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源氏兄弟に飼われる話 第4話

全体公開 3962文字
2017-10-05 20:00:45
Posted by @ayame0601s



 スーツケースに、必要最低限の物を詰め込んだ。慣れ親しんだ部屋を、見渡す。まさか、こんな事が起こってしまうなんて、昨日の私は想像もしていなかった。またこの部屋に戻ってくる事は、出来るのだろうか。
 電気を消すと、私は無理やり出来た新しい居場所へと、足を進めた。

 ガラガラとスーツケースが地面を擦る音を耳に入れながら、駅からとぼとぼ歩く。
 彼らの家は、私の住む隣の市だった。X市。昨日、ニュースで話題になっていた市だ。遺体が見つかったというその市に、バンパイア達は息を潜めていた。
 今でも、にわかに信じがたい。本当に、現代に、この世にバンパイアという生き物が居たなんて。
 彼らの事を、誰にも言わないと約束したけれど、きっと話したところで誰も信じないだろう。警察に言ったって、気が触れたとか、本の読みすぎだとか、そう言われるのがオチだ。
 でも、確かに私は昨日、この目で見たし、体感もしている。

 公園での、あの出来事。

 あの時、あんなに抵抗していた女性が動かなくなった瞬間が、脳で再生される。
 遠くから見ただけだけれど、髭切は、ただ女性の首に顔を近づけていただけだった。彼は女性に跨がり、彼女の両手を自分の手で押さえつけていたから、首を絞めたとかそういう話じゃない。

 首元に顔を寄せるだけで、彼女の息の根を止めた。
 そして、私の首筋にも、確かにアザが残っている。

 彼の唇が触れた瞬間に遠退いた意識も、彼に血を吸われ、貧血したのだと思えば辻褄が合ってしまう。
 でも、そう思ってはいても。
 今までつちかってきた固定観念が、そんなはずないと、バンパイアなんているはずないとささやく。
 自然と溜め息が溢れた。非現実すぎて、頭が追いついていない。

 そんな事を考えているうちに、いつの間にか新居へ着いてしまった。
 有り難い事に、そこは駅から近い場所に位置していた。これから住む事になったその家を、隅々まで見渡す。
 外から見ると、なかなかに良い外観の一軒家だった。こんな良い家を、見た目年齢が若いあの二人が持っているなんて、想像出来ない。この日本で、あの外見の人がこの家を買う事が出来るのは、相当なお金持ちだろう。
 実は仕事、しているのだろうか。そうでないとしたら、汚い事の一つや二つや三つ、しているのかもしれない。
 再び溜め息をつくと、私は門を開け、中に入った。

 スーツケースから取り出した両親の遺影を、最後に机に立て、自室を見回す。
 自室の整理は、あっさり終わってしまった。それはそうだ。必要最低限な物しか持って来ていないのだから。
 髭切と膝丸は、私が帰ってきた時には家にいなかった。何か用事があるらしかったけれど、何なのかは知らない。とりあえず二人がいない事に、どれだけホッとしたか。
 今日は休日だったため、わざわざ職場に休みを届けなくて済んだ。明日も日曜日だから休日だけれど、それが良いのか悪いのか。正直、この家に居たくない。それに、一人でいると、色々な事を考えてしまう。
 ふと、昨日、鶴丸達と飲んだ事を思い出した。
 昨夜、だったんだ。もう時間がだいぶ経ったように感じる。
「なんなら、貸してやろうか?」鶴丸が自身のネックレスを指しながら言っていたその言葉が、再生される。
 こんな事になるなら、彼の十字架を借りておけば良かった。バンパイアは十字架が苦手という説もあるし……本当かどうかは分からないけれど。でももし借りていたら、こんな事にならなかったのかもしれない。

 鶴丸、バンパイア、やっぱりいたんだよ。
 しかもなんと、血を吸われました。首のこれが証です。

 そう言えば、彼は目を真ん丸にして驚くだろうか。それとも、きみはやはりそういうのを信じる質なんだな、と笑うだろうか。
 そんな茶番を想像して、ふふっと笑ってみるも、直ぐ様襲ってきた虚無感に、息を深く吐き出した。
 時計を見ると、午後4時になろうとしている。
 通常通りの生活でいいと、髭切は言っていたけれど。
 さて、どうしようかな、と私は頭を抱えた。

 髭切と膝丸が帰って来たのは、夜の7時頃だった。
 玄関が開いた音に、ビクリと肩が跳ねる。そして居間に入ってきた彼らの姿を見た途端、反射的に体が強ばった。

「ああ、帰ってたんだね。私物は持ってこれた?」

 そう言った髭切に続いて、膝丸も部屋に入ってくる。
 髭切の言葉に「はい」と短い返事を返しながら、なんとなしに膝丸を見ていると、彼は室内のにおいを嗅いだ後、思いっきり眉を寄せた。
 それを見て、心臓が縮みこむ。髭切もすぐに、室内に充満する香りに気づいたらしい。

