X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

源氏兄弟に飼われる話 第1話

全体公開 3749文字
2017-10-05 19:46:06
Posted by @ayame0601s



 暗い路地裏に、靴の音が響く。
 コツ、コツ、と、ゆっくりした歩調の音が二人分。
じわじわと着実に獲物を追い詰めるようなそれに、恐怖で息が詰まる。
 背後に立ちはだかる壁に、ピタリと背中をくっつけた。どこか逃げ場所がないかと必死に目を走らせるも、この袋小路の出口は一ヶ所しかない。
 その唯一の出口から、二人、暗闇から静かに姿を現した。

「失敗したねぇ。見られちゃうなんて」

 一人がそう言う。穏やかな口調に、柔らかい声色。
 顔には苦笑を貼り付けている。

「兄者、殺そう」

 もう一人が、口を開いた。
 その言葉に、心臓が震え上がる。
 私を捉える二人分の瞳が、暗闇にぼんやり浮かび上がった。
 怖い。逃げなきゃ。けれど私の足は、地に根を張ったように動かせず、体は震える事しかできない。
 そんな間にも、彼らはどんどん私と距離を縮める。

「うん、そうだね。殺っておこうか」

 微笑をたたえたその人は、私から目を離さず、そう言った。

*

 話は、その日の朝に遡る。

「X県X市にある工場跡地で、昨夜、一人の遺体が発見されました。遺体の状態から、警察は連続で起こっている殺人事件との関与を──」

 つけっぱなしのテレビから流れるニュースに、パンを持つ手を止めた。
 テレビへ視線を移すと、女性アナウンサーが神妙な面持ちで原稿を読み上げている。

「遺体は血液がほとんど抜き取られた状態で見つかり、現在、警察は身元の確認を急いでいます」

 まただ──思わず画面を凝視した。
 最近、よく聞く内容のニュース。猟奇的な殺人事件が続き始めたのは、ここ一ヶ月ぐらいの事だった。一番始めにそのニュースが流れた時、日本全国に衝撃が走った。
 殺人事件が起こる。それは比較的平和な日本でも、ちらほらニュースで取り上げられる事だったけれど、これに関しては今までのものとは違う、おぞましいものだった。

 見つかった遺体は、血液がほとんど抜き取られた状態だったからだ。

 最初は、どうやって血液が抜き取られたのか、専門家が議論を交わす図がテレビで観られた。けれど一ヶ月経った今、被害者は六人にものぼっている。そこで最近目につくのは、オカルトに詳しい人々だった。

 彼らは口々に言う。
 これは、バンパイアの仕業だと。
 バンパイアは現代にも、少数だが息を潜め、存在しているのだと。

 そう言う人々に自信を与えているのは、ある証拠のためだった。
 どの遺体にも、首筋に咬まれたような傷痕があるらしい。それはまるで、バンパイアを彷彿させるようなもので。最近は、バラエティー番組などで特集が組まれるぐらいだった。
 しかし、本当はほとんどの人が信じてなんかいない。バンパイアは伝説上の生き物だし、そもそも西洋のおとぎ話だ。
 それを信じているのは、ほんの一握り、オカルトが好きな人達だけだし、その人達だって本気で信じているのか疑わしい。
 けれど、思わず「もしかして」と思ってしまうほど、奇怪な殺人事件が続いている。
 しかもX市……私の住んでいる、隣の市だった。
 前回、遺体が見つかったのはY市。これも、隣の市だ。
 不穏な空気がこの辺りを包んでいる。他人事では済まされないほど、身近な事件だった。

「次のニュースです」

 アナウンサーがそう言い、画面が変わったのを観てハッとする。急がないと、仕事に遅れてしまう。
 私は朝食を胃に押し込み、両親の遺影に軽く手を合わせた後、バタバタと家を飛び出した。

 その日、行く先々では事件の話で持ちきりだった。職場でももちろん、口を開けば今朝のニュースの事が飛び出てくる。
「また起こったらしいよ」
「X市なんて、すぐ近くじゃないか」
「怖いわね。早く犯人捕まらないかしら」
 皆、口々にそう言う。けれど、まさか自分の身に振りかかるとは思っていないのだろう。現に、私もそうだった。まさか、私が。そう、思っていた。

「思うんだが、今日は自粛した方が良かったんじゃないか?」

 仕事終わり。バーの隅にあるテーブル席で、目の前に座る鶴丸はそう言った。琥珀色に染まる店内では、落ち着いたピアノの曲が流れている。
 彼の隣に座る光忠は「そうだね」と苦笑を漏らす。

「さすがに、今日はお客さんも少ないみたいだね」

 辺りを見渡しながら光忠が言った。その言葉に釣られるように、私と鶴丸も店内を見渡す。いつもは賑わっているバーも、今日のニュースがあってか、お客さんは私達とあと一組しかいない。

