取り出した。イヤホンを耳に突っ込んで画面を操作する。休日にも関わらず制服のツナギを着ているのは、これからメグミを説得しに工場の敷地へ乗り込んだ際、第三者に見つかっても怪しまれないためだ。この点、エミリオの立場は有利である。基本的に、いつどこに出没しても言い訳が立つのだ。

 曲目リストを選んで再生ボタンを押すと、ビブラートの震える哀切なソロバイオリンが鳴り響いた。生の楽器演奏の録音ばかりを集めたリストの中には、エミリオの弾いた曲も入っている。己の演奏に酔い痴れるほどナルシストなわけではないが、どうしても聴きたい曲の生演奏版がライブラリに存在しなかったため、自分で弾いて録音したのだ。

 JPN移民団が自分達の旗印として選んだ、古い日本の歌謡曲だ。エミリオの先祖は、管理者グループとして移民船に乗り込んだ南米系の人間で、エミリオも「ウエオカ」という姓以外に日本との接点はない。だが、偶然耳にした「日本語版」のその曲に惚れ込んだ。悲しさと寂しさが入り混じる、しかしどこか明るい諦観が、耳にした当時のエミリオに心地良かったのだ。

 私用の携帯端末を片手にぼんやりしていると、まず現れたのはノリコだった。集合前の打ち合わせで「目立たない恰好を」と申し合わせたため、彼女もまた仕事着である。エミリオ同様、ノリコも清掃員姿であればどこに居てもさほど怪しまれない。しかし彼女はその服装に不似合な、大きなピクニック用バスケットと水筒を持っていた。

「……なんだありゃ、まさか……?」

 驚きながらも身体を起こし、イヤホンを引き抜いて手を振る。気付いたノリコが足を速めてエミリオの座るベンチの前へやってきた。

「おはようございます。今日は、宜しくお願いします」

 幾分堅い表情で頭を下げるノリコに、慌ててエミリオは立ち上がる。しかし、シリアスな状況にも互いの服装にも、何とも不似合な可愛らしいバスケットが気になって仕方がない。

「ああ、こちらこそ宜しく頼む。――ところで……そいつはもしかして」

「ええ、お昼ご飯にしようと思って持って来たの。ちょっとその……落ち着かなくて手を動かしてたら、作りすぎちゃったかもしれないんですけどね……」

 ばつが悪そうに視線を落とし、少し恥ずかしそうにノリコが苦笑した。小柄な彼女が両腕で抱えるサイズのバスケットには、三人分(よりはかなり多そうな量)のお弁当が入っているはずだ。朝、ジェイドから連絡が来た際に相談し、集合場所をこの公園、時間を昼前にして、昼食は三人で食べることにした。その時、ノリコが弁当作りを買って出てくれたのだが、想像したよりもかなり量がありそうだった。

「お気持ちはお察しするよ。昨日の夜は眠れたかい?」

 少し目の下に隈がある気がして、エミリオはそう問いかけながらバスケットと水筒を受け取った。エミリオに促されてベンチに腰掛けながら、ノリコが苦笑いで首を振る。

「ちょっと夢見が悪かった気がするんだけど……どんな夢かは忘れちゃいましたねぇ」

 無理もない。どうせ正夢にはならないから忘れてしまって正解だ、と頷いて、エミリオはノリコの隣に座った。膝の上のバスケットからは食欲をそそる匂いが漂ってくる。

「抜け駆けになっちまうが、コイツの中身を拝見しても良いかい? さっきから腹が鳴りそうな良い匂いがしてきて気になるんだ」

 少しでも気分を上げようと、笑って許可を求める。頷くノリコを確認し、エミリオはバスケットの蓋を開けた。

「おお、サンドイッチか……美味そうだなぁ!」

 白くふんわりした薄切り食パンの間を、ハムのピンクや卵の薄黄色、野菜の緑が彩っていた。エミリオの好物であるツナやチーズ、ピクルスも発見し、時間帯も相まって口の中に唾液がわく。三角形に切られたサンドイッチが整然と並ぶ籠の隣には、タッパーに入ったコールスローとミートボールが並べられていた。

