X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

源氏兄弟に飼われる話 第3話

全体公開 3554文字
2017-10-05 19:58:04
Posted by @ayame0601s



 太陽の光が、瞼越しに瞳をさした。
 徐々に覚醒してくる意識。感じる自分の呼吸のリズム。
 一度目を強く瞑り、静かに瞼を開ける。
 視界に、白い天井が映った。
 体をゆっくりと起こす。その際、くらりと視界が揺れた。立ち眩みのようなそれに、目を瞑り、しばらく耐える。
 治まったところで再び目を開け、室内を見回した。
 そこは、見慣れない部屋だった。
 白を貴重とした部屋は、随分殺風景だ。このベッドと、机と椅子があるくらいで他に何もなく、生活感が感じられない。明らかに、私の部屋ではなかった。

 此処は、一体どこなのだろう。

 記憶を呼び起こすため、昨夜を思い出そうとした途端、すぐにハッとする。
 脳裏に浮かんだのは、あの二人の姿だった。路地裏での記憶が甦る。
 追われる感覚と、殺される、恐怖。そこから遡るように、公園での出来事が思い起こされる。
 だんだんとはっきりしてくる映像に、ギュッと体を縮みこませた。私を殺そうとした、あの二人。冷酷で、残忍で、ヒトではない二人のシルエットが、頭の中で再生される。
 けれど、不思議な感覚だった。暗闇でのあの出来事は、まるで夢だったかのような、曖昧さを感じる。朝日がそうさせているのだろうか。
 窓からさす太陽の光は、淡く、とても穏やかなものだった。昨日の事は嘘だったかのような、暖かい光。その光は寝起きには眩しくて、目を細めた、そんな時。
 いきなりドアをノックする音に、体が震えた。
 音のする方へ視線をやる。
 もう一度ノック音が聞こえた後、そのドアがゆっくりと開かれた。

「ああ、起きていたかい? おはよう」

 にこやかな笑みを浮かべるその人は、記憶の映像と全く同じ人で。
 夢ではなかった、と、肩を落とした。
 明るい所で見ると、昨日と少し違う印象を受ける。光に当たると、透き通るようなクリーム色の髪。白い肌と蜂蜜色の瞳。昨日は恐怖しかなかったため気づかなかったけれど、随分整った顔立ちをしている。
 それに、どこからどう見ても目鼻立ちのはっきりしたその顔は、やっぱり日本人には見えない。暗闇で獲物を狩るような冷淡さも、今は感じられなかった。
 彼の言葉に「おはよう、ございます」と、恐る恐る挨拶を返した。

「気分はどう?」

 壁に凭れ、腕組みをするその人が問いかける。
 どうも、何も。
 無意識に掛布団を引き寄せ、彼と壁を作った。 

「大丈夫、です」

 昨日の恐怖が、まだ抜けていないらしい。発した言葉は、若干震えてしまった。
 彼は「そう、良かった」と口にする。

「昨日、少し貰いすぎちゃったから。ごめんね」

 その言葉に、何を、と思ったけれど、はたと気づく。そっと自分の首筋に手を伸ばした。けれど、触るだけでは咬まれた傷口が見つけられない。

「っはは。牙の痕を残すような、下等な真似はしないよ。少し、アザは残しちゃったけど」

 そう言って首を傾げると、彼は自分の首筋を人差し指で軽く叩いた。

「左側。約束の証」

 言われて、私は首の左側を擦る。血を吸われた事も、どうやら夢じゃないらしい。
 彼はそんな私を見て、くすりと笑う。

「朝食、買ってきたから。居間においで」

 そう言うと、彼は踵を返して部屋から去っていった。そんな彼の背を見送った後、姿が見えなくなっても部屋の出入口をじっと見つめた。
 整理しなくちゃいけない事が、多すぎる。これから、どうしていくのかも。

 ──どうしていくもなにも、ないか。彼らの言う通りにしないと、殺されるのだから。

 首を押さえていた手が、震えているのに気づいた。静かに深呼吸すると、私はゆっくりベッドから降りた。

 一歩一歩、確かめるように家の中を歩き、居間に向かう。
 ここは一軒家だった。私が寝ていたのは二階だったらしい。居間は一階にあるだろうと、階段を降りる。造りは、決して古くはない。フローリングの床に、白い壁。比較的、新しくも見える。
 一階に降りると、一室からテレビの音が漏れていた。怖じけながら、室内を覗く。
 居間はそこそこ広かった。居間というか、ダイニングキッチンだ。
 食卓テーブルに、さっきの人……髭切が座り、ティーカップ片手に新聞を読んでいる。
 大きなテレビの前にあるソファーでは、確か膝丸と名乗っていたその人が、片膝を立ててテレビを観ていた。
 昨日の、あの恐ろしい雰囲気とは打って変わり、その光景は至って普通のもののように見えた。人を殺そうとしていたとは、到底思えない。

