さんてんりーだ様のhttp://privatter.net/p/2640552の続きで次の悪魔チャレンジへのつなぎ。
薬師の勇者様、伝令の悪魔様をおかりしました!
@chuchuhakokaina
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赤黒い小さな四角い木片を左の指で支えて、角をやすりで丸く整える。赤い木肌の表面を削っても塗料で塗った木材がそうであるように木地が現れないのはなかなか違和感がある。さらりとした優しい表面になったら、ナイフで形を変えていこう。どう削ろうか。囚獄の勇者、カイは、ゆっくりと身体を伸ばしながら思案した。
「細工物ですか?」
背後から声がかけられる。やや掠れている高い声は、自分を助けてくれた恩人のものだ。カイは頷いて、手先を慣らしたくて、と答えて振り返る。彼女もまた、手元で何かの作業をしているようで、こちらに用があったわけではなさそうだ。
カイは7日ほど前に、呪われていると伝承される「赤い森」と言われる場所で道に迷い、なんとか脱出こそしたものの全身にひどい火傷を負った状態で身動き取れなくなっていた。そこを助けてくれたのがヤナギというこの女性であり、薬師の勇者であるひとだ。見ず知らずの行き倒れだったカイを手当てし、その無茶を叱った優しい少女。少年のような風貌や振る舞いは繊細な心を隠すようで、口数の多い方ではないのに、柔らかみのある紫色の瞳が雄弁にカイに、これ以上ケガしてくれるなと心配して語り掛けるのだ。それでも安静ばかりを強いることもなく、カイが早く治したいのであればと、勇者の心身だからこそ耐えうるような強い薬を処方してくれている。手足が萎えて動けなくなることを防ぐために、リハビリにも付き合ってくれる。
だが、その厚意を無視したわけではないが、その後も彼女には迷惑をかけ続けている。ここのところ毎晩のように見る悪夢の中に紛れて、魔物にさらわれようとする子供を追いかけたり、燃える町の住人を逃がしたりしていたところ、どうもそれが夢ではなく本当に分身でやっていたようで、目が覚めたときには皮膚が裂け身体が軋みをあげていた。
不良患者だな、とカイは自分にあきれざるを得ない。彼女に多くの相談できないことがあった。それは、先のような心当たりのある、夢と現実を混同して朦朧としたまま動いていることだけではない。どうにも、分身の記憶が抜け落ちているところがあるようにカイは感じている。
たとえばある朝、ヤナギにあの人はどこに行ったんですか!?貴方といい貴方のお友達といい、どうして怪我したときくらいじっとしていられない!と言われたとき。カイには、だれにも行先をつげずに赤い森にやってきた分身を尋ねてくれるような友人に心当たりはなかった。白い羽の友人は牢獄でのみ会えるし、ビブリオテカの主やその周りの人々は自国を離れない。地の神の御使いや旅の中で知り合った魔王たちは、ゲートの先の世界で生きており、こちらに何があってもとくに感知してはいまい。また、爽やかで清浄な歴戦の勇者、飄々としてつかみどころのない先輩勇者、炎の魔術師と優しい勇者のパーティー、世間知らずで純情な駆け出し勇者、フィールドワークに余念のない地誌学者など、挙げればきりはないが友人たちの多くが旅の空にあった。彼らが偶然でここに来ることはまずありえないだろう。
だが、ヤナギにその違和感を告げることはできず、適当に話を合わせてごまかした。わからないことが多すぎた。しかし、記憶が抜け落ちる、ということについて、カイは慣れていた。分身から本体に魂魄を戻すときに情報が抜け落ちるということは、ずっと昔から分身と本体をばらばらに動かしているときにおきる弊害だった。今回はその逆のパターンだろう、と考えている。もしかしたら分身の脳が赤い森で蓄積した情報を本体とやり取りする中で摩耗して使い物にならなくなってきたのかもしれない。
ありえる話だった。そして、それは厄介な問題でもあった。もし分身を放棄するつもりがないのならだれか知識の豊富な人に相談すべきだし、身動きできない現状ヤナギが一番ふさわしい相手だったが、自分の状態のことを容易に話すわけにはいかない。自分の能力を明かしたとて、彼女は考えなしに牢の世界に行くような人間ではないことは知っているが、知れば心配して悲しみ、わきまえながらも何かの手で解決できないかと気に留めることは間違いないからだ。嬉しい心遣いだけれど、それは決してカイの望むところではなかった。カイにとって脱獄は優先順位の低いことだったし、きっと大切な目的があって旅をしているのだろうヤナギにとってもそれは回り道にしかならない。