 三人分の取り皿や携帯カトラリーもきっちり準備されている。大きめの水筒も三人分の携帯カップが付属したもので、どちらも昨日今日に買ったものでないのは一目瞭然だった。きっと、何度も家族のピクニックにお供したものなのだろう。

「ふむふむ、全種類一個ずつ食べられそうだな。しかし凄い豪勢だね、これは料金払わなきゃ申し訳ない」

「あら、いいんですよ。こちらがお礼しなけりゃいけない立場ですもの」

 労力はもちろん、材料費も馬鹿にならなかっただろう。そう思って申し出たエミリオに、ノリコは笑ってひらひらと手を振った。食料品は、最低限のものはチケットによる配給、嗜好品や贅沢品に入るものは商店での購入によって入手する。一般移民グループで家族のあるノリコの方が食費負担は大きいであろうと思いながらも、エミリオは「それじゃあ有り難く」と引き下がった。

 さて、残るはジェイドだけだと公園の入り口に視線を投げる。朝まで職場に詰めていた彼が、一番準備に時間がかかるのは当然のことだろう。

「それで、あの……恵の居場所なんですけど……本当にもう工場敷地内にいるんでしょうか」

 平日の就業時間中とあって、公園にはエミリオら以外の人影はない。一瞬落ちた沈黙の後、少し不安そうにノリコが尋ねた。食料生産工場にほど近いこの公園を集合場所に選んだのは、メグミをはじめ革命団の子供たちが、工場の敷地に集結を始めていると分かったからだ。

「ふむ、それについては俺もツテを頼って探ってみたんだが……まあ、ほぼほぼ間違いないだろうな。お宅のお嬢さんの人脈も大したもんだ」

 ノリコの長女はその優秀さを買われ、親元を離れて管理者側の養成学校に通っているという。そもそも、ノリコが星雲革命の存在を知ったのも彼女――ノゾミという名の長女からの警告だったそうだ。まだ学生であるはずの彼女が革命団の動きを知る機会はないように思えるが、ノリコの話を総合するとどうやらノゾミは学友を通じて、ある程度治安維持班の持つ情報を掴んでいるらしい。

 一般移民が選抜試験を経て、管理者グループに属するのは並大抵のことではない。それこそ移民プロジェクトが発足した当初の、地球上のエリートを引っ掻き集めて結成した「移民船管理者第一世代」に匹敵する才覚が必要となる。現状、カナン降下に向けて、人員補強のため積極的に管理者の増員・育成を図っている面もあるが、養成学校の厳しい教育に耐えて、着実に管理者グループ内の人脈を形成しているならたいしたものだ。

「こいつはあまり口外したい話じゃないんだが」

 そう前置きしてエミリオは説明を付け加える。平日真昼間の工業エリアをローティーンが集団でうろつけば、それだけで随分目立つはずだ。工場の敷地を囲う塀にもセキュリティ機能は付いている。普通に考えれば敷地に入ろうとしただけで警備に声を掛けられるだろうが、実際にはそうならない理由があった。

「問題の食糧生産工場はアンタも知っての通り老朽化が進んでる。老朽化はまあ、あの工場に限ったことじゃないんだが……工場の敷地内に使用できなくなって閉鎖されてる区画があってな。メンテナンスもされていないし監視も甘い、子供らでも潜り込める場所になってるらしい。そこへ集まってるんだろう」

 老朽化が進み、管理が行き届かなくなっているのは、食糧生産工場に限った話ではない。エミリオも老朽化したメンテナンスロボットの不調に苦労したばかりだ。思案顔でエミリオの言葉に頷くノリコに、何か声を掛けようと視線を上げたエミリオは、ちょうど公園に駆け込んで来る暗赤色の頭を見つけた。

「おっ、三人揃ったな。何はともあれ、ひとまず腹ごしらえしようじゃないか」

 エミリオらを見つけたジェイドが、息を切らしながら走り寄って来る。それに手を上げて答え、エミリオはノリコに笑いかけて立ち上がった。





2.