「でも、前から約束していた事だし」

 光忠同様、苦笑いを溢しながら、目の前に座る二人に言った。
 鶴丸と光忠は、大学からの友人だ。一年の頃からなんやかんや付き合いが続いているためか、何でも相談し合える仲になっていた。そのため、お互いが別々の仕事場になっても、こうしてたまに会っている。

「それにしても、酷い事件だよな。血液をほとんど全て抜き取るなんて、本当にできるのかい?」

 グラスに入ったウイスキーを口に含み、鶴丸が言う。カラン、と氷が音を立てた。

「テレビで専門家は出来るって言っていたけど、どうかな」

 光忠がテーブルに頬杖をつきながら、鶴丸の問いに答えた。そういえば、カルト集団か何かの卑劣な犯行かもしれない、とコメンテーターが言っていたのを思い出す。
 確かに、一理ある。行き過ぎた信仰心は、時に残虐な事件をも起こしてしまう。
 もしそうでないとしたら、それか、

「それか……もしかして、本当にいるのかな」

 そう言った私に、鶴丸は訝しげに眉を寄せる。

「まさか、きみ。吸血鬼の事か?」
「うん」
「ははっ、そうかそうかきみは信じる質なんだな」

 鶴丸は愉快そうに笑った。何となく小馬鹿にした物言いに、思わずムッとする。

「信じてるわけじゃないけど、テレビで言ってるから」
「いやいや、すまんすまん。そう、ムクれないでくれよ」
「今のは鶴丸さんの言い方が悪いかな」
「おいおい光坊まで。分かった、悪かった」

 鶴丸は苦笑して、両手を上げて降参の意を見せる。
 その時、彼のしているネックレスにふと目がいった。

「鶴丸だって、本当は信じてるんじゃないの?」
「ん?」
「ネックレス、十字架だし」
「これは大学の時からしてるやつじゃないか」
「そうでしたっけ」
「きみは全然俺に興味がないな」

 今度は鶴丸がムクれる。その隣で、私達のやり取りを光忠が笑って見ていた。

「なんなら、貸してやろうか?」
「いえ、結構」
……そう真顔で言われると傷つくだろう」
「あははっ。二人とも、本当に変わらないよね」

 光忠が吹き出した。それに釣られ、私と鶴丸も笑い合う。
 三人でいる時のこのやり取りや雰囲気が、とても心地よかった。大学の時も、卒業して別々の場所で働く今も、変わらない。彼らは私の生涯の友人で、きっとこの関係はこれからも続くのだろう。
 そう、思っていたけれど。

 いつもは日を跨ぐまで飲むけれど、今日は事件もあってか、日付が変わる前にお開きとなった。
 パタン、とタクシーのドアが開く。マンション前に止まったタクシーから降りる直前に、隣に座っていた鶴丸に声をかけた。

「今日はありがとう。気をつけて帰ってね」

 そう言えば、鶴丸は「このタクシーごと襲われない限り大丈夫さ」と冗談を飛ばした。

「いいか、寄り道なんざせずに帰るんだぞ」

 鶴丸が念を押す。マンションはすぐ前なのに、と苦笑した。
 いつもはバーから駅まで一緒で、そこからの帰りは別々だった。光忠は住んでいる所が反対方向だし、鶴丸とは途中まで一緒だけれど、最寄りの駅が違う。だから、いつもは一人での帰路も、今日は事件の事もあって鶴丸がタクシーで家まで送ってくれた。そんな優しさを持つ彼は、見た目の麗しさも相まって、大学時代からかなりモテている事を知っている。
「それじゃあ、また今度」お互いにそう言い、ドアが閉まるとタクシーはその場を去っていった。
 タクシーを見送りながら、ふと喉の渇きに気づく。アルコールのせいで脱水した体が、無性に水分を欲し始めた。
 さっきまで何ともなかったのに……一度意識してしまうと、喉が渇いてしょうがない。
 家に何かあったかな、と己の冷蔵庫事情を思い浮かべるも、あいにく、水もお茶も切らしていた。
 どうしようか、と思い悩む。あの事件があったばかりで、少し怖いのもある。鶴丸に、寄り道するな、と、ついさっき言われたばかりだ。
 けれど、コンビニまでは歩いて5分もかからない。
 すぐ近くの公園を突っ切れば、3分程度で着くほど近い。
 腕時計を見ると、深夜0時になろうとしていた。
 ささっと買って、急いで帰ってこよう。
 喉の渇きに抗えず、そう思うと足早にコンビニへと向かった。
 この些細な判断が、後に私の人生を狂わせる事になる。



投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.