「ん。カレー作ってたんだ?」

 その問いに、再び短く、はい、と頷いた。本当は、外食したかったのだけれど。少しでも、此処ではない別の場所に行きたかった。
 けれど、彼らが帰ってきた時に私が居ないとなったら、どうなるか分からなかったから。だから、自炊する事にしたのだけれど、どうやらこの匂いは、膝丸のお気に召さなかったらしい。

「あの……食べます?」

 控えめに聞いてみる。彼らに、私達が取るような栄養が必要とは思えない。でも、もしかしたらと思って、一応量は用意しておいた。
 私の申し出に、髭切は驚いたように目を見開いた。その顔に、ああ間違いを言ってしまった、と悟る。やっぱり、彼らには必要ないらしい。
 その間違いがなんだか恥ずかしくて、思わず視線を下に泳がせた。

「そうだね。そしたら、シャワー浴びてから貰おうかな」

 その言葉に、弾かれたように彼を見上げた。
 髭切はいつものように笑みをたたえている。そして、私を見ていた瞳を膝丸へと向けた。

「お前は?」

 弟に問いかける。膝丸は眉をしかめたまま、口をへの字にしている。そして、その口が開いた。

……いらん」

 それだけ言うと、部屋を出ていった。
 私は、彼に相当嫌われているらしい。別に、いいのだけれど……いいはずなのに、どこかモヤっとしたものが胸に生まれる。

「ごめんね。弟は心配性なんだ。そのうち機嫌も直るよ」

 髭切は苦笑する。その顔は、兄のそれで、ふと感じた温かさに不意をつかれた。身内には、彼らも血の通ったような対応をするらしい。

「君は食べたの?」
「いえ、まだです」
「そっか。それなら、せっかくだから一緒に食べようか」
……はい」

 誘われてしまっては、頷くしかない。恐怖の対象でしかない彼と食べるのは、本当はつらいんだけどなあ、という本心はひた隠しにする。
 先にシャワーを浴びると言っていたから、てっきり部屋を出ていくのかと思っていたのだけれど、髭切はそのままテーブルへと足を進めた。

「あの、シャワーは?」

 聞くと、「ん?」と不思議そうな表情が返ってくる。

「もう君は食べ終わったと思ってたから。お腹空いたよね?」

 そんな彼の言葉に、呆気にとられた。

……い、え。私はまだ大丈夫です」
「そう?」
「はい。なので、お風呂先にどうぞ。お湯も、沸かしてあるので」

 言うと、髭切は再び驚いたように、表情が固まった。また何か変な事を言ってしまったのかと、私の中で再度気まずさが生まる。
 髭切は、脱力したように笑った。

「気を遣わなくていいのに。それが理由で君を殺したりしないよ」

 そう言って、私に近づいた。

「約束さえ守ってくれれば、ね」

 細めた目は、艶麗なものにも見えて、思わず身構える。

「じゃあ、カレーは後で貰おうか。少し待っててね」

 そう言葉を残すと、髭切は部屋を出ていった。どっちみち、一緒に食べるらしい。
 なんだか掴めない人だな、と、強ばった体を緩めるように息を吐いた。

 お風呂上がりの髭切と食事をしていると、同じくお風呂上がりの膝丸が部屋に入ってきた。タオルで乱暴に髪を拭きながら、ドカリとソファーに座る。そしてつけていたテレビのチャンネルを、回し始めた。
 私の事は嫌いでも、同じ空間にいる事は大丈夫らしい。
 元々此処は彼らの家だし、私のせいで制限されるのが癪なだけかもしれないけれど。

「カレー、いらないの? 美味しいよ」

 髭切が気を遣ってか、もしくは何も考えてないのか、弟に言葉をかけた。私としては、答えが分かっている分、そっとしておいてほしかったのが本音だった。

「そんな人間の餌に、興味ないな」

 ……やっぱり。
 分かってはいたし、昨日殺されかけた人と仲良くなりたいわけではないけれど、直接そんな態度をとられると、何故か少し落ち込む。
 髭切が小さく溜め息を溢す様子を感じながら、器に乗ったカレーに視線を落とし、スプーンを入れた。

「速報です」

 アナウンサーの声が、テレビから聞こえた。
 スプーンを口元に運びながら、ふと視線を向ける。

「先程、X県X市の竹林から遺体が見つかったとの情報が入りました」

 スプーンを口に入れようとしたところで、その手を止めた。そして静かに下ろす。
 テレビを凝視した。

「遺体は女性のもので、警察は身元の確認を急いでいます」

 遺体は、女性のもの。
 昨夜の公園での光景がフラッシュバックする。
 そっと髭切を盗み見すると、彼は感情のない顔をテレビに向けていた。そして「あーあ」と残念そうに言葉を溢す。

「やられたね」

 彼は、やれやれ、といった風に溜め息を漏らした。




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