ころころと優しい四角形に整った木材に鉛筆で薄く下絵を入れて、ナイフで削りとる。器用さに自信のある普段のカイならばそう造作もないようなシンプルなデザインであり、この「赤い森」の木から切り出した材木は不思議と柔らかく加工が困難ではないのだが、一度表皮と肉を深く焼いてしまったところから治る途中の手では難しい。慎重にゆっくりと彫っていく。釣鐘のような花の形ができあがっていく。悪い出来栄えではない。錐で穴でも開けて革紐や組み紐を通せば、結び目かくしの飾りくらいにはなるだろう。削り、整え、穴をあけ、やすりをかける。多くのことがわからなくなってきてはいるが、単純作業はとりとめのない考え事に役に立つ。
結論は、とカイは思う。できるだけ動かず、かつヤナギに知られず、自分の事情をしっている頭のいい知人の力を借りることしかできない、ということだ。
「できた」
と、背後の彼女はつぶやくと、カイの傍によってきた。見れば、手には囚獄の勇者の証であるチョーカー…らしきものを持っていた。だが、隙間なくきっちりと薄布が巻かれたそれは一見してカイが慣れ親しんだ勇者の証には見えない。首の後ろの継ぎ目のところでリボンのように結び目が作られ、長く垂れた布の端が綺麗に処理されていて、これが計算ミスの布余りではなくデザインなのだと感心する。
「治ったらすぐにでも旅に出られるんでしょう?火傷が治ったばかりの肌に、直接金属を着けてほしいとは思いませんし」
ちょっと遊んだ見た目にしてしまいましたが、使ってくれますか?と少しだけいたずらっぽく、それでいておずおずと彼女が尋ねる。カイには、わずかに後ろめたそうに見える。成人男性がつけるには随分可愛らしいチョーカーになってしまったこともあるだろうが、石を隠してしまってカイが勇者として必要以上に無茶な依頼を受けないようにしたのを黙っているためだろうということは簡単に察せられた。本当に気を使わせている。
「おおきに、ありがと」
それならばカイにできることは、笑顔で受け取ることだった。そして彼女の掌に、完成したばかりの飾りを落とす。
「これ、あの森の木で作ったんやけど、受け取ってくれへん?いや、手当してくれはったお礼はもっとちゃんとするつもりやで?せやけど、あんたが持ってた方がええやろとおもって」
ついでにこれも、と荷物を漁って、赤い森で拾い上げた葉を探し出して添える。彼女は変わった植物で毒や薬を造ることに長けている。あの森の木や葉も、珍しいことだけは請け合いだ。もし飾りが彼女の趣味でなかったとしても研究材料にはなるだろう。少女はきょとん、と目を丸くし、意図が伝わったのだろう、微笑んでありがとうございます、と言った。
やはり、彼女に気づかれるわけにはいかない。
***
「と、いうわけなんやけど」
「いやなんのハナシさ。人にわかるように喋ろうとはオモわないのかい?」
ここ最近には珍しく睡眠をとることなく、そのまま意識を牢獄に戻して、伝令の悪魔を呼び出した。牢獄でいつでも出会うことができる、多くのことを知る相手であり、今はある種の共闘関係にある悪魔だ。本体は、先日牢獄を訪れた魔族の少年の魔法によって、火傷が綺麗に治っている。本体にいながらにして、痛みがなく、身体が軽い。そのことに今更ながら違和感を覚えつつ、呆れたと言わんばかりの悪魔の顔をみる。
「いや、どうせおれがなんであんたを呼び出して相談したいと思ったかくらい、あんたなら知ってはるやろと思って」
「キミ自身の相談なんだ、キミが何をどうオモったのかをキミの口から聞きたいとオモウのは間違ってナイだろう?」
「せやな」
尤もな意見だ。強く、頼れる相手にはどうにも甘えていくつかの手数を省いてしまう。しかしこの相手は、力があって隠し事が意味をなさなくても、そうした怠惰を許し合うような気安い相手ではない。
カイは、自身が赤い森に行ったこと、ひどい目にあったが何とか脱出し、負傷はしたが人に助けられたことを語った。それから、繰り返す悲劇に手出しができないままで自分がなくなっていくような悪夢が絶えず、本体の傷が癒えてもそれは変わらず、その中で夢と現を混同しがちになっていること。最近では分身の記憶すら信用できなくなってきたことも。
「若いのに痴呆がはじまったのかい?タイヘンだね」
「いや笑いごとちゃうんやって。意識をあっちこっちに移すときの『取りこぼし』はてっきりこっちの身体のせいやと思っとったのに。両方でおこっとったら対策とれへんわ」
どないしよ、とカイが言うと、悪魔はからかうような表情を引っ込め、思いのほか真剣な顔で口を開く。
