@satomi8429
朝起きたら仮面がなくなっていた。
いつでもつけられるよう、仮面はいつも枕元に置いて眠る習慣だった。あいまいな記憶を辿りながら首を傾げて部屋を見回すと、探し物は入り口に立てかけていた錫杖の下にひらりと落ちていた。
(こんなところに落としたかな……?)
しかし倒れこむように眠る日々、もしかしたらそこではがれてしまったのかもしれない。そう思って井宿は仮面を拾い、ぺたと貼りつけた。
次の日、また起きると仮面がなくなっていた。
昨日は確かに枕元に置いたはずだ。部屋の中を探すが見当たらない。と、寝床にしていた古い納屋の外から数羽はいるであろう鳥の羽音とともに猫の鳴き声が聞こえてきた。異変を感じ外に出ると、死んだ仲間から託された猫が烏から何かをかばって奮闘している。
「たま、どうしたのだ!?」
駆け寄ると、烏は驚いて逃げていった。そして腕の中に飛びこんできた猫のいた場所には、猫と同じ顔をした仮面が鎮座していた。
次の日、井宿はいつも通りを装って床につき、気を研ぎ澄ませていた。
夜何者かが来て仮面を持ち出している、と予想したのだ。見知らぬ気配があれば、目を閉じていても掴まえられる。たかが仮面、万一取られてしまってもまた作ることは可能だが、そのまま放っておくのもなんとなく気持ちが悪い。それに、術で作った糸目の仮面など何に利用しようとされているのかも気になった。
月が真上を過ぎ、東の空が白み始めるころ、井宿の周りの空気が動いた。しかしその気配はふわふわと心もとなく、しかも全く知らないものではないのだった。洗いすぎてくたくたになった木綿をふわりとかぶせられたような、懐かしい温度。目を開けよう、と決心した瞬間、ことん、と何かを置く音が控えめに響いた。
「張宿」
確信を持って呼び止めると、起き上がった視線の先にはほとんど消えそうに透明になった少年の後姿があった。
「ばれちゃいましたか」
「君はまだ転生してなかったのだ……というか、これは一体どういうことなのだ」
咎めるような言葉も、彼相手だとどうしても柔らかくなってしまう。ばつの悪そうな彼は、けれどその手の中のものを離そうとしなかった。
「僕は、まだ順番待ちなんです」
「それを返してほしいのだ」
「返さないといけませんか」
優しく言ったが、予想通りだった相手は予想外の強情さを見せた。
「……井宿さんは以前僕に言ってくれましたよね。背が低くても字があってもなくても気が弱くても僕は僕だって。だからそのままでいいって」
確かに言った。自分に自信がもてず俯きがちだった彼に、そのままでいい、そのままの君が好きなのだからと言う趣旨のことを。あれはいつのことだったか。
「僕も井宿さんのこと、そう思ってます。傷があったって井宿さんは井宿さんです。僕はそのままの井宿さんが好きです」
そして少年は、幸せになってほしいんです、と小声で付け足した。彼の視線の先を見ると、先ほど置かれたものは、荷物の奥深くにしまっていたはずの、軫宿の神水だった。もう年を重ねることができない少年のその言葉は、井宿にぐさりと突き刺さった。
決心はまだつかない。というより、考えること自体気がすすまず、結論を先延ばしにするため、見えないように自分で自分に目隠しをしていたのだ。
「張宿の気持ちはわかったのだ。ただ、もう少し考えさせてほしいのだ」
そう言って彼の手の中の仮面に手を伸ばすと、もう消え入りそうなくらい透明になった張宿がふわりと一歩分後ろに下がった。伸ばした手の向こう側。
「わかりました。じゃあひとまず、今日一日だけ」
「だ!?」
「練習です、練習」
そう言うと、いたずらっぽく微笑んだ張宿は、仮面を持ったまますうっと消えていってしまった。
張宿は太一君のところにいるんだったな。そう思って井宿はひっそり苦笑した。負うた子に教えられて浅瀬を渡る、とはどこの国の言葉だっただろう。負うた子はどんどんたくましくなり、余裕の笑みさえ浮かべていた。もうそろそろ、いい加減に覚悟を決める時なのか。
「まったく……」
困った状況のはずなのに、ひとり残された部屋の中で井宿はため息をつきながら笑ってしまった。
とりあえず、今日は仮面なしで過ごさねばならないらしい。
〈了〉
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オフ会でいただいた絵より。
某様、その節はどうもありがとうございました!!!