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ハロウィン・フェスティバル

@tencus
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2017-10-31 20:10:54

同人誌「蒼衣さんのおいしい魔法菓子」番外編。ハロウィンイベントでのお話
★ちょいと霊的なオカルト要素あり?

「トリック・オア・トリート! ハッピーハロウィーン!」
 陽気な声が、耳の鼓膜を震わせた。
 夜、会社から出ると、目の前にある大きな広場でハロウィンのイベントをやっているのが見えた。カボチャのお化け――ジャック・オー・ランタンやお化けの飾りつけをされた広場には、派手なメイクをした若者たちや、かわいらしい仮装をした子どもたちが、楽しそうな様子で祭りを楽しんでいる。
 家に帰ってもだれが待っているわけでもない、夜に誰かと約束をするわけでもない独り身の俺には、その様子が眩しく思えた。秋の冷たい風を首に受け、思わずコートの裾をすぼめて通り過ぎようとした、そのときだった。
「大人も子どもも寄っといで、楽しい魔法菓子はいかがかなー!」
 魔法菓子。その一言で足が止まる。ハロウィン、魔法菓子、祭り。それらの単語が頭に浮かんだとき、ふと思い出す人がいた。
 小学生のとき、十月にこの世を去ったあの子のことを。


 広場の一角で、隣町から出店したという魔法菓子店のブースがあった。コックの格好をした男性と、ネクタイとYシャツにエプロンをかけた男性がせわしくブースを行きかっている。興味本位でのぞき込んだだけだったが、エプロンの男性が目ざとく俺の姿を見つけ、ニコニコと笑顔で近づいてきた。
「やあやあお兄さん、変装マフィンはいかがです? 簡単にホラー・メークができちゃいますよ。今日はなんと無料でプレゼント!」
「い、いや、俺は……」
「まあまあまあ、ぶっちゃけるとこれ、明日以降は売れないの分かってるんで! もらってってくださいな、色男のお兄さん~」
 在庫処分かよ、と内心で突っ込みつつ、確かに季節ものは売れないだろうなと納得してしまう。男性が差し出したマフィンを半ば強制的に受け取らされると「ささっ、食べてみてくださいな」と勧められた。
 思えば夕飯すら食べていない。鼻孔に甘い香りがふわんと届き、食欲を誘う。気づけば、一口かぶりついていた。
 ぼくぼくとしたカボチャ味の生地と、中に入っていたリンゴの甘煮の組み合わせが最高だった。
「うめえ」
「でしょう!おっ、お兄さんは黒猫でしたな。ヒゲと耳がなかなかに似合いますぜ」
「黒猫?」 
 何のことだ? といぶかしげな顔をすると、男性はすっと鏡を差し出した。そこには、頭に黒い猫耳、鼻の頭にはピンク色の猫の鼻、頬には猫のヒゲをはやした、疲れた顔のおっさん……すなわち自分の顔が映っていた。
「うぉえっ⁉」
 なんじゃこりゃー! とどこぞの刑事張りの叫び声をあげる。なんだこれはと男性に詰め寄ろうとした瞬間、ブース上にある『魔法菓子店 ピロート』の文字が目に入る。そうだ、俺は魔法菓子の言葉に引かれてここに来たんだった。
 あの子は魔法菓子を食べたがっていた。俺たちが子供のころ、魔法菓子は憧れだった。店も少なかったし、子供には高級なものだったからだ。
 だけどあの子は十月の最後、火事で死んだ。火事の前日、秋祭りで楽しく遊んだばかりだったのに。
 沈んだ気持ちになると、ふと、隣に誰かの気配を感じた。そこには、コック服の男性が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「所説ありますが、ハロウィンは日本でいうお盆のようなお祭りらしいですよ。もっとも、霊の捉え方が違いますので、霊は『悪霊』として扱われ、お盆のようにお迎えするというような感じではないらしいんですが……。お酒は飲まれますか? よかったら、シードル……リンゴのお酒がありますので、どうぞ。ああ、これもサービスです。今日はお祭りですからねえ」
 スッと差し出されたプラスチックコップを受け取る。口に含めば、さわやかな酸味と、芳醇な香りが口の中に広がる。
「しかしなんで、君、霊の話なんて」
 突然語られたハロウィンの豆知識に俺が首をかしげる。
「どうしてでしょうね。なんとなくです」
 笑みを浮かべたまま、コック服の男性は言う。
「でも、ここは日本ですし。もしかしたら、だれかが遊びに来てるかもしれないですね。日本人はお祭りが好きですから」
「確かに、そうかもしれませんね」
 いつの間にか、外国の祭りのはずのハロウィンもメジャーになっている。彼の言うことも一理ある。
「じゃ、楽しんできますかね。せっかく変装もさせてもらいましたし」
 たまにはこんな喧騒の中を歩くのも悪くない。そう思っていると、コック服の男性がショップカードを差し出した。
「魔法菓子がお気に召しましたら、ぜひ店にもお越しくださいませ」
 なるほど商売上手だ、と感心しつつ、俺はそのカードを受け取った。
『魔法菓子店 ピロート』休みの日にでも行ってみるか。

(同人誌「蒼衣さんのおいしい魔法菓子」番外編)


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服部匠@一次創作/お菓子屋さん小説と男女逆転系ラブコメ小説
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