「さぁ、キミが万全じゃないのはボクも困るからね。キミがどうすべきかはボクも考えてみるし、追々アドバイスできたらいいとおもうケド。ボクよりも先に相談すべきトモダチがいるだろう?そっちはドウなんだい?」
「あかんあかん、こんなん誰にも言えへんし」
カイが手を振って答えると、ふぅん、と悪魔は思わせぶりに相槌を打った。
「なんや言いたそうやん?」
「いや?事態はシンコクかもしれないし、シンコクなわりに意外と簡単にナオるかもしれないって思っただけさ」
いずれにせよ、と悪魔はマジシャンのように手を広げて見せる。
「キミは分身をナオすのに専念しなよ。何もワカラナイのに焦ったってムダなことさ」
「何もわからんから焦っとるんやけど」
「そうかい?アセっているのはカラダのことだけかい?」
悪魔は三日月のように口の端をゆがめた。カイは答えない。赤い森から出てこのかた、理由のない焦燥感が、常にカイを燃やしていた。何もできない現状への焦りは優しい薬師の勇者の厚意を枷になんとか布団の中に押し込めて、分身をおとなしくさせている。しかし、悪夢はカイに、自身を一瞬でも無力なままでいさせて良いわけがないと急き立てる。元より自身に大した力がないことはカイがよく知っていることで、かつて心の奥底に沈め今更どうこう言うべき術もないことにこれほどまで焦る自分に、一番カイが戸惑っていた。
「じゃあネ。たまには休暇もイイんじゃないの?」
伝令の悪魔は両手をぽん、と鳴らした。次の瞬間、闇にかき消えるようにその姿は見えなくなった。
「相談する相手、間違ったんかなぁ」
しかし、他に思いつく相手もいないのだ。カイは脱力して、目を閉じた。眠らなければ身体と魂を休めることはできない。瞼の裏の闇が睡魔を呼び寄せる。
どろりとまとわりつくような液体の感触。手足の自由が利かなくなり、痛みに皮膚と思考が溶かされる。いつもの夢だ。暗闇が徐々に赤く染まっていく。叫びが、聞こえる。女の割れ鐘をつくような泣き声、子どものけたたましい嘆願、男の地を這うような唸り。
手を動かす。動かない。
足を上げる。縫い付けられたようだ。
こうべをめぐらす。不可能。
赤い視界の中にもがくような姿が見える。ひとつ見えればふたつ、ふたつ見えればみっつ。どこにも手が足りていなかった。重なり合う像。すべてが見えている。聞こえている。わかっている。
わかっている。でも、どうにもできない。声もかけられない。口を開けば舌が溶け、喉が焼け落ちた。
いつもの、いつもの夢だ。わかっている。いや、わからない。これが夢ではないと、誰も約束してはくれない。分身の身体で為したことが自分のやったことになるのなら、夢の中で為したことが、現実にならないなどと誰がいえるだろう。現に何度か、それを為した。ならば尚更、どうにかしたいのだ。
涙が出てくる。それも錯覚だ。瞼は焼け剥がれ、涙腺はふさがっている。剥き出しの眼球と鼓膜だけがその情景を知覚している。
「視ることはない」
視界が暗く落ちた。ぞわりと背筋が凍るような恐怖を感じる。
「聴くことはない」
あたりに静寂が満ちる。吐き気のするほどの嫌悪感。
「もし目の前のことしか見えなくなるのなら、誰かの叫びしか聞こえなくなるのなら、それは君の邪魔にしかならない」
嫌だ、何もできないのは嫌だ。手が届かないのは嫌だ。でも、何よりも、わからないことが一番怖いのだ。人の痛みを感じなくなるのが、誰かを傷つけたことに気づけないのが、走るべき場所がわからなくなるのが、怖いのだ。頭に直接語り掛ける相手は、自分を無理やりそうさせる。
怖い。怖い。知りたくない。これが誰だか知りたくない。でも、知らないということが一番恐ろしい。意識を保つ。保てない。嫌だ。
「僕に任せて」
知覚が失せていく。
意識が暗闇に落ちていく。
自身が完全に失われる前に、黒い翼のヴィジョンがよぎる。
きっと、それは災厄を呼ぶ化け物だ。
***
目が覚める。今日目覚めたのは分身だった。いつも通りの夢を見た。
夜は明けていない。
指を動かす。痛みは伴うが動く。
体を起こす。近くにいるヤナギを起こさないように静かに。軋みはするが、きちんと起こせる。
闇に眼を凝らせば枕元に、昼間彼女から受け取った勇者の証がある。自分が勇者であると、ちゃんと見えている。
耳を澄ませば、静寂の中に少女の穏やかな寝息が聞こえた。
焦燥を理性で押し込める。動けるのなら、見えるのなら、聞こえるのなら、まだ焦るべきではない。
だが、何がわからないのかはわからないまま。
その恐怖はぬぐえないまま。
***
この幸なき状にあるは恥もなく譽もなく世をおくれるものらの悲しき魂なり
FIN