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2014/5/31 ふし遊 翼宿と井宿(2014/5/29の続き) ※注意書きあり

全体公開 2 3 1690文字
2014-05-31 00:40:17
Posted by @satomi8429

※注意
二部後妄想です。
グロテスクな表現等はありませんが、心身ともに幸せな井宿がお好きな方は回れ右をおすすめします。
どんな井宿でもどんとこい!な方のみお進みくださいませ。
あと、なんか翼宿がガラにもなくシリアスです……

***

「なあ」
「だ?」
「なんでわかった?」
気を読まれているはずはない。今回ばかりは翼宿には確信があった。
「翼宿はわかりやすいのだ」
「気ィは消してたはずや。賊を追ってたとこやったからな」
「そうなのだ!翼宿も気を消すのが上手になったのだー!」
お前のせいで逃げられたわ、と口を尖らせると、再び面をつけた井宿が三等身顔で言う。煙に巻こうとする態度に腹が立った。
「縮んでごまかすな!話をそらすな!」
地団駄を踏む勢いで怒鳴ると、もとの大きさに戻った井宿は、匂いなのだ、とぽつりと吐いた。
「に……!俺そんなに臭いんか!?確かに汗はかいとるけど……あ、もしかして加齢し」
「汗でも加齢臭でもないのだ。ただ、懐かしい匂いがしたのだ」
みんなで旅をしていた頃の。ひとりでじたばたと慌てる翼宿をよそに、そう言って井宿は深く息を吸い込んだ。
「紅南国の秋の匂いも懐かしいのだ。季節がいつで、今が何時で、何が咲いていて何が飛んでいて、この土地がどんなところか、目なんか見えなくてもちゃんとわかるのだ」
ゆっくりと話す井宿の口調は、穏やかであればあるほどなぜだか翼宿をぞくりとさせた。妙に現実感のある夢の中で、底なし沼の水際に立っているような気分だ。そして井宿がひとりでそこを渡ろうとしているような。
「じゃあ、オイラは行くのだ」
息災で、と言いかけた井宿の腕をぐっと掴む。頭よりも言葉よりも体が先に動いた。
「人のことを、んな犬みたいな探し方すんなや」
掴んだ腕はそのままに、もう一方の手で有無を言わせず強引に手を握る。握手というには強すぎる、握力の力比べでもしているようなかたちになった。
……痛いのだ」
文句を言いながらも井宿は穏やかさを崩さない。
「俺の手はこれや。今度戻ってきたら絶対に会いにこい。ちょっとでも気ィ感じたら、追いかけてつかまえて手掴んで確かめえ」
こめかみにじっとりと汗が滲んだ。思いのほか、必死だった。
「匂いじゃだめなのだ?」
「加齢臭でわからんくなるかもしれへんやろ!」
「手も加齢で変わるのだ」
「手は変わらん!」
皺が増えようが肉が落ちようが絶対わかる。わかるはずやと力説すると、井宿はおかしそうに笑ってその手を軽く握り返した。
「わかったのだ」
わかっとる。ガキみたいなおかしな理屈や。阿呆なこと言うてるのは百も承知。でも、このまま帰してはいけない気がしたのだ。このまま帰してしまったが最後、この風来坊の仲間は、砂漠の砂が風にさらわれるようにいつの間にか空に舞って、ばらばらになってしまうんじゃないかという気がした。匂いなどという手に取れない不確かなものでなく、具体的に、物理的に、現実的な何かをこいつに刻みつけたかった。
……わかったのだ」
いつまでも手を離さない翼宿に、井宿はもう一度言った。おそらく声の聞こえる方向からあたりをつけているのだろうが、盲とは思えないほどの正確さで、井宿の仮面の目は翼宿を射っていた。
「おう。じゃあな」
手を離す。ふたりの間に風が吹いた。
「またいつか、どこかで、なのだ」
そう言うと、錫杖を頼りに井宿は背を向けて歩き出した。
俺はあいつに刻み付けられたのだろうか。俺はここにいると。だから帰って来いと。
伝えられただろうか、この手は。

翼宿は去っていく井宿の小さな背中を、夕闇に消えるまで見つめていた。
翼宿もまた、目に、耳に、鼻に、皮膚感覚に、持てる感覚すべてに、この風景ごと井宿の存在を刻み付けようとしていた。



***

主旨がごろんごろん転がって一体何がいいたいんだという感じになりましたがすみません。
井宿の状況に関して多方面に土下座しつつ、でも沸いてきちゃったので供養させていただきました。
読んでいたのは、鹿島茂先生のパリ五段活用という本です。



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