 ノリコを挟んで左右に男二人が座り、バスケットを開いてサンドイッチを分ける。携帯皿の端にノリコがミートボールを乗せようとしたところで、ジェイドが「いえ、」と両手を上げた。

「あら、ミートボールはお嫌い?」

 ぱちくり目を瞬かせたノリコに曖昧に頷き、

「いえ、その、そんなに沢山、食べれないと思うので……」

 と躊躇いがちにジェイドが言った。途端、ぎゅうぅ、と派手にジェイドの腹が鳴る音が響く。

「おいおい、腹ペコなんじゃないか。しっかり食べとけ、午後は運動することになるかもしれんぞ」

 工場の敷地は広い。ガス欠起こすなよ、とエミリオが声を掛けると、腹の虫に顔を赤くしたジェイドが俯きがちに言った。

「……すみません、合成肉が苦手で……」

 その言葉に、エミリオとノリコは顔を見合わせる。食糧生産の責任者に偏食がある、というのは珍妙な感じがした。しかし、ある都市伝説を思い出したエミリオは「もしかして、」と納得する。

「んじゃあ、タマゴ系やツナ・チーズ系はいけるのか? ま、喰えるモンから食っとけよ」

 不思議そうな表情をしているノリコの肩をポンポンと叩きながらエミリオは頷いた。眉根を寄せるノリコに、こっそりと耳打ちする。

『合成肉に関しちゃ、まあ、ちょっと都市伝説的なモンがあってね。気になれば後でゆっくりご紹介するさ』

 今まで、子供や若者に広まるくだらない噂話の類だと思っていたが、食糧生産に関わっているジェイドが拒絶反応を示すのならば、丸っきりの嘘でもないのかもしれない。

「じゃあ、ジェイドの分のミートボールは俺が有り難く頂くとしようかね」

 喰えて美味くて栄養になれば、原材料は気にしない。あっさり割り切っているエミリオは、甘辛いソースの絡まったミートボールを口に放り込んだ。

「ありがとうございます。……いただきます」

 言って、タマゴサンドを一口齧った瞬間、大きくひとつ瞬きしたジェイドが、一呼吸おいて一気にぺろりとサンドイッチを平らげた。驚く年長二人よりもビックリした顔で、ツナサンドを手にとったジェイドが呟く。

「俺、そう言えば……昨日の夜から何も食べてないです……」

 食べて初めて思い出した、といった風情のジェイドに、再びエミリオとノリコは顔を見合わせる。何かに没頭すれば寝食を忘れるタイプなのだろう。どうにも危なっかしいところもあるが、生粋の研究者タイプなのかもしれない。

 猛然と食べ始めたジェイドにくすりと微笑んで、ノリコが水筒から携帯コップへお茶を注ぐ。無言でそれをジェイドに差し出すと、頭を下げてジェイドが受け取った。早くも三切れ目を平らげて、茶を流し込んだジェイドが笑う。

「ありがとうございます、美味しいです!」

 元々顔の造作は大変良い。キラキラと眩しい笑顔を見せられて、年長組二人は「おお」と小さく感嘆を漏らした。






 回転ドラム式の船体の地下――つまり船壁には、ライフラインをまとめた管理用通路が張り巡らされている。普段から点検がてらの散歩で歩き回っているエミリオにとって、その地下迷路は庭のようなものだ。メグミの説得用資料と共にジェイドが持って来てくれた、詳細な工場図面をエミリオの持っている配管図面と照合して、エミリオらはメグミたちが居るであろう閉鎖区域を地下から目指していた。

 長身のエミリオにはいささか頭上が窮屈だが、他の2人は苦もなく通路を歩いている。人感ライトがエミリオらに従って点灯する中、大人一人分程度の幅の通路を縦一列になって進んでいた。

 通路の傍らには、通信・電力・上下水・空調などあらゆるライフラインの配管が束になって走っている。この中で、空調配管がエミリオの担当だ。最近は監視用ロボットの不具合が多いため、エミリオはしょっちゅうこの通路を行き来している。先日、アルジャーノンを捜し歩いていたジェイドと行き会ったのも、この通路から地上へ顔を出した時だったのだ。