「ああ、来たね。こっちにおいで」

 髭切が私に気づく。膝丸は私を一瞥すると、またすぐにテレビへと視線を戻した。

「何が好きなのか分からなかったから、適当に買ってきたけど。好きな物をお食べ」

 にっこり笑ってそう言うと、椅子に座るよう促す。私は彼から一番遠い席へ座った。
 テーブルに、コンビニで買ってきたであろうパン類やお握りがある。

「紅茶、飲む?」

 勧められ、迷った。きっと、彼が飲んでいる紅茶と同じものだろう。
 そんな、得体の知れないもの。
 けれど、そういえば昨夜から何も飲んでいなく、体は極度に脱水をしていた。
 渇きに勝てず、小さく頷く。

「いただいても、いいですか?」
「もちろん。カップを出すよ」

 髭切は席を立つと、甲斐甲斐しくカップとソーサーを用意してくれた。その様子に、本当にこの人は昨夜の人と同一人物なのか、疑いたくなる。

「どうぞ」

 差し出された紅茶から、香りがたつ。ハーブか何か入っているのだろうか。不思議な香りだった。
 髭切は席に座ると足を組み、再び新聞を読み始める。膝丸は相変わらずテレビの前から動かない。
 膝丸の髪は、日に当たると薄い緑色に見える。色素の薄いその色は、染めたような発色の仕方ではなかった。地毛、なのだろうか。髭切も膝丸も、日に当たると、その端整な姿形がより際立って見えた。
 そんな二人を見て、色々と疑問が生まれる。
 この人達、バンパイアなのに、太陽の光に当たっていいのだろうか。

「聞きたい事があるなら、なんでも聞いていいよ」

 髭切が、新聞に視線を落としたまま言う。その言葉にギクリとした。

「これから一緒に住むんだしね。答えられる範囲なら」

 新聞を捲る音と、テレビの音。二人に目を配る。
 そっと息を吸い込むと、私は口を開いた。 

「貴方達は、本当にバンパイア、なんですか?」

 私のその質問に、髭切が吹き出した。

「あははっ、そこからか。まあそうだね、根本的な所だしね」

 髭切の牙のようにも見える八重歯が、笑った際に口元から少し覗いた。彼は笑いがおさまらないのか、喉の奥でクツクツ笑みを溢す。

「そうだよ。僕も弟も、君達が言うバンパイアと違いない」
「太陽の光は、大丈夫なんですか?」
「うん。全然。おとぎ話は面白いよねぇ。色々な解釈があるから」
「日本人じゃ、ないですよね?」
「そうだね。この国に住むのは長いけど。僕はどこで生まれたっけなぁ……まあ長く生きていると、大抵の事はどうでもよくなるんだよね」
「血を吸わないと、生きていけないんですか?」
「うん。あ、根本に戻った」

 彼はまた笑うと、私へ視線を寄越した。 

「だから、僕は君を飼う事にしたんだよ」

 愛想の良いその笑顔の裏側には、やっぱり冷たさが含まれていて。ヒヤリと冷たいものが背中を流れる。
 髭切は一度目を細めると、再び新聞と向き合った。

……昨日の女の人は、どうなったんですか?」

 めげずに、私はもう一つ質問をする。今朝目が覚めて、ずっと気になっていた事だった。
 カサリと、髭切が新聞を捲る。

「殺したよ。君が見ていた通り」

 淡々とした声で、彼はそう言った。そこに戸惑いや心の乱れは全く無いような、単調なものだった。
 やっぱり。
 あの場を思い出し、心臓が締め付けられた。
 やっぱり、この人は、昨日私が受けた印象通りの、冷酷な殺人犯だ。

「それだけ?」

 彼のその問いに、静かに頷く。

「さて。それじゃあ、まず君の私物を運ばないとね。僕達は今日やる事があるから手伝えないけど、一人で出来るかい?」

 その問いかけにも、はい、と小さく頷いた。
 紅茶から立つ湯気を見つめる。ゆらゆらとしているその湯気は、とても頼りなく、すぐに消えていく。
 私は、これから一体どうなっていくのだろうか。



投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.