「合成食肉の原料ねぇ……しょうもない都市伝説なら聞いたことがあったが……」

 かつて地球に居た頃、人間の主要な蛋白質源は草食性哺乳類の肉だった。世界各地に様々な肉料理が存在し、それは移民船にも引き継がれている。しかし、空間の限られている移民船の中で、場所も試料も大量に必要とし、大量の二酸化炭素を排出する大型家畜の飼育は不可能だ。よって、食肉は食糧生産工場のプラントで合成され、用途に応じて成形されて出荷されていた。

「一般グループにはそんな話は流れて来ないかい?」

 食休みの後、地下に埋設されているライフライン管理通路を歩きながら、エミリオはノリコへ振り返って問いかけた。数歩後ろを歩いていたノリコが、不思議そうに首を振る。その更に後ろで、ジェイドが非常に気まずそうな顔をしていた。

「ま、あくまで噂は噂だよ。一番荒唐無稽なやつで亡くなった人間の遺体からとか――まあこりゃあり得ないが、あとは、工場の一番奥にほんの数頭だけ不老不死にされた家畜が飼われていて、その肉を延々と削ぎ取ってるだとか……ああ、これもまあ嘘だろうが……とかく、外部からじゃ何をどうやってるのか分からない部署だけにな。まあ、そんな噂よりはマシな正体だろう、なあ、ジェイド?」

 後方のジェイドに視線を投げて話題を振る。曰く言い難い表情をしていたジェイドが曖昧に頷いた。

「はい、その……『カイコ』という、狭い環境でも管理しやすい生き物を原料にしてます」

 非常に慎重に言葉を選んで、ジェイドが答える。ノリコは「カイコ……」と何かを思い出すように天井を見上げた。

「もしかして、このくらいの……羽根でパタパタ飛ぶやつですか? 目玉模様の付いた」

 親指と人差し指を広げて十五センチ程度の長さを示し、ノリコはジェイドを振り返る。ああ、アレか、とエミリオもソレの姿を思い出した。

「ご、ご存知なんですか……」

 重大機密がバレたかのように片頬を引き攣らせ、いささか蒼い顔でジェイドが言った。それにノリコが頷いて続ける。

「ええ。ホラ、私は清掃の仕事をしてますから……職場教育のリスクマネジメント研修で、写真を見ただけですけど。あれが……」

「はい、羽根を持っているのは成虫で、原料にするのは幼虫の方なんですけど……俺はその、幼虫の見た目がちょっと、苦手で……」

 俯き加減で、ぼそぼそとジェイドが答えた。エミリオも同じく研修で習っている。草食生物であるため、もし船内に逃げ出して繁殖されると、農作物や植樹に食害をもたらすらしい。清掃であちこちを回るノリコや、エアダクトを管理するエミリオらは一応、成虫幼虫それぞれの姿を教えらていた。発見ししだい施設衛生管理班へ通報するよう言われている。確かに食糧生産工場からの漏出物だとは聞いていたが、具体的に何を目的に飼育されているものかまで考えたことはなかった。

 カイコは狭い場所での大量飼育と繁殖が容易いため、良質なタンパク質源として使われているのだとジェイドが説明してくれた。現在メインで飼育されている種は家畜化が進んでおりあまり心配ないらしいが、予備として船に持ち込まれている野生に近い種は漏れ出すといささか厄介だという。

「ははあ、なまじっか知っちまうと気になるモンもあるわな。意識しちまうと負けと言うか……」

 あまり知りたくなかった、と言えばそうだ。特に幼虫は、大量飼育されている様子はいささかグロテスクだろう。

 重苦しい雰囲気で歩いても仕方がないため、努めて他愛ない会話をしながら狭苦しい通路を歩く。

「――さてと。この角を曲がった向こうが目的地だ。上の工場施設は閉鎖されてるが、地下は御覧のとおり通行可能だ。少し歩いて、上部通用口までタラップで登るんだが……問題はその後だな。閉鎖区域もそこそこ広い。どうにか上手く相手に見つからず、こちらが向こうの居場所を見つけなけりゃならん」

 閉鎖区域には、今は使われていない生産ラインの建屋と原料・製品の倉庫がある。培養微生物に栄養補助サプリメントの原料を合成させる施設の一部で、老朽化した培養タンクが破裂したらしい。

「ジェイド、もう一回現在の工場図面と、メグミが持って行ったはずの昔の図面を見せてくれ」

 この区画が閉鎖になったのは、問題の事故が起きた後である。二つの図面を見比べて、星雲革命団が潜伏先に選びそうな場所に目星を付けたかった。

 狭い通路で肩を寄せ合い、タブレットに表示された二つの図面を見比べる。

「タンクのあった製造プラント一帯は、念のために厳重封鎖されているようです。子供たちが入り込めるとしたら、付随する倉庫の方じゃないでしょうか」

 図面を読み込んできたジェイドが最新図面を指差しながら説明する。タブレットを覗き込んでいたノリコが、唇に指を添えて呟いた。

「結構、昔と変わってるんですねぇ……」

「その点に関しちゃ、子供らも戸惑ってるかもしれないな。区画閉鎖の都合で、出荷用の輸送路や倉庫の場所が変わってる。まあ、とりあえずじゃあ倉庫に一番近い場所から出るとしようか。この図面だと、倉庫内にも出られる場所があるんだが……さすがにリスクが高いだろう。小型の偵察ロボでもあれば、内部を探れるんだがなあ」

 ずぶの素人が三人、不用意に動き回って、相手に先に気付かれてしまうと厄介だ。そうぼやいたエミリオに、小さく高い声が「ちう、」と思わぬ返事をした。

「わっ、アルジャーノン! すみません……」

 慌てたジェイドが身を縮める。その胸ポケットがもぞもぞと動いた。

「おお、連れて来てたのかい」

 エミリオとノリコの視線が集まる中、ジェイドの胸ポケットから白いねずみがひょっこり顔を出した。

「あら可愛い」

 少し弾んだ声をノリコが上げる。ふんふん、と鼻を動かして周囲を探る様子が愛らしい。

「大丈夫か? 途中で逃げたりしたら探すのは骨だぞ」

「大丈夫、です。俺が傍に居れば遠くまでは行かないので」

 差し出されたジェイドの指に小さな両手をかけ、アルジャーノンがポケットから身を乗り出す。

「ふむ、いっそのこと、そのネズミ君が偵察をしてくれれば……愛玩ロボットには難しいよな」

 動きを遠隔操作したり、プログラミングしておく機能などないだろう。少し落胆した声で呟いたエミリオに、「そうだ、」とジェイドが手を打った。

「典子さん。恵さんの顔が分かる画像とか、持っておられませんか? 一時的に、アルジャーノンの飼い主として恵さんを設定すれば、アルジャーノンをメッセンジャーとして使えるかもしれない。もし恵さんの声のファイルがあれば、それも」

「写真は……ありますけど……声は――ああ、そうだ。留守録のメッセージとかも大丈夫ですか?」

 自分の端末を取り出して操作しながら、ノリコがジェイドに確認した。一方のジェイドは、ポケットから取り出したアルジャーノンをひっくり返し、何やらその腹を親指でこねている。小さな手足をぱたぱたさせる白ねずみは、くすぐったがっているようにしか見えない。

「……ジェイド、お前さんは何をやってるんだ?」

「あっ、アルジャーノンの無線通信開始ボタンを……声、留守録で大丈夫だと思います。ファイルを取り出して、俺に送ってください」

 器用に片手でタブレット、片手でアルジャーノンを操作しながらジェイドが頷いた。ノリコがグループチャットで、画像と音声ファイルをジェイドに送る。一通りの設定が済んで、ジェイドが再びアルジャーノンを胸ポケットに収めた。

「これで、もうコイツは現在、お前さんのペットじゃなくメグミのペットなのかい?」

 あれだけ大切に可愛がっていたのに、設定ひとつでアッサリと懐く相手が変わってしまうのは複雑ではないのだろうか。電池切れ状態のアルジャーノンに取り乱していたジェイドを思い出し、不思議な感覚でエミリオは赤毛の青年を覗き込んだ。

「一時的に、ですけど。あっ、でも、俺の登録情報も消えてないので、俺の言うことも聞きます」

 つまり、飼い主が二人いる状態になったということか。飼い主が家族で暮らしている場合ならありうる状況だろう。

「なるほどな。上手いこと使える状況になるかは分からんが、その時にはよろしく頼む」

 ジェイドの胸ポケットから鼻っ面を出しているアルジャーノンに、そっと人差し指を伸ばしてみた。ぴょこん、と慌てて隠れたアルジャーノンに苦笑いし、エミリオは改めて行先を指差す。

「そんじゃあ、行ってみようか」





3.


 日中の就業時間帯。エミリオらが顔を出した閉鎖区域の一角は、しんと静まり返っていた。疑似太陽光に、数年間放棄されたままの建屋が荒んだ姿を晒している。敷地の合間に植えられていた木々もとうに枯れ果て、彩りを失った空間が広がっていた。

 各エリアを照らす疑似太陽光はその名の通り、本物の恒星光の波長を可能な限り再現してある。その波長には人間の健康維持や環境衛生維持のためもあって、紫外線も含まれていた。よって、放置されたままの建物や機材・資材は焼けて劣化し、荒廃した雰囲気を醸している。

 周囲に人影がないことを確認し、管理用通路のマンホールから地上に出たエミリオは、ノリコとジェイドを誘ってひとまず資材の物陰に身を寄せた。

「あの、向かいに見えるのが倉庫で間違いないな?」

 傍らのジェイドに尋ねる。手元のタブレットを確認しながらジェイドが頷いた。

「はい、あの――右手奥に出入り口があります」

 目標の倉庫はエミリオらに側面を向けており、窓のないのっぺりとした壁面のみを見せている。上手い具合に、見張りの目が届きにくい場所に出られたようだ。

「あの建物まで走るんですか? 隠れながら行く道もないみたいですけど……」

 胸元で拳を握り、緊張した面持ちでノリコが言った。革命団の主犯格に気取られず、何とかメグミにのみ接触しなければならない。しかしまさか這って行くわけにはいかないし、ノリコやジェイドはもちろん、エミリオも軍事行動や隠密行動の心得があるわけではない。

 じっ、と二人から指示待ちの視線を送られ、内心少々たじろきながらエミリオは頷いた。

「ああ。倉庫の通用口は右手奥、左手にある物品の搬出入口は、ここから見える限りじゃシャッターが下りてる。見張りがいるとしたら通用口側だ。あの枯れてる街路樹の左を回り込んで、倉庫の壁まで一気に走ろう。なに、別に銃弾が飛んでくるわけじゃない。行くぞ」

 軽く冗談めかして肩を竦め、エミリオは資材の物陰から走り出た。正面に並ぶ立ち枯れた街路樹の陰を駆け抜ける。と言っても例え敵影が見えたところで、素早く立ち止まって物陰に隠れるような技量は三人とも持っていない。単に気分の問題だ。

 全力で走って倉庫の壁面に背を預け、エミリオは呼吸を整えながら後続の二人を待った。二番手で到着したのは、清掃用エプロンの裾捌きも軽やかなノリコだ。最後に、数歩遅れて辿り着いたジェイドが大きく肩で息をする。

「おいおい、鍛錬が足らんぞ若人」

 壁に両手をついて呼吸するジェイドに軽口を叩くと、苦しそうな息の下から青年が反論する。

「普段、ひつよう……ありません、から……」

「地上降下しようと思ったら多少トレーニングが要るんじゃないのか。お前さんなら選抜確定だろう」

 エミリオの甥っ子、ベニーと彼は同じような立場だ。てっきり降下訓練を受けているものだと思っていたが、ぜえぜえと荒い息を吐きながら、ジェイドは無言で首を振った。その反応を不思議に思ったエミリオだったが、わざわざここで掘り下げるような話題でもない。へえ、と軽く呟いて、エミリオは壁伝いに右手の通用口側へ歩き出した。

「入り口に……見張りがいたらどうします?」

 後ろに続くノリコが尋ねた。少し思案して、エミリオは「そうだな、」と答える。

「まあ、腕で黙らす以外にないだろう。言って、俺も腕っぷしに自信なんてないが……一応、スタンガンは持って来てる」

 護身用とはいえ、武器の携帯を許されるのは管理者グループの特権だ。本来、業務中以外に所持することは許されないが、今回は職場の保管庫からこっそりと失敬してきた。ツナギのポケットからちらりと見せた電気ショック型のスタンガンを、物珍しそうにノリコが覗き込む。

「まあ、大丈夫さ。面倒な連中が居たら俺が何とかする。二人は中に潜り込むことを最優先にしてくれ」

 最悪、自分が囮になってもいい。壁の端まで辿り着いたエミリオは、倉庫の角に隠れるようにしてそっと通用口のある方を窺い見る。かなり奥行のある倉庫の向こう側に、庇の付いた部分が見えた。どうやら扉は閉じられている。見張りが立っている様子もない。もしかしたら、今の段階で突入や制圧を受けるなどといった警戒は全くしていないのかもしれなかった。

 隠れていた角を曲がる。

 自分達以外人の気配がしない廃墟の中、薄汚れた倉庫の壁伝いに出入り口を目指す。扉が近づくと一旦うしろの二人を制止して、エミリオは単身、出入り口の壁に張り付いた。仕事で使う聴診器の親戚のような道具を取り出して、扉に当てる。

 伊達に耳を自慢に仕事をしていない。鉄板製らしき扉越しに、かなり遠く、かすかに物音や声が聞こえた。どうやら扉の近くには誰もいなさそうだ。残る問題は、扉を開ける時の音や光が、どれだけ目立つかだろう。

(響き方からして、中ががらんどうってワケじゃなさそうだしな……軋んでくれるなよ……!)

 頼むぜ、と念じながらドアノブを捻る。鍵はかかっていない。エミリオの念と集中力が通じてか、扉はほんのかすかに音を鳴らして隙間を開いた。隙間から中を覗き見る。幸い、内部は真闇ではなかった。屋根にいくらか天窓が取り付けてあるらしく、薄暮のようなぼんやりした闇が倉庫内を満たしている。

 入り口正面を突っ切る通路の左右に、作り付けの製品棚が整然とそびえていた。元々はロボットによって出入庫管理がされていたのだろう。かなり密度高く配置された製品棚の間を、人間用の通路ではなくピックアップロボット用のレーンが走るのが見える。

 中の状況を一通り確認し、エミリオはノリコとジェイドを手招いた。身ひとつ分だけ開けた隙間に体を滑り込ませ、二人を中へ招き入れる。侵入を果たし、ゆっくり扉を閉めると、エミリオは目を閉じ、改めて耳を澄ませた。己の唇に人差し指を当て、ノリコとジェイドにも沈黙を促す。

 気配のする場所が、二カ所に分かれていた。

 片方は比較的足音が大きく、動きも活発そうだ。もう片方は、よくよく注意しなければ気付かないような、わずかな物音とひそひそ声である。

 それらを二人に耳打ちすると、ノリコが「ああ」と頷いた。

『じゃあ、気配の静かな方へ行ってみません? 革命団内でも、ちょっと温度差があるらしいですから。消極的な子たちがそちらに集まっているのかも』

 ――恵も、そちらに居ればいいんですけど……。最後呟くように言ったノリコに頷いて、エミリオは身を寄せ合う二人を抱えるように、ポンとひとつ二人の肩を叩いた。

『大丈夫だ、さあ口説きに行くぞ』






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大遅刻(一年経ちそうな勢い)でやっと…! 一番エミリオさんが無双できる場面